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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(3): 398-402 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920398

特集Special Review

糖鎖インフォマティクスの世界統合World-wide integration of glycome informatics

創価大学・理工学部・糖鎖生命システム融合センターGlycan & Life System Integration Center (GaLSIC), Faculty of Science and Engineering, Soka University ◇ 〒192–8577 東京都八王子市丹木町1–236 ◇ 1–236 Tangi-machi, Hachioji, Tokyo 192–8577, Japan

発行日:2020年6月25日Published: June 25, 2020
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ゲノミクスやゲノムインフォマティクスと異なり,グライコミクスや糖鎖インフォマティクス分野はまだ未熟であり,複雑な糖鎖構造を扱うため,多くの課題を抱えている.しかし,この10年あまりの歴史を経て,糖鎖構造のリポジトリGlyTouCanの開発や日本,米国と欧州を含むGlySpace Allianceの設立により,糖鎖情報の統合が大きく発展してきた.糖鎖インフォマティクスの過去,現在,未来について述べたい.また,糖鎖の“真”機能解明を目指すためにはデータベースに格納されている静的データに加え,糖鎖との認識過程やシグナル伝達の調節など,ダイナミクス解析を含むインフォマティクス技術も必要になってくる.システムバイオロジーや人工知能分野から学び,糖鎖のシステムにおけるシミュレーションなどが可能になってきたため,今後の糖鎖インフォマティクスの展望について解説する.

1. 背景

バイオインフォマティクスという分野は,Human Genome Projectをきっかけに,コンピュータ科学者や統計学者がゲノムや遺伝子を対象にさまざまなソフトウェアやデータベースを構築し,発展した.GenBankやDDBJなどのデータベースを構築するためにはコンピュータが扱える標準的なテキスト形式が必要となり,FASTAやGenBank形式が定義され,そこから配列情報を使えるソフトウェアが次々と開発・公開されてきた.

糖鎖データベースの歴史は,米国ジョージア大学で開発されたComplex Carbohydrate Structure Database(CCSD)から始まった.当初はCarbBankというソフトを用いてCCSDを検索・更新できたことから,CarbBank1, 2)とも呼ばれるようになった.CarbBankは当初リポジトリ*1として開発されたため,ユーザーが容易にデータを登録できるよう,情報の単純な入力形式(構造,文献情報,生物種など)のみルール化し,データを集めていた.しかし,これがあだとなり,糖鎖構造の重複や矛盾したデータの確認が行われていなかったため,これらのデータを整理する必要が生じ,後に開発されたデータベースへの負担となった.

その後,PDBに含まれる糖鎖の立体構造情報を扱うGLYCOSCIENCES.de3, 4)がドイツで開発され,PDBに登録された糖鎖構造の抽出および検証を行い,多くのモデリングのためのツールも公開された.2003年ごろから京都大学のKEGG5)においてKEGG GLYCAN6)と,米国のConsortium for Functional Glycomics(CFG)においてのCFGデータベース7)が公開された.どれもCCSDのデータを元に構築されているが,それぞれが独自にパスウェイ情報やタンパク質の情報などとのリンクを付加された.

これらのデータベースは,それぞれ独自の形式によって分岐する糖鎖構造をコンピュータで扱えるようにした.DNAやアミノ酸配列と違い,単純に表せない糖鎖構造を標準的に表す文字列形式(テキスト形式)は存在しなかった.当初はIUPAC8)のComplex Carbohydrate Nomenclature9)が標準的に文献などで利用されていたため,CarbBankではIUPACに基づいて糖鎖構造を二次元で表して保管していた.しかし,文献で扱う糖鎖構造は必ずしもデータベースに保管するために適しない.たとえば,質量分析で得られるフラグメントの構造や,単糖組成,繰り返し構造,そして複雑な単糖構造などの標準的な形式が定められていなかった.

GLYCOSCIENCES.deは独自のLINUCS形式10)を定義したが,立体構造を扱うため原子まで厳密に同定されている糖鎖構造には適していたが,あいまいな構造は扱いにくい形式であった.一方,KEGG GLYCANはこれまで化合物を扱うためのKEGG Chemical Function(KCF)形式11)を考案し,単糖と糖結合で構成されるグラフ構造として糖鎖構造を表した.その際,CarbBankの糖鎖のテキスト情報を変換すると,単糖の命名法に表記揺れの問題が残されていた.これらの形式の詳細は他稿に解説されている12–14)

これらのデータベースに格納された糖鎖構造を統合しようとするEuroCarbDBプロジェクト15)が欧州で始まり,GlycoCT形式16)が考案された.当時開発されていた糖鎖構造データベースの開発者と個別に連携し,それぞれの形式を変換するソフトウェアを開発し,新たなデータベースGlycomeDB17)として統合し,リンクされるようになった.また,EuroCarbDB終了後,豪州でUniCarbKB18)が構築された.UniCarbKBはグライコミクスとグライコプロテオミクスデータを文献から手動でキュレーションし,糖鎖と糖タンパク質のデータを収集した.

