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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 91(2): 232-235 (2019)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910232

みにれびゅうMini Review

小胞体(ER)–ミトコンドリア間コンタクトサイトにおけるリン脂質輸送機構Mechanisms of phospholipid transfer at the contact sites between the ER and mitochondria

京都産業大学総合生命科学部Faculty of Life Sciences, Kyoto Sangyo University ◇ 〒603–8555 京都市北区上賀茂本山 ◇ Kamigamo-motoyama, Kita-ku, Kyoto 603–8555, Japan

発行日:2019年4月25日Published: April 25, 2019
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1. はじめに

細胞は膜で囲まれた区画に生体分子が詰め込まれた,生物の最小単位である.しかし,古くから詳しい研究が進められてきた核酸やタンパク質とは異なり,細胞と外界の境界や細胞内区画を作る生体膜の成り立ちについては,適切な方法論の欠如もあって,いまだ研究が遅れている.特に,ほぼ水に不溶な脂質が小胞輸送を介さずに,小胞体(ER)膜やミトコンドリア内膜等で生合成された後,どのように水溶液区画を通過して,各生体膜の特異的脂質組成を確保しつつ細胞全体にくまなく行きわたるのか.こうしたきわめて基本的な問いに対する答えは,近年ようやく得られ始めたところである.

生体膜間のリン脂質輸送の研究における重要なターニングポイントは,二つの生体膜を直接テザリングするタンパク質(複合体)によって膜間コンタクトサイト(CS)が作られることが明らかになったことである.すなわち2009年に,それまで電子顕微鏡観察などから示唆されていたER–ミトコンドリア近接部位(mitochondria-associated ER membrane:MAM)の実体として,出芽酵母の遺伝学的スクリーニングによりERMES(ER–mitochondria encounter structure)が同定された(図11).ERMESの発見とその逆遺伝学解析から,MAM構成因子はたまたまER膜とミトコンドリア膜が近接した部位に受動的に集合してきたタンパク質ではなく,能動的にMAMという膜間CSを形成する因子と機構が存在することが明らかになり,細胞生物学分野に大きなインパクトを与えた.ERMESは菌類と一部の原生動物以外には保存されていないが,ヒトなどの高等真核生物にも同様の因子があることは疑いない.さらにERMESは,リン脂質結合モチーフとして知られるSMPドメインを持つタンパク質を含むことから2, 3),ER–ミトコンドリア間で膜間リン脂質輸送を直接担う可能性が考えられた.

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図1 ERMES複合体の模式図

2. リン脂質の膜間輸送モデル

リン脂質はリン酸基を含む親水性の頭部を持つ一方で,疎水性のアシル基を2本持つため,水への溶解度は低い.水溶性区画を介したリン脂質の膜間輸送については,自発的な移動(spontaneous transfer)とタンパク質が仲介する移動(facilitated transfer)の二つの機構が考えられる(図2A4, 5).前者の自発的な移動は,脂質二分子膜間の距離が十分に小さいとき,膜を構成するリン脂質が自発的に入れ替わる反応と考えることができるが,その反応速度は遅く,おそらく細胞全体に必要なリン脂質を必要なタイミングで行きわたらせることは難しい.そこで,細胞内で起こるリン脂質輸送の多くは,後者のタンパク質を介したものであると推測される.タンパク質による脂質輸送は以下のようなステップに分けて考えることができる.(脂質結合)タンパク質がまずドナーとなる生体膜に接近し,リン脂質を引き抜く.タンパク質–リン脂質複合体が水溶性区画を移動してアクセプターとなる生体膜に接近し,リン脂質の膜への挿入が行われる.ここでERMESのようにタンパク質(複合体)が二つの膜を同時に直接テザリングしていれば,(脂質結合)タンパク質が膜間の水溶性区画を拡散移動する必要はなくなる.また,ATPの加水分解などと共役しないならば,脂質の膜間移動は,移動の方向性がドナー膜とアクセプター膜の脂質の濃度差に従って決まる受動的仲介輸送である.

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図2 Mmm1–Mdm12による脂質輸送

(A)生体膜間でのリン脂質輸送機構.(B)左)K. lactis由来Mdm12の結晶構造.リン脂質を実体モデルで示す.NおよびCはそれぞれN, C末端の位置を示す.右)Mdm12の構造およびリン脂質結合ポケットを模式的に示した.(C)Mmm1(可溶性ドメイン)およびMdm12単独でのリン脂質輸送活性と,Mmm1(可溶性ドメイン)–Mdm12複合体のリン脂質輸送活性を比較した.横軸は時間,縦軸は輸送されたリン脂質の量を示す.Mmm1(可溶性ドメイン)はマルトース結合タンパク質(MBP)との融合タンパク質を用いた.

