ロイコトリエンB4受容体(BLT1)の結晶構造解析から明らかになった,ナトリウムイオン–水分子クラスターの機能を模倣する低分子化合物による不活性状態のGPCRの立体構造の安定化機構
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Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は,細胞表面の形質膜中に発現して細胞外シグナルを細胞内へ伝達する細胞情報伝達タンパク質である.細胞外シグナルであるリガンドは,光や低分子,核酸,脂質,ペプチド,タンパク質など多岐にわたる.ヒトゲノム中には約800種のGPCRがコードされ,各リガンドはそれぞれ固有のGPCRを特異的に活性化する.活性化されたGPCRは,細胞内に発現するエフェクタータンパク質(Gタンパク質やアレスチン)を活性化する.すべてのGPCRは,N末端側が細胞外側に,C末端側が細胞質側に配置する7回膜貫通ヘリックス構造を持つ.GABA受容体などの一部のGPCRを除き,内在性リガンド結合部位は,7回膜貫通ヘリックス束内部に存在する.
GPCRの研究が重要であるのは,その多くが創薬ターゲットとなりうるからである.実際に2017年までにアメリカ食品医薬品局(FDA)で承認された新規薬剤のうち,34%はGPCRをターゲットとする薬剤であった1).GPCRをターゲットとする薬剤は大きく3種に分類できる(図1A).単純化した2状態モデルにおいて,GPCRは不活性状態と活性状態の平衡状態にあり,内在性リガンドが存在しなくてもエフェクタータンパク質を活性化している場合もある(内在性活性,または基底状態の活性).GPCRの活性平衡を活性状態側へシフトさせ,内在性活性以上にエフェクタータンパク質を活性化させる薬剤が作動薬(アゴニスト)である.逆作動薬(インバースアゴニスト)は,作動薬の結合を阻害するとともに,GPCRの活性平衡を不活性状態側へシフトさせて内在性活性を抑制する.拮抗薬(アンタゴニスト)は,作動薬や逆作動薬のGPCRへの結合を阻害するが,拮抗薬が作用しただけではGPCRの活性平衡には影響せず,内在性活性も抑制されない.
(A)活性化状態と不活性化状態の2状態モデル.(B)活性化状態(PDB ID:3SN6)と不活性化状態(PDB ID:2RH1)のβ2アドレナリン受容体の立体構造の比較.TM1~7:膜貫通ヘリックス1~7. (C)不活性化状態のA2Aアデノシン受容体のナトリウムイオン–水分子クラスターの結合様式(PDB ID:4EIY).アミノ酸一文字表記の右上付きで示した番号は,アミノ酸残基が存在する膜貫通ヘリックスの番号と,各ヘリックス中での位置を示す.(D)ナトリウムイオン–水分子クラスターと,活性化状態・不活性化状態間のGPCRの構造変化の模式図.
各GPCRをターゲットとする薬剤を効率的に設計するために,GPCRの結晶構造情報は有用である.コンピューター上の計算により,薬剤の初期スクリーニング(バーチャルスクリーニング)や化合物最適化を合理的に行うことができるからである.最近,逆作動薬が結合した不活性状態のD4ドーパミン受容体の結晶構造を利用した合理的設計の報告がなされた2).市販低分子化合物のデータベース(ZINC15)中の約60万種のカチオン性低分子化合物について,D4ドーパミン受容体に対する結合強度をコンピューター上で計算することにより薬剤候補を探索し,さらなる化合物の改変を経て,実際にD4ドーパミン受容体に選択的かつ高親和的に結合する作動薬を設計したという報告である.驚くべきことは,逆作動薬との複合体としての不活性状態のD4ドーパミン受容体の結晶構造をそのまま利用して,同受容体を活性状態にする作動薬を設計したことである.この10年間で,40種を超えるGPCRの立体構造が報告されてきたので,今後は,コンピューター上での探索・合理的設計が主流になってくる可能性がある.