しかし,これらデータベースは,更新の際に新たな表記が加わったり,ヒューマンエラーなどによるエラーが発生したり,維持管理が大きな課題であった.EuroCarbDBプロジェクトが終了し,糖鎖構造を中心としていたGlycomeDBの維持が特に難しくなっていた.そこで,国際的な合意19)のもと,糖鎖構造のリポジトリGlyTouCan20)が登場し,形式に依存することがなく,アクセッション番号で糖鎖構造を同定できるようになった.GlyTouCanはユーザーやデータベース側が責任を持って糖鎖構造を登録し,アクセッション番号を付与するシステムである.GlycomeDBから導入され,GlyTouCanが従来のGlycomeDBの役割を引き継ぐこととなりGlycomeDBの運営は終了した.GlyTouCan Partnerシステムも提供されており,データベース開発者が各自の糖鎖構造へのリンクをGlyTouCanに登録することにより,GlyTouCanからパートナーとなるデータベースへのリンクを自動的に貼れるようになっている.

2. 糖鎖の統合プロジェクトの開始

GlyTouCanの誕生で糖鎖構造の表記揺れ問題が解消され,糖鎖構造データベース間の相互参照が可能になったところで,糖鎖と関連するプロテオミクスなど他のオミクスデータとの統合が課題となった.日本では,日本科学技術振興機構(JST)の支援の下で,ライフサイエンスデータベース統合化推進事業が実施され,その中で日本糖鎖科学コンソーシアムデータベースJCGGDB21),アジアのデータベースACG G-DBとGlyTouCanが誕生した.もっとも,2019年4月に糖鎖科学ポータルGlyCosmos22)(https://glycosmos.org)が日本糖質学会に承認され,オフィシャルポータルとしての運営が始まった.GlyCosmosはこれまで開発してきたJCGGDBおよびACG G-DB,そしてその他の関連データベースに一括してアクセスできるポータルである.糖鎖関連遺伝子,糖タンパク質,糖脂質,糖鎖関連疾患やパスウェイ,グライコームなどのデータを提供している.また,GlyTouCanに加え,リポジトリとしてGlycoPOSTにもアクセスできる.後者は,グライコミクスやグライコプロテオミクスの質量分析生データを登録できるリポジトリである.

米国ではNIH Glycoscience Common Fundにより,GlyGen23)が誕生し,タンパク質のデータベースUniProtKB24)とGlyTouCanを,UniCarbKBを通してつなげている.なお,欧州ではスイスバイオインフォマティクス研究所が長年運営してきたExPASy25)にGlycomicsページ26)が設置され,このページにも多様な糖鎖関連のデータベースやツールがリスト化されている.

しかし,それぞれのプロジェクトは,同様なデータを提供しているのに独立して開発されている.これではユーザーが混乱するため,統一した情報をいかに提供できるかを検討し,3プロジェクト間でGlySpace Alliance27)が設立された.本アライアンスのメンバーは,オープンソース・オープンライセンスの下で,共通する糖タンパク質や糖鎖遺伝子の情報を共有し,出所を明確にすることを重視して公開することに同意した.これで,米国,日本と欧州で世界中の糖鎖関連データを共有・統合する仕組みができ,ユーザーに信頼できるデータを提供する組織が設立された.

3. 統合技術

GlySpace Allianceに参画している3プロジェクトはそれぞれ異なる統合技術を用いている.これらの技術について簡単に紹介する.

1)集中型

集中型とは,中心的なサーバーが存在し,すべてのデータがそのサーバーに収集され,統合される形態である.利点としては,中心となるサーバーがデータの正確性や検証を行うことができ,分散されたデータのバックアップにもなることがあげられる.欠点はそのサーバーへの負担が増加することである.また,個別のデータベースが更新されるたびにデータの収集,整理,統合などの処理が必要である.GlycomeDBがその一例であるが,個別のデータベースに問題が発生した場合,その処理も多くの場合手動で行う必要があった.

