加齢に伴うオートファジー低下のメカニズム
1 大阪大学大学院医学系研究科生化学・分子生物学講座遺伝学教室 ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘2–2
2 大阪大学大学院生命機能研究科時空生物学講座細胞内膜動態研究室 ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘2–2
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老化は神経変性疾患,循環器疾患,がんなどを含む多くの疾患の最大のリスクファクターであることが知られている.基礎医学研究においてはそれぞれの疾患発症のメカニズムを突き止め,これにもとづいた治療戦略を立てるというのが最も一般的なアプローチである.しかしもし老化・寿命制御のメカニズムを理解し老化そのものを遅らせることができれば,多くの疾患の発症を同時に抑えることができるため,基礎的な老化や寿命の研究に期待が集まっている.動物の老化や寿命がどのように制御されているのかは長らく不明であったが,モデル生物の線虫を用いた研究がブレークスルーとなり,現在では老化や寿命が明確に制御されたプロセスであることがわかっている1).今日までさまざまな要因で動物の寿命が延長することがわかっているが,興味深いことに,その多くの制御経路で細胞内分解システムであるオートファジーの活性化がみられ,またこのことが寿命延長に必須であることが示されている.オートファジーは真核生物に存在するメンブレントラフィック(膜による細胞内物質輸送系)である.オートファジーは我々の体の中で常に起こっているが,飢餓やさまざまな条件で強く誘導されることがわかっている.オートファジーが誘導されるとオートファゴソームと呼ばれる二重膜で構成されるオルガネラが出現し,これが細胞質中の分子や構造物を取り囲み,リソソームと融合することで包み込んだものを分解する(図1A).モデル生物を用いた研究から,今日ではオートファジーの多彩な機能が明らかになり,最近ではオートファジーの活性化が多くの寿命制御経路で働くコアメカニズムの一つとして注目されている(図1B)2)
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オートファジーが寿命延長のコアメカニズムとして注目されている一方で,多くの生物で加齢に伴いオートファジー活性は低下することが報告されている.しかしながら,その分子メカニズムについてはよくわかっていない.電子顕微鏡観察結果から,マウスの胸腺や肝臓において,オートファゴソームの数は若年に比べて老齢のマウスで減少しており,オートファジーの活性低下が示唆されている3).また,同様にショウジョウバエ,線虫においても加齢に伴うオートファジーの活性低下が観察されている4, 5)
.オートファジーが多くの寿命制御経路のコアメカニズムの一つであることを考えると,オートファジー低下の要因を特定し,取り除くことでオートファジーを活性化することができれば,最も自然な形で寿命延長や健康寿命延長を達成できる可能性がある.そこで我々は,以前哺乳類培養細胞を用いて同定したRubicon(Run domain protein as Beclin 1 interacting and cysteine-rich containing)というオートファジー制御因子に着目して老化や寿命との関連を調べることにした.今日まで多くのオートファジー関連遺伝子(autophagy related gene:ATG)が同定されているが,その多くが正の制御因子,すなわちその機能を抑制するとオートファジーが低下してしまう因子である.一方,Rubiconは数少ないオートファジーの負の制御因子として同定され,Rubiconを抑制するとオートファジーが活性化することが知られている非常にユニークな因子である.詳細なメカニズムはいまだ不明であるが,Rubiconは別のオートファジー制御因子であるBeclin 1を含むクラスIII PI3キナーゼ複合体の一部として働き,オートファゴソームとリソソームの融合を阻害していると思われる6).ホモロジー解析から,Rubiconは哺乳類だけでなく老化,寿命解析でよく用いられるモデル生物の線虫やショウジョウバエにも存在していることがわかったため,Rubiconと老化との関連をこれらモデル生物を用いて調べることにした.興味深いことに,遺伝子発現解析の結果から線虫,ショウジョウバエ,マウスの腎臓,肝臓などで,加齢に伴いRubiconが増加することを見いだした(図2A)7).一方Rubiconは線虫のいくつかの長寿個体や,マウスのカロリー制限個体の腎臓,肝臓で減少していた.これらのことから,オートファジーの負の制御因子であるRubiconの増減と寿命や老化との関連が示唆され,Rubicon増加が加齢によるオートファジー低下の要因なのではないかという仮説に至った.
