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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(2): 263-267 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920263

みにれびゅうMini Review

進化への影響を検証するシアル酸分子種改変マウスモデル研究Sialoglycan-modified mice to evaluate evolutional effects

藤田医科大学医療科学部放射線学科Faculty of Radiological Technology, School of Medical Sciences, Fujita Health University ◇ 〒470–1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ケ窪1番地98 ◇ 1–98 Dengakugakubo, Kutsukake-cho, Toyoake, Aichi 470–1192, Japan

発行日:2020年4月25日Published: April 25, 2020
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1. はじめに

糖鎖の構造は生体内で均一ではなく,細胞の種類や分化,活性化状態により大きく異なる.糖鎖構造の違いやその変化は,レクチンをはじめとする糖鎖認識分子との相互作用を制御することで生体機能に関わる.タンパク質自体の発現には変化がなくても,付加される糖鎖の構造が変化することでその機能が大きく変わることがあり,糖鎖構造の厳密な制御の重要性に注目が集まっている.近年,糖鎖解析技術の発展もあり,さまざまな疾患における糖鎖の変化や,糖鎖関連酵素遺伝子の変異による先天性疾患,感染症における糖鎖の役割の解明が進んでいる.一方,現生生物がもつ糖鎖がどう進化してきたかについての情報は少ないが,これは興味深い課題である.

シアル酸は,糖鎖の非還元末端,つまり細胞の表面を覆う糖鎖の最も外側に位置する酸性糖である1).その場所特異性と,さまざまな修飾により50種を超える分子構造を持つ構造多様性から,細胞間接着やシグナル伝達,病原体の感染など種々の分子間認識において制御的な役割を果たす.

筆者らは,シアル酸の分子種の違いがもつ機能的差異に焦点を当てた研究を行っており,これまでにマウスのB細胞,T細胞における活性化依存的なシアル酸分子種の変化とその生理的意義を明らかにしてきた2, 3).本稿では,最近の研究により明らかになった,進化の過程で生じたシアル酸分子種の脳特異的およびヒト特異的な発現パターンがもたらした影響について示唆に富む研究を紹介する.

2. シアル酸分子種の組織・動物種特異的な発現

シアル酸は多様な分子構造を示すが,5位の炭素の修飾に着目すると,N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac),N-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc),デアミノノイラミン酸(KDN)の3種類に分類できる.哺乳動物細胞では,KDNの発現量は多くないため,主にNeu5Ac, Neu5Gcとして存在する.Neu5Gcは,Neu5Acを前駆体とする水酸化反応により細胞質で生合成される.この反応を担うのがCMP-Neu5Ac水酸化酵素(CMAH)であり,Neu5GcとNeu5Acの存在比はCMAHの発現量により決定される4).CMAHの発現量にはばらつきがあることから,Neu5Gc/Neu5Ac比は動物種や臓器により大きく異なり,一見法則性がないように見える(表1).しかし,Neu5Gc/Neu5Ac比には興味深い特徴が二つある.一つは,脳ではこれまでに調べられたどの哺乳動物においてもほとんどNeu5Gcが存在しないこと,そしてもう一つは,ヒトでは全身においてNeu5Gcが存在しないことである.あらゆる哺乳動物の脳に存在しないことから,脳におけるNeu5Gcの発現が神経系や動物個体に有害な作用をもたらすのではないか.また,ヒトを除く哺乳動物は,ヒトの最近縁種であるチンパンジーに至るまでほとんどの臓器でNeu5Gcを発現していることから,ヒトにおけるNeu5Gcの欠損がヒトへの進化やヒト特異的な疾患の病態を考える上で重要な鍵となるのではないかと考えられた.

表1 哺乳動物に発現するシアル酸中のNeu5Gc比とシアル酸の構造(文献8より改変)

3. 脳でNeu5Gcの発現を欠く意義

1)脳におけるNeu5Gcの発現が脳・神経系に与える影響

脳は非常にシアル酸に富む臓器であるが,動物種によらずシアル酸中のNeu5Gcは3%以下であり,そのわずかな発現もほとんどが血管にみられ,神経系の細胞にはNeu5Gcが発現していない.また,Neu5Gcの生合成を担うCMAHの発現もみられない.そこで,脳でのNeu5Gc発現が神経系や動物個体に与える影響を調べるため,脳特異的なCmahトランスジェニック(Cmah Tg)マウスを作製することで神経系の細胞にNeu5Gcを発現させ,表現型の解析を行った.

シアル酸分子種の変化により引き起こされる分子認識変化として,自己の分子を介する認識の変化が考えられる.シアル酸結合タンパク質の一つであるMAG(Siglec-4)は,Neu5Acに高い親和性を示す.MAGはミエリンの最も内側の層に発現しており,髄鞘形成に必須ではないものの,糖リガンドとの結合やタンパク質間相互作用を介して軸索とミエリンの強固な結合に関わると考えられている.Cmah Tgマウスの脳では,Neu5Acの発現量低下により予想どおりMAGのリガンドが著しく減少しており,マイルドではあるものの髄鞘の形成不全が認められた5).この結果は,これまでMAGのリガンド欠損マウスとして用いられてきた,脳の主なガングリオシドを欠くB4galnt1ノックアウトマウスの表現型とも一致する6).髄鞘形成不全は運動障害を引き起こすことから,さらに歩行への影響を詳細に検討したところ,Cmah Tgマウスではコントロールマウスに比べて歩長(足をつく間隔)が短くなっており,運動機能に障害があることがわかった.

