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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 91(6): 781-784 (2019)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910781

みにれびゅうMini Review

がん細胞におけるE2Fファミリーの新たな役割——新規メンバーE2F3dによるミトコンドリア品質管理機構——E2F3d, a novel E2F family member, contributes to mitochondrial quality control in cancer

関西学院大学理工学部生命医化学科Department of Biomedical Chemistry, School of Science and Technology, Kwansei Gakuin University ◇ 〒669–1337 兵庫県三田市学園2丁目1番地V号館三階 ◇ 2–1 Gakuen, Sanda, Hyogo 669–1337, Japan

発行日:2019年12月25日Published: December 25, 2019
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1. はじめに

ミトコンドリアは,細胞増殖や細胞運動などのさまざまな細胞の活動に必要なエネルギーを供給する重要な細胞小器官である.「がん」の原因となるがん抑制遺伝子の不活性化やがん遺伝子の活性化はミトコンドリアの損傷を引き起こし,不良なミトコンドリアから生成される活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)は,ゲノムDNAの不安定化やhypoxia-inducible factors(HIFs)などのがん関連因子を活性化することで,がん細胞の増殖や生存を促進する1).がん細胞ではミトコンドリアからではなく,主に解糖系からエネルギーを獲得するが(Warburg効果),がんの悪性度が進行するにつれて細胞内のエネルギー産生はミトコンドリアに依存する割合が増す2).また,がん組織の増大による栄養飢餓や低酸素環境はミトコンドリアを損傷し,それによって生じた過剰なROSの蓄積は細胞死を誘導する1).そのため,がんの進行に伴ってミトコンドリアの品質を管理する分子機構が必要となる.オートファジーによる不良ミトコンドリアの選択的除去機構は「マイトファジー」と呼ばれ,Parkinに依存する経路とマイトファジー受容体に依存する経路が知られている.E2Fファミリーは細胞増殖を制御している転写因子で,その発現量や活性は「がん」と密接な関係がある.筆者らはE2Fファミリーの新規メンバーであるE2F3dを同定し,転写因子としてではなく,マイトファジー受容体として働くことを明らかにした3).本稿では「がん細胞におけるミトコンドリアの品質管理機構」について,筆者らの研究成果を交えながら概説したい.

2. E2F3と「がん」

E2Fはアデノウイルスの初期遺伝子産物E1aによるE2遺伝子の発現誘導に関与する,宿主細胞側の転写因子として同定された.E2Fは標的遺伝子のプロモーター上のE2F結合配列:TTT(C/G)(G/C)CGCに結合し,細胞周期の進行に関わる遺伝子群の発現を制御することで,細胞増殖の制御において中心的な役割を果たしている.E2Fの活性は,がん抑制因子retinoblastoma(RB)と結合することで抑制されている.E2FファミリーメンバーのうちE2F3は1番目のエキソンの違いから二つのアイソフォームE2F3aとE2F3bが同定されており(図1A, B),E2F1E2F3aは自身がE2Fの標的遺伝子である.E2F1~E2F3aはRBファミリー分子(pRB, p130, p107)から遊離した状態で標的遺伝子のプロモーター上に結合し,転写を活性化することから「活性化型E2F」と呼ばれる4).E2F3b~E2F5は主にRBファミリー分子と転写抑制複合体を形成し,休止期において標的遺伝子のプロモーター上に結合して転写を抑制することから「抑制型E2F」に分類される4).増殖刺激が伝わるとサイクリン依存性キナーゼ(CDK)によってRBファミリー分子がリン酸化されて抑制型E2Fから遊離し,標的遺伝子の発現抑制が解除される.その結果,cyclin Eや活性化型E2Fの発現が誘導され,活性化型E2Fが抑制型E2Fと置き換わると標的遺伝子の発現が促進される5)図1C).

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図1 E2Fによる細胞増殖制御機構とE2F3メンバー

(A) E2F3メンバーのエキソン構造.E2F3bはE2F3aと1番目のエキソンが異なるが,構造が一致している部分が多い.E2F3cはエキソン1a, エキソン6, エキソン7で構成されており,E2F3dはエキソン1aとエキソン7で構成されている.(B) E2F3メンバーのタンパク質の構造.核移行シグナルはエキソン2にコードされているため,E2F3cとE2F3dには含まれていない.E2F3cとE2F3dはDNA結合領域を持っていないため,プロモーター上のE2F結合配列には結合できないと考えられる.E2F3dのC末端はフレームシフトにより他のE2F3メンバーとはまったく異なるアミノ酸配列になっている.(C) E2Fファミリーによる細胞周期制御メカニズム.休止期では抑制型E2FがRBファミリーと結合し,標的遺伝子の発現を抑制している.増殖刺激が伝わるとcyclin D/CDK4複合体によりRBファミリーがリン酸化され,抑制型E2Fから遊離して標的遺伝子の発現抑制が解除される.ここで発現誘導されたcyclin EがCDK2と複合体を形成し,RBをさらにリン酸化する.その後,活性化型E2Fがプロモーター上に結合して標的遺伝子の発現をさらに誘導する.これが繰り返されてポジティブフィードバックが起こり,細胞周期はG1期からS期へと進行して細胞増殖が起こる.(D) E2F3メンバーの発現制御と細胞内局在.E2F3は悪性がん細胞においてさまざまな要因により発現が上昇している.E2F3cは細胞質に局在し,E2F3dはミトコンドリア外膜に局在する.E2F3a, E2F3c, E2F3dのN末端側に存在する疎水性アミノ酸に富んだ領域がE2F3dでは膜貫通領域として働き,E2F3d特有のC末端領域はミトコンドリア移行に働いている.