GlyGenも集中型で運営されており,共同研究者のUniProtKB, UniCarbKB, GlyTouCanなどからデータを一度収集し,整理した後,統合して公開している.その分,責任を持って検証したデータのみを公開しているが,個別のデータベースが更新された場合はその収集・処理・検証などが必要のため,即時には公開されない.Glycomics@ExPASyもある意味集中型であるが,現時点では多様なデータベースやツールへのリンク集であるため,リンク集の管理のみが必要である.つまり,リンク集に掲載されているそれぞれのデータベースが必要に応じて他のデータベースへのリンクを提供するようになっており,集中的に処理を行うシステムではない.

2)分散型,セマンティック・ウェブ

一方,分散型は個別のデータベースのデータをそのままにし,中心的なサーバーとなるものがそれぞれのデータベースにその場でアクセスし,統合して表示するシステムである.個別のデータベースが更新されたらそのデータがそのまま表示される.中心的なサーバーにネットワークアクセスの負担があるが,最新のデータは常に表示できる利点がある.しかし,遠方のサーバーに問題が発生している場合の対処などが必要である.

EuroCarbDBは主にデータ量の重い質量分析のデータを対象として開発されたため,分散型の設計であった.質量分析研究を行っている各研究室が独自のEuroCarbDBノードとなるサーバーを構築し,EuroCarbDBのメインサーバーから許可されたノードへアクセスし,検索できる仕組みであった.残念ながらEuroCarbプロジェクトは,終了後もサーバーのソフトウェアはまだ公開されているが,技術の進展に追いつかないままノードとなるサーバーが構築されなくなり,現在はデータの更新がなくメインサーバーのみが立っている.

一方,JSTのライフサイエンスデータベース統合化推進事業ではセマンティック・ウェブ技術が推奨されており,本技術は分散型の一種である.インターネット上のワールド・ワイド・ウェブ(WWW;以下ウェブ)の仕組みを利用し,ウェブ上のデータをデータベース化するイメージである.データにそれぞれURIを付与することで,そのデータがどちらからでも同定できるようになる.そしてデータ間のリンクに意味(セマンティックス)をつけることで,データ間の関係性を示すことができる.意味のつけ方については他の文献28)で紹介されているので省略するが,オントロジーという語彙の定義をした後にその語彙を用いてリンクに意味を与える.データへのURI付与およびリンク間の意味づけにはResource Description Framework(RDF)が使用され,RDF形式でデータを表し,triplestoreと呼ぶRDF用のデータベースに保管する.

図1はセマンティック・ウェブにおけるデータの関連性を表している.図では,独立したデータベースAとBがそれぞれ共通の糖鎖構造に関する独立したメタデータを持つ.データベースAは糖鎖が同定された生物種情報を格納しており,データベースBは糖鎖を認識するウイルスなどのデータを持っている.従来のデータベースでは,ユーザーがそれぞれのデータベースから糖鎖関連データをエクセルなどにダウンロードし,独自で糖鎖構造を合わせる必要がある.GlyTouCanが登場する以前は,糖鎖のIDや形式がバラバラであったため,データベースAの糖鎖とデータベースBの糖鎖のテキスト形式から構造を比較して同じものをマッピング(対応づけ)する作業が必要であった.一方,図で示すように,セマンティック・ウェブ技術を用いることで,糖鎖にはGlyTouCanのID(URL)が付与されており,これで糖鎖構造のマッピングが容易にできる.そしてそれぞれのRDF化されたデータベースを同時に問い合わせする技術も存在する.その技術をSPARQL28)と呼び,SPARQLを利用することで複数の分散されたRDFデータベースを同時に検索することが可能となる.これらのデータベースがこれ以外のさまざまな関係するメタデータを持っていた場合,単純には見つからない関係(仮説)が現れる可能性も秘めている.図でたとえると,RDF化されたデータの関係を深く調べていく中で,糖鎖が「発現している」生物種に感染するウイルスが同じ糖鎖を「認識する」する場合,新しい関係性が自動的に抽出できるようになりうることがわかる.したがって,従来のデータベース技術とは異なり,セマンティック・ウェブ技術を用いることでデータの普遍化が可能となり,意味をつけることで将来的に機械学習や人工知能(AI)の応用が可能になると考えられる.

Journal of Japanese Biochemical Society 92(3): 398-402 (2020)

図1 二つのデータベース間の検索が可能となるセマンティック・ウェブ技術を用いた例

4. 今後の展望

本稿で紹介したデータベースは静的データにすぎず,糖鎖の構造,発現している組織や生物種,付加するタンパク質などを統合した膨大なデータになる.しかし,糖鎖の機能を理解するためには,糖鎖の合成過程や発現量,受容体やシグナル伝達との関係性などの情報が必要である.反応速度や流動などを含めると未知の情報がまだ多く存在するが,これらの数値を得るための糖鎖分析技術が未開発である.つまり,技術の感度が足りず,現時点では糖鎖の詳細な情報を収集することが不可能な状況である.

