コフィリンによるアクチン線維切断とその制御Severing actin filaments by cofilin and its regulation
名古屋大学大学院理学研究科構造生物学研究センターStructural Biology Research Center, Graduate School of Science, Nagoya University ◇ 名古屋市千種区不老町 ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, Japan
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アクチンは現在知られているすべての真核細胞に存在する分子量42,000程度のタンパク質で,重合して線維を形成する(図1A).細胞を動かし,細胞の形を決め,細胞をつなぎ,物質の取り込み,排出にも関わるなどその役割は多岐にわたる.ヒトには6種類のアクチンがあるが,量の多い骨格筋αアクチンや細胞質βアクチンはニワトリとヒトで1残基も変化がない.このことは数億年にわたりアクチンが1残基でも変化したら子孫が残せなかったことを示しており,端的にアクチンの真核生物における重要性を示している.
(A)アクチン線維とコフィリン結合アクチン線維.アクチン線維は2本のストランドからなるらせん構造を持った線維である.1本のストランドが180度回転する距離をクロスオーバーと呼び,アクチン線維では36~38 nmである.ここにコフィリン(黄色)が結合するとクロスオーバーは27~28 nmまで減少する.(B)コフィリン結合アクチン線維のクライオ電子顕微鏡マップ.左:全体構造.右上:ADP周辺,右下:アクチン残基番号20周辺の拡大図.(C)コフィリンによる切断の模式図.アクチンには極性があり,一方の端がP端(脱重合端),もう一方の端がB端(重合端)である.(D)コフィリンによる脱重合促進の模式図.
ADF(actin depolymerizing factor)はニワトリ胚の脳から1980年に,コフィリンはブタ脳から1984年にそれぞれ発見された.配列,構造,機能の高い共通性から,その後見つかった多くの近縁の分子とあわせた一群を,ADF/コフィリンと呼んでいる.細胞内のほとんどのアクチン線維は,常に重合と脱重合を繰り返している.この動態により,アクチンは,外界や細胞内部の状況の変化に柔軟に対応し,さまざまな役割を果たすことができる.しかし,必要のないアクチン線維を速やかに分解し単量体に戻さなければすぐにアクチン単量体が枯渇し,この動態は止まってしまう.この線維の分解を主に担うのが,ADF/コフィリンである.アクチンを単離してきたときのアクチン線維脱重合速度は遅く,細胞内のそれ(速いものでは10 µm/分以上)よりもはるかに遅い[~0.04 µm/分,ADP(アデノシン二リン酸)結合状態,脱重合端1)].つまりADF/コフィリンによるアクチン線維分解は細胞内のアクチンの動態を200倍以上加速しているのである2).
我々は,このADF/コフィリンによるアクチン線維分解機構を理解するために,アクチン線維にADF/コフィリンの一つである,ニワトリコフィリンが結合した状態の構造をクライオ電子顕微鏡法によって明らかにした(図1B)3).
コフィリンについてはいままでの長年の研究により,多くの知見が蓄積されている.コフィリンは,アクチン線維切断と,端からの脱重合加速によってアクチン線維を分解する.コフィリンはアクチン線維に対し,アクチン1分子に対して1分子の割合で結合する.(図1A).コフィリンの結合には協同性があり,コフィリンの結合場所のとなりにはコフィリンが結合しやすく,アクチン線維上にクラスタを形成する(図1C).アクチン線維の切断は,このコフィリンクラスタのP端側境界で起こる4).アクチン線維はらせんを形成するが,コフィリンが結合すると,アクチン線維の構造が大きく変化し,このらせんがよりきつく巻くようになる(図1A)5, 6).アクチンは1分子のATP(アデノシン三リン酸)またはADP(アデノシン二リン酸)を結合する.ATP結合アクチンが線維を形成すると,アクチン分子のATPaseが活性化してADP結合アクチンになる.コフィリンはこのADP結合アクチン線維を好んで結合7)し,分解する.また,同時にアクチン線維の両端からの脱重合も促進する(図1D)4).
我々はこれらのコフィリンの性質を構造から理解するために,クライオ電子顕微鏡法を用いて三次元構造解析を行った.試料としては,SH基が露出していないため酸化による二量体を作りにくく,アクチン線維との結合も安定な,ニワトリのコフィリンを用いた.負染色法による溶液条件検討,名古屋大学工学部のクライオ電子顕微鏡Polara(FEI社,現サーモフィッシャー社)を用いたクライオ試料条件検討を経て,大阪大学超高圧電子顕微鏡センターのTitan Krios(FEI社,現サーモフィッシャー社)を用いて6日間で1111枚の電子顕微鏡写真を撮影し,解析を行った(最終的な分解能は3.8 Å).正確な主鎖のトレースができ,多くのアミノ酸残基の側鎖を観察でき,マグネシウムイオンを直接観察することができる分解能である(図1B).構造生物学の使命は構造から機能を説明することである.そこで2節で述べたコフィリンの性質を説明するために,この構造からわかったことを簡単に述べる.