多くのがん細胞においてRBの機能が損なわれており,それに伴いE2F標的遺伝子の発現が亢進している6)E2F3aがE2F標的遺伝子であることに加えて,原がん遺伝子産物Mycによってもプロモーターが活性化されることや,E2F3a遺伝子が位置している6番染色体の領域が悪性がん細胞において増幅することがあるため,E2F3aの発現量は多くのがんで増加している(図1D).E2F3aはE2Fファミリーの中でも特に細胞の増殖促進に関わっており,特に前立腺がん,膀胱がんなどの進行度とE2F3aの発現量との間に強い相関性がみられることから6)E2F3aは「がん」の病期を診断する上での遺伝子バイオマーカーとして用いられる.筆者らはE2F3aの二つのスプライシングバリアントを新たに同定し,それぞれE2F3cとE2F3dと命名した(図1A).E2F3cとE2F3dはDNA結合領域を持っていないため(図1B),プロモーター上のE2F結合配列に結合できないと考えられる.また,E2F3cとE2F3dは核移行シグナルを持っておらず,それぞれ細胞質とミトコンドリア外膜に局在する(図1D).E2F3cとE2F3dは従来知られているE2Fファミリーとは異なる機能を持っていると考えられるが,著者らはE2F3dがマイトファジー受容体として働くことを見いだした.現在までE2F3cの機能はわかっていないため,今後の研究が必要である.

3. マイトファジーとマイトファジー受容体

オートファジーは酵母から哺乳類までほとんどすべての真核生物に保存されており,非選択的に細胞質成分を分解する機構と特定の細胞小器官やタンパク質を選択的に分解する機構がある.栄養飢餓などの細胞ストレスによってオートファジーが誘導されると,脂質二重膜でできている隔離膜が伸展してオートファゴソームと呼ばれる小胞になる.その後,オートファゴソームはリソソームと融合してオートリソソームを形成し,取り込まれた物質は加水分解酵素によって分解される7).オートファゴソームの形成には選択性がないため,マイトファジーの誘導にはミトコンドリアとオートファゴソームをつなぐマイトファジー特異的なアダプタータンパク質が必要となる.そのアダプタータンパク質の違いから,「Parkin」に依存する経路と「マイトファジー受容体」に依存する経路が知られている(図2A).Parkinはユビキチンを付加するユビキチン連結酵素で,パーキンソン病の原因遺伝子産物としても知られている.ミトコンドリアが損傷を受けると不良ミトコンドリアの外膜上にParkinが集積し,ミトコンドリアの外膜にユビキチンを付加する.p62やoptineurinなどのタンパク質がこのユビキチン鎖と隔離膜構成分子microtubule-associated protein 1 light chain 3(LC3)とをつなぐことで,不良ミトコンドリアは選択的にオートファゴソームに認識される7)

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図2 マイトファジーによる選択的ミトコンドリア分解機構

(A)マイトファジーの流れ.不良ミトコンドリアはParkin依存的,もしくはマイトファジー受容体依存的にLC3と会合することで選択的に隔離膜に認識される.隔離膜が伸展して不良ミトコンドリアを取り囲み,マイトファゴソームが形成される.その後,リソソームと融合してマイトファゴリソソームを形成し,ミトコンドリアは分解される.マイトファジーの際にミトコンドリアはDrp1依存的・非依存的に断片化される.(B)マイトファジー受容体,p62及びoptineurinのLIRモチーフ.LIRモチーフのコア配列の周囲にはD, E, S, Tが多数分布している.

