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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 91(1): 73-80 (2019)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910073

総説Review

ERK MAPキナーゼによる細胞増殖と細胞集団運動の制御Regulation of cell proliferation and collective cell migration by ERK MAP kinase

自然科学研究機構生命創成探究センター定量生物学研究グループ/基礎生物学研究所定量生物学研究部門Quantitaive Biology Group, Exploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS)/Division of Quantitative Biology, National Institute for Basic Biology, National Institutes of Natural Sciences ◇ 〒444–8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5–1 ◇ 5–1 Higashiyama, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8787, Japan

発行日:2019年2月25日Published: February 25, 2019
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古典的MAPキナーゼであるERKは,細胞増殖や分化,生存,腫瘍新生など多様な細胞機能に関与することが知られている.しかしERKがどのようにしてこのような多種多様な細胞機能を制御しうるのか,という点については未解明な部分が多い.著者らは,生細胞イメージングによりERK活性を可視化・定量化・操作することで,その細胞機能制御の一端を明らかにすることを目指してきた.その結果,ERK活性による細胞増殖の周波数変調システムや,ERK活性の細胞間伝搬による細胞集団運動の方向性の決定機構などを明らかにした.つまり,細胞はERK活性の時間的・空間的なダイナミクスを利用して細胞機能を制御していることがわかった.本稿では,ERK活性の可視化技術やERK活性のダイナミクスと細胞機能の制御機構について紹介する.

1. はじめに

単細胞生物から多細胞生物に至るあらゆる生命にとって,細胞が外部環境の変化に応答し適応することは必須の機能である.細胞外部の環境変化は,細胞膜や細胞内の受容体によって認識され,それに続く細胞内シグナル伝達系を介して情報処理される.最終的には翻訳後修飾や遺伝子発現などを介して細胞が適応的な表現型を誘導する(図1A).細胞外環境は往々にして均一ではなく,時間的にも空間的にも大きく揺らいでいる.このようなシグナルノイズ比の低い細胞外環境の変化に対しても,細胞はそこから何らかの情報を取得し運命決定をしなければならない.つまり,情報処理を担う細胞内シグナル伝達系は,細胞外の刺激の種類や濃度,時間変化,空間勾配などを識別し,その情報から最適な表現型を誘導する機能を有している必要がある.では,細胞はどのようにして細胞外入力情報を細胞内のシグナル伝達系へとエンコードし,それをどのようにデコードすることで表現型を出力するのだろうか?本稿では,著者らが研究を進めているERK MAPKを中心に,哺乳類動物培養細胞における細胞内シグナル伝達の情報処理機構について紹介したい.

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図1 細胞内シグナル伝達系

(A)細胞はさまざまな細胞内外の情報を処理し,環境の変化に適応するように出力する「システム」を有している.そのシステムの本体の一端を担うのが細胞内シグナル伝達系である.(B) Ras-ERKシグナル伝達カスケード.(C) PC12細胞の成長因子刺激によって引き起こされるERK活性のダイナミクスと表現型.

2. ERKと細胞運命決定

古典的MAPキナーゼ(mitogen-activated protein kinase:MAPK)であるERK(extracellular signal-regulated kinase)は,セリン/トレオニンキナーゼであり,一般的には44 kDaのERK1と42 kDaのERK2のアイソフォームを指す1).低分子量Gタンパク質のRasが増殖因子などにより活性化すると,Raf, MEKが順に活性化し,活性化したMEKによりERKの活性化ループのチロシンとトレオニンがリン酸化されると,ERK自身のキナーゼ活性がオンになる(図1B2).この一連のシグナル伝達の流れは,MAPキナーゼパスウェイのメインストリームであり,Ras-Raf-MEK-ERKシグナル伝達カスケードと呼ばれている.活性化したERKは,多岐にわたる基質をリン酸化することで細胞の増殖や分化,生存,細胞運動,腫瘍新生などさまざまな細胞機能の発現に関与することが知られている2–4)