哺乳類GPCRは,活性に関与するアミノ酸残基の保存性からクラスA, B, C, F, Adhesionの五つのクラスに分類できるが,大部分のGPCRはクラスA GPCRに属する.以下,本稿で述べるGPCRについての結果・考察はすべてクラスA GPCRに関するものであり,他のクラスのGPCRについては必ずしも当てはまらない.本稿ではまず,クラスA GPCR間で共通な活性化・不活性化分子機構として,活性・不活性状態間における立体構造の変化,および不活性状態のGPCRの立体構造を安定化するナトリウムイオン–水分子クラスターの作用を簡単に紹介した後,同クラスターの機能を模倣する逆作動薬とロイコトリエンB4受容体(BLT1)との複合体の結晶構造を紹介する.BLT1の結晶構造解析の結果・考察は逆作動薬の効率的な合理的設計につながると考えている.
不活性化状態および活性化状態のそれぞれの立体構造はクラスA GPCR間で基本的に同一であるので,不活性化状態と活性化状態間で状態変化する際の立体構造変化は,すべてのクラスA GPCRで共通であると考えられる.そこで,本節では最も研究が進んでいるクラスA GPCRの一つ,β2アドレナリン受容体の立体構造を例に活性化機構を紹介する3, 4)(図1B).不活性化状態も活性化状態もいずれも7回膜貫通ヘリックス構造をしているが,エフェクタータンパク質(Gタンパク質やアレスチン)が結合する細胞質側は,活性化状態では不活性化状態に比べてヘリックス束がより広い構造をとる(図1B).活性化状態では不活性化状態に比べ,ヘリックス5と6が大きく外側に,ヘリックス7がやや内側に位置する(図1Bの赤い矢印).この構造変化により,活性化状態ではエフェクタータンパク質がGPCRと相互作用できるようになる.他方で,内在性リガンド結合部位を形成する細胞外側のヘリックス束は,活性化状態の方が不活性化状態よりもやや閉じた構造をしている3, 4)(図1B).ただし,細胞外側の構造変化はクラスA GPCR間で共通ではない.作動薬が結合したことによりヘリックスが内側に動くことは共通であるが,どのヘリックスが動くのかは各GPCRによって異なる.
ナトリウムイオンは,クラスA GPCRの活性化・不活性化状態の平衡を不活性化状態側にシフトする.生理学的濃度に近いナトリウムイオン存在下(100 mM)では,ナトリウムイオン非存在下に比べて作動薬の受容体に対する結合親和性が低下し,逆作動薬や拮抗薬の結合親和性が向上することが,1973年に最初に報告された5).その後多くのクラスA GPCRで,ナトリウムイオンによるリガンド結合親和性やGタンパク質活性に対する影響について同様な報告がなされてきた6).共通していえることは,ナトリウムイオンは作動薬によるGPCR活性に対する負のアロステリック因子であるということである.
変異体での実験や7)コンピューターシミュレーションから8),ナトリウムイオンは膜貫通ヘリックス2のクラスA GPCR間で高度に保存されているアスパラギン酸の側鎖と相互作用すると考察されてきたが,GPCRとの実際の結合様式は長年不明であった.2012年に,不活性化状態のA2Aアデノシン受容体の高分解能構造が報告され,ナトリウムイオンは同アスパラギン酸残基の他,ヘリックス3のセリン残基と直接相互作用することが明らかになった9)(図1C).上記二つのアミノ酸残基はクラスA GPCR間で高度に保存されている.さらにナトリウムイオンは数個の水分子とクラスター構造を形成し,これら水分子もクラスA GPCR間で保存されているアミノ酸残基と相互作用していた(図1C).今日まで,ナトリウムイオン–水分子クラスターの電子密度が観察できる高分解能結晶構造が少なくとも5種のGPCRで報告され,ナトリウムイオンと水分子の位置や相互作用するアミノ酸残基は,多少の違いは認められるもののほぼ共通している.
