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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(3): 336-342 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920336

特集Special Review

細胞外小胞・エクソソームのグライコミクスGlycomics of extracellular vesicles, exosomes

京都大学工学研究科Department of Polymer Chemistry, Graduate School of Engineering, Kyoto University ◇ 〒615–8510 京都府京都市西京区京都大学桂 京都大学工学研究科高分子化学専攻 ◇ Kyoto daigaku-katsura, Nishikyo-ku, Kyoto 615–8510

発行日:2020年6月25日Published: June 25, 2020
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細胞外小胞は生体由来のコミュニケーションツールとして疾患の治療,診断といった医療応用のみならず生命工学,農学,食品,化粧品など多岐にわたる分野で関心を集めている.現在までに,がんの転移,炎症反応,免疫調節,創傷治癒などのさまざまな生体応答に関連していることが報告され,その要因となる細胞外小胞由来の機能性分子である核酸やタンパク質が徐々に明らかになってきている.一方で,細胞外小胞表層の糖鎖の解析やその機能についての情報ははるかに少ないのが現状である.細胞膜表面の糖鎖があらゆる生命現象に関わっているのと同様に,細胞外小胞表層糖鎖も重要な働きがあると考えられる.本稿では細胞外小胞表層糖鎖の解析法,細胞応答における役割について概説する.

1. はじめに

細胞が分泌する脂質二重膜で囲まれたナノ~マイクロサイズの粒子である細胞外小胞は,生理活性を持つ機能性分子を細胞から細胞へと運ぶ役割を担っていることが知られている1).現在までに多くの機能性分子(タンパク質,mRNA, miRNAなど)が同定され,医療応用へ向けた研究が着々と進んでいる.細胞外小胞はさまざまな体液中(血液,尿,唾液など)に存在することから,特にリキッドバイオプシーによる疾患の早期診断技術が注目されている2).2019年11月には血清中のmiRNAから13種類のがんを短時間に高感度で検出する技術が発表された3).この技術はまさに細胞外小胞中のmiRNAを用いており,がんの早期発見に貢献が期待される.現在では疾患の治療,診断といった医療応用のみならず生命工学,農学,食品,化粧品など多岐にわたる分野で関心を集めている.一方で,細胞外小胞の分類や回収および精製方法,分泌過程や細胞との相互作用の詳細な機構など基本的な部分についてはいまだ解明すべき点が多く残されている.本稿では,細胞外小胞の構成分子の中ではその機能解析があまり進んでいない糖鎖に着目し,我々の研究成果を含めた最新情報を解説する.

2. 細胞外小胞の種類

細胞外小胞という呼び名は細胞が分泌する膜小胞の総称であり,生成機構やサイズ,構成分子の違いによりさまざまな粒子が存在する1).エンドソーム由来の50~200 nmの粒子であるエクソソームや細胞膜から直接出芽するマイクロベシクルなどがよく知られている(図1).細胞外小胞を培養細胞や体液サンプルから回収する方法としては,超遠心法(サイズ,密度勾配で分離)が最もスタンダードであり,他にも細胞外小胞表面タンパク質や脂質をターゲットとした免疫沈降法,サイズ排除クロマトグラフィーなどのさまざまな方法が開発されている4).超遠心法が網羅的に細胞外小胞を回収するのに対し,免疫沈降ではターゲットとする分子によって異なる集団を回収することから,目的に応じて使い分けることが必要である(図2).また,超遠心法においてもマイクロベシクルとエクソソームを分けるためにまずは低速遠心(~10,000 g)およびフィルター処理で大きい粒子を除くが,重複したサイズのものに関しては完全に分離できないのが現状である.2018年に,Lydenらのグループは,非対称フロー式フィールド・フロー・フラクショネーション(Asymmetric Flow Field Flow Fractionation:AF4)を用いて,数十種類のがん細胞由来のエクソソームの分離解析を行い,タンパク質や核酸,糖鎖の組成が異なる大きいサイズ(90~120 nm)のエクソソーム(Exo-L)と小さいサイズ(60~80 nm)のエクソソーム(Exo-S),さらには脂質組成が極端に異なる~35 nmのナノ粒子(exomere)が存在することを報告した5)

