ストレスによる情動変容におけるToll様受容体の役割Roles of Toll-like receptors for stress-induced changes in emotional behaviors
神戸大学大学院医学研究科薬理学分野Division of Pharmacology, Kobe University Graduate School of Medicine ◇ 兵庫県神戸市中央区楠町7–5–1 ◇ 7–5–1, Kusunokicho, Chuo-ku, Kobe
神戸大学大学院医学研究科薬理学分野Division of Pharmacology, Kobe University Graduate School of Medicine ◇ 兵庫県神戸市中央区楠町7–5–1 ◇ 7–5–1, Kusunokicho, Chuo-ku, Kobe
© 2020 公益社団法人日本生化学会© 2020 The Japanese Biochemical Society
感染時には発熱以外にも,食欲不振,倦怠感,抑うつ症状,睡眠障害を経験する.これらは疾病ストレスによる行動変化である.これらの行動変化の多くが自然免疫を担うToll様受容体(Toll-like receptor:TLR)4を活性化するリポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)や炎症性サイトカインであるインターロイキン1β(interleukin-1β:IL-1β)の投与により模倣できることから,TLRや炎症性サイトカインが惹起する炎症反応の重要性が示唆されてきた.その分子・神経回路基盤は長らく不明であったが,近年,LPSやIL-1βによるうつ様行動(不快感)に炎症関連分子プロスタグランジンE2(PGE2)とEP1受容体によるドーパミン系制御が重要であることが示された1).
疾病ストレスによりうつ様行動が誘導されることから,炎症とうつ病との関連も提唱されてきた.この仮説に合致し,うつ病患者の末梢血で炎症関連分子であるサイトカインやPGE2の増加が報告されてきた2, 3).社会や環境から受ける非感染性の慢性ストレスもうつ病など精神疾患のリスク因子であり,情動変容や認知機能低下を誘導する.反復社会挫折ストレスなど慢性ストレスを用いた動物のうつ病モデルでも,非感染性のストレスながら,脳内や末梢血で炎症関連分子が増加することが報告されてきた4, 5).さらに遺伝子欠損マウスや阻害薬を用い,慢性ストレスによるうつ・不安様行動にIL-1受容体やPGE2の関与も示されてきた.慢性ストレスによる脳内炎症のメカニズムや意義は不明であったが,近年筆者らは,反復社会挫折ストレスによるうつ様行動(社会忌避行動)にTLR2とTLR4を介するサイトカインやPGE2の産生とこれに引き続く神経細胞の機能変化が重要であることを明らかにした.
本稿では,疾病ストレスや慢性ストレスによる情動変容におけるTLRを介した脳内炎症の役割について最新の知見を紹介する.
マウスはLPSやIL-1βを投与された場所を不快と感じ,その場所を回避するようになる.このうつ様行動を指標に,Fritzらは疾病ストレスにより不快感が誘導される分子・神経回路を明らかにした1).血管内皮細胞特異的にTLR4や,TLRやIL-1受容体に共通のアダプター分子であるMyD88を欠損したマウスではLPS投与による回避行動が消失した.PG合成酵素であるシクロオキシゲナーゼ-1(cyclooxygenase-1:COX1)の阻害や欠損,PGE2の受容体の一つであるEP1受容体の欠損によってもLPS投与による回避行動は消失した.EP1受容体は線条体においてドーパミンD1受容体陽性の直接路神経細胞に発現する6).これらの神経細胞に選択的にEP1欠損マウスのEP1発現を回復した結果,LPSによる回避行動が回復した.LPSは線条体を含む皮質下脳領域において選択的にPGE2産生を増加した.また背側線条体へのPGE2の局所投与が回避行動を誘導することから,背側線条体のEP1受容体の重要性が示された.EP1は線条体からの投射先である黒質でのGABAの放出を促進し,ドーパミン神経細胞を抑制することが報告されている7).D1受容体拮抗薬をEP1欠損マウスに投与するとLPSによる回避行動が回復することから,EP1欠損マウスではドーパミン機能が亢進し回避行動が消失した可能性が示唆された.そこで遺伝薬理学的手法を用い中脳ドーパミン神経細胞を活性化したところ,LPSによる回避行動が消失した.これらの結果は,LPSやIL-1βが血管内皮細胞に作用し,皮質下領域,特に,背側線条体で産生されたPGE2が直接路神経細胞のEP1受容体を介して黒質ドーパミン神経細胞を抑制した結果,回避行動を誘導することを示す(図1左).
(左)疾病ストレスを誘導するLPSやIL-1βは脳内の血管内皮細胞に発現するTLR4とIL-1受容体タイプI(IL-1R1)を活性化し,共通のアダプタータンパク質であるMyD88を介してシグナルを伝達する.COX-1依存的に産生されたPGE2が線条体神経細胞のEP1受容体を活性化し,中脳ドーパミン神経細胞を抑制し,うつ様行動(不快感)を誘導する.(右)慢性ストレスの一種である反復社会挫折ストレスは内側前頭前皮質ミクログリアのTLR2/4を介してミクログリアを活性化する.活性化したミクログリアから炎症性サイトカインであるIL-1α/TNFαが放出され,神経細胞の応答性や形態の変化を介し,社会忌避行動を誘導する.また,中脳ドーパミン神経系を含む皮質下脳領域ではTLR2/4依存的にMAGLやCOX-1の発現を誘導しつつ,PGE2産生を促進する.PGE2はEP1受容体に作用し,中脳皮質ドーパミン系を抑制し,うつ様行動(社会忌避行動)を誘導する.
