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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(4): 527-535 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920527

総説Review

RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体構造から得られたクロマチン転写機構への知見Insights into chromatin transcription from RNA polymerase II–nucleosome structures

東京大学定量生命科学研究所クロマチン構造機能研究分野Laboratory of Chromatin Structure and Function, Institute for Quantitative Biosciences, The University of Tokyo ◇ 東京都文京区弥生1–1–1 ◇ 1–1–1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113–0032, Japan

発行日:2020年8月25日Published: August 25, 2020
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真核生物において,遺伝情報の単体であるゲノムDNAはヌクレオソームを基本とするクロマチン構造をとっている.遺伝子の転写を担うRNAポリメラーゼIIは,このクロマチンに埋め込まれたDNAを読み取らなければならないが,その機構はヌクレオソームが発見されて以来,いまだに不明な点が多い.筆者らは,ヌクレオソームDNAを転写中のRNAポリメラーゼIIを試験管内で再構成し,その立体構造を決定するという構造生物学的アプローチでこの問題に取り組んできた.その結果,RNAポリメラーゼIIがヌクレオソームDNAをヒストンから剥がしながら転写するようすを可視化した.本稿では,RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の立体構造をもとに,転写伸長因子や,ヒストンシャペロンなど,クロマチン転写に関与する因子の最新の知見も踏まえて,クロマチン転写について議論する.

1. はじめに

ゲノムDNAに記された遺伝情報の発現は,すべての生物に必須の反応である.遺伝情報の発現は,RNAポリメラーゼ,特にRNAポリメラーゼIIによるDNAからRNAへの転写反応から始まる.転写されたRNAは,ノンコーディングRNAとして機能したり,産生されたRNAが翻訳され,タンパク質となることで機能する.真核生物において,ゲノムDNAはヒストンタンパク質に巻きついてヌクレオソームを形成し,それらが数珠状に連なったクロマチン構造を形成している1, 2).ヌクレオソーム構造は,さまざまなDNA結合因子に対して阻害的に働くため,転写をはじめ,DNAの複製,修復などのDNA上で起こるプロセスに対して阻害的に働く.このようなクロマチン構造に書き込まれた遺伝情報を発現するために,RNAポリメラーゼIIは,ヒストンが強固に結合したヌクレオソームDNAを読み取る必要がある.では,RNAポリメラーゼIIはどのようにしてヌクレオソームDNAを読み取るのであろうか? この遺伝子発現における基礎的な疑問は,1974年にヌクレオソームが発見されて以来,未解決であった.本稿では,筆者らが推進しているクロマチン転写の研究を中心に,クロマチンにおける転写機構について,これまでの知見を含めて議論したい.

2. クロマチンとRNAポリメラーゼIIの立体構造

クロマチンの基本単位であるヌクレオソームは,4種類のヒストンタンパク質H2A, H2B, H3, H4が2分子ずつからなるヒストン八量体に,約150塩基対のDNAが約1.7回転巻きついた円盤状の構造体である3)図1A).ヒストンタンパク質はリシンおよびアルギニンに富む塩基性のタンパク質であり,ヌクレオソーム構造において,DNAは10塩基対ごとにヒストンと相互作用することで強固に結合している.ヌクレオソームにおけるDNAの位置はスーパーヘリカルロケーション(superhelical location:SHL)と定義され,およそ10塩基対ごとにSHL(−7),SHL(−6),…,SHL(0),…,SHL(+7)と呼ばれている.ヌクレオソームにおいてDNAはヒストンに強固に結合しているために,ヌクレオソーム構造は,一般に転写因子をはじめとするDNAに結合する因子のDNA結合に対して阻害的に働く.

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図1 ヌクレオソームとRNAポリメラーゼIIの立体構造

(A)ヌクレオソームの立体構造.superherical location(SHL)0から−7までを示した.PDB ID:5Y0C.(B)RNAポリメラーゼIIの立体構造.PDB ID:5XOGを一部改変した.