3. ERMES複合体構成因子Mdm12の構造解析

筆者らはERMESの構造機能相関の解明を目指し,ERMESサブユニットの構造解析を試みた.ERMESコア複合体はMmm1, Mdm12, Mdm34/Mmm2, Mdm10の4種のサブユニットからなり,Mmm1はNアンカー型のER膜タンパク質(C末端側ドメインをサイトゾル側に露出),Mdm12は表在性ミトコンドリア外膜タンパク質,Mdm34は内在性ミトコンドリア外膜タンパク質,Mdm10はβバレル型ミトコンドリア外膜タンパク質であり,Mmm1, Mdm12, Mdm34はいずれもSMPドメインを持つ(図1).これらの中で,Mdm12はSMPドメインのみからなる唯一のサブユニットで,その立体構造が筆者らを含む複数のグループから報告された6–8).筆者らが決定した酵母(Kluyveromyces lactis)Mdm12の構造は,ヒトE-Syt2のSMPドメインと類似しており,深い疎水性ポケットを有し,そこに1分子のリン脂質が頭部を表面に露出しながら,アシル基を疎水性ポケットに突っ込む形(tail in)で結合していた(図2B6).さらに質量スペクトル(MS)解析から,結合するリン脂質の特異性は低いことが示された6).ただし,酵母細胞から単離したER膜とミトコンドリアを用いた脂質輸送実験では,ERMESはホスファチジルエタノールアミン(PE)よりもホスファチジルセリン(PS)を優先して輸送するという結果が得られており9),Mdm12のリン脂質結合の特異性が必ずしもERMES全体の脂質輸送の特異性を反映するものではないことも考えられる.

4. Mdm12–Mmm1複合体はリン脂質輸送の最小単位として機能する

Mdm12の構造解析から,Mdm12はリン脂質結合タンパク質であることが明らかになった.そこで次に,Mdm12がリン脂質を効率的に膜間輸送するかどうかを検証するために,蛍光リン脂質を含むリポソームを用いたリン脂質の引き抜き能および膜間輸送能のin vitroアッセイを行った6).驚いたことにMdm12は,顕著なリポソームからのリン脂質の引き抜き,リポソーム間でのリン脂質輸送の活性を示さなかった(図2C).しかし,Mdm12の調製過程で得られたMmm1(の可溶性ドメイン)–Mdm12複合体を用いて同様の活性を調べたところ,Mmm1–Mdm12複合体は,Mmm1可溶性ドメイン単独およびMdm12単独と比べて,著しく高いリン脂質引き抜き活性とリン脂質輸送活性を示した.さらにMdm12の結晶構造およびMmm1のモデル構造に基づいて,各々のタンパク質の疎水性ポケットの内部や入り口に変異を導入したところ,リン脂質輸送活性が減少したことから,Mdm12およびMmm1の両方の疎水性ポケットが脂質輸送に重要であることが示された.同様の結果が,変異Mdm12あるいは変異Mmm1を発現した酵母細胞から単離したER–ミトコンドリア膜を用いた,ERMESを介したER–ミトコンドリア間のリン脂質輸送解析においても得られた6).以上の結果から,Mmm1とMdm12は複合体を形成することで効率的なリン脂質輸送能を示す,すなわちMmm1–Mdm12複合体は,ERMESにおいて膜間リン脂質輸送をつかさどる最小単位であることが強く示唆された.

筆者らがMmm1–Mdm12複合体の機能解析を報告するのとほぼ同時期に,海外のグループからMmm1–Mdm12複合体の結晶構造が報告された(図3A10).面白いことにMmm1–Mdm12複合体は,Mmm1が中心でホモ二量体を形成し,Mdm12がその外側に結合した,全体ではヘテロ四量体のアーチ状の構造であり,以前に報告されていたMmm1–Mdm12複合体の低分解能電子顕微鏡構造との類似性もみられた8).既知のSMPドメインの構造のほとんどはリン脂質結合ポケットの開口部どうしを突き合わせた,head-to-headのホモ二量体を形成するが11, 12),Mmm1–Mdm12複合体はhead-to-tailという新規のSMPドメイン間相互作用でヘテロ複合体を作っていることになる.

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図3 Mmm1–Mdm12複合体構造より予測されるリン脂質輸送メカニズム

(A)Mmm1–Mdm12複合体結晶構造(PDB:5yk7).上段にリボンモデルを,下段にそれぞれのタンパク質の帰属と,模式図を示す.(B)結晶構造より示される,複合体全体を貫く疎水性のトンネルをリン脂質が移動するモデル.上段は分子表面の溝を,下段は分子内部のトンネルをリン脂質が通過するモデルを示す.矢印はトンネル構造を通過するリン脂質の通り道を示す.溝あるいはトンネルであるので,輸送の方向は定めずに描写している.(C)Mmm1, Mdm12, Mdm34のSMPドメインがhead-to-headのヘテロ二量体のパートナーを替えて,ER膜とミトコンドリア外膜間でリン脂質を輸送するモデル.リン脂質の移動を実線の矢印で,タンパク質の相互作用相手の動的な変換を破線の矢印で示す.

