Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 91(5): 589 (2019)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910589

アトモスフィアAtmosphere

‘This is he/she’と言えますか?

1金沢大学特任教授

2金沢大学スーパーグローバル大学企画推進本部本部長

32014~2015年日本生化学会会長

発行日:2019年10月25日Published: October 25, 2019
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研究成果の公表は科学における公用語である英語を使って行われるため,研究に携わる人には研究そのものの能力に加えて英語のスキルが求められます.しかし,とくに会話の面で,日本人は他国の人に劣ると感じる場合があるようです.私は,日本人の英語習得を妨げている原因の一つに日本語があるのではないかと思います.

最初の点は,日本語では「代名詞」が使われることが少ないことです.ベルが鳴って電話をとると‘May I speak to Dr. Nakanishi, please?’と英語での受信です.みなさんはなんと返事して通話を続けているでしょうか.私の場合は‘Speaking’がほとんどで,より正しい(ていねいな)‘This is he’がなかなか出てきません.いつまでたっても自分のことを代名詞でよぶのに慣れません.テレビのニュースなどで‘Prime minister Abe arrived in New York this morning. He looked a bit tired’を日本語で伝える時には,多くの場合,“安倍首相は今朝ニューヨークに到着しました。安倍首相は少し疲れているように見えました”となります.けっして“彼は少し疲れているように見えました”とは言われません.その結果,ひとつのニュースの紹介で“安倍首相は”というフレーズが何度も繰返されることになります.中学校からの英語の授業でしっかり学んだ代名詞は,なぜか,日本語ではあまり使われないようです.日本語で出てこない言い方を英語で使うのは難しく,私はこのことが日本人の英会話習得を妨げる一因ではないかと思っています.

二つ目の障害は,英単語の読みを日本語のように使うカタカナ語のうち,誤った意味で使われる「Japanese-English」です.スポーツで出てくる頻度が高く,野球のデッドボールはアメリカ人の審判が‘Hit by a pitch, ball dead’と言ったことに由来するそうです.ゴルフでは,風向きをフォロー(追い風)やアゲンスト(向かい風)と表現し,サービスホール(誰でもparを取れるようなやさしいホールを意味します)はJapanese-Englishの最高傑作と言われます.自動車のバックミラーも傑作の一つだそうです.英語ではプラグの差し込み口はコンセントではないですし,“クレームをつける”も違った意味にとられるでしょう.これらは,由来する英単語が実在するため,英語でもその意味で使われるのだと思ってしまいますが,そのまま使っても通じません.それから,誤った意味で使われているという訳ではないですが,トラブル,アンケート,メリット・デメリットなど,特定のカタカナ語を過度に繁用していることにも問題があると感じます.アンケートは英語由来ではありませんが,なんとかの一つ覚えのようにこれらを多用していると,英語で好まれる類義語の使い分け方の習得は遠くなります.

最後に,正確性に欠く「数値(程度)の表現」が挙げられます.みなさんは“身長が高い”や“体重が重い”などの言い方が気になりませんか? スポーツでは“速いタイム”もあります.このような表現を直訳した英語はうまく伝わらないでしょう.天気予報で“20メートルの強風”が出てきますが,速度は距離を時間で除した数値のはずです.“トウモロコシが10キロ収穫された”では,10 kgなのか1万個なのかがわかりません(常識として10 kgだと理解しろということでしょうか).“10ミリの雨量”も同様で,倍量単位だけで重さや長さの単位が示されない言い方がよくみられます.“大谷投手は160キロを超える速球を投げる”では二重に不正確です.以上のような表現は,日本人の英語習得を妨げていると同時に知性を低下させるのではないかと思います.

文部科学省が創設した「スーパーグローバル大学創成支援事業」は10年計画のちょうど折り返し点を過ぎたところです.この事業の目的は大学を国際化して学生をグローバル人材として輩出することであり,採択校はさまざまに工夫をこらして目的の達成をめざしています.具体的な目標のひとつに授業を含めた大学の活動を英語で実施しようというのがあります.英語だけで国際化が達成される訳ではありませんが,英語を使えなければ何も始まらないと,多くの大学が予算を投じて学生や教職員の英語力向上をはかっています.日本語を使う時に代名詞を頻繁に登場させ・カタカナ語の使用を制限し・数値関連の表現をもっと正確にすれば,少し長い目でみると,お金をかけることなく英語習得が進むはずです.

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