そこでこの仮説を検証するため,Rubiconを抑制するとオートファジーや老化の表現型がどうなるかを調べてみた.RNAiを用いたノックダウンによりRubiconを抑制した線虫のオートファジー活性を調べてみるとGFP::LGG-1でラベルされるオートファゴソームの数がコントロールと比べて増加しており,哺乳類同様にオートファジーが活性化していることがわかった(図2B).さらに興味深いことに,Rubiconをノックダウンした個体の寿命が伸びることが明らかとなった(図2C).同様にショウジョウバエにおいても,特に雌ではRubicon抑制によってオートファジーの活性化とともに50%生存期間(median lifespan)の延長がみられた.線虫においてRubiconと同時にオートファジーに必須の因子であるbec-1(哺乳類Beclin 1ホモログ)などをノックダウンすると寿命延長がキャンセルされることから,Rubicon抑制による寿命延長がオートファジーの活性化に依存していることが示された.さらにトラッキングの解析から,Rubiconを抑制した線虫では加齢に伴い低下することが知られている運動機能が改善していること,この改善はオートファジーの活性に依存的していることがわかった.また,Rubiconを抑制した線虫では,老化に伴い増加し神経変性疾患の原因となる易凝集性タンパク質の蓄積も軽減していた.Rubiconは基本的にほぼすべての組織で発現しているが,組織特異的ノックダウンの結果,興味深いことに神経系でRubiconを抑制した際に最も効果的な寿命延長効果が得られることがわかった.ほぼ同様の結果がショウジョウバエでも得られており,二つの種で保存された機構があることが示唆されている.神経系でのRubicon抑制やオートファジー活性化がなぜ寿命延長につながるのかについては今後調べてゆくべき課題である.次に,Rubicon抑制が哺乳類でも老化関連の表現型に影響を与えるかを調べた.加齢に伴い増加することが知られている腎臓の線維化を調べたところ,Rubiconノックアウトマウスではコントロールと比較してコラーゲンの蓄積が軽減しており,線維化の有意な軽減がみられた(図3A).また,αシヌクレインタンパク質の凝集・伝播はパーキンソン病の原因の一つと考えられるが,これについてもRubiconノックアウトマウスで低下しており,Rubicon抑制がこの病態の抑制に寄与しうることが示された(図3B).これらのことから,Rubiconの抑制によるオートファジー活性化,抗老化メカニズムが種を超えて保存されている可能性が示唆され,またRubiconの増加が加齢によるオートファジー低下の要因の一つであることが我々の解析から初めて示された.
世界で最も急速に高齢化が進むわが国において,老化を遅らせ,健康寿命を伸ばす方法の確立は,個人の生活の質を向上する上でも,社会的な観点からも急務の課題である.これまでの老化,寿命研究からオートファジーの活性化による老化抑制,寿命延長は有望な介入方法の一つであることがわかってきた.現在までオートファジーのみを活性化し,健康寿命を延ばすような特異的なオートファジー活性化剤はないが,我々が同定したRubiconへのターゲッテイングは有効なアプローチの一つになるだろう.しかし,オートファジーがどのようにして老化抑制に寄与するのか,Rubicon抑制は哺乳類寿命延長に寄与するのか,Rubiconがなぜ加齢とともに増加するのかなど多くの疑問は未解決であり,今後明らかにしてゆく必要がある.また,細胞の状況,あるいは作用する時期や組織によっては寿命や老化制御におけるオートファジーの役割が異なることも報告されている.これらを踏まえ,オートファジーの制御機構や役割を高い分解能で調べていく必要があり,これにはin vivoで正確にオートファジー活性を定量できる技術の開発も合わせて必要になると考えられる.
本研究は東京都医学総合研究所の鈴木マリ主任研究員,大場柾樹大学院生との共同研究で進めた成果である.また本研究は大阪大学大学院医学系研究科腎臓内科学・神経内科学・遺伝統計学,京都府立医科大学大学院医学研究科基礎老化学,理化学研究所生命機能科学研究センター染色体分配チーム,Max Planck Institute for Biology of Ageingの多くの先生方との共同研究によって進めることができた.この場をかりて感謝申し上げたい.
1) Kenyon, C.J. (2010) The genetics of ageing. Nature, 464, 504–512.
2) Nakamura, S. & Yoshimori, T. (2018) Autophagy and Longevity. Mol. Cells, 41, 65–72.
3) Uddin, M.N., Nishio, N., Ito, S., Suzuki, H., & Isobe, K. (2012) Autophagic activity in thymus and liver during aging. Age (Dordr.), 34, 75–85.
4) Chang, J.T., Kumsta, C., Hellman, A.B., Adams, L.M., & Hansen, M. (2017) Spatiotemporal regulation of autophagy during Caenorhabditis elegans aging. eLife, 6, 6.
5) Simonsen, A., Cumming, R.C., Brech, A., Isakson, P., Schubert, D.R., & Finley, K.D. (2008) Promoting basal levels of autophagy in the nervous system enhances longevity and oxidant resistance in adult Drosophila. Autophagy, 4, 176–184.
6) Matsunaga, K., Saitoh, T., Tabata, K., Omori, H., Satoh, T., Kurotori, N., Maejima, I., Shirahama-Noda, K., Ichimura, T., Isobe, T., et al. (2009) Two Beclin 1-binding proteins, Atg14L and Rubicon, reciprocally regulate autophagy at different stages. Nat. Cell Biol., 11, 385–369.
7) Nakamura, S., Oba, M., Suzuki, M., Takahashi, A., Yamamuro, T., Fujiwara, M., Ikenaka, K., Minami, S., Tabata, N., Yamamoto, K., et al. (2019) Suppression of autophagic activity by Rubicon is a signature of aging. Nat. Commun., 10, 847.
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