5. ERMES複合体によるリン脂質輸送モデル

Mmm1–Mdm12が,Mmm1単独やMdm12単独の場合に比べて,はるかに効率よくリン脂質を膜間で輸送できることはわかった.それではERMESの各サブユニットの膜間リン脂質輸送における具体的な役割は何なのであろうか.Mmm1, Mdm12それぞれの変異体解析により,Mmm1–Mdm12複合体中の両方の分子の疎水性ポケットが積極的に脂質輸送へ関与することが示唆されたことから,ERMESサブユニット間でリン脂質が受け渡される機構が推定される.Mmm1とMdm12の間でのリン脂質の受け渡しについては,二つのモデルが考えられる6).Mmm1–Mdm12複合体の結晶構造によれば,リン脂質輸送の道筋となる疎水性ポケットは一部表面に開いてトンネルというより溝のようになっているようで,リン脂質の親水性頭部は溶媒に露出し,疎水性アシル基は常に疎水性の溝の中にあって,スケートのように溝を滑っていく,あるいはもっと大胆にMmm1のポケットの底とMdm12のポケットの入り口が複合体中ではつながっており,Mdm12–Mmm1–Mmm1–Mdm12と続くリン脂質の輸送の道筋が存在するというモデルが提案されている(図3B).しかし,結晶構造で見いだされたMmm1とMdm12の間の疎水性ポケットのつながりはかなり狭く,リン脂質が自由に通れる大きさではない等の問題がある.

もう一つのモデルは,Mdm12などSMPドメインタンパク質は,SMPドメインタンパク質が形成するhead-to-head二量体間でリン脂質を交換可能であるという推論に基づく.たとえばMmm1ホモ二量体が,一時的に解離してその疎水性ポケットにER膜からリン脂質を取り込む.次にMmm1が結合パートナーをMdm12に替え,新たに形成されたhead-to-headのMmm1–Mdm12複合体において,Mmm1からMdm12へと脂質を受け渡す(図3C).同様のリン脂質の受け渡しが,今度はMdm12からMdm34の間でも起これば,リン脂質はER膜からミトコンドリア膜へと移動しうる.このモデルの問題点は,精製したMmm1–Mdm12複合体は比較的安定で,Mmm1ホモ二量体との間の動的変換がin vitroでは見いだされないことである.もちろんMdm34など他のサブユニットとの相互作用によって,こうした複合体の動的変換が起こる可能性は考えられる.

6. おわりに

Mdm12, Mmm1, Mmm1–Mdm12の構造情報が得られ,またMmm1–Mdm12によるin vitroリン脂質膜間輸送実験の結果から,ERMESによるER–ミトコンドリア間脂質輸送の分子メカニズムを,ようやく議論の俎上に乗せることができるようになった.しかしSMPドメインを持つ三つのERMESサブユニット間でのリン脂質輸送を考えるためには,Mdm34の構造と機能に関する情報が必須である.さらに,ミトコンドリア外膜のβバレル型膜タンパク質Mdm10がどのようにリン脂質輸送機能に関わるかについては,まったく手がかりがない.また実際の細胞内では,ERMESは各サブユニットが200分子くらいずつ集積して,巨大集合体構造を作っている(田村ら,私信).こうした巨大集合体では,単にMmm1–Mdm12ヘテロ四量体内だけでなく,隣接四量体間でもリン脂質の移動があるのかもしれない.今後,クライオ電子顕微鏡観察などによる,Mmm1–Mdm12–Mdm34–Mdm10複合体や巨大ERMES集合体の構造情報が重要になると考えられる.

オルガネラ間CSに関しては,CSそのものを直接可視化する手法の開発により,さまざまなオルガネラ間,酵母以外の高等真核生物のオルガネラ間でのCSやCS構成因子同定に向けた研究が進み,その形成(生合成)の動的制御についても研究が始まりつつある.一方で酵母のER–ミトコンドリアコンタクトであるERMESを中心に,その構造やin vitroでの機能解析が進み,膜CSがどのように働くか等の動作原理の理解が視野に入ってきた.今後ERMESをモデルとして,他のオルガネラ間,あるいはオルガネラ–細胞膜間CSが担うであろう,物質輸送能に関する理解と普遍的原理の解明が進むことが期待される.

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