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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 90(6): 834-838 (2018)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900834

みにれびゅうMini Review

個体の逃避行動を制御するメカニズム感覚ニューロンのイニシアティブRegulatory mechanism of escape behavior: Initiatives of sensory neurons

京都大学大学院生命科学研究科統合生命科学専攻細胞認識学分野Graduate School of Biostudies, Kyoto University ◇ 〒606–8501 京都市左京区吉田近衛町京都大学医学部構内G棟123号室 ◇ South Campus Research Building (Building G) Room 123, Kyoto University; Yoshida Konoe-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606–8501

発行日:2018年12月25日Published: December 25, 2018
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1. はじめに

多くの動物は,じつにさまざまな逃避行動を示す.視覚や嗅覚などの感覚機能を鋭敏化してなるべく早期に捕食者の存在に気づき,逃避に成功する確率を高めることもその一つである.これに加えて,状況次第では捕食者と近接して闘争する戦略も有効であろう.この場合には,触覚や痛覚などの体性感覚を介して捕食者との物理的な接触やその攻撃(侵害性刺激)を認知することが鍵になる.このように逃避行動といっても,その行動パターンは捕食者との関係性によって多様である.本稿では,キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の3齢幼虫が痛覚刺激(侵害性刺激)を受容したときに繰り出す典型的な逃避行動をモデルに,危機認知から逃避行動パターンの選択に至るまでの神経生理メカニズムについて議論したい.

2. ショウジョウバエ幼虫の侵害受容と回転逃避行動

昆虫では寄生バチや寄生バエなどのいわゆる捕食寄生者による襲撃が頻繁に起こっている.捕食寄生性昆虫のメスは特定の宿主昆虫の体表や体内に受精卵や幼虫を産みつける.次世代の個体は,宿主の特定の発生段階(胚,幼虫,蛹など)に合わせて宿主を捕食する.捕食寄生に立ち向かう戦略には次の二つが重要である.

  • 1) 行動防御.産卵行動を察知して逃避行動を起こし,あるいは捕食者と闘争して撃退する1)
  • 2) 免疫防御.寄生者を異物として認識し,液性および細胞性の免疫系を動員して駆除する2)

行動防御の典型例である逃避行動は,一般には捕食寄生者による産卵管刺入による侵害性刺激が引き金になって誘発される.これらの感覚刺激は宿主昆虫の体表に分布する機械感覚器や侵害感覚器の神経活動を引き起こし,この情報が脳・中枢神経系へと伝達されて応答行動が駆動されることになる3).ショウジョウバエ幼虫の体表感覚器は,繊毛を有するタイプ1ニューロンとこれを持たないタイプ2ニューロンに大別される.タイプ2ニューロンには樹状突起の分岐が顕著なニューロン(dendritic arborization neuron)が含まれており,分岐の複雑度に対応してクラスIからクラスIVまでの4群に分類されている4).振動刺激や弱い機械刺激はタイプ1に分類される弦音ニューロンおよびタイプ2に属するクラスIIおよびクラスIIIニューロンにより受容されている5).侵害刺激はタイプ2のクラスIVニューロンの発火を誘発する6).クラスIVニューロンは捕食寄生者による産卵管刺入時の強い機械刺激の他にも,42°C以上の高温刺激や紫外線などの短波長光刺激という物理的な性質がまったく異なる刺激(感覚モード)にも応答することからポリモーダル侵害受容ニューロンとも呼ばれている3, 6)

さて,ショウジョウバエ幼虫に高温に熱した「焼きごて」の先端部を接触してやると,蠕動運動の速度を速める逃走行動[速歩行動(fast crawling)]や体の前後軸の周りに全身を回転させる回避行動[回転行動(rolling)]を示す.こうした応答行動は寄生バチに襲われたときの行動と酷似している7).ここで「焼きごて」の設定温度を高くすればするほど回転行動を起こす確率が上昇する(図1).これは侵害刺激の強度に対応して幼虫が逃避行動の様式を調節していることを意味する.つまり,侵害刺激の強度情報を適切に処理して適切な応答行動パターンを選択する仕組みを幼虫は備えているらしいのだ.この仕組みの解明を目指した我々の最近の研究について詳述するまえに,ショウジョウバエの侵害受容ニューロンの活性化機構について既知の事項を列挙する.