活性化状態のGPCRにおいて,上記の不活性化状態のGPCRにおけるナトリウムイオン–水分子クラスター結合領域にはナトリウムイオンは存在できない.活性化状態では,この領域はヘリックス3と7がナトリウムイオンはもはや存在できない程度にまで互いに近づくためである(図1D).このため,活性化状態ではナトリウムイオン–水分子クラスターが崩壊して,ナトリウムイオンはこの領域から排除されると考えられる10).高濃度ナトリウムイオンが活性化状態よりも不活性化状態のGPCRの立体構造を安定化する理由は,ナトリウムイオン–水分子クラスターが当該部位に存在することによりヘリックス3と7の接近を妨げ,活性化状態への移行を阻害するためであると考えられる(図1D).このため,ナトリウムイオンの作用を模倣して,同様にヘリックス3と7の接近を妨げる化合物は,不活性化状態のGPCRの立体構造を安定化して逆作動薬となると考えられてきた11).
筆者らは,GPCRの一つであるロイコトリエンB4受容体(BLT1)と,構造解析前は拮抗薬と考えられていた低分子化合物であるBIIL260との複合体状態の結晶構造解析を行った12)(図2A).驚くことに,BIIL260のベンズアミジン基はBLT1のナトリウムイオン–水分子クラスター結合部位に結合していた12)(図2B).ベンズアミジン基のプロトン化アミジン官能基(pKa 11.6)13)は,GPCR間で高度に保存されているアスパラギン酸残基と二つのセリン残基とそれぞれ塩橋と水素結合を形成していた.また,ベンズアミジン基のベンゼン環部分は,同様にGPCR間で高度に保存されているトリプトファン残基とバリン残基とそれぞれEdge-to-π相互作用,CH-to-π相互作用を形成していた.前節で述べたように,他のGPCRでは,これらのアミノ酸残基にはナトリウムイオン–水分子クラスターが相互作用する(図1C).不活性化状態のA2Aアデノシン受容体の構造とBLT1-BIIL260の構造を重ね合わせた場合,両受容体の立体構造はほとんど同じである(図2C).さらに,A2A受容体のナトリウムイオンとBLT1-BIIL260のベンズアミジン基のアミジン官能基の正電荷は同じ位置にあり,A2A受容体の水分子の占める体積はBLT1-BIIL260のベンズアミジン基のベンゼン環が占める体積とほとんど同じである(図2D).したがって,BLT1にBIIL260が結合した場合,ナトリウムイオン–水分子クラスターはBIIL260のベンズアミジン基によって追い出され,代わりにベンズアミジン基が同クラスターの機能を模倣,つまり不活性化状態のBLT1の立体構造を安定化していると考えられる.
(A) BLT1-BIIL260の全体構造(PDB ID:5X33).(B) BIIL260のベンズアミジン基付近の構造.(C) BLT1-BIIL260複合体と不活性化状態のA2Aアデノシン受容体(A2AR)の重ね合わせ.(D)(C)の構造のうち,BLT1-BIIL260のベンズアミジン基を球体モデル,A2ARのナトリウムイオン–水分子クラスターをメッシュモデルで示した.(E)活性化状態または不活性化状態のGPCRとBLT1-BIIL260の間の,ベンズアミジン基結合部位付近の立体構造の比較.(F) BIIL260のベンズアミジン基が不活性化状態のBLT1の立体構造を安定化する分子機構の模式図.