では,どのようにしてERKがこのような多様な表現型を誘導するのだろうか.ラット褐色細胞腫由来PC12細胞は,上皮成長因子(epidermal growth factor:EGF)で刺激されると増殖するが,神経成長因子(nerve growth factor:NGF)で刺激されると神経様細胞に分化することが知られている.この両方の表現型でERKが重要であることがわかっている.EGF刺激では一過的なERKの活性化が観察されるが,NGF刺激の場合には持続的なERKの活性化が観察される5)図1C).つまりEGF, NGFといった刺激情報はERK活性のダイナミクスにエンコードされ,何らかの方法でそれらがデコードされることで細胞増殖や細胞分化といった表現型が誘導されるのである.これまでの研究では,ERK活性は生化学的に(主にウェスタンブロットのバンドとして)検出・解析されており,1細胞レベルでどのようにERK活性が変化しているのかについては不明であった.さらに,ERK活性のダイナミクスは刺激後数分から1時間程度で観察されるのに対し,細胞増殖や細胞分化は数日を要するイベントであることから,両者の関係のタイムスケールが大きく乖離している,とい問題点があった.これらの2点の問題に対し,我々はERK活性を1細胞レベルで長時間計測し,ERK活性のダイナミクスと表現型を直接関連づけられるのではないかと考えて研究を行った.

3. FRETバイオセンサーの開発と安定発現系の確立

まず,ERKの活性を可視化するための手法を確立する必要があった.ERKの活性は,ERK分子がリン酸化されると核内移行するため,この核内移行がERK活性の指標として広く使われているが,細胞ごとの活性動態の違いをみるには,より感度の高い手法が必要であった.そこで,ERK活性の可視化はフェルスター/蛍光共鳴エネルギー移動(Förster/fluorescence resonance energy transfer:FRET)の原理に基づくバイオセンサーEKAREVを用いた6, 7)図2).EKAREVは,黄色蛍光タンパク質(YFP)のYPetとシアン色蛍光タンパク質(CFP)のECFPをそれぞれFRETのアクセプターとドナーとして用いている.これらの蛍光タンパク質の間に,リガンドドメイン(WWドメイン)と116アミノ酸の長鎖フレキシブルリンカー(EVリンカー),センサードメインとしてERKによりリン酸化されるペプチド配列とERK結合配列(FQFP)が配置されている.センサードメインが内在性のERKによりリン酸化されると,そのリン酸化ペプチドをWWドメインが認識し,分子内構造変化が起こる.この構造変化をFRETの変化により捉える.さらにECFPのC末端に核内移行シグナル(nuclear localization signal:NLS)が付与されている.これによりバイオセンサーを核内に局在化させることで,核内のERK活性を可視化している.EKAREVの感度は,内在性のERKが0~20%ほどリン酸化されるような状況においては線形にERK活性を検出することができるが,それ以上の刺激に関しては飽和してしまうことがわかっている8)

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図2 FRETバイオセンサーの構造

ERK活性をモニターするFRETバイオセンサーEKAREVの構造.

次に必要な技術は,FRETバイオセンサーを安定的に細胞内に発現させることであった.細胞増殖といった比較的タイムスケールが長い現象をFRETにより捉えるためには,安定発現細胞株の樹立は必要不可欠であった.しかしながら,YFP遺伝子とCFP遺伝子の配列が似ているため,レトロウイルスやレンチウイルスを用いた遺伝子導入では蛍光タンパク質遺伝子間で組換えが起きてしまい,安定発現細胞株を樹立することが困難であった.そこで,我々はPiggyBacやTol2といったトランスポゾンを用いてFRETバイオセンサーを発現する安定細胞株を樹立している9–11).最近,YFP遺伝子のコドンを大腸菌のコドン使用頻度に最適化し,CFP遺伝子との相同性をあえて下げることで,レトロウイルスやレンチウイルスによる安定的な遺伝子導入にも成功している12)

4. ERKの確率的な活性化による細胞増殖速度の制御

FRETバイオセンサーとトランスポゾンを用いた安定細胞株樹立技術を用いて,細胞増殖におけるERK活性のダイナミクスの意義を解析した8).ラット正常上皮由来NRK-52E細胞株にEKAREV-NLS(核内型FRETバイオセンサー)の遺伝子をPiggyBacトランスポゾンにより導入し,通常の増殖条件である血清存在下でタイムラプスイメージングを行った.その結果,驚いたことにERKがポアソン過程(+10分程度の不応期)に従って確率的に活性化する発火現象を発見した(図3A, 3B).これは,ERKの活性化はホワイトノイズによって駆動される確率現象であることを意味している.また,ある細胞でERKが活性化すると,その隣の細胞で数分後にERKが活性化する細胞間伝搬現象も観察された(図3C).このような確率的なERK活性の発火や伝搬現象は,さまざまな細胞株でも観察されている.さらには3次元培養した上皮細胞やマウスの乳腺上皮細胞においても確率的なERK活性の発火と伝搬が起きることを確認している.

