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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(2): 244-246 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920244

みにれびゅうMini Review

RAGEによるオキシトシンの血液脳関門移行と愛情構築の調節RAGE is an oxytocin transporter of the blood-brain barrier, transducing maternal bonding and nurturing

金沢大学医薬保健研究域医学系血管分子生物学Department of Biochemistry and Molecular Vascular Biology, Kanazawa University Graduate School of Medical Sciences ◇ 〒920–8640 石川県金沢市宝町13–1 ◇ 13–1 Takara-machi, Kanazawa 920–8640, Japan

発行日:2020年4月25日Published: April 25, 2020
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1. はじめに

グリケーション(糖化)反応は,食品化学分野においてはメイラード反応とも呼ばれ,最終的に終末糖化産物であるAGEs(advanced glycation end-products)を生成することを指す.グリケーション反応は,生体内でも常に生じており,病態によっては加速することも明らかとなり,老化をはじめとするさまざまな疾患の原因にもなっている1).いわば,すべての生体分子に非酵素的に生じる「錆びや腐食」のような現象であると理解される.RAGE(receptor for AGEs)とは,当初,そのようなグリケーション反応によって生じるAGEsの細胞膜受容体として見いだされた分子である2).RAGEは,その細胞外領域の免疫グロブリン様ドメインを3つ(N末端側からV, C1, C2)持つ免疫グロブリンスーパーファミリーに属する1回膜貫通型のI型膜タンパク質である.現在ではAGEsのみならず,がん転移および炎症に関わるhigh mobility group B1(HMGB1),S100タンパク質,βアミロイド,リポポリサッカライド(LPS)をはじめとするさまざまなリガンドを認識し,多彩な生物学的機能を有するパターン認識受容体(pattern recognition receptors:PRRs)の一員であると理解されている3–5).自然免疫系は,外来の微生物などに対する先天的に備わった非特異的な応答として理解され,異物としての認識は自己にない固有の分子パターンが標的となる.そのような分子パターン認識する受容体がPRRsである.PRRsは大きく分けて①分泌タイプ,②エンドサイトーシスタイプ,③シグナル伝達タイプの計3種類があると理解されている.分泌タイプにはマンノース型レクチンや補体C3bなどがあり,エンドサイトーシスタイプは単球/マクロファージ系細胞のスカベンジャー受容体が代表であり,細胞貪食に関わる.RAGEは,Toll様受容体(Toll-like receptors:TLRs)と同様,シグナル伝達タイプとなる.これらは,外来微生物由来のpathogen-associated molecular patterns(PAMPs)以外にも組織傷害や炎症応答によるdangerシグナルであるdamage-associated molecular patterns(DAMPs)を認識することで細胞内シグナル伝達を発生し,サイトカイン,ケモカインに代表される遺伝子発現誘導を引き起こす.当教室では,これまでに,RAGEの機能を解明するためにRAGE過剰発現トランスジェニック(RAGE-Tg)マウス,RAGEノックアウト(Ager−/−)マウスを作製・解析し,糖尿病,老化,炎症,がんなどに関わる研究を推進してきた6–9)

オキシトシンは,陣痛誘発時の子宮筋収縮や授乳時の乳汁分泌に関わる9個のアミノ酸からなる環状ペプチドである.主として脳視床下部の室傍核と視索上核の神経分泌細胞で合成され,下垂体後葉の神経末端から循環中に放出される.近年,オキシトシンには“信頼や愛情”に関わるといった社会脳領域への中枢作用があることがわかってきた10–12).オキシトシンが社会性行動を引き起こす“愛情ホルモン”としてそのような中枢神経作用を発揮するには,末梢循環から血液脳関門(blood brain barrier:BBB)を越えて脳内へ移行することが必須となる.しかしながら,これまでこのような現象の存在や,その通過の分子機構についてはまったくわかっていなかった.今回,筆者らはBBBを構成する血管内皮細胞に存在するRAGEが,オキシトシンの脳内移行に必要な装置として働いていることを発見した13)