BIIL260のベンズアミジン基の作用により,BIIL260-BLT1複合体は不活性化状態の立体構造が安定化されると考えられるが,その分子機構を考察する.BLT1-BIIL260複合体構造に,拮抗薬または逆作動薬が結合した不活性化状態の他のGPCRの結晶構造を重ね合わせた場合,いずれもBIIL260のベンズアミジン基との立体障害は観察されない(図2E).他方で,BLT1-BIIL260複合体構造に,作動薬が結合した活性化状態の他のGPCRの構造を重ね合わせた場合,ヘリックス3と7のアミノ酸側鎖と立体障害が生じる(図2E).このため,活性化状態のBLT1にはBIIL260は結合することができない.逆に,BIIL260が結合したBLT1は,ヘリックス3と7の接近を妨げることにより,活性化状態へ移行することができない.したがって,BIIL260が結合した状態のBLT1は,不活性化状態の立体構造が安定化され,かつ活性化状態への移行を妨げられている.結果として,BLT1に対するBIIL260の作用は,ヘリックス3と7の接近を妨げることにより不活性化状態のGPCRの立体構造を安定化するという点で,他のGPCRに対するナトリウムイオン–水分子クラスターの作用と同じである(図1D, 2F).
前述のとおり,BLT1-BIIL260の結晶構造から,BLT1-BIIL260のベンズアミジン基は,他のGPCRにおけるナトリウムイオン–水分子クラスターの機能を模倣すると考えられた.その場合,BIIL260はBLT1の逆作動薬活性があると考えられる.逆作動薬活性を測定するためには,BIIL260がBLT1の内在性活性を抑制することを測定すればいいのであるが,実際にはBLT1には測定可能な内在性活性がないので,BIIL260の逆作動薬活性を直接測定することはできない.そこで,作動薬であるロイコトリエンB4によるBLT1の活性を“ベンズアミジン分子”が抑制することを測定することで,ベンズアミジン基の活性抑制能を評価した12).その結果,“ベンズアミジン分子”の濃度依存的に,BLT1に対するロイコトリエンB4の結合親和性は低下し,かつGタンパク質活性も抑制することが明らかになった.この結果,“ベンズアミジン分子”は不活性化状態のBLT1の立体構造を安定化することが明らかになった.また,“ベンズアミジン分子”とBIIL260はBLT1に対して競合的に結合することも示したので,BIIL260のベンズアミジン基と“ベンズアミジン分子”は同じ結合様式でBLT1に結合すると示唆される.したがって,ベンズアミジン基を含むBIIL260も“ベンズアミジン分子”同様に不活性化状態のBLT1の立体構造を安定化すると考えられる.これらの結果より,BIIL260はBLT1の逆作動薬であり,その活性抑制作用はナトリウムイオン–水分子クラスターの機能を模倣することによることを実験的に示すことができた.
BLT1の構造解析と生化学的アッセイの結果,BLT1のナトリウムイオン–水分子クラスター結合部位にベンズアミジン基を有するBIIL260が作用することで,不活性化状態のBLT1の立体構造が安定化されること,つまりBIIL260は逆作動薬になりうることを示した.ナトリウムイオン–水分子クラスター結合部位のアミノ酸残基はクラスA GPCR間で高度に保存されているので,ベンズアミジン基はBLT1以外の他の多くのクラスA GPCRに対してもナトリウムイオン–水分子クラスター結合部位に作用して,活性抑制能を有する可能性がある(図3).他方で,ナトリウムイオン–水分子クラスター結合部位に隣接して内在性リガンド結合部位があり,そのアミノ酸残基は各GPCRで固有であるので,この領域に結合する化合物は各GPCRへ特異的結合能を有する(図3).したがって,ナトリウムイオン–水分子クラスター結合部位に作用する活性抑制基としてベンズアミジン基を有し,特異的結合を担う他の部分が内在性リガンド結合部位に結合する低分子化合物は,各GPCRに対する逆作動薬となる可能性がある.今後,ベンズアミジン基を有する化合物が実際に他のGPCRに対しても活性抑制作用があることを実験的に検証できれば,多くのGPCRの逆作動薬の合理的設計法の開発につなげていけると考えている.
本研究は,順天堂大学の横溝岳彦教授,奥野利明准教授,青山学院大学の宮野雅司教授,国際医療研究センターの清水孝雄博士をはじめとする多くの共同研究者との長年にわたる議論の末に達成されました.本研究に携わっていただいた多くの方々に深く感謝いたします.
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