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図3 ERK活性のダイナミクスの可視化と細胞増殖との関係

(A) EKAREVを核に発現するNRK-52E細胞のFRETイメージングのモンタージュ画像.(B) Aの細胞1~5のERK活性のタイムコース.(C) ERK活性の細胞間伝搬.左の細胞をイメージングし,核部分を切り出しモンタージュ画像を構築したのが右の画像.細胞間のERK活性伝搬を矢印で示している.(D)細胞密度とERK活性の発火頻度の関係を示したグラフ.(E)細胞密度と細胞増殖速度(EdU取り込み細胞の割合)の関係を示したグラフ.

次に,ERK活性の発火と細胞増殖の関係性を検討した.FRETバイオセンサーを発現するNRK-52E細胞をさまざまな細胞密度で播種し,そのときのERK活性と細胞増殖速度を定量化した.ERK活性のbasalの値は細胞密度が上昇するにつれて単調に減少したが,ERK活性の発火頻度は中密度で最も高く,低密度や高密度では発火頻度が下がることがわかった(図3D).このとき,細胞増殖速度も低密度や高密度で低く,中密度で最も高くなる二相性の応答を示した(図3E).このような細胞密度依存的な増殖速度は,高密度では接触阻害(contact inhibition of proliferation),中密度ではE-cadherinを介した接触促進(contact stimulation of proliferation)13)として知られている.ここで言いたいことは,ERK活性の強度(振幅)ではなく,発火頻度(周波数)と細胞増殖速度が相関しているということである.ERKの確率的な活性化を生み出す分子機構については,結論だけ述べると,RafがERK活性の確率的な発火を生み出す決定的な因子であると我々は結論づけている.一方,AlbeckらはEGFRが確率的なERK活性化に関与しているという報告をしており,議論の余地が残っている14, 15)

ERK活性の発火頻度と細胞増殖速度に相関があるようにみえたが(図3D, 3E),これは相関関係でしかなく,因果関係を調べる必要があった.そこで,光遺伝学を利用したERKの光操作システムを開発した.このシステムでは,高等植物由来の青色光受容タンパク質Cryptochrome 2(CRY2)とその結合因子CIBを用いている16)図4A).細胞内に存在するFlavinと結合したCRY2は,青色光に応答して構造変化し,CIBと結合する.暗条件下でこの結合は数分程度の時定数で解離する.CRafにCRY2を,CIBにKRasの形質膜局在化シグナルをそれぞれ融合したタンパク質を発現させ,青色光を照射することで,CRY2-CRafを形質膜直下で急速に移行させることができる.CRafは形質膜直下に局在するとERKを活性化することが知られている17).このシステムを用いることで,ERKの活性化の強度やタイミングを青色光で比較的自由に操作することができる.ここで解きたい問題は,ERK活性の振幅か周波数のどちらが細胞増殖に寄与しているのか,ということである.この問いに答えるため,ERKの光活性化システムを組み込んだNRK-52E細胞を暗条件,持続的な青色光照射条件,間欠的な青色光照射条件の3条件で培養し,細胞増殖速度をEdU(5-ethynil-2′-deoxyuridine)の取り込みで定量化した.その結果,予想どおり,間欠的な光照射のときに細胞増殖速度が上昇することがわかった(図4B).

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図4 光遺伝学によるERK活性の操作と細胞増殖の人工的な誘導

(A)青色光によるERK活性化システム.青色光に応答したCRY2-CRafがCIBと結合して形質膜に移行し,ERKを活性化させる(左図).光強度とERK活性化の関係を示したグラフ(右図).(B) ERK活性の光操作と細胞増殖の誘導.(A)のシステムを組み込んだ細胞を左の3条件で培養し,細胞増殖速度をEdUの取り込みで定量化した.(C) ERK活性による細胞増殖の周波数変調システム.