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図1 細胞外小胞の形成過程

後期エンドソームで形成した膜小胞を多く含む多胞性エンドソームはリソソームへと運ばれると分解される.一方で,細胞膜と融合し細胞外へと分泌される経路もあり,これをエクソソームと呼んでいる.マイクロベシクルは細胞膜から直接出芽して形成される.

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図2 細胞外小胞の回収方法

細胞外小胞は多様性を示すため,超遠心法ではあらゆる画分を回収するのに対し,その他の方法では特定の画分が回収される.

2012年に国際細胞外小胞学会(International Society for Extracellular Vesicles:ISEV)が発足し,細胞外小胞研究を行うためのガイドライン(Minimal information for studies of extracellular vesicles:MISEV)を2014年6),2018年7)に発表している.細胞外小胞の構成分子や回収方法,機能評価法などについて詳細な説明が行われている.最新版のMISEV2018では細胞外小胞の名称について,“エクソソーム”や“マイクロベシクル”という呼び名ではなく,200 nm以下のものを“small Extracellular Vesicles”(sEVs),200 nm以上のものを“medium/large EVs”(m/l EVs)というようにサイズで分類するのが好ましいとしている.また,細胞外小胞に多く発現しエクソソームマーカーとして知られている膜貫通タンパク質ファミリーのテトラスパニン(CD9, CD63, CD81)についても,細胞種や回収法,サイズにより発現量にばらつきがあるため,(CD63+/CD81+-EVs)といった表記をつけ加えることも推奨されている.今後も論文数が増えるとともに情報も更新されていくので,ISEVが毎年行う年会やワークショップ,学会誌(Journal of Extracellular VesiclesJEV)も参考にしていただきたい8)

3. 細胞外小胞の表層糖鎖研究

図3に細胞外小胞の構成を脂質,核酸,タンパク質,糖鎖の四つに分類したものを示す.脂質,核酸,タンパク質に関してはその種類や機能まで,これまでに多くの報告例があるが,本稿では詳細は割愛する.実際に,細胞外小胞を構成する分子のデータベース化もされており,Vesiclepedia9)やEV-TRACK10)などが代表的である.EV-TRACKは論文中で用いた細胞,細胞外小胞の回収方法,密度,発現タンパク質,電子顕微鏡画像の有無などが出版された年代別にまとめてあるので,自分が使用する種類の細胞で類似のものがあれば参考になる.また,抗体を用いた免疫沈降法による回収では,細胞外小胞表面に発現しているタンパク質や脂質の種類をあらかじめ知っておく必要があるので,このデータベースは有用である.

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図3 細胞外小胞の構成分子

糖鎖は細胞の機能制御に重要な役割を担っており,タンパク質の品質管理や保護,細胞接着,血液型の分類,免疫調節などあらゆる生命現象に関わっている11).細胞表面のタンパク質や脂質には糖鎖が付加しており,細胞の種類やがん化など環境に依存してそのパターンは変化することが知られている.細胞外小胞を構成する脂質やタンパク質上の糖鎖も細胞とのコミュニケーションの際に何らかの働きを示すと考えられるが,核酸やタンパク質に比べてその機能に関する報告はきわめて少ない.PubMedで単純に“extracellular vesicles protein”と検索したときの過去20年の論文数は11,902件がヒットしたのに対し,“extracellular vesicles and glycan”では743件となり,その中でも実際に糖鎖の解析や機能について調べている論文を抽出すると100件にも満たない.その要因の一つとして,糖鎖はその構造が複雑であり,高額な機器,解析やデータ処理に高度な技術や時間が必要であることが考えられる.しかし,ここ数年で細胞外小胞の糖鎖に関する論文は少しずつではあるが増えてきており,2019年に開催された第92回日本生化学会大会では「エクソソームの糖質科学」というシンポジウムも開催された.