アクチンは,単量体時と線維形成時に大きく構造が異なる.単量体の構造をG-form,線維形成時の構造をF-formと呼ぶが,コフィリンが結合したアクチン線維内の構造はこの二つと異なる第三の構造であった.この構造をC-formと名づけた.アクチンは大きくインナードメイン(ID)とアウタードメイン(OD)の二つのドメインに分かれる(図2A).三つのformを比較したところ(図2A, B),IDの大部分(IDリジッドボディ)とODの半分強(SD1リジッドボディ)の領域がそれぞれまったく内部が変化しない剛体(リジッドボディ)として振る舞うことがわかった(図2C).この二つの剛体の相対位置関係でG-,F-,C-formを定義できる.逆にいえば,アクチン結合タンパク質は,この二つの剛体に同時に結合して二つの相対位置を固定することによって,アクチンのformを変えることができる.
(A)各アクチン分子の立体構造.G-form(シアン),F-form(マゼンタ),C-form(薄茶)をIDリジッドボディで位置を合わせて重ねて表示.ID:インナードメイン,OD:アウタードメイン.(B) Aと同じようにSD1リジッドボディで位置合わせを行い重ねて表示.(C)青がIDリジッドボディ,赤がSD1リジッドボディ.(D)コフィリンは二つのアクチン分子に同時に結合する.結合部位(G_s-,G_l-,F-site)は(E)で示した色で彩色した.(E)コフィリン-アクチン結合模式図.(F)アクチン線維内のストランド内結合.青がID-ID結合部位,赤がID-OD結合部位.(G)下側アクチン分子のG-siteにコフィリンが結合すると,C-formに変化する(緑).そうなると,ストランド内結合はID-ID結合(青)のみになる.(H)アクチン線維のF-siteにコフィリンを結合させたモデル.F-siteだけの結合であれば,コフィリンはアクチン分子構造を変化させることなく,アクチン線維と干渉せず結合できる.
コフィリンはアクチン2分子にまたがって結合する(図1A, 2D, E).上側の分子との結合サイトをG-site,下側の分子との結合サイトをF-siteと呼ぶ.G-siteの結合ではコフィリンはアクチンの二つのリジッドボディに同時に結合する.そのため,G-siteでの結合がアクチンの構造変化を誘起すると考えられる.実際,ADF/コフィリンの仲間であるtwinfilinと,アクチン単量体との結晶構造が知られており8),このtwinfilin-アクチン結晶構造は,あらためて我々が分析したところ,C-formであった.twinfilinはアクチンとG-siteを介した結合だけをするので,G-siteへのコフィリンの結合がアクチン分子の構造変化に必要十分であることを強く示唆している.G-siteは長い側鎖による長距離相互作用であるG_l siteと,その他のG_s siteの二つに分かれる(図2E).G_l siteはIDリジッドボディの上に存在し,G-site側アクチン分子の変形なしで結合が可能である.一方で,二つのリジッドボディにまたがるG_s siteについては,アクチン分子の構造が変化しないと結合ができない.
F-siteは,アクチン分子のSD1リジッドボディ上にしか存在しない.リジッドボディの構造はformによらないため,F-site結合はアクチン線維に構造変化を誘起する必要がない(図2H).
アクチン線維は2本のストランドからなり(図1A),ストランド内のアクチン分子間結合の方がストランド間結合よりもずっと強い.ストランド内アクチン分子間結合は,ID間結合(ID-ID結合)と,B端側分子のODとP端側分子のID間結合(ID-OD結合)の二つが存在する(図2F).コフィリンがG-siteで結合すると,アクチン分子構造がC-formに変化する.そうなると,ID-ID結合には変化がないが,ID-OD結合が失われる(図2G).この結合変化がコフィリンの機能を説明するのに非常に重要である.
アクチンのドメイン間(IDとOD)相対位置にはゆらぎが存在し,このゆらぎはADP状態の方が大きいといわれている9).このことと,3節で述べた知見を合わせて,2節で述べたコフィリンの性質を説明したい.
アクチン線維へコフィリンが結合するためには,アクチン分子間のID-OD結合を切った上でアクチン分子を変形させる必要があるため,一段階での結合はポテンシャル障壁が大きく現実的ではない.まずコフィリンは,アクチン分子変形を必要としないF-siteに結合する.G_l siteもアクチン分子変形を必要としないが,アクチン線維上のG_l siteに結合すると,B端側のアクチン分子とコフィリンが干渉してしまう.