運動の制御に加え,脳の重要な機能が記憶である.まず,バーンズ迷路試験を行ったところ,コントロールマウスとCmah Tgマウスで差はみられず,空間記憶は正常であることが示唆された5).次に新奇物体認識試験を行ったところ,Cmah Tgマウスは目新しい物体に対しても見慣れた物体と同程度の反応を示し,物体認識記憶に障害があることが示唆された(図1A).空間記憶では海馬が重要な機能を担うのに対し,物体認識記憶では嗅周皮質が重要な役割を果たすと考えられている.物体認識記憶の低下をもたらす分子機構は不明であるが,海馬と扁桃体が関わるとされる恐怖条件づけ試験でも差がみられなかったことから,Neu5Gcの発現は神経の種類特異的に影響を与えるのかもしれない.

Journal of Japanese Biochemical Society 92(2): 263-267 (2020)

図1 脳におけるNeu5Gc発現がもたらす影響

(A)物体認識記憶の低下.二つの同一物体に触れさせるトレーニングセッション(6分間)を2回行った15分後に,テストセッションとして片方の物体を別の物体に置き換えてマウスの両物体への接触時間を測定した(6分間).(B) Neu5Gc高親和性毒素に対する耐性の低下.SubAB(2 µg)を経鼻投与し,投与後2週間の生存率を比較した.n=8(コントロール),7 (Cmah Tg).(文献5より改変)

また,シアル酸は「場」の形成因子としても機能すると考えられる.この「場」を分解するシアリダーゼは,含まれるNeu5AcとNeu5Gcにより異なる反応性を示すことがある.ポリシアル酸は,8~400個のシアル酸が直鎖状に連なったものであり,脳に特異的に発現する.シアル酸の持つ負電荷により反接着作用をもたらす他,BDNFなどの生理活性物質のリザーバーとして機能する.近年,ポリシアル酸上に保持された生理活性物質が,シアリダーゼによるポリシアル酸鎖の分解により放出されて周囲の細胞に働くというメカニズムが提唱された7).ポリシアル酸構造へのNeu5Gcの取り込みはシアリダーゼによる分解に対し抵抗性をもたらすことから8),Neu5Gcを含むポリシアル酸の出現がCmah Tgマウスの表現型に関わっている可能性もある.

2)脳におけるNeu5Gcの発現が病原体への抵抗性に与える影響

シアル酸を含む糖鎖の重要な役割の一つが,病原体の標的となることである.ここでシアル酸は,病原体による宿主認識の決定基として働く.脳におけるNeu5Gcの発現が運動機能,記憶に対し負の影響を与えるという結果が得られたが,これらは自然界での生存において大きな意味をもつと考えられるものの,Neu5Gcを発現しない個体のみが生き残る理由になりうるだろうか?自然選択を考えたとき,前述の結果と互いに排他的でない変化として,病原体への抵抗力の向上が考えられた.つまり,個体の生存にとって非常に重要な脳においてNeu5Gcの発現をなくすことにより,Neu5Gcを標的とする病原体による死という選択圧を回避したという仮説である.

この仮説を検証するため,Neu5Gcに高い親和性を示す毒素のモデルとして腸管出血性大腸菌由来のsubtilase cytotoxin(SubAB)を用い9),個体としての抵抗性を調べた.コントロールマウスでは致死性を示さない低濃度のSubABを経鼻投与したところ,Cmah Tgマウスは半分以上が10日以内に死亡した5)図1B).脳・神経系特異的に導入遺伝子を発現するCmah Tgマウスでは,脳以外におけるNeu5Gcの発現量はコントロールマウスと同程度であり,この結果は,脳のみでNeu5Gcの発現を抑えることが個体としての病原体への抵抗性に影響しうることを意味する.実際の進化の過程で何が生じたか明らかにすることは容易ではないが,脳とその他の臓器で病原体毒素の標的となる糖鎖の構造を異なったものにする重要性が示唆されたといえる.

4. ヒトにおけるNeu5Gc欠損がもたらすヒト特異的な感染症

動物種間でのシアル酸分子種発現の違いとして,ヒトが全身でNeu5Gcの発現を欠くことがあげられる.これは,ヒトのCMAH遺伝子にAlu配列の挿入による変異が生じ,偽遺伝子となっているためである.Neu5Gcの欠損は,ヒトがチンパンジーと決定的に異なる点である.近年,このシアル酸分子種の違いが,筋ジストロフィーなどさまざまな疾患の病態進行が動物とヒトで異なる理由として考えられつつある10).つまり,Cmahノックアウト(Cmah KO)動物がヒトの実験動物モデルとなると考えられる.

