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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 91(1): 96-100 (2019)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910096

みにれびゅうMini Review

血管内皮細胞特異的に遺伝子が発現するメカニズムEndothelial cell-specific gene expression induced by transcription factors and epigenetics

大阪大学大学院薬学研究科生命情報解析学分野Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Osaka University ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘1–6 ◇ 1–6 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2019年2月25日Published: February 25, 2019
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1. はじめに

我々の体は,さまざまな種類の細胞により構成されている.各細胞のユニークな性質は,各細胞に特異的に発現する遺伝子により生み出されているが,これら組織特異的遺伝子(細胞種特異的遺伝子)は,なぜ各細胞に特異的に発現するのだろうか.骨格筋細胞の研究においては,骨格筋細胞特異的に発現する転写因子MyoDが,骨格筋細胞特異的遺伝子群の発現を促進するという,明快なメカニズムが示された.一方,血管内皮細胞においては,長らくそのような転写因子は同定されず,内皮細胞特異的な遺伝子発現が生み出されるメカニズムは不明であった.本稿では,Roundabout4(Robo4)遺伝子の発現制御研究から明らかになった,内皮細胞特異的遺伝子発現の新しい制御メカニズムについて紹介する.

2. Robo4の内皮細胞特異的な発現を生み出すプロモーター領域と転写因子

Robo4は,神経系の軸索誘導に関わるRoboファミリーの4番目の分子としてクローニングされ1),病的血管新生や炎症疾患治療の新規標的として注目を集めている2, 3).Robo4の発現はRobo1~3とは異なり,内皮細胞に特異的であり,特にがんや胎児の新生血管,肺などの微小血管に高発現する.我々は,血管内皮細胞特異的遺伝子発現の新メカニズムを明らかにすべく,このRobo4を内皮細胞特異的遺伝子のモデルとし,その発現制御メカニズムの解析を行った.Robo4遺伝子の上流配列にレポーター遺伝子を連結した配列を持つトランスジェニックマウスの作製実験から,Robo4遺伝子上流約3 kbの配列が,内皮細胞特異的なRobo4発現を生み出すプロモーターであることが示された4).またこの配列には,種間で高度に保存された三つの領域が存在し5),転写開始点付近の領域には転写因子SP1,GABPが,上流領域にはAP-1, NF-κBが結合し,Robo4発現を促進することが示された4–6).さらに,転写開始点付近の0.3 kbの保存領域のみを用いたトランスジェニックマウスの作製実験から,この0.3 kbの配列がRobo4の内皮細胞特異的な発現を生み出すことが示された(図17)

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図1 Robo4プロモーターの機能と結合する転写制御因子

Robo4の発現は約3 kbのプロモーターにより制御され,プロモーターには種間で高度に保存される三つの領域が存在する.上流領域は転写の活性化に寄与し,AP1やNF-κBなどの転写因子が結合する.転写開始点付近の0.3 kbの保存領域は,Robo4の内皮細胞特異的な発現を制御し,内皮細胞においてはSP1とGABPが結合する.各転写因子結合モチーフ上の数値は,転写開始点を+1とした時の位置を示している.

3. 内皮細胞特異的遺伝子発現へのエピジェネティクスの寄与

0.3 kbの領域には,前述のSP1, GABPが結合するが,これらは内皮細胞以外の細胞にも発現する転写因子であり,その組合わせも内皮細胞特異的とはいえない.このため,これらありふれた転写因子のみで,Robo4の内皮細胞特異的な発現が生み出されるメカニズムを説明することはできなかった(図1).そこで,転写因子を介さずに転写を制御する機構であるエピジェネティクスの寄与を考え,DNAメチル化に着目した.脊椎動物においてDNAメチル化はCpG配列のシトシンの5位がメチル化されることにより生じ,遺伝子発現の抑制に寄与することが知られている8).Robo4を発現する内皮細胞と,発現しない非内皮細胞のプロモーターのメチル化状態を比較したところ,転写開始点付近0.3 kbの領域は,内皮細胞ではメチル化されておらず,非内皮細胞では高度にメチル化されていた.人為的なプロモーターのメチル化は,内皮細胞におけるプロモーター活性を抑制する一方,プロモーターの脱メチル化は非内皮細胞にRobo4発現を誘導した.また,DNAメチル化はプロモーターへのSP1結合を阻害した.このことから,DNAメチル化は,SP1の結合阻害等のメカニズムを介して,非内皮細胞でRobo4発現を抑制する一方で,内皮細胞ではこの抑制がなくRobo4発現が促進された結果,内皮細胞特異的にRobo4が発現することが示された7)図2).

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図2 Robo4の内皮細胞特異的な発現が生み出されるメカニズム

胚性幹細胞においては,Robo4プロモーターは高度にメチル化され転写が抑制されている.非内皮細胞への分化過程においては,このメチル化が維持されSP1の結合阻害などのメカニズムを介し転写が抑制される.一方,内皮細胞への分化過程においては,ETV2-TET1/2複合体によるプロモーターの脱メチル化に続いて,ETV2とGABPの置換とSP1の結合により,プロモーターの持続的活性化が誘導される.プロモーターが,非内皮細胞において抑制され,内皮細胞において活性化されることにより,Robo4は内皮細胞特異的に発現する.