これには,二つの問題が存在する.一つは糖鎖の同定技術開発の進展であり,もう一つはこれらの動的なデータを用いて糖鎖の機能を解明する情報技術の開発である.後者に関連して,ライフサイエンスにおいてはシステムバイオロジー分野が少しずつ発展してきており,単一細胞をコンピュータでシミュレーションできるようになってきた29–31).たとえば遺伝子やトランスクリプトーム情報を導入することで,細胞の挙動を予測できるようになってきた.しかし,これらには糖鎖など翻訳後修飾が厳密に考慮されておらず,糖鎖の詳細データの導入が必要となってくると考えられる.そこで,2019年にSystems Glycobiology Consortiumが設立され,世界中の糖鎖生物学者やシステムバイオロジー研究者などが合同にシステム糖鎖生物学を発展させようとしている.

なお,これらの研究に機械学習やAIは無視できない.GlySpace Allianceが蓄積しているデータに対して,機械学習を応用できるようになってきた.糖鎖アレイ32–34)実験から得られる結合糖鎖のデータを学習することで,レクチンやウイルスが認識する糖鎖構造を予測することができる.また,他の質量分析やがん関連データベースをトランスクリプトミクスデータと合わせ,機械学習を用いることで,糖鎖を合成する糖鎖関連遺伝子やコアとなる糖タンパク質を標的とする新たな治療薬の開発につなげられる可能性がある35).一方,AIはセマンティック・ウェブ技術に適しており,RDF化された(意味づけされた)データから新しい関係性やパターンが見出される可能性がある.しかし,ボトルネックはデータの質と量であり,データ生産者およびデータベース開発者との連携が必要である.グライコミクスやグライコプロテオミクス技術が進展しつつあるが,これらのデータを標準化し,アノテーション(メタデータの付与)を行い,データベース化し,使いやすいユーザーインターフェースを構築する必要がある.そのために,MIRAGE36)の執筆ガイドラインやGlySpace Allianceが存在するが,グライコミクスはゲノミクスほどの量まで達成しておらず,今後の課題である.

つまりウェットの実験者とドライの情報科学者との共同研究開発が必須であるといえる.データベース構築を超えて,糖鎖の真の機能解明にはダイナミクスを考慮した研究が必要である.データベースの静的情報に加え,糖転移酵素など糖鎖関連酵素の反応速度や受容体など複合糖質の物理学的な挙動を踏まえて,糖鎖の細胞システムへの影響を解明できると考えられる.しかし,ドライの研究者のみではこれは困難であり,ウェットの共同研究者からの協力が必要である.文献から得られない専門知識や経験も重要である.Systems Glycobiology Consortiumにはウェットとドライの研究者が参加しており,その目的は実用的な細胞シミュレーションのプラットフォームを開発することである.これまでの問題を克服しつつ,世界レベルで協力し合って糖鎖の機能解明を目指したい.

謝辞Acknowledgments

GlyTouCanおよびGlyCosmosはJST/NBDCのライフサイエンスデータベース統合化推進事業の支援の元で開発された.また,Systems Glycobiology ConsortiumはJST未来社会創造事業により構築された.

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著者紹介Author Profile

木下 聖子(きのした きよこ)

創価大学理工学部教授,糖鎖生命システム融合センター副センター長.工学博士.

略歴

1996年ノースウェスタン大学工学部卒業.同時に修士号取得.99年同大学院博士号取得.2000年に米国ロサンゼルスのBioDiscovery社に上級ソフトウェア開発者として入社.03年に京都大学化学研究所のポスドクとして糖鎖研究を始め,04年に同センター助教に就任.06年に創価大学工学部講師.08年に同大学准教授.14年より現職.

研究テーマと抱負

この15年間糖鎖インフォマティクス研究に携わり,ユーザーが糖鎖情報や解析ツールを使いやすく,わかりやすくアクセス・利用できるように研究開発に努めてきた.今後も他のオミクスデータとの関連性を明確にし,糖鎖の細胞における真機能の解明に貢献したい.

ウェブサイト

http://www.rings.t.soka.ac.jp/

趣味

バイオリン演奏,カラオケ.

*1リポジトリはデータベースとして紹介されることもあるが,データベースと異なり,誰しもデータを登録でき,それに対してアクセッション番号を得ることができる.一方,データベースは通常クローズドであり,開発者のみがデータの更新を許可されている.

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