RNAポリメラーゼは,DNAを読み取りRNAに転写する酵素であり,真核生物では,3種類のRNAポリメラーゼが知られている4, 5).RNAポリメラーゼIは,リボソームRNAを合成し,RNAポリメラーゼIIは,メッセンジャーRNAや,ノンコーディングRNAを,RNAポリメラーゼIIIは,トランスファーRNAや5SリボソームRNAを合成する.中でも,RNAポリメラーゼIIは,Rpb1~Rpb12の12種類のサブユニットからなる複合体であり,酵母では全体で約500 kDaの巨大分子である.RNAポリメラーゼIIの立体構造では,中心にトンネルがあり,DNAをトンネルの中に通すようしてRNAに転写していく6, 7)図1B).RNAポリメラーゼIIには,転写開始や,伸長などの転写の段階に応じて,さまざまな因子が集積することが知られている.その例として,転写開始の際には,TFIIDや,TFIIHなどの基本転写因子が結合し,伸長の際には,TFIIS, Spt4/5(ヒトではDSIF)や,Spt6, Paf1C, Elf1(ヒトではElof1)などの転写伸長因子が結合することが知られている.

1970年代に,活発に転写されている遺伝子領域でもクロマチン構造をとっていることが報告された8, 9).それ以来,クロマチン構造での転写に関する多くの研究がなされてきた10–16).これまでに,試験管内で再構成したクロマチンを鋳型とする転写実験から,ヌクレオソームがRNAポリメラーゼIIの転写開始および伸長に対して阻害的に働くことが明らかされている17–19).そして,近年のゲノム解析の結果から,ショウジョウバエにおいて,RNAポリメラーゼIIは,生体内でヌクレオソームの入り口からRNAポリメラーゼIIの先端が約20塩基対,約70塩基対程度進んだところで停止することが報告されており20),この停止位置は試験管内で再構成したヌクレオソームを用いた実験結果とおおむね一致している19, 20).これらの一連の結果は,試験管内だけでなく,生体内でもヌクレオソームがRNAポリメラーゼIIの転写に対して阻害的に働くことを示唆している.しかし,RNAポリメラーゼIIがどのようにヌクレオソームを乗り越えるのか,そして,ヌクレオソームが,どのようにRNAポリメラーゼIIを阻害するのかについては,不明な点が多い.

3. 構造解析に向けたRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の調製

これまでにもRNAポリメラーゼがヌクレオソームDNAを読み取る機構を構造生物学的に解明する試みがなされており,バクテリオファージSP6 RNAポリメラーゼや,細菌RNAポリメラーゼなどを用いた低分解能の構造解析例が報告されていた21, 22).しかし,真核生物のRNAポリメラーゼIIを用いた構造解析については,RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体を均一かつ大量に調製することが困難であるために立ち遅れていた.筆者らは,RNAポリメラーゼIIがDNAを読み取る機構の解明のため,構造解析に向けたRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の調製系を独自に確立した23).まず転写の鋳型として,9塩基のミスマッチ領域を含むDNAを,片側のリンカーDNA領域に含むヌクレオソームを設計した(図2A).本実験では,大量調製が可能なKomagataella pastoris由来のRNAポリメラーゼIIを用いた24).ミスマッチDNA領域は,転写の際に生じるバブルDNAを模倣したものであり,RNAポリメラーゼIIはミスマッチDNA領域に結合して,ミスマッチDNA領域に相補的なRNAプライマーの転写伸長反応を起こす.本システムの利点は,転写伸長を起こすためにTFIIDやTFIIHなどの大量調製が困難な転写開始因子群が必要なく,RNAポリメラーゼIIとヌクレオソームを混合するだけで転写反応を起こすため,簡便かつ大量にRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体を調製できることである.

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図2 転写のための鋳型ヌクレオソームの調製

(A)鋳型ヌクレオソームのコンストラクト.ヌクレオソームを形成するWidom 601配列のうち,5′末端から41塩基位までをチミン(T)を含まない配列に改変し,RNAポリメラーゼIIが転写を開始してから73塩基目に初めてTを転写するように設計している.転写時に,3′-dATPを用いることで,RNAポリメラーゼIIを74塩基以上進まないように制御することができる.(B)鋳型ヌクレオソームの精製.改変型601配列のDNAにヒストン八量体を巻きつかせた後,RNAポリメラーゼIIのローディングサイトとなるバブルDNAをライゲーション反応により連結した.