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図1 ショウジョウバエの3齢幼虫は,強い機械刺激や高温刺激を受容すると,その強度に応じて速歩行動もしくは回転行動により刺激源からの回避をはかる

  • 1) 侵害刺激が与えられると,カチオンチャネルTrpA1が活性化し陽イオン(主にCa2+イオン)の細胞内への流入を引き起こし,受容器電位が生成される7, 8)
  • 2) 受容器電位の形成には刺激の種類によって他のイオンチャネルも関与している.強い機械刺激の場合には,TrpA1の他に上皮型NaチャネルPickpocket1およびPickpocket26,さらに機械刺激応答性Ca2+チャネルPiezoの活性化も誘導される.短波長光刺激ではGタンパク質共役型受容体であるGustatory receptor 28bが必須である6, 9–11)
  • 3) 1),2)で生成された受容器電位が特定の閾値を超えると活動電位が発生(発火)する.単位時間あたりの発火率は刺激の強度が上昇するにつれて高くなる6)

3. バースト&ポーズ型発火パターンによる回転行動の促進

前節でふれた発火率の感覚強度依存性に関する記述はXiangらの報告を元にしているが,そこでは発火率の時間平均値についてのみ検討されており発火パターンの経時的な変化の詳細は考慮されていなかった.そこで我々は,侵害受容ニューロンのダイナミックな発火パターンのなかに発火率の他にも感覚強度を反映するような情報が埋め込まれているという仮説を立て検証を進めた.まず人工血リンパ中で幼虫の侵害受容ニューロンに赤外線レーザー加熱による侵害刺激を与えながら,ルーズパッチ法により発火パターンを計測した.これに加えてニューロンの状態を多面的に監視するためCa2+感受性蛍光タンパク質によるCa2+イメージングを同時並行して行った(図2A).赤外光強度を調節して焦点付近の温度を38°Cに設定すると刺激に応答した発火が生じるようになり,温度を42°Cまで徐々に上げていくと予想どおり発火率の上昇がみられた.ところが,これを48°Cにまで上げるとそれまでは決してみられなかった特徴的な発火パターンが出現したのである(図2B).この特徴的な発火列は高頻度発火が連続する時期(バースト発火期)とそれに続く発火がまったくみられない静止期(ポーズ期)との繰り返しからなるもので,これを「バースト&ポーズ型発火パターン(burst and pause firing pattern)」と呼ぶことにした(以下,「BP発火パターン」と略記する).同時に行っていたCa2+イメージングの解析からこのBP発火パターンが出現するときには必ず細胞内へのCa2+流入が付随していることもわかった.このBP発火パターンこそが,侵害刺激の強度の情報を含んでおり逃避行動のパターンに影響するような信号の実体ではないだろうか? これを示すためには,実際に侵害受容ニューロンの発火パターンを人為的に操作してみて,そのときの逃避行動パターンを評価することが必要になってくる.我々はチャネルロドプシンChR2による光遺伝学的な手法で,自由に行動している幼虫の侵害受容ニューロンを刺激してBP発火パターンを発生させ,その際に誘導される逃避行動を記録していった.まずBP発火パターンを再現するために100ミリ秒ごとに青色LED光を明滅させるとBP発火パターンに類似した発火パターンが得られることを検証した(図2C).なお,青色LED光を連続して照射しただけでは連続発火パターンしか現れなかった(図2C).行動解析の結果は以下のとおりであった.BP発火パターンの発生を1秒間誘導した場合は約89%の幼虫が回転行動を見せたのに対し,連続的で一様な発火パターンを誘導した場合は約66%が回転行動を示した(図2D).より微弱な青色光による発火誘導では,低頻度の連続発火のみが誘導される.この場合,速歩行動のみが誘発された.これらの観察結果はBP発火パターンの発生が回転行動の選択を促すことを示唆しているが,それと同時に発火率の上昇それ自身も回転行動の生成に欠かせないことも意味している.つまり,BP発火パターンは強い侵害刺激が与えられたことを中枢神経回路に伝えて回転行動の発生を“促進する信号”であるらしいことがわかった12).さて,ここで二つの当然の疑問が浮かび上がる.一つは「BP発火パターンはどのようにして形成されるのか?」というものであり,もう一つは「BP発火パターンはどのようにして回転行動を促進するのか?」というものだ.

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図2 バースト&ポーズ型発火パターンによる回転行動の促進

(A)独自に構築した高温刺激-生理応答記録システムの概略図.赤外線による侵害受容ニューロンへの一過性高温刺激と,発火応答とCa2+応答との同時計測が可能.(B)野生型の侵害受容ニューロンでの計測例.最下段は赤外線照射時の焦点付近の温度推移の推定値を示す.温度上昇とともに発火頻度が上昇し,42°Cを超えると高頻度発火期(バースト期)と発火静止期(ポーズ期)を繰り返すBP発火パターンが発生する.(C)光遺伝学的に誘導した連続発火(上段)とBP発火パターン様の発火(下段).(D)(C)と同一の発火パターンの誘導により回転行動の惹起頻度に有意な差が生じた.(Terada et al., eLife, 201612)より一部改変)