ヒトにおいて他の動物と異なる症状をもたらす疾患の一つが腸チフスである.ヒトで高い致死性を示す腸チフスは,サルモネラの一種,チフス菌によりもたらされる感染症であるが,チンパンジーをはじめとする動物では,たとえ感染が成立しても非常に軽度の症状しかみられない.しかし,その原因は不明であった.腸チフスの病原因子は腸チフス毒素である.腸チフス毒素はシアロ糖鎖に結合することから11),シアル酸の分子種を見分けているのではないかと考え,シアロ糖鎖に特化した糖鎖アレイを用いて結合特異性を詳細に検討したところ,Neu5Ac,つまりヒト型のシアル酸に特異的に結合することが明らかになった12).実際,ヒトおよびチンパンジーの小腸切片への腸チフス毒素の結合を調べると,ヒトの小腸には強く結合したのに対し,チンパンジーの小腸にはほとんど結合しなかった.また,この結合の差がシアル酸分子種の違いによるものであることを明らかにするため,Cmah KOマウスとCmahを全身で強制発現させたCmah Tgマウス13)(前述の脳特異的なTgマウスとは異なる)の小腸切片に対する腸チフス毒素の結合を調べたところ,Neu5Acのみを発現するCmah KOマウスの小腸では野生型マウスに比べ結合が亢進したのに対し,Neu5Gcを高発現するCmah Tgマウスでは結合がほぼ完全に阻害された(図2).チンパンジーの組織中のNeu5Gc量はCmah Tgマウスに近い.そこで,Cmah KOマウスをヒトモデル,Cmah Tgマウスをチンパンジーモデルとして,それぞれのマウスに腸チフス毒素を静脈内投与し生存率を調べたところ,Cmah KOマウスは10日以内に死滅したのに対し,Cmah Tgマウスは耐性を示した(図2).これらの結果から,ヒトにおけるNeu5Gc欠損による腸チフス毒素の結合の増加が腸チフス感染時の病態進行の原因であることが明らかになった.

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図2 Neu5Gc欠損がもたらす腸チフスのヒト特異性

(上)野生型マウス(Wildtype),Cmah KOマウス(Cmah−/−),Cmah Tgマウス(Cmahtg, 全身性)の小腸凍結切片を蛍光標識腸チフス毒素で染色した(赤:腸チフス毒素,青:核).(下)腸チフス毒素(2あるいは10 µg)を静脈内投与し,生存率を比較した.(文献12より改変)

5. おわりに

本稿では,哺乳動物の主要シアル酸分子種の一つであるNeu5Gcの発現が脳やヒトで失われることにより,どのような変化が起きたのか,Neu5Gcを強制発現させたマウスの表現型解析を通し,進化的な観点から考察した.

Neu5AcとNeu5Gcは,酸素原子一つというわずかな構造の違いであるが,さまざまなヒト疾患を理解していく上で非常に重要な分子であると考えられる.ヒトはNeu5Gcを生合成できないが,牛肉や豚肉といった動物由来の食物を摂取することでNeu5Gcが体内に取り込まれる14).取り込まれたNeu5Gcはサルベージ経路を介して糖鎖の生合成経路に入るため,Neu5Gcを含む糖鎖がヒトの体内で出現する.一方で,本来ヒトにとって非自己成分であるNeu5Gcは免疫原性を示すため,ヒトは抗Neu5Gc抗体を有する.つまり,ヒトの体内には抗原となるNeu5Gcと抗Neu5Gc抗体の両方が同時に存在し,これにより生じる炎症がヒト特異的な疾患に関わる可能性が示唆され始めた15).今後,実験動物を用いてヒト疾患研究を遂行するにあたり,シアル酸分子種の違いも考慮に入れる必要があるのではないだろうか.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究は,カリフォルニア大学サンディエゴ校で行ったものであり,ご指導いただきましたAjit Varki博士に心より感謝いたします.また,腸チフス毒素に関する研究はVarki研究室とイェール大学のGalán研究室との共同研究により行われたものであり,実験において中心的な役割を果たしたLingquan Deng博士,Jeongmin Song博士,Xiang Gao博士に深く感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

内藤 裕子(ないとう ゆうこ)

藤田医科大学医療科学部放射線学科講師.博士(生命科学).

略歴

2002年京都大学薬学部卒業.07年同大学院生命科学研究科博士後期課程修了,同研究科助教.12年米国カリフォルニア大学サンディエゴ校visiting scholar(13年より日本学術振興会海外特別研究員).15年神戸薬科大学特別契約研究員,16年同大学特任助教.19年より現職.

研究テーマと抱負

糖鎖による生体制御機構の解明.特に免疫系における糖鎖の機能について,細胞の分化・活性化に伴う糖鎖構造の変化やヒト特異的なNeu5Gc欠損に着目しながら研究を行っている.

趣味

写真を撮りながらの散策.

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