DNA配列として,ヌクレオソームを形成しやすいWidom 601配列25)を用いた.これまでの先行研究から,RNAポリメラーゼIIがヌクレオソームの中心を越えると,ヌクレオソームの構造が崩壊することが示唆されていたため20),ヌクレオソームの中心より手前でRNAポリメラーゼIIを停止させるために601 DNAの配列を改変した.具体的には,ミスマッチDNA領域からヌクレオソームの中心の手前までをチミン(thymine:T)を含まない塩基配列とした(図2A).本鋳型において,アデノシン5′-三リン酸(adenosine 5′-triphosphate:ATP)の代わりに,3′-デオキシアデノシン5′-三リン酸(3′-deoxyadenosine 5′-triphosphate:3′-dATP)を用いて転写反応を行うことで,RNAポリメラーゼIIを初めてTが現れた位置で停止させることができる.このようにデザインしたDNAを用いてヌクレオソームを再構成し,さらに,ミスマッチDNAをライゲーション反応により連結することで,鋳型ヌクレオソームを再構成した(図2B).転写反応時には,RNAポリメラーゼIIの転写効率を向上させるために,原核生物から真核生物にわたり高度に保存された基本的な転写伸長因子TFIISを加えた.TFIISは,ヌクレオソームを乗り越えて転写するために重要なことが知られている18)

このように調製した鋳型ヌクレオソーム,RNAポリメラーゼII,ミスマッチ領域に相補的なRNAプライマー,マグネシウムイオン,TFIIS, ATP, GTP, CTP, UTPを混合することで転写反応を行った.その結果,ヌクレオソームに侵入して,RNAポリメラーゼIIの先端がおもに20塩基対および60~70塩基対程度進行したことに相当する長さのRNA産物が検出され,生体内でのヌクレオソームにおける転写の停止位置と類似した位置で,RNAポリメラーゼIIが停止していることが示唆された.そこで,3′-dATP存在下で転写反応を行い,RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体を再構成した後,スクロースと架橋剤グルタルアルデヒドの濃度勾配を用いた密度勾配遠心分離法GraFixを用いて,複合体を安定化して精製した26)

4. RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体構造群

このように調製した試料を凍結し,クライオ電子顕微鏡Tecnai Arcticaを用いて約3000枚の顕微鏡写真を撮影し,約140万粒子を抽出した.このデータセットには,ヌクレオソーム上でのRNAポリメラーゼIIの停止位置が異なる,さまざまなRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体粒子が含まれていたため,計算機上で粒子を分類することで3次元構造の再構成を試みた.その結果,RNAポリメラーゼIIの先端がヌクレオソームの入り口に当たるSHL(−6)で停止した複合体[以後,SHL(−6)複合体と呼ぶ],20塩基程度進行したSHL(−5)複合体,50塩基程度進行したSHL(−2)複合体,60塩基程度進行したSHL(−1)複合体の立体構造を決定することに成功した23)図3A).これらの立体構造において,RNAポリメラーゼIIの立体構造については大きな変化はなかったが,ヌクレオソームについては転写が進行するにつれてDNAが剥がされていくようすが観察された.これらの一連の立体構造群から,RNAポリメラーゼIIがヌクレオソームDNAを剥がしながら転写する機構が明らかになった.さらに,それぞれの停止位置は,ヌクレオソーム中でヒストンとDNAが強固に相互作用している位置であることも明らかになった27).本結果は,ヒストンの翻訳後修飾や変異によって,転写の効率が変化する可能性を示唆している.実際に,SHL(−1)の位置におけるヒストンとDNAの相互作用部位であるH3のK64残基はアセチル化によって転写が活性化されることが知られている28).またヒストンバリアントや変異体ヒストンの取り込みによって,ヌクレオソーム上でのRNAポリメラーゼIIの停止位置が変化すること,転写効率が変化することなどが報告されている29–33)