これらの結果から,細胞はERK活性の振幅ではなく周波数を使って細胞の増殖という運命を決定しているということがわかった.つまり細胞はAM(振幅変調)ラジオではなくFM(周波数変調)ラジオと同じようなシステムを使って情報処理しているのである(図4C).これは,揺らぎの大きい細胞外環境からうまくノイズを取り除き必要な情報を抽出するという点では理にかなっている.以上のように,細胞外環境の情報がERK活性のダイナミクスにエンコードされていることがわかったが,このERK活性のダイナミクスがどのようにしてデコードされ具体的な表現型である細胞増殖につながるのか,という点に対してはまだ決定的なことはわかっていない.いくつか手がかりとなりそうなことを議論する.ERK活性の光操作システムを使い,上記の3条件下で発現が変動する遺伝子群をRNAseq解析したところ,間欠的なERK活性ダイナミクスを誘導したときのみ発現が上昇する遺伝子がいくつか同定されている.これはToettcherらの最近の報告とも一致しており,ERK活性ダイナミクスに対してバンドフィルター特性を示して発現上昇する遺伝子群が存在することを示している18).また持続的なERK活性化を誘導すると,細胞周期の進行に関わるCyclinなど以外にも,細胞周期進行を抑制するCDK inhibitorなども発現上昇しており,こういった分子のバランスによって細胞増殖が制御されていると考えられる.

5. ERK活性の細胞間伝搬による細胞集団運動の制御

上記の研究で,ERK活性の細胞間伝搬現象が観察されていたが,ERK活性の細胞間伝搬はNRK-52E細胞においては全体の発火頻度の10~20%ほどしか寄与しておらず,細胞増殖にはそれほど影響していないことがわかっていた8).そこでERK活性の細胞間伝搬が持つ生理学的な意義を追求することにした.上皮細胞をコンフルエントになるまで培養し,物理的に傷をつけ,その傷を細胞が埋めるようすを観察する損傷治癒(wound healing,またはスクラッチ)アッセイの際に,ERK活性が細胞間で伝搬することが免疫染色法により報告されていた19, 20).興味深いことにERK活性を阻害すると損傷治癒アッセイの細胞集団運動が顕著に阻害されることも報告されていた.しかしながら,ERK活性の細胞間伝搬がどのようにして細胞集団運動の方向性や速度を決定しているのかについては十分な解析がされていなかった.そこで,我々はFRETバイオセンサーを用いたイメージングによりERK活性の細胞間伝搬と細胞間集団運動の関係を検討した21)

まずERK活性の細胞間伝搬の分子機構については,我々の以前の研究から膜状のmatrix metaroprotease(MMP)によるEGFRリガンドの切断が重要であることがわかっていた8).CRISPR/Cas9によりMMPファミリーの遺伝子を順次ノックアウトした結果,ADAM17(TACE)と呼ばれるMMPがERK活性の細胞間伝搬を担っていることがわかった.ADAM17はその細胞内領域にERKによってリン酸化されるアミノ酸を有している.我々はERK活性化によってADAM17がリン酸化,活性化され,形質膜のpro-EGFRリガンド(EGFやHB-EGFなど)を切断し,隣接細胞のEGFRを活性化することで,隣の細胞のERKが活性化する,という伝搬機構を考えている22–24)図5).なお,このERK活性の細胞間伝搬は,直接細胞どうしが接触している必要があること,灌流により分泌因子を急速に洗い流しても伝搬が起きることから,pro-EGFRリガンドは切断前からEGFRと結合しており,ADAM17によって切断された直後に隣接細胞のEGFRが活性化するのではないかと考えているが,実験的な検証は得られていない.

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図5 ERK活性の細胞間伝搬の分子機構

ERKが活性化すると,ADAM17/TACEを介して,pro-EGFRリガンドが切断される(左).切断され活性化されたEGFRリガンドは隣接細胞のEGFRを活性化し,その下流でERKが活性化することでERK活性が伝搬する(右).