マイトファジー受容体はミトコンドリア外膜に局在し,細胞質露出部にLC3との会合に必要なLC3-interacting region(LIR)モチーフと呼ばれる特定のアミノ酸配列([W/F/Y]xx[L/I/V])を含んでいる8)図2B).LIRモチーフ中の芳香族アミノ酸のアミノ末端側にはセリン残基が高度に保存されており,LIRモチーフの周囲にはアスパラギン酸残基やグルタミン酸残基などの酸性アミノ酸が多く分布している.さらにセリン残基やトレオニン残基も多くみられることから,マイトファジー受容体とLC3との会合はこれらのアミノ酸残基のリン酸化によって制御されていると考えられる.これまでに哺乳類のマイトファジー受容体としてFUNDC1, BNIP3, BNIP3L/NIX, BCL2L13が同定されており,FUNDC1の13番目セリン残基やBNIP3の17番目と24番目セリン残基のリン酸化がLC3との会合に関与している9).ミトコンドリアは,融合と分裂をダイナミックに繰り返しながら恒常性を維持している.ミトコンドリアの分裂は,GTPase活性を持つdynamin-related protein 1(Drp1)の働きによることが多い.ミトコンドリアはオートファゴソームに取り囲まれるときに小さく断片化されるが(図2A),このときの断片化がDrp1に依存するか否かはマイトファジー受容体の種類による.Drp1をノックアウトしたHeLa細胞に低酸素ストレスを加えるとミトコンドリアの断片化およびマイトファジーが誘導されることから10),低酸素誘導性マイトファジーにおけるミトコンドリアの断片化にはDrp1は必ずしも必要ではないと考えられる.E2F3dはN末端とC末端が細胞質に露出しているミトコンドリア外膜タンパク質であり,E2F3d特有のC末端領域にはLIRモチーフ(YxxL)が含まれている(図2B).E2F3dはLIRモチーフを通してLC3と会合し,Drp1をノックダウンしたHeLa細胞にE2F3dを強制発現するとミトコンドリアの断片化が誘導される3).また,HeLa細胞にE2F3dを強制発現するとミトコンドリアとリソソームの融合が起こる.これらのことから,E2F3dはDrp1非依存的にミトコンドリアを断片化し,マイトファジー受容体として働くことでマイトファジーを誘導する可能性が考えられる.E2F3dのLIRモチーフ中にはチロシン残基,その近傍にはセリン残基やトレオニン残基が含まれているが,これら残基のリン酸化がE2F3dとLC3との会合やマイトファジーの誘導に関与しているかは,今後の課題である.

4. 低酸素環境下におけるマイトファジー受容体

「がん」において腫瘍血管は酸素や栄養を供給する重要な役割を果たしている.しかし,多くの固形腫瘍において血管新生ががん細胞の増殖に追いつかないことに起因する低酸素環境が存在し,ミトコンドリアを損傷するストレスとなる.マイトファジーは不良ミトコンドリアを除去することで過剰なROSの蓄積を防ぐだけでなく,ミトコンドリアの全体量を縮小することで酸素が非効率的に消費されないように節約して細胞の生存を促進する.マイトファジー受容体の発現量や活性は低酸素によって制御されており,BNIP3BNIP3LはHIFsの標的遺伝子である11).また,低酸素下においてunc-51 like autophagy activating kinase 1(ULK-1)はミトコンドリアに移行し,FUNDC1の17番目セリン残基をリン酸化することでLC3との会合を促進する11).がんの進行に伴う遺伝子増幅やプロモーター活性の上昇によってE2F3aの発現量は上昇する.一方,低酸素下においてE2F3aのプロモーターが活性化されることや,スプライシング制御機構の変化によってE2F3転写産物内におけるE2F3d mRNAの割合が増えることからも3),低酸素環境下の悪性がん細胞においてE2F3dは高発現していると考えられる.HeLa細胞においてE2F3dの発現を抑えると低酸素誘導性のマイトファジーが抑制されることや細胞内のROSの蓄積量が増加することから3),E2F3dはマイトファジー受容体として働くことで,がん細胞におけるミトコンドリアの品質管理に貢献していると考えられる.

5. おわりに

複数存在するマイトファジー受容体のなかで,E2F3dが悪性がん細胞において高発現していると考えられる一方で,肺がん,肝臓がん,食道がんなどにおいて病期の進行に伴いBNIP3の発現は抑制される11).マイトファジー受容体の発現量や活性が低酸素下やがんの進行においてさまざまに変化することを考慮すると,「がん」におけるマイトファジー受容体の役割を理解するためには個々のマイトファジー受容体の制御機構や働きを解析するだけではなく,複数存在するマイトファジー受容体の機能を包括的に解析し,その役割を総合的に理解する必要がある.近年,オートファジーを阻害するがん治療の研究が進んでいるが,「がん細胞のミトコンドリアの品質管理」におけるマイトファジー受容体の役割を理解することで,より特異性の高いがん治療薬の開発につながることが期待される.

謝辞Acknowledgments

E2F3dに関する研究成果は川内敬子博士(甲南大学)の研究グループとの共同研究によるものである.川内博士ならびに研究室の方々に深く感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

荒木 啓吾(あらき けいご)

東京医科歯科大学非常勤講師.博士(学術).

略歴

2003年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科博士課程修了.日本医科大学大学院ポストドクター,国立シンガポール大学がん研究所研究員,関西学院大学理工学部生命医化学科助教等を経て19年より現職.

研究テーマと抱負

がん抑制因子p53とRBの「がん」における役割について,様々な角度から研究を行っています.p53とRBの新たながん抑制機能について明らかにしていきたいと考えています.

趣味

映画鑑賞.

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