4. 細胞外小胞の糖鎖解析法

これまでの報告例で代表的な糖鎖解析法としては,①レクチンブロット法,②質量分析法,③レクチンアレイ法があげられる12).①のレクチンブロット法はSDS-PAGEで細胞外小胞由来のタンパク質を分離後にPVDF膜に転写し,一次抗体としてビオチンに結合したレクチン,二次抗体として蛍光もしくは酵素標識ストレプトアビジン抗体を用いて検出する方法である.レクチンは動植物や微生物,キノコ類など自然界に幅広く存在し,糖鎖を特異的に認識するタンパク質である13).哺乳動物においても,ガラクトースを認識するガレクチン,カルシウムに依存して糖鎖を認識するC型レクチン(セレクチン,コレクチンなど),シアル酸を認識する免疫グロブリン様レクチン(シグレック),カルシウムやリン脂質に結合するアネキシンなど多くのレクチンファミリーが発見され,それぞれ特定の糖鎖を認識することにより生体内でさまざまな機能を発揮している13).細胞外小胞表層の糖鎖とレクチンの相互作用を評価することで,細胞との相互作用メカニズムの解明につながると考えられる.

細胞外小胞上のタンパク質を検出する際に用いるウエスタンブロット法と基本的には同じなので,この三つの解析法の中では最も試しやすいといえる.バンドが検出されればそのレクチンを認識する糖鎖構造を有するタンパク質が細胞外小胞に存在するということまではわかる.さらに,そのバンドからタンパク質を抽出して質量分析にかけることでタンパク質を同定することが可能である.

②の質量分析法は最も一般的な手法であり,糖鎖の詳細な構造や結合部位を決定することができる.操作手順は細胞外小胞から酵素で糖鎖を切り出し,精製後にラベル化を行い,測定するという流れになる.がん細胞由来の細胞外小胞の糖鎖構造を解析することで,がんのバイオマーカーとして有用であることを示した例がいくつか報告されている14).さらに,糖タンパク質の他にも糖脂質の解析に質量分析が用いられている.特に細胞外小胞上に発現するスフィンゴ糖脂質の一種であるガングリオシドの機能が徐々にわかってきており,さまざまながん細胞由来の細胞外小胞由来糖脂質のバイオマーカーとしての可能性15)や,神経変性疾患との関連性16)が示唆されている.このように,わずかな糖鎖構造の違いから疾患に関わるマーカーを同定するには質量分析が有用である.一方で,比較的多くのサンプル量を必要とし,測定に時間がかかるといった課題もある.

③のレクチンアレイ法は,レクチンブロットや質量分析法が基本的に細胞外小胞の構造を破壊して解析する手法であるのに対して,細胞外小胞をそのままの状態で表層糖鎖を網羅的に解析することが可能であるという特徴を有する.

細胞外小胞のレクチンアレイによる糖鎖解析は,スライドガラス上に数十から100種類程度のレクチンを並べたアレイに蛍光標識した細胞外小胞を添加し,室温で一晩静置後に蛍光強度を測定する(図4).レクチンアレイを用いて細胞外小胞表層糖鎖を解析した例はMahalらのグループが最初であり,ヒトT細胞やがん細胞,母乳などさまざまな細胞由来の細胞外小胞のプロファイリングを行っている17, 18).ここ数年では尿由来の細胞外小胞糖鎖の解析が最も多く行われており,疾患のマーカーとして有用であることが示されている19).質量分析のように詳細な構造情報は得られないが,複数のレクチンへの結合性のパターンをみることで総合的に大まかな構造を把握できるので,ある特定の糖鎖の部分的な変化を短時間,高感度に判断するのに優れている.しかし,レクチンと糖鎖の結合能はきわめて弱く,未反応のサンプルを除去するための洗浄操作により検出感度が下がってしまう可能性もある.そこで,我々のグループは平林らが開発したエバネッセント波励起蛍光検出レクチンアレイに着目した20).この装置ではエバネッセント光を用いることにより,レクチンを並べたスライドガラス表面の200 nm以下の部分の近接領域のみの検出を可能とするため,洗浄操作をすることなくレクチンに結合しているサンプルを選択的に検出できる.細胞外小胞のような200 nm前後の粒子の検出には最適の検出システムである(図4).