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図3 RNAポリメラーゼIIによるヌクレオソーム転写のスナップショット構造群

(A) RNAポリメラーゼIIによる転写に伴うヌクレオソーム構造変化のようす.左から,ヌクレオソーム上のSHL(−6), SHL(−5), SHL(−2), SHL(−1)において停止したRNAポリメラーゼII複合体の立体構造.それぞれの位置において,剥がれたDNAの長さを示した.RNAポリメラーゼIIの構造に大きな変化はなかったが,ヌクレオソームにおいてはRNAポリメラーゼIIが進行するに伴い,DNAが徐々に剥がれている.PDB IDは,SHL(−6):6A5O, SHL(−5):6A5P, SHL(−2):6A5R, SHL(−1):6A5T.(B)SHL(−1)の位置で停止した,外来DNAが結合したRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の立体構造.緑は外来DNAを示す.PDB ID:6A5T.(C)テンプレートルーピングモデル.外来DNAの結合は,DNAが剥がれたH2A-H2B二量体には,再度DNAが結合する性質を持つことを示している.そのため,RNAポリメラーゼIIが転写し終えた上流側DNAが,DNAが剥がれたヒストン領域に再結合し,巻き戻る可能性が示唆される.点線は,テンプレートルーピングモデルにおける上流側DNAのパスを示す.

5. テンプレートルーピング

DNAが剥がされていくと,やがてDNAからヒストンはすべて剥がされることが予想される.しかし,生体内では活発に転写されている領域においてもヌクレオソーム構造が保たれている8, 9).このことは,転写後にヌクレオソームが再構成されるメカニズムが存在することを示唆している.先行研究において,RNAポリメラーゼIIが通過したヌクレオソーム中のDNA領域が,DNAが剥がれたヒストン領域に再結合し,転写後にヌクレオソームが再形成されるという,テンプレートルーピングモデルが報告されている34–37).驚いたことに,RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の立体構造解析において,SHL(−1)で停止している複合体には,DNAが剥がれて露出したヒストン領域に,溶液中に存在した別のヌクレオソーム由来のDNA(以後,外来DNAと呼ぶ)が結合している構造が存在した(図3B).この構造は,ヌクレオソームにおいてDNAが剥がれた領域は,別のDNAが結合する性質を持つことを示している.もしかしたら,この構造はテンプレートルーピングを模倣した構造を示しているものかもしれない(図3C).

6. 転写伸長複合体-ヌクレオソーム構造

RNAポリメラーゼIIがヌクレオソームDNAを転写する基本的な機構は明らかになったが,生体内ではさまざまな因子がRNAポリメラーゼIIと協調的に働くことで,効率よくヌクレオソームを乗り越えると考えられている14, 38, 39).筆者らは,古細菌の一部から真核生物に至るまで高度に保存された転写伸長因子であるSpt4/5およびElf1に着目した.これらの因子は,ゲノムワイドな局在解析から遺伝子領域でRNAポリメラーゼIIに結合することが示唆されており40),実際にクライオ電子顕微鏡解析による,Spt4/5やElf1が結合したRNAポリメラーゼII複合体の構造が発表されている7, 41).Spt4/5は,Spt4およびSpt5からなる複合体であり,Spt4は,108アミノ酸からなり,Znリボンドメインを持つ(図4).Spt5は,N末端から,構造を持たない酸性領域,NGNドメイン,複数のKOWドメインからなる908アミノ酸のタンパク質である(図4).Spt4/5は,ヌクレオソームDNAでの転写を活性化することが報告されている42).また,Elf1は,Znリボンモチーフを持つ110アミノ酸のタンパク質であり,Znリボンの前後には,構造を持たない塩基性,および酸性のテール領域を有している(図4).Elf1は,TFIIS, Spt5, Spt6などの転写伸長因子との遺伝学的相互作用が報告されており,協調的に働くと考えられている43)

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図4 Komagataella pastoris(Kp)由来Spt4/5とElf1の一次構造

ヒストンに結合すると考えられる,酸性および芳香族アミノ酸の配列を