前者の疑問に関して,我々は侵害受容ニューロンのCa2+動態に注目した.さきに述べたように,BP発火パターンが発生するときには必ずCa2+上昇が伴う.実際に電位依存性Ca2+チャネル(voltage-gated Ca2+ channel:VGCC)の一つL型VGCCをノックダウンすると,熱刺激下でもBP発火パターンがまったく発生しなくなることを見いだした.すなわち,Ca2+イオンの流入がポーズ期の形成に必要であることがわかった12).ところがCa2+イオンの流入それ自体は脱分極性の電流を発生させるので,むしろ発火を促進することになるはずである.一見矛盾したこの現象は,たとえばCa2+依存性の過分極性電流が発生すると考えれば解消されるだろう.RNA干渉によるノックダウンアッセイから,我々はショウジョウバエのCa2+活性化Kチャネルの一つ小コンダクタンスCa2+活性化Kチャネル(SKチャネル)が,ポーズ期の形成に重要であることを発見した(図3A, B).また時間解像度の高い観察から,バースト期の終了直前にCa2+流入が誘導されることもわかった13).こうした解析から,定性的には以下の過程を経てBP発火パターンが形成されると考えられる(図4).

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図3 バースト&ポーズ型発火パターンの形成機構とその中枢解読機構

(A) SKチャネルの機能解析.左の発火プロットでは上段と中段のコントロールに比べて,下段のSKチャネルノックダウンでポーズ期が短縮しているようにみえる.右のグラフでは,これを定量的に示している.(B)侵害受容の下流回路に含まれるGoroニューロンの応答解析.上段は侵害受容回路の模式図.下段は,Ca2+イメージングの経時記録データを示す.侵害受容ニューロンがBP発火パターンを示すときの方が,応答活動がより昂進している.(Onodera et al., eLife, 201713)より一部改変)

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図4 応答行動の選択における侵害受容ニューロンの主導的な役割を示す模式図

刺激強度が強いときにのみL型VGCCとSKチャネルの働きでBP発火パターンを生成する(上段).この信号が未知の回路機構により情報処理され,Goroニューロンの活動昂進を介して回転行動の頑強化が誘導される.(Onodera et al., eLife, 201713)より一部改変)

  • 1) TrpA1の活性化に伴い脱分極が誘導され,ニューロンが発火を開始する.
  • 2) TrpA1による脱分極が大きい場合,高頻度発火が誘導されるとともに膜電位がL型VGCCの閾値に達して大きなCa2+流入が生じる.
  • 3) 細胞内Ca2+濃度が急上昇してSKチャネルの活性化が誘導され,過分極性のK電流が生じることで膜電位が低下し発火が静止する.
  • 4) SKチャネルの不活性化により再び膜電位が上昇し2),3)の過程が繰り返されることでBP発火パターンが形成される.

もう一つの疑問「BP発火パターンはどのようにして回転行動を促進するのか?」に関しては未解明の部分が多いが,BP発火パターンを分離して認識するような神経回路が存在しているのではないかと考えている.Goroニューロンと呼ばれる第2胸部神経節に存在する一対の介在ニューロンは,その活性化が回転行動を誘導することがすでに示されていた3).このGoroニューロンは侵害受容ニューロンの活性化によって活性化し細胞内Ca2+上昇を示す3).人為的にBP発火パターンを生成させたところ,連続的な発火に比べておよそ2倍もの大きなCa2+流入が観測された13)図3B).これは侵害受容ニューロンからGoroニューロンに至るまでの中枢神経回路が,BP発火パターンを分離し特異的に応答していることを強く示唆している.今後は介在ニューロンを系統的に調べることでこの謎を明らかにしたい.

4. おわりに

本稿ではふれることができなかったが,侵害応答は弱い機械刺激とともに与えられると増強されることが報告されている3).これは寄生バチに襲われるときの状況によく符合するものであり興味深い1).進化の過程で精妙にチューニングされてきた生得的な逃避行動パターンについて,その制御メカニズムの解明が進むことが期待される.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した筆者らの研究は,京都大学大学院生命科学研究科細胞認識学分野において多くの仲間や共同研究者の方々とともに行われたものです.この場を借りて深く感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

碓井 理夫(うすい ただお)

京都大学大学院生命科学研究科統合生命科学専攻講師.博士(理学).

略歴

1995年京都大学大学理学部卒業.2000年同大学院理学研究科終了.同年より京都大学ウイルス研究所助手,京都大学大学院理学研究科助教などをへて,16年より現職.

研究テーマと抱負

Drosophila melanogasterを材料に,侵害受容の神経生理メカニズムを研究してきました.今後は,種内や種間にみられる応答行動の多様性にも注目していきたいと考えています.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/tusui/

趣味

水泳,電子工作,世界各地の運河探訪.

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