次代の基礎生命科学者
大阪大学微生物病研究所籔本難病解明寄附研究部門,免疫学フロンティア研究センター糖鎖免疫学研究室教授
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昨年度の我が国の出生数が86万人と聞いて基礎生命科学の将来に関連付けて危機感を持たれた方も多いのではなかろうか.すでに大学院博士課程の学生数の少なさはかなり深刻な状況である.現在24, 5歳の博士課程進学段階の学生たちは年間出生数が120万人程の頃に生まれていてこの有様なのに,25年後は博士課程進学者の母集団が現在の3分の2程度の大きさしかない状況になるわけである.進学率が現在と変わらないとすると博士課程の学生数は現在の3分の2程度になってしまう.
輪をかけて問題なのは,博士課程への進学率が下がってきていることであろう.研究重点型の大学であっても生命系の5年一貫制研究科において2年で修了して就職する学生が過半を占める状況が続いているようであり,我が国のトップレベルの生命科学者を輩出してきた研究科専攻においても博士課程への進学率が低下していると聞く.
この傾向が続いて良いはずはない.しかし,効果が期待できる処方箋がたやすく書けるものでないことは誰しも思うだろう.出生数を増やす取り組みは政府レベルで行われており,効果が現れることを祈るのみである.一方,博士課程への進学率を高めることは,大学人自身が取り組むべき課題だと思う.大学や研究機関での研究職を企業での職と競争できる魅力的なものにすることが不可欠ではないだろうか.学生たちは,学部4年で研究室配属になり,そして修士課程に入れば,日々教員たちの仕事ぶりを目にする.若者たちの目に映るその仕事ぶりが魅力的か否かは,彼らの修士修了後のコース選択に決定的に影響すると思う.そこに自分もなりたいと思うような研究職の姿を見れば,よし我もと勇んで参入する学生が増えるのではないか.特に,研究職のキャリアの最終形態である教授職が魅力的なものであることが重要である.若者にとって,現在の教授職が魅力的に映るだろうか.このことは,大学教授自らが改めて見つめてみるべき点であると考える.
では,研究職を魅力的なものにするにはなにが必要なのか.逆に現在の研究職が魅力的でないとすれば,それはどういう点から来るのかを考えることは意義があると思われる.現在大学教員は,教育・研究・サービスにエフォートを配分して職務にあたり,それぞれのパファーマンスに基づいて評価を受ける制度の下で働いている.研究科の教員であれば,研究のエフォートは30から40%,附置研の教員であれば60から70%であろうか.しかし,研究に費やすべき時間を実際に研究に使えているだろうか.研究を取り巻く種々の業務に忙殺されているのではないか.そして現状を科学行政の愚策のせいだとして済ませていないだろうか.増大する学内事務作業に取られる時間,諸学会に費やす時間などを削減し,研究に直接取り組む時間を増やして魅力的な研究職の姿を実現すること,これが大学人自らの取り組むべき喫緊の課題であろう.
日本人学生の博士課程進学者について書いたが,後継者不足による基礎科学の衰退を防ぐもう一つの打開策は外国人の大学院生および研究者の一層の活躍を実現することである.先ごろ行われたラグビーW杯の日本代表チームを見て,日本の国際化のあるべき姿を感じた方も多いと思われる.大学そして研究室が,あの日本代表チームのようになれば,日本の基礎科学の今後は暗くない.彼らは,ラグビーという国際的に共通なスポーツを共有してチームを形成し,W杯での勝利を目指して邁進した.しかも,それを細やかな連携プレーやフェアプレーといった日本のチームらしさを保ってプレーしていたと思う.生命科学研究という万国共通の営みを共有して研究グループを形成し,研究テーマの解決を目指して邁進する.しかもそれを日本の研究グループらしさを保って行うことは各々が追求してみる値打ちがあるかもしれない.
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