F-siteにコフィリンが結合したアクチンがADP状態であれば,ドメイン間のゆらぎが大きいため,ゆらぎにのってコフィリンがP端側アクチン分子に近づくことがある.十分に近づいたら,G_l siteの長距離結合がコフィリンとアクチンを結びつけ,コフィリンをG-site付近に固定し,G_s-site結合を促す.その結果アクチン分子の変形が起こると同時に,線維のらせんがきつくなる位置に二つのアクチンの相互位置が固定され,1分子のコフィリン結合が完成する(図3A).このモデルでは,アクチンのドメイン間ゆらぎに結合を依存するため,ゆらぎが大きいADP状態のアクチンにコフィリンは好んで結合することが説明できる.
(A)アクチン線維へのコフィリン結合模式図.(B)コフィリンによる協同的結合および線維切断模式図.(C)コフィリンSer3付近の拡大図.アクチンをサーフェイスモデルで表示.アクチンサーフェイス上の赤は負電荷,青は正電荷,緑は極性残基を表す.Ser3はコンピュータ上でリン酸化した.リン酸化してもアクチン分子と干渉しない.(D)フォルミンによるアクチン線維構造変化.左:フォルミンによるアクチン線維回転模式図.右:回転力の有無による線維のクロスオーバー長(図1A)の変化.グリッド上に固定されたフォルミンから重合中のアクチン線維を観察.線維P端付近をグリッドに固定した場合,フォルミンによる回転力がアクチン線維にダイレクトにかかる.フォルミンの回転力がかかるとクロスオーバー長が伸びており,コフィリンによる構造変化とは逆の変化が起きている.
コフィリンが結合するアクチン分子のP端側アクチン分子もB端側アクチン分子もコフィリンが結合しやすくなる.まずP端側について説明する.コフィリンがアクチン線維に結合すると,コフィリン結合アクチン分子と,その一つP端側のアクチン分子の間に,コフィリンが結合しやすい空間ができる(図3B).この空間にG_l siteを通してコフィリンが結合することによって,コフィリンはアクチン分子構造変化を誘起する.コフィリンはドメイン間ゆらぎによるG-siteへのアプローチを待つ必要がないため,最初の結合(図3A)よりも速く結合できる.また,このときコフィリン結合アクチン分子と,その一つP端側のアクチン分子の結合は弱まっているので,コフィリンがここに結合しなければ,コフィリン結合領域のP端側でアクチン線維の切断が起こる(図3B).
B端側については,最初の結合(図3A)のようにF-siteの結合から始める必要があるが,P端側のアクチンはすでにC-formであるため,P端側の分子の変形が必要ない分,やはり最初の結合よりも速く結合できる.
実際にはアクチン線維は2本のストランドを持つ(図1A)10)ため,もう少し複雑である.論文中では2本のストランドを考慮したモデルや,コフィリンによる脱重合促進を説明するモデルも提唱したが,紙面の関係上残念ながらここでは割愛する.
ここまで,コフィリンの機能を説明してきた.三次元構造に基づいた比較的簡単なモデルによって,コフィリンのさまざまな性質が説明できたと考えている.しかし,いつでもコフィリンが活性化状態であれば,必要なアクチン線維まで切断されてしまう.当然,コフィリンにはさまざまな制御がかかっている.コフィリンには二つの制御方式がある.一つはリン酸化による不活性化,もう一つはコフィリンに特徴的な力学的制御である.最後にこれらについて簡単にレビューしたい.
コフィリンはSer3をリン酸化することでアクチン線維に結合できなくなる.しかしながら,Ser3付近のアクチン–コフィリン複合体の密度マップをみると,Ser3にリン酸を結合させても,まったくアクチンと干渉せず,付近にリン酸と反発する負の電荷も見あたらない.おそらくリン酸による不活性化はアクチンとリン酸の干渉ではなく,リン酸化によるコフィリン自体の構造変化によるものだと考えられる.NMRによる過去の測定では,リン酸化をミミックするS3D変異によってコフィリンの広い範囲のシグナルが大きく変化しており,リン酸化によるコフィリンの構造変化を強く示唆している11).
もう一つ重要な制御方式が力学的制御である.アクチン線維が引っぱられているとコフィリンが結合できないことがわかっている12).最近,引っぱりだけではなく,アクチン線維の回転がコフィリン結合を制御している証拠がでてきた13, 14).フォルミンを介してアクチン重合を行っているときや,ミオシンがアクチンと相互作用するときに,アクチン線維を回転させる力が発生する(図3D).この力の方向はコフィリンとは逆で,アクチンのらせんをゆるめる方向である.その結果,フォルミンによるアクチン重合や,ミオシンによる力発生が行われているときはコフィリンがアクチン線維に結合しにくくなる.線維にかかる回転力や張力は非常に長い距離を伝搬し,しかもほぼ瞬時に伝わり,通常のシグナル伝達システムとはまったく異なる.このことは,細胞内のアクチン動態を理解するためには,アクチン線維がどこからどこまで続いていて,端がどうなっていて,ミオシンと相互作用している部位があるかどうかなど,細胞内の各要素の空間配置や力学的状況を理解することが必要不可欠であることを強く示唆している.
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