生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
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Journal of Japanese Biochemical Society 91(2): 246-249 (2019)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910246

みにれびゅうMini Review

ショウジョウバエにおいて環境依存的に生殖幹細胞増殖を制御する神経内分泌メカニズムNeuro-endocrine control of germline stem cell proliferation in response to environmental conditions in the fruit fly Drosophila melanogaster

1筑波大学生命環境学群生物学類College of Biological Sciences, University of Tsukuba ◇ 〒305–8572 茨城県つくば市天王台1–1–1 ◇ 1–1–1 Tennoudai, Tsukuba, Ibaraki 305–8572, Japan

2筑波大学生命環境系Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba ◇ 〒305–8572 茨城県つくば市天王台1–1–1 ◇ 1–1–1 Tennoudai, Tsukuba, Ibaraki 305–8572, Japan

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これらの著者は同等に本論文に貢献した.

These authors equally contributed to this work.

発行日:2019年4月25日Published: April 25, 2019
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1. はじめに

生物が世代を越えて安定に存続するためには,生殖能力の基盤となる配偶子を正常に形成する能力が不可欠である.多くの生物において,配偶子形成過程は,個体内外の環境状態の影響を受けることが知られている.すなわち,飢餓状態や,外敵からの危機せまる環境,将来の子孫が成育に適さない環境の場合,生殖活動が減少することが報告されている.筆者らは,こうした環境に依存した配偶子制御に関心を持ち,ショウジョウバエのメスを用いて,卵を生み出す生殖幹細胞の制御メカニズムの研究を行っている.本稿では,この系において近年明らかになった,外部環境依存的に生殖幹細胞を制御する仕組み,中でも交尾刺激を伝達する神経内分泌系の役割に焦点を当てて概説する.

2. ショウジョウバエの生殖幹細胞

ショウジョウバエメスの生殖幹細胞は,卵巣小管の先端に位置する1~3個の細胞である1)図1A).卵巣小管の最先端にはキャップ細胞があり,生殖幹細胞はこのキャップ細胞に接するように存在している2)図1B).さらに,生殖幹細胞を含む生殖細胞は濾胞細胞に取り囲まれている.生殖幹細胞は非対称分裂により,未分化状態を保った幹細胞そのものと分化した細胞を一つずつ生み出す.2個の娘細胞のうち一方はキャップ細胞に隣接した状態を保ち,生殖幹細胞として維持される3).もう一方の娘細胞は,キャップ細胞から離れるとシストブラストへと分化し,その後に卵細胞と保育細胞に分化する.

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図1 ショウジョウバエメスの生殖幹細胞とその構造

(A)ショウジョウバエの卵巣は15~20個の卵巣小管で構成される.卵巣小管は多段階の卵胞からなり,先端部には1~3個の生殖幹細胞が位置する.生殖細胞(濃い灰色)は体細胞(薄い灰色)に取り囲まれている.(B)卵巣小管先端には生殖幹細胞(黒)の他,キャップ細胞(黒~灰色のグラデーション)やターミナルフィラメント,エスコート細胞などの体細胞も存在する.(C)キャップ細胞は生殖幹細胞に隣接し,生殖幹細胞の増殖と維持に重要な役割を持つ.キャップ細胞から供給されるDppは生殖幹細胞のBamの発現を抑制することで,幹細胞からシストブラスト(灰色)への分化を抑制する.

生殖幹細胞が自己複製能と分化能を持ち続けるには,幹細胞ニッチと呼ばれる微小環境が必要である.この環境を構成する細胞が,先ほど述べたキャップ細胞である.キャップ細胞はDecapentaplegic(Dpp)と呼ばれる液性因子を放出し,生殖幹細胞の制御を行っている4)図1C).Dppは隣接する生殖幹細胞に受け取られ,その内部でシグナル経路を活性化させる.このシグナル経路は,卵形成過程の分化に必要なBag-of-Marble(Bam)の発現を抑制することで,生殖幹細胞を未分化状態に保っている5).逆に,分裂によって生じた細胞がキャップ細胞から物理的に離れると,この細胞はDppを受容できなくなるため,Bamが発現してシストブラストへと分化が進む.