4. 内皮細胞におけるプロモーターの非メチル化パターンが生み出されるメカニズム

プロモーターのメチル化の有無がRobo4の内皮細胞特異的発現を制御することが示されたが,内皮細胞特異的な非メチル化パターンはどのように形成されるのであろうか.ヒトiPS細胞を,内皮前駆細胞,内皮細胞へと分化させ,各ステージにおけるRobo4プロモーターのメチル化状態を解析したところ,iPS細胞(胚性幹細胞)ではプロモーター全域が高度にメチル化されていたが,内皮前駆細胞では転写開始点から上流1.5 kbの領域が脱メチル化され,内皮細胞ではさらに上流領域が脱メチル化されていた.また,分化過程において段階的にRobo4発現が誘導されていた.これらの結果から,内皮細胞におけるプロモーターの非メチル化パターンは,胚性幹細胞から内皮細胞への分化過程における脱メチル化により形成されることが示された9)

5. プロモーターが脱メチル化されるメカニズムの解析

次に,Robo4プロモーターが分化過程において脱メチル化されるメカニズムの解析を行った.脱メチル化がプロモーターの領域特異的に起こることから,各領域に結合する転写因子が脱メチル化に寄与する可能性が考えられた.そこで,脱メチル化が起こる内皮細胞の分化ステージで発現するETV2, SOX7/17/18, VEZF1を候補因子として選出し,まずこれらがプロモーター活性に与える影響を評価した.その結果,ETSファミリーに属するETV2のみがプロモーターを強く活性化し,内皮細胞のRobo4発現を強く促進した.ETV2によるプロモーター活性化メカニズムの解析から,ETV2は転写開始点上流0.2 kbの領域を介してプロモーターを活性化することが示された.さらにこの領域には,四つのETSモチーフが存在するが,ETV2はすべてのモチーフに結合し,プロモーターを活性化することが示された.四つのモチーフのうち,ETV2の結合が最も強く,転写活性化への寄与が最も大きいモチーフは−119 ETSモチーフであった.興味深いことに,このモチーフは前述のGABPの結合モチーフであった.これらの結果から,ETV2は分化過程で脱メチル化を受ける,転写開始点付近に結合すること示された.さらに,iPS細胞から内皮細胞への分化過程におけるETV2の発現を解析したところ,ETV2は内皮前駆細胞で一過的に発現上昇し,分化後発現が減少していた.このことから,ETV2は,プロモーターが脱メチル化を受ける分化ステージに発現していることが示され,脱メチル化誘導に寄与する有力な候補因子と考えられた9).なお,ETV2の発現は,発生の過程においてVEGFシグナル伝達系(p38MAPK-CREBを介する経路)により活性化されることが知られている.

6. ETV2によるRobo4プロモーター脱メチル化メカニズムの解析

DNAの脱メチル化は,メチル化シトシン変換酵素ten eleven translocation(TET)1~3が,シトシンのメチル基を段階的に酸化する反応を介して行われる10).そこで著者は,ETV2がTET1~3のいずれかと相互作用し,プロモーターにTETをリクルートすることで脱メチル化を誘導する可能性を考えた.iPS細胞の分化過程におけるTET1~3の発現解析から,プロモーターが脱メチル化される分化ステージでは,TET1, TET2が発現していた.ETV2とTET1, TET2との相互作用を免疫沈降実験により解析したところ,ETV2はTET1, TET2両者と相互作用することが示された.さらに,クロマチン免疫沈降実験により,TET1/2はETV2を介してプロモーターに結合することも示され,ETV2が相互作用を介して,TET1, TET2をプロモーターにリクルートすることが示された9)

次に,ETV2とTET1, TET2がプロモーターの脱メチル化を誘導するかを解析した.Robo4プロモーターが高度にメチル化されている皮膚線維芽細胞に,ETV2, TET1を発現させたところ,ETV2とTET1もしくはTET2の共発現により,転写開始点上流0.2 kbの配列は完全に脱メチル化された.また,このときRobo4発現が強く誘導された.これらの結果から,ETV2-TET1/2複合体は,プロモーターに直接結合して脱メチル化することで,非内皮細胞である線維芽細胞にRobo4発現を誘導することが明らかになった9)

7. 血管内皮細胞特異的遺伝子発現の制御モデル

これまでに得られたすべての知見から,Robo4の内皮細胞特異的な発現が生み出されるメカニズムを構築することができた(図2).すなわち,未分化幹細胞において,Robo4プロモーターは高度にメチル化されRobo4発現は抑制されている.非内皮細胞への分化過程においては転写開始点付近のメチル化が維持され,SP1の結合阻害などを介してRobo4発現は抑制され続ける.一方,内皮細胞への分化過程においては,ETV2-TET1/2複合体がプロモーターに結合し,脱メチル化することでRobo4発現が開始される.さらに,内皮細胞へと最終分化するとETV2の発現は減少し,GABP, SP1が結合することでRobo4の高い発現が維持される,というモデルである.