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図4 レクチンアレイによる細胞外小胞の表層糖鎖解析

この装置を用いて筆者らは,45種類のレクチンに対する間葉系幹細胞由来の細胞外小胞および細胞膜の糖鎖プロファイリングを行い,そのパターンから細胞との相互作用に糖鎖を介した機構があることを報告した21).館野らのグループは同レクチンアレイシステムによりiPS細胞とその他の細胞(線維芽細胞,間葉系幹細胞,軟骨細胞)の細胞外小胞糖鎖解析を行ったところ,iPS細胞由来小胞のみrBC2LCNレクチンに結合することを示した22).rBC2LCNはFucα1-2Galβ1-3GlcNAc/GalNAcに特異的に結合するレクチンであり,ヒトiPS/ES細胞の未分化マーカーとして報告されている23).本手法は細胞外小胞の構造を保ったままでngオーダーのごく少量のサンプル量により高感度な表層糖鎖のパターンを検出できることから,細胞の分化やがん化などのマーカー探索への応用が期待される.その他の手法として,レクチンアレイではなく,細胞外小胞をアレイに並べ,そこに数種類のレクチンを反応させ,ローリングサークル増幅により検出感度を上げる方法24)や磁性粒子に結合させた細胞外小胞をレクチンで凝集させ,磁気センサで検出する方法25)などが最近報告されている.

5. 表層糖鎖を用いた細胞外小胞分離法

糖鎖とレクチンの相互作用を利用し,Malekらのグループは尿サンプルに直接マンノースやガラクトースを認識するレクチンを添加し,一晩インキュベート後に15,000~20,000 gの遠心分離にてレクチンによって凝集した細胞外小胞を回収し,超遠心分離法と同様のmiRNA発現を確認している26).原子間力顕微鏡および動的光散乱法による粒径測定では超遠心分離に比べて粒子の凝集はみられるが,低速での遠心により回収でき,低コストで回収できるといった利点をあげている.Falcon-PerezらのグループはN-アセチルグルコサミンを認識するビオチン化レクチンを尿サンプルへ添加し,磁性ストレプトアビジンビーズと反応させることで細胞外小胞を回収している27).限られた量の検体についてはこのような簡便な方法が有用であると考えられる.原田らのグループは高マンノース認識レクチンを結合させた磁性ビーズに内皮細胞,線維芽細胞,および腫瘍細胞由来細胞外小胞を反応させると,腫瘍細胞由来の小胞のみ捕捉されることを示した28).最適なレクチンの探索によりがんの早期発見,転移性の診断などへの応用も期待できる.これらとは逆に,Maguireらのグループによる硫酸化多糖であるヘパリンをコートしたアガロースビーズによって細胞外小胞を回収する例も報告されている29).細胞外小胞表面に発現するヘパリン結合タンパク質は複数あり,細胞の種類にもよるといった問題点もあるが,ヘパリナーゼ処理にてビーズから細胞外小胞を容易に単離することができる.

糖鎖認識を利用した分離法は,細胞外小胞表層の糖鎖構造に依存したサブクラス分離を可能にし,糖鎖の特異な機能解析にも今後利用されていくものと考えられる.