2. Ager−/−マウスの母親の養育行動と仔マウスの生存率

ホモ接合体Ager−/−マウスのコロニーを作って繁殖させると,妊娠後は個飼いで静かな環境下の通常の飼育繁殖方法では野生型(Ager+/+)との違いはみられなかったが,妊娠Ager−/−マウスを出産前日に新しいマウスケージに移し環境変化ストレスを負荷することで,生まれてきた仔の生存率が著しく低下することを見いだした.Ager−/−マウスの仔とAger+/+の仔を生後2日目に入れ替え,Ager−/−マウスの母親にAger+/+マウスの子育てをさせる実験でも,その後の仔の生存率は低く,Ager−/−マウスの母親の養育行動に問題があると考えられた.血管内皮細胞だけでRAGE発現が欠損するコンディショナルRAGEノックアウト(KO)マウスを作製し,その母親に養育される仔の生存率を調べても生存率は低いままであった.このような母親マウスの養育行動の異常は,オキシトシンKOマウス,オキシトシン受容体KOマウス,さらにオキシトシン分泌低下を来すCD38 KOマウスにおいても観察されており10, 11, 13),ホモ接合体Ager−/−マウスの母親で観察された現象もオキシトシンが関わる養育行動に異常があるのではないかと考えた.

3. RAGEはオキシトシンと結合し血液脳関門(BBB)の透過に必要である

そこで,RAGEとオキシトシンとの関係を明らかにするため結合実験を行った.合成オキシトシンとヒト精製RAGEタンパク質(細胞外ドメイン)との直接結合を表面プラスモン共鳴法とELISA法で確認したところ,RAGEの免疫グロブリン様ドメインであるVドメインとC1ドメインにオキシトシンが結合した.RAGEリガンドとして知られているHMGB1, S100タンパク質,βアミロイド,LPSはRAGE–オキシトシン結合にまったく影響を与えなかった.続いて,in vitro BBB透過性アッセイキット(ファーマコセル)を用いて,オキシトシンのBBB透過性の検証を行った.このBBB透過性アッセイキットは,初代培養したサル脳毛細血管内皮細胞,ラット脳周皮細胞およびラット星状細胞の3者培養系で,サル脳毛細血管内皮細胞上におけるRAGEの発現を確認し,その後,RAGE発現を抑制するためのRAGE small hairpin RNA(shRNA)ベクターとその対照ベクターを用いたRAGE遺伝子ノックダウン実験によりRAGE依存性を検証した.アッセイ直前には,BBBの経内皮電気抵抗(transendothelial electrical resistance:TEER)を指標として,BBBの緊密度が保たれていることを確認し行った.その結果,血管側チャンバーにオキシトシンを入れた場合のみ,脳側チャンバーへのRAGE依存的なオキシトシンの移行が確認できた.逆に,脳側にオキシトシンを入れてもRAGEの有無に関わらず血管側への移行はまったく生じなかった.そして,オキシトシンの移行にはRAGE細胞内シグナル伝達系の活性化は必要なかった.

以上,RAGEはオキシトシンと結合することで,オキシトシンのBBB通過と脳移行に寄与していることがわかった.マウス脳血管内皮細胞上にもRAGE発現があることを確認し(図1),合成の[13C,15N]標識オキシトシンと非標識オキシトシンをAger−/−マウスに,皮下注射,静脈内投与,鼻腔投与を行ってその脳内移行を確認した.時間を追って調べても,Ager+/+マウスと違って,Ager−/−マウスにおいては,脳脊髄液中,脳内への移行はまったく生じないことが明らかとなった.そして,マウス仔の養育行動の異常を認めたAger−/−マウスの母親の脳血管内皮細胞にヒトRAGEの発現を戻した内皮細胞ヒトRAGE-Tgマウスで,その養育行動が回復可能かどうか実験を行うと,マウスの仔の生存率は有意に上昇した.確認のために,内皮細胞ヒトRAGE-Tgマウスでオキシトシンの脳内移行性を検討してみると,オキシトシンは脳内へ移行していた.