3. 栄養と老化による生殖幹細胞制御

ショウジョウバエメスの生殖幹細胞は解剖学的に同定しやすいことから,幹細胞と幹細胞ニッチの優れたモデル系として盛んに研究が行われてきた.さらに近年,生殖幹細胞にさまざまな環境要因が影響を与えることが示されている.ここではまず,比較的研究が進展している栄養や老化による制御を概説する.

1)栄養と生殖幹細胞

ショウジョウバエでは,栄養条件が生殖に多くの影響を与える.たとえば,富栄養状態にあるショウジョウバエは,産卵数が増加する.さらに,富栄養状態から貧栄養状態に移行すると産卵数が減り,逆に貧栄養状態から富栄養状態に移行させると産卵数は回復する.このように,栄養に伴う産卵数の変化は可逆的な反応であり,この反応を伝える何らかのシグナル経路の存在が予想される.

ショウジョウバエの栄養依存的なシグナルとして最も研究されている因子は,Drosophila insulin-like peptide(DILP)である.DILPは,脊椎動物のインスリンに構造のよく似たホルモンである.DILPは産卵数だけでなく,生殖幹細胞にも影響を与える6).すなわち,高タンパク質餌を食べたショウジョウバエは,キャップ細胞においてDILPシグナルが上昇し,生殖幹細胞の分裂が活性化する.一方で,低タンパク質餌を食べたショウジョウバエではDILPシグナルが低下し,生殖幹細胞の分裂活性が低下する.また,脳に存在し,栄養の変化を感知するDILP産生細胞を失ったショウジョウバエメスでは,栄養条件によらず,野生型の貧栄養状態と同様の低い分裂能を示す.さらに,DILPシグナルによる生殖幹細胞の分裂制御はG2期特異的であることがわかっている.

2)老化と生殖幹細胞

一般に,老化は生殖機能を顕著に低下させる.これは生殖幹細胞も例外ではなく,加齢により細胞数・分裂数の減少が起こる.さらに,老化したショウジョウバエの生殖幹細胞では,若年個体に比べて,細胞周期にかかる時間が3倍近く長くなる7).このとき,延長するのはS期の期間であり,DILPによるG2期の制御とは異なっている.つまり,老化はDILPシグナルと独立に,生殖幹細胞へ影響を及ぼす.このような,高齢化したハエにおける生殖幹細胞のS期延長は,生殖幹細胞のゲノムDNAに損傷が起きることが原因であると考えられている.一般に,老化の原因はゲノムDNAに損傷が蓄積することである.DNAは比較的不安定であり,活性酸素種などの細胞代謝の副産物や,紫外線や放射線の照射などの環境要因によって損傷が起こりやすい.実際に,生殖幹細胞のDNA損傷マーカーの発現は,羽化後7日齢ハエの生殖幹細胞と比較して羽化後35日齢ハエの生殖幹細胞で増加する.

4. 交尾と生殖幹細胞

我々のグループは2016年に,交尾が生殖幹細胞増殖を引き起こすことを報告した8)

まず,ショウジョウバエメスにおいて,交尾前後で生殖幹細胞数,分裂期にある生殖幹細胞数の比較を行った.すると,交尾後に生殖幹細胞の分裂は促進され,生殖幹細胞数と分裂過程にある生殖幹細胞数がともに増加した.このとき,交尾前後でキャップ細胞の数に違いはみられなかった.つまり,交配による刺激が幹細胞ニッチを変化させるのではなく,直接的に生殖幹細胞増殖を誘導することを示していた.

交尾後のメスのショウジョウバエが,摂食量の増加やオスの求愛の拒否を含む複数の交配後反応を示すことは以前から知られていた9).このような交配後の行動および生理現象の変化は,オスの精液中に含まれる36アミノ酸残基からなる性ペプチドによって誘導される.交尾によってメス子宮に注入された性ペプチドは,子宮脇のニューロンで発現する性ペプチド受容体(Gタンパク質共役型受容体)によって受容される.性ペプチドを受容したニューロンは高次中枢に交尾情報を伝達することで,一連の交尾後反応が生じる10).そして我々は,生殖幹細胞の増殖においても性ペプチドシグナル経路が必要であることを示した.