細胞集団におけるERK活性を可視化するために,イヌ腎上皮由来MDCK細胞にERKのFRETバイオセンサーであるEKAREV-NLSを発現させ,in virto創傷治癒アッセイを行った.その結果,既報のとおり19, 20),傷の先端部からERK活性化の大きな波が伝わることが観察された(図6A).また傷から離れたところでもERK活性の自己組織的に形成される波が起こることもわかった(図6A).どちらの場合にも細胞はERK活性が来た方向に向かって集団で運動する,逆相関の関係性があることがわかった.このようなERK活性の伝搬はEKAREVを発現するトランスジェニックマウスの耳に傷をつけたときにおいても同様に観察される25).さらに,細胞集団運動とERK活性の細胞間伝搬の関係性は,微小加工された基盤上の細胞集団においても観察された(図6B).MEK阻害剤によりERK活性を抑制すると,細胞集団運動だけでなく1細胞の運動性自体も減少する.一方,ERK活性の細胞間伝搬を抑制するためにADAM/MMP阻害剤であるTAPI-1を細胞に処理すると,細胞集団運動の速度がかなり抑制されるが,1細胞の運動性自体は落ちるわけではない.このことからERK活性の細胞間伝搬は細胞集団運動を直接制御していることがわかった.

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図6 細胞集団運動におけるERK活性の時空間ダイナミクス

(A) MDCK細胞のin vitro創傷治癒アッセイにおけるERK活性の可視化.傷(右の黒の領域)を修復するようにMDCK細胞が集団運動する.このとき,ERK活性が傷の先端から後方に向かって伝搬する.また後方部においても自発的なERK活性の伝搬が観察される.(B)微小加工された円形領域において接着するMDCK細胞の自発的な回転運動.ERK活性は時計回りに回転し,このとき細胞は反時計回りに回転する.

ERK活性の細胞間伝搬は細胞集団運動の方向と逆相関していたが,原因か結果かは明らかではない.そこで因果関係を直接的に示すため,ここでもCRY2とCIBを使った青色光によるERK活性化システムを用いた.まずCRY2-CIBシステムによりERKが活性化されるMDCK細胞を樹立し,この細胞を60 μmの幅を持つライン上の基盤の上に培養した.青色光の照射位置を時間とともにずらすことで人工的なERK活性の伝搬を再現した(図7A).この結果,予想どおり,ERK活性の伝搬方向とは逆方向に細胞が移動することが示された(図7A).このとき,自発的なERK活性伝搬を抑えるためにTAPI-1を加えている.したがって,ADAM17によるEGFの切断とEGFRの活性化という反応はこの系には含まれておらず,EGFの局所的な活性化が細胞運動を引き起こしているという可能性は排除できる.また,細胞どうしが接着しないように低密度に培養して同じ実験をしても光の方向とは独立して細胞が運動することから,やはり光の照射された位置を認識して細胞運動を決めているという仮説も棄却できる.これはERKが細胞内で非常に早く拡散するため26),細胞内の局所的なERK活性化の情報はすぐに消失してしまうと考えると矛盾しない.

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図7 人工的に再現したERK活性の時空間パターンによる細胞集団運動の再構成

(A)図4Aの青色光によるERK活性化システムを組み込んだMDCK細胞を線上の微小加工領域で培養し,光を左から右に移動させて,ERK活性の細胞間伝搬を光で再現した(左).このとき,細胞は光の進行により左側に移動することが光学的流れからわかる(右).(B) ERK活性の細胞間伝搬による細胞集団運動のモデル.色がERK活性を表しており,暖色が高い活性,寒色が低い活性を示す.

最後にどうやってERK活性の細胞間伝搬が細胞集団運動を引き起こしているのか,という分子機構を説明する.著者らの実験結果から,①ERKが活性化すると細胞運動速度が上昇すること,②ERK活性が高くなると細胞密度が減少すること,の2点を見いだしている.この二つの結果を数理モデルに組み込むと,非常に簡単にERK活性の細胞間伝播による細胞集団運動を再現することができる.重要なポイントは,ここでは細胞はERK活性がどちらから来たか認識していないこと,また細胞の前後ポラリティもないという点である.純粋にERK活性による細胞の大きさと動きやすさが伝搬すると物理的に細胞が波の方向に向かってずれていく,というイメージである(図7B).