Journal of Japanese Biochemical Society 92(2): 244-246 (2020)

図1 マウスの脳血管内皮細胞に発現するRAGE

RAGE(赤)と血管内皮細胞マーカーであるCD31(緑色)は共存する.DAPI(4′,6-diamidino-2-phenylindole)は細胞核マーカー.Bar=100 µm.

つまり,視床下部で合成されたオキシトシンは刺激によって下垂体後葉から血液中へ放出される.その後,血中のオキシトシンはBBBを構成する脳血管内皮細胞上のRAGEと結合し,その後,BBBを透過して脳内に移行することが明らかとなった13).脳内に移行することで,オキシトシンは,本来の神経細胞表面に発現するオキシトシン受容体と結合し,「信頼や愛情」などの中枢神経作用を発揮することとなる.

また,RAGEには,スプライシングバリアントである内在性分泌型RAGE(endogenous secretory RAGE:esRAGE)やRAGE膜貫通領域直上で切断された可溶型RAGE(soluble RAGE:sRAGE)が血中にも存在するが,BBB透過性アッセイキットやマウスを用いた実験においてもBBB上のRAGEのオキシトシン脳内透過にはまったく影響を与えなかった.BBBのRAGEが,可溶型であるesRAGEやsRAGEを脳内に輸送し,マウスの脳虚血による海馬の遅発性神経細胞死を防いでいることもわかってきた14)

我々の別の実験では,オキシトシンは母乳中にも含まれており,そのオキシトシンは小腸粘膜上皮細胞に発現するRAGEによって腸管バリアーを超え吸収され,血中に移行することがわかった15).出生直後の子どもが母乳を飲むことで,オキシトシンが小腸から吸収され血中へ移行し,さらに脳内へ輸送される,そのステップにRAGEが関わっていることになる.

4. おわりに

オキシトシンの脳内移行によってはじめてその生物学的作用が発揮され,“母子の絆”や“信頼や愛情”が生じるという基盤には,BBBに存在するRAGEが必須の分子であるということがわかった.これらの成果は,自閉症スペクトラム障害を含む,統合失調症や反応性愛着障害などの精神疾患に対するオキシトシンによる新たな治療手段の開発を提供することにもなりうると考えられる.そして将来,育児放棄や虐待など,今日の少子化時代において深刻化する社会問題を解決する鍵となる可能性も秘めており,さらに研究を進めている.

謝辞Acknowledgments

RAGEの愛情研究成果は,金沢大学医薬保健研究域医学系血管分子生物学と主に金沢大学子どものこころの発達研究センター・東田陽博研究室との共同研究によって成し遂げられました.あらためて共同研究者の皆様に感謝いたします.また本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業,日本学術振興会「国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業」,金沢大学先魁プログラム2018, 2017年度武田生命科学研究助成,日本医療研究開発機構(AMED)戦略推進部脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)の支援を受けて実施されました.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

山本 靖彦(やまもと やすひこ)

金沢大学医薬保健研究域医学系血管分子生物学教授.医博.

略歴

1968年富山県に生る.92年金沢大学医学部医学科卒業.96年同大学院医学研究科博士課程修了.97年日本学術振興会リサーチアソシエート.99年金沢大学医学部助手.2006年同講師,ハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センター研究員.09年金沢大学復職.12年同准教授.15年より現職.

研究テーマと抱負

グリケーションと老化のメカニズムの解明,そしてオキシトシンの愛情研究も精力的に行っている.

ウェブサイト

http://biochem2.w3.kanazawa-u.ac.jp/

趣味

食べ歩き.研究医および若手研究者の育成.

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