交尾依存的な生殖幹細胞の増殖は,卵形成に割くメスのコストを最適化するための適応反応だと解釈できる.ショウジョウバエを含む昆虫のメスは時として個体体重の数十パーセントもの重量の卵を作る必要があり,卵形成過程はメスにとって非常に大きなコストである.よって,有性生殖昆虫の場合,受精と卵形成を連動させることができれば,次世代を残すコストを効率化させる有効な戦略となる.こうした観点から,交尾に伴う生殖幹細胞の増加は,受精とともに成熟卵形成を活発化させるための重要なプロセスであると考えられる.

5. 交尾刺激の下流と生殖幹細胞制御

現在までに我々のグループでは,二つの経路が交尾刺激と生殖幹細胞をつなぐことを明らかにしている.

1)エクジステロイドによる生殖幹細胞制御

我々のグループでは,交尾刺激がエクジステロイドの生合成を介して生殖幹細胞増殖を引き起こすことを発見した8).エクジステロイドは,昆虫における主要なステロイドホルモンである11).交尾を経たショウジョウバエメスの体内では,エクジステロイドの上昇が起きる.一方,エクジステロイド生合成酵素遺伝子のノックダウン個体では,交尾依存的な生殖幹細胞の増殖が認められない.この結果は,エクジステロイドが交尾依存的な生殖幹細胞の増殖に必要であることを示唆する.

2)Neuropeptide Fによる生殖幹細胞制御

生殖幹細胞増殖の制御において,エクジステロイドはキャップ細胞を含むニッチを構成する体細胞(ニッチ細胞)において受容される8).このことから我々のグループは濾胞細胞において交尾依存的なシグナルが受容されると考え,濾胞細胞特異的にさまざまな受容体のノックダウンを行った.この結果,濾胞細胞でNeuropeptide F(NPF)の受容体の機能が低下すると,交尾依存的な生殖幹細胞増殖が起きなくなることを見いだした12).NPFは摂食や睡眠,生殖などの多岐にわたる生理現象を制御する神経ペプチドであることが知られていた.しかし,神経細胞特異的にNPFの機能を阻害しても生殖幹細胞増殖に影響はみられなかった.実は,NPFは腸においても合成されており,交尾刺激によって腸由来NPFが体液中に放出され,これが生殖幹細胞増殖に必要であることが強く示唆された.さらに,性ペプチドシグナルが伝達できない系統では交尾後のNPF放出が抑えられていた.このことは,性ペプチドシグナルによって,腸のNPF放出が制御されていることを示唆する12)

さらに我々のグループは,卵巣がNPFを直接受容することを示した.すなわち,摘出した卵巣をシャーレ中で培養し,人工合成したNPFペプチドを添加すると生殖幹細胞の増殖がみられた.現在我々は,濾胞細胞に受け取られたNPFがDppシグナルを増強することで生殖幹細胞増殖を引き起こすと考えている.

6. 今後の展望

以上のようにショウジョウバエメスの生殖幹細胞を用いた研究から,環境要因が生殖幹細胞に多くの影響を与えることがわかってきた(図2).このような環境依存的な制御機構は,最適な環境において生殖能力を上昇させるとともに,必要なときにのみ卵形成を行うことで不必要なエネルギー消費を防ぐという生物学的意義がある.今後の研究課題の一つは,これまでに発見された老化や栄養,交尾による生殖幹細胞制御がどのように相互作用するのか明らかにすることだろう.

Journal of Japanese Biochemical Society 91(2): 246-249 (2019)

図2 環境要因(栄養・交尾・老化)による生殖幹細胞の制御

生殖幹細胞はエクジステロイド(エクジソン)およびNPF, DILPなどのホルモンによる調節を受ける.これらの化合物は環境からの刺激に応じて放出され,ニッチ細胞で受容される.その後,ニッチ細胞から生殖幹細胞へニッチシグナルが伝達され,生殖幹細胞の増殖が制御される.また,老化に伴うDNA損傷を蓄積した生殖幹細胞はその細胞数と分裂速度を減少させる.