うつ病患者では内側前頭前皮質の活動性や体積減少が報告されてきた.動物モデルを用いた研究でも,非感染性の慢性ストレスが内側前頭前皮質の神経細胞の樹状突起の退縮や神経活動の減少を誘導し,うつ様行動を誘導することが示されてきた.筆者らは,反復社会挫折ストレスにより内側前頭前皮質で誘導される遺伝子を網羅的に解析し,S100A8/A9の発現が増加することを見いだした8).これらの分子はヘテロ二量体を形成し,TLR4の内在性リガンドとして作用することや,TLR2との機能的関連が報告されている.そこで,反復社会挫折ストレスにおけるTLR2/4の関与を調べ,野生型マウスでうつ様行動の一種である社会忌避行動が誘導されたが,TLR2/4二重欠損マウスでは社会忌避行動が誘導されないことを示した.また,反復ストレスによる神経細胞の応答性の減弱や樹状突起の退縮もTLR2/4に依存的であった.TLR2/4はミクログリアに高発現するが,反復ストレスによる内側前頭前皮質のミクログリアの活性化もTLR2/4二重欠損マウスで消失した.反復ストレスによるミクログリア活性化は側坐核ではみられず,脳領域選択性がある.そこで内側前頭前皮質ミクログリア選択的にTLR2/4をノックダウンしたところ,反復ストレスによる社会忌避行動は消失した.内側前頭前皮質ミクログリアの網羅的遺伝子発現解析の結果,IL-1αやTNFα(tumor necrosis factor α)といった炎症性サイトカインが反復ストレスによりTLR2/4依存的に誘導されることを示した.さらに,IL-1αとTNFαの中和抗体の内側前頭前皮質への局所投与は反復ストレスによる社会忌避行動の誘導を抑制した.これらの結果は,反復ストレスがTLR2/4を介して内側前頭前皮質ミクログリアを活性化し,IL-1αおよびTNFαを介して神経細胞の応答性の減弱や神経細胞の樹状突起の退縮を誘導し,社会忌避行動を誘導することを示す(図1右).
著者らは,脳内のPGE2がEP1受容体を介してドーパミン依存的な行動を制御すること,特に反復社会挫折ストレスがPGE2-EP1系を介して内側前頭前皮質ドーパミン系を抑制し社会忌避行動を誘導することを示してきた9).しかし反復社会挫折ストレスによる脳内のPGE2産生のメカニズムやTLR2/4との関与は不明であった.筆者らはこの問題を調べ,反復社会挫折ストレスによる脳内のPGE2産生がTLR2/4二重欠損マウスで消失することを示した10).また,脳を大脳皮質と海馬を含む皮質領域とその他の皮質下領域に分けて調べた結果,社会挫折ストレスは皮質下領域で選択的にPGE2産生を増強した.反復ストレスによる社会忌避行動の誘導にはCOX-1が必須であるが9),ストレスによる皮質下のPGE2産生もCOX-1依存的であった.脳では,主にモノアシルグリセロールリパーゼ(monoacylglycerol lipase:MAGL)による2-アラキドン酸グリセロールからの変換により,PGE2の前駆体であるアラキドン酸が供給される11).そこでMAGL阻害薬であるJZL184を腹腔内に投与し,皮質下領域のPGE2産生とともに,反復ストレスによる社会忌避行動の誘導が抑制されることも示した.TLR2/4がPGE2産生に関わるメカニズムに迫るため,MAGLとCOX-1の発現へのTLR2/4の関与を調べた結果,皮質下のMAGLとCOX-1のmRNA発現がTLR2/4二重欠損マウスで減弱していた.これらの結果は,反復ストレスが皮質下の脳領域でTLR2/4-MAGL-COX-1経路によるPGE2産生を増強することを示唆している.この経路により産生されたPGE2はEP1受容体を介して中脳皮質ドーパミン系を抑制し,社会忌避行動を誘導すると考えられる9)(図1右).
これらの研究を通じて,疾病ストレスや非感染性の慢性ストレスによる行動変化にTLRを介した脳内炎症反応による神経回路の制御が重要であることが示された.皮質下脳領域でのTLR依存的なPGE2産生とそれに続くドーパミン系制御は疾病ストレスと慢性ストレスによるうつ様行動にともに関与しており,多様なストレスに共通のメカニズムである可能性が示唆される.また慢性ストレスが内側前頭前皮質でTLR依存的な炎症性サイトカイン産生を誘導し,神経細胞の応答性・形態変化やうつ様行動を誘導することも示した.したがって,少なくとも慢性ストレスでは,大脳皮質や海馬を含む皮質領域とその他の皮質下領域においてTLR依存的に異なる炎症関連分子が産生され,それぞれ異なる神経回路に働く可能性が考えられる.ストレスによるうつ様行動誘導におけるTLRの重要性は確立されたが,各脳領域でTLRを活性化する内因性リガンドの実体や産生細胞種,放出機構は不明である12).うつ病などの精神症状には,心因性ストレスだけでなく,疾病ストレスも含めた多様なストレスがリスク因子となる.多様なストレスによる炎症反応の共通点や相違点を担う分子機序の解明が,病因・病態に即したストレス関連疾患克服に貢献することが期待される.
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