今回のモデルはRobo4以外の内皮細胞特異的な遺伝子発現の制御モデルとしても一般化できる可能性が高い.その理由として,Robo4と同様に,VE-cadherinなど複数の内皮細胞特異的遺伝子の近位プロモーターが内皮細胞特異的な非メチル状態をとること11, 12),また,ETV2が内皮細胞特異的遺伝子の近位プロモーターに結合することがゲノムワイドな解析により示されていること13, 14)があげられる.これらの知見は,Robo4と同様に,他の内皮細胞特異的遺伝子のプロモーターも同様にETV2-TET1/2複合体による脱メチル化を受け,その発現が誘導される可能性を示している.実際,ETV2-TET1/2複合体は複数の内皮細胞特異的遺伝子の発現を誘導する(著者らの未発表データ).また,近年,ETV2による線維芽細胞等の内皮細胞へのダイレクトリプログラミングが報告されており15),この過程にもETV2と内在性TET2複合体による脱メチル化による内皮細胞特異的遺伝子発現の誘導が関与していると考えられる.今後,ETV2-TET1/2複合体による制御モデルを一般化するための,さらなるゲノムワイドな解析が必要である.

8. 分化過程におけるプロモーターへの異なるETS因子の結合

今回の制御モデルでは,分化過程において–119 ETSモチーフに,まずETV2が結合し,その後GABPが結合する,ETSタンパク質の置換が起こる.これまでにもETV2とFLI-1との置き換わりが報告されているが13),ETSタンパク質はなぜ置換される必要があるのだろうか.今回のモデルから,ETV2は脱メチル化,GABPは転写活性化,という異なる機能を持つことが示された.すなわち,同一プロモーターに機能の異なるETSタンパク質を順に作用させ,プロモーターを段階的に活性化状態へと導くために置換のメカニズムが必要であると予想される.

また,ETV2は,–119 ETSモチーフにのみ結合するGABPと異なり,多様なETSモチーフに結合が可能である.内皮細胞では,ERG, FLI-1, ETS-1など微妙に異なるモチーフに結合する複数のETSタンパク質が機能する.今回のモデルから考えると,内皮細胞分化初期に,まずETV2が内皮細胞特異的遺伝子のETSモチーフに広く結合して脱メチル化し,それ以降の分化過程で多様なETSタンパク質が結合できる環境を与えている可能性もある.興味深いことに,内皮細胞に発現するETSタンパク質の中で,ETV2のみが未分化胚性幹細胞に高発現するTET1と相互作用する.このことは,ETV2のみが分化の初期過程で脱メチル化誘導活性を有することを意味し,ETV2が内皮細胞分化のマスターレギュレーターとなりうる理由であるとも予想される.

9. おわりに

転写因子とエピジェネティクスの両面からのRobo4の発現制御メカニズムの解析から,ETV2とDNAメチル化による内皮細胞特異的遺伝子発現の新しい制御モデルが提唱された.多くの研究者が,内皮細胞特異的遺伝子発現を生み出す転写因子を探索したにもかかわらず,これまでETV2発見が困難であった理由の一つとして,ETV2が分化後の内皮細胞に発現していなかったことが考えられる.近年の目覚ましい幹細胞・エピジェネティクス研究手法の発展により,ETV2の新たな機能が発見されたといえる.今後は,Robo4をモデルとして明らかにした制御モデルを,他の内皮細胞特異的遺伝子に一般化していくとともに,ETV2を用いて非内皮細胞に内皮細胞の性質を付与する技術を,再生医療や疾患治療に応用していきたいと考えている.

謝辞Acknowledgments

本研究は,大阪大学大学院薬学研究科,およびHarvard Medical Schoolで行われたものであり,多大なご指導をいただきました,土井健史教授,William Aird教授,および,田中亨博士,井澤洸栄氏をはじめとする研究チームの皆さんに心から感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

岡田 欣晃(おかだ よしあき)

大阪大学大学院薬学研究科生命情報解析学分野准教授.博士(薬学).

略歴

1975年兵庫県に生る.98年大阪大学薬学部製薬化学科卒業.2000年同大学院薬学研究科博士前期課程,03年同博士後期課程修了.03~06年Harvard Medical School研究員.06年より大阪大学大学院薬学研究科助手,助教を経て,12年より現職.

研究テーマと抱負

これまで15年間取り組んできたRobo4の発現制御・機能解析研究をさらに発展させ,Robo4を標的とする創薬への応用を図っていきたい.

ウェブサイト

https://seimeijohokaiseki.wixsite.com/tanpaku

趣味

お笑い鑑賞,水泳,料理.

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