また一連の研究から,環境に依存した生殖能力制御は卵巣のみによって起こるのではなく,腸などのさまざまな臓器間におけるクロストークが重要であることが示されている.つまり,環境依存的な変化に応じて各臓器がどのように応答し,その応答が他の臓器にどのような影響を及ぼすのかを包括的に理解することが求められている.ショウジョウバエにおける臓器間クロストークを介した環境応答の研究は,環境に応じてさまざまに変化する生命の柔軟性を解明するためのモデルケースといえるだろう.

引用文献References

1) Fuchs, E., Tumbar, T., & Guasch, G. (2004) Socializing with the Neighbors: Stem Cells and Their Niche. Cell, 116, 769–778.

2) Spradling, A., Drummond-Barbosa, D., & Kai, T. (2001) Stem cells find their niche. Nature, 414, 98–104.

3) Xie, T. & Spradling, A.C. (2000) A niche maintaining germ line stem cells in the Drosophila ovary. Science, 290, 328–330.

4) Xie, T. & Spradling, A.C. (1998) decapentaplegic Is Essential for the Maintenance and Division of Germline Stem Cells in the Drosophila Ovary. Cell, 94, 251–260.

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7) Pan, L., Chen, S., Weng, C., Call, G., Zhu, D., Tang, H., Zhang, N., & Xie, T. (2007) Stem Cell Aging Is Controlled Both Intrinsically and Extrinsically in the Drosophila Ovary. Cell Stem Cell, 1, 458–469.

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10) Krupp, J.J. & Levine, J.D. (2014) Anatomy of a Sexual Behavior. Curr. Biol., 24, R327–R329.

11) Uryu, O., Ameku, T., & Niwa, R. (2016) Recent progress in understanding the role of ecdysteroids in adult insects:Germline development and circadian clock in the fruit fly Drosophila melanogaster. Zoological Lett., 1, 32.

12) Ameku, T., Yoshinari, Y., Texada, M.J., Kondo, S., Amezawa, K., Yoshizaki, G., Shimada-Niwa, Y., & Niwa, R. (2018) Midgut-derived neuropeptide F controls germline stem cell proliferation in a mating-dependent manner. PLoS Biol., 16, e2005004.

著者紹介Author Profile

黒木 祥友(くろぎ よしとも)

筑波大学生命環境科学研究科生物科学専攻修士課程.学士(理学).

略歴

1996年宮崎県に生る.2019年筑波大学生命環境学群生物学類卒業.19年より同大学院生命環境科学研究科生物科学専攻修士課程在学中.

研究テーマと抱負

ショウジョウバエを用いて,環境からの刺激に応じて幼若ホルモン生合成を制御する神経経路の研究を行っている.環境とホルモンの関係から,生物が環境に適応するメカニズムを明らかにしたい.

趣味

読書,釣り.

星野 涼(ほしの りょう)

筑波大学生命環境科学研究科生物科学専攻修士課程.学士(理学).

略歴

1996年茨城県に生る.2019年筑波大学生命環境学群生物学類卒業.19年より同大学院生命環境科学研究科生物科学専攻修士課程在学中.

研究テーマと抱負

ショウジョウバエを用いて,腸を由来とする神経ペプチドが生殖幹細胞に与える影響について研究を行っている.生殖幹細胞の増殖を制御する臓器連関のメカニズムの解明を目指している.

趣味

テニス,バドミントン.

丹羽 隆介(にわ りゅうすけ)

筑波大学生命環境系准教授.博士(理学).

略歴

1974年東京都に生る.97年京都大学理学部卒業.2002年同大学院理学研究科生物科学専攻修了.08年筑波大学助教.12~16年さきがけ研究者.12年より現職.

研究テーマと抱負

ショウジョウバエと寄生蜂を主材料として,神経とホルモンによる生物のホメオスタシスとトランジスタシスの制御に関心を持って研究している.また,昆虫で同定した分子の理解のため,構造生物学による解析にも着手している.

ウェブサイト

https://sites.google.com/view/niwa-lab-tsukuba

趣味

ショスタコーヴィチ「交響曲第15番」,ジョン・ケージ「ソナタとインターリュード」,キューブリック「博士の異常な愛情」,ポール・オースター「孤独の発明」,等々.

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