ERK活性の細胞間伝搬は,その速度が遠方でも変わることがない.したがって,EGFの単純拡散ではなく(拡散による伝搬速度は時間がたつと遅くなる),ドミノ倒しで活性が伝わるトリガー波である.これはシグナル分子の拡散によって方向を伝えるよりも遠くまですばやく情報を伝えることができるというメリットがある.このような細胞間活性のトリガー波を使った細胞集団運動は,細胞性粘菌の集団運動においても観察される27).細胞性粘菌はcAMPを分泌し,それを隣の細胞が受け取り,さらにcAMPを分泌する,というリレーによりcAMPのトリガー波を作り出し,その波の来た方向に向かって細胞が動く.我々が用いたMDCK細胞との違いは,粘菌はcAMPの濃度勾配の情報から1細胞レベルで方向性を持った運動をしているという点である.残った疑問は,ERKがどのようにして細胞運動を制御しているのかという点である.ERKはMLCKやFAK, WAVE2といった細胞骨格の制御因子をリン酸化し細胞運動を制御していることが報告されている28–30).しかしながら,どの分子がどれくらい寄与しているのかといった定量的な情報は不足している.とはいうものの,マウス個体内においても,ERK活性と細胞運動や基質接着との関わりが二光子励起レーザー顕微鏡によりクリアに示されている31–33).最近では,ショウジョウバエ幼虫の気管形成時にERK活性伝搬が上皮細胞の陥入に関与していることが報告された34).胚発生など複雑な形態形成におけるERK活性の細胞間伝搬の意義に関して解析が待たれる.

6. おわりに

本稿では,Ras-ERKシグナル伝達系の時空間的なダイナミクスが創発する表現型について,著者らの研究成果を中心に議論してきた.先述のように,ERKは細胞増殖や分化,生存,細胞運動など多岐にわたる細胞機能に関与しており,さまざまなシグナル伝達系のハブとなる分子である.生細胞イメージングにより,ERK活性の時間的・空間的なダイナミクスを用いることで,多様な細胞機能を生み出していることが明らかになった.他のシグナル伝達系においても,細胞はハブとなるシグナル伝達分子のダイナミクスを利用して運命決定をしているのではないかと考えられる.たとえば,Gタンパク質共役型受容体GPCRはヒトゲノムに800種類ほど存在していることがわかっているが,その下流は主にGαs, Gαi, Gαq, Gα12/13の4種類に大別される35, 36).受容体型チロシンキナーゼの下流もRas, PI3K, PLCなど限られたシグナル伝達分子を活性化することが知られている37).シグナル伝達分子のダイナミクスが,入力刺激やその後の表現型の情報をコードしている例はAktやNF-κB, p53などでも報告されている38–40).おそらく,細胞内シグナル伝達系はハブとなるシグナル伝達分子の時空間的なダイナミクスをうまく使うことで,多種多様な入力刺激に対して応答しながらもうまく表現型を出力して環境の変化に適応しているのではないだろうか.

蛍光イメージング技術の進展に伴い,シグナル伝達系のダイナミクスを経時的に測定できるようになってきた.これにより,多様な入力情報が細胞内シグナル伝達系にどのようにエンコードされるのか理解できるようになってきた.さらに光遺伝学の手法により,直接的にシグナル伝達系のダイナミクスと表現型の関係性を調べることができるようになってきた.多くの悪性腫瘍でERK経路が活性化しており,ある種のがんではERK活性の不活性化が遅くなることで適応度を上げることが報告されている41).一方で,細胞内シグナル伝達系のダイナミクスがどのようにデコードされて表現型が出力されるのか,その分子機構についてはあまり解析が進んでいない.ERKに関しては,一過的な活性化と持続的な活性化がc-Fosの転写と翻訳後修飾により弁別されることが示されている42).しかし,ERK活性の周波数に依存した遺伝子発現の機序は未解明である.古くて新しいERK MAPキナーゼ研究,今後はどのような方向に進むのか,目が離せない.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究成果は,京都大学大学院生命科学研究科の松田道行教授のご指導のもと,多くの共同研究者とともに行ったものである.この場を借りて深く感謝申し上げます.

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著者紹介Author Profile

青木 一洋(あおき かずひろ)

自然科学研究機構生命創成探究センター/基礎生物学研究所教授.博士(医学).

略歴

1979年滋賀県に生る.2002年名古屋大学理学部卒業.07年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了.京都大学大学院生命科学研究科助教,講師,京都大学大学院医学研究科特任准教授を経て,16年4月より現職.

研究テーマと抱負

細胞内シグナル伝達系の可視化,定量化,操作.細胞の運命決定機構を定量的に理解したい.

ウェブサイト

http://www.nibb.ac.jp/qbio/

趣味

子供と遊ぶ,バドミントン,卓球,ダーツ

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