6. 細胞外小胞-細胞間相互作用と糖鎖

細胞から分泌された細胞外小胞は,血流を通じて各臓器に運ばれ,さまざまな生理作用に関与することが明らかになってきたが,その選択性や細胞との相互作用機序についてはまだ不明な点が多い.細胞外小胞と細胞との相互作用にはさまざまな細胞表層受容体が関与している.これまでに,細胞外小胞の表面膜タンパク質(接着分子であるICAM-1やフィブロネクチン,ラミニンなどの糖タンパク質)およびリン脂質の一つであるホスファチジルセリンなどが細胞との相互作用に関与していることが報告されている30).細胞の表層は,膜糖タンパク質や糖脂質で覆われており,細胞外小胞糖鎖が細胞への取り込みに重要な役割を果たしていると考えられる.

筆者らはレクチンアレイによる糖鎖解析により,間葉系幹細胞由来細胞外小胞がシアル酸認識レクチンへの結合が強いことに着目し,細胞表面のシアル酸認識レクチンであるシグレックを介した取り込みについて検討した.蛍光標識した細胞外小胞をマウスへ皮下投与したところ,リンパ節へ移行しリンパ節内のマクロファージや樹状細胞に取り込まれ,特に,シグレック発現細胞へ多く取り込まれることがわかった.in vitroでの細胞との相互作用においても,シグレックを介した取り込みが示唆され,細胞外小胞は細胞表層糖鎖受容体との認識を介した細胞移行性を示すことを明らかにした21)

積極的に細胞外小胞の糖鎖を改変する研究も進んでいる.Falcon-Perezらのグループは細胞外小胞をグリコシダーゼ処理することにより表面の糖鎖を改変し,組織移行性を制御できることを示している31, 32).また,Garcia-Vallejoらは樹状細胞上に発現するC型レクチンであるDC-SIGNへのリガンドを細胞外小胞の表面に修飾することでターゲティング能を付与し,取り込み量の増加を可能にしている33).細胞外小胞をラベリングする手法には脂質二重膜や小胞内部のタンパク質を蛍光色素や発光プローブ,放射性同位元素などで標識する方法が知られているが34),Tungらはアセチル化アジドマンノサミンを培養細胞に添加し,メタボリックラベリング法により細胞のシアル酸残基にアジド基を組み込むことでアジド基を表面に修飾した細胞外小胞を得ている.クリック反応により蛍光標識アルキンを反応させ,細胞外小胞を蛍光ラベリングし,in vitroおよびin vivoイメージングに有用であることを示している35)

7. バイオマーカーとしての細胞外小胞糖鎖

細胞の分化やがん化に伴い細胞膜上の糖鎖が変化するのと同様に,細胞膜小胞糖鎖も変化すると考えられる.そこで,筆者らは間葉系幹細胞を骨芽細胞へと分化誘導し,分化前後で細胞外小胞表層パターンが変化するかどうかをレクチンアレイ解析により評価した.その結果,分化に伴いECA(Galβ1-4GlcNAc),BPL(terminal β-GalNAc),WFA(terminal β-GalNAc),SBA(terminal β-GalNAc)レクチンへの結合能が増加することがわかった.分化前にはまったく結合せず,分化後にのみ結合するレクチン(SBA)もみられたことから,細胞外表層糖鎖は分化マーカーとしても有用であることを示した36).疾患マーカーとしての細胞外小胞糖鎖に関する例もいくつか報告されている.Griffinらは,多発性嚢胞腎と呼ばれる遺伝性の病気の患者と健常者それぞれの尿由来細胞外小胞のレクチンアレイ解析により,数種類のレクチンへの結合能に違いがみられた結果を示している37).その他にもメラノーマ(細胞培養上清)38),肝細胞がん(血清)39),膵臓がん(腹水)40)などあらゆる疾患の診断マーカーとして細胞外小胞糖鎖が注目されている.

8. 細胞外小胞の多様性と糖鎖

数十マイクロメーターサイズの細胞と比べて,細胞外小胞は100 nm程度のナノサイズであり,このようなナノ微粒子は細胞と比べて表面積が大きく増大するので,特にその表面特性が細胞外小胞の安定性や相互作用に重要となる.細胞外小胞の膜上のタンパク質や脂質はもちろんのこと,糖鎖も細胞との相互作用や取り込み,および体内組織分布において,重要な役割を担っていることは間違いない.細胞表面の糖鎖は細胞の種類や状態によって変化することは知られているが,細胞外小胞も同様に異なると考えられる.細胞外小胞表層の糖鎖ともとの細胞の細胞膜表層糖鎖のパターンの比較はレクチンアレイ解析で我々のグループも含めいくつか報告されており,細胞外小胞により強く結合するレクチンも同定されている18, 21, 27).さらに,細胞外小胞へのタンパク質のソーティングにN型糖鎖が関与することが示唆されている41).細胞外小胞の種類における糖鎖の役割については,Lydenらのグループが細胞外小胞のサイズ(Exo-L, Exo-S, exomere)や細胞種によるN型糖鎖の発現の違いをレクチンブロットおよび質量分析で検討し,それぞれの細胞外小胞の糖鎖構造が大きく異なることを明らかにしている5).Reisらのグループは,種々の条件で得られた細胞外小胞について,3種類のレクチンを用いたレクチンブロット法により評価し,分離手法により細胞外小胞糖鎖のパターンが異なることを示している42).我々は,細胞の種類,細胞培養の培地組成で血清のあり/なし,細胞外小胞の精製法などのさまざまな条件を変化させ細胞外小胞を単離し,45種類のレクチンを用いたレクチンアレイ解析を網羅的に行った.その結果,表層糖鎖パターンが顕著に変化し,そのパターン,プロファイリングが細胞外小胞の多様性を表す新規な指標として有用であることを明らかにしている.一つの細胞から分泌される細胞外小胞の数は3桁以上であり,その糖鎖の多様性,分布,糖鎖を指標にしたサブクラスを評価することはきわめて重要となると思われる.

9. おわりに

細胞外小胞はその多彩な機能から幅広い分野で注目され,応用研究も盛んに行われている.たとえば再生医療分野でも着目されている間葉系幹細胞由来細胞外小胞は,組織再生,創傷治癒などへの有効性を示すデータが最近学会や論文でも発表されており,研究が急速に進展している43).しかし,安全性や品質管理,精製方法などあらゆる面でいまだ明らかにすべき問題点は残っている.2019年12月にはアメリカ食品医薬品局(FDA)より,未承認の間葉系幹細胞由来細胞外小胞の製品についての注意喚起がなされた44).本稿で取り上げた細胞外小胞の糖鎖は,その分泌過程,分泌後の安定性,血中を通じた組織,細胞指向性,さらに,細胞内取り込みと細胞機能制御など多くの過程において重要な役割を果たしていると考えられる.また,細胞外小胞表層糖鎖プロファイリングは,品質管理の指標としても有用であり,さらに,糖鎖を基盤として分離精製技術開発,新規バイオマーカー探索も進められている.今後の研究の進展が大いに期待される.

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著者紹介Author Profile

秋吉 一成(あきよし かずなり)

京都大学大学院工学研究科教授.工学博士.

略歴

1985年九州大学大学院工学研究科博士課程修了,米国パデュー大学博士研究員,87年長崎大学工学部講師,89年京都大学工学部助手,93年同大学院工学研究科助教授,2002年東京医科歯科大学教授,10年より現職,11年JST-ERATO研究総括兼任.

研究テーマと抱負

バイオインスパイアードマテリアルの開発とDDS・再生医療応用,細胞外小胞・エクソソームの機能解析と医療応用,ナノゲルテクトニクス工学,糖鎖工学,プロテオリポソーム工学.

ウェブサイト

http://www.akiyoshi-lab.jp

趣味

草花散策,美味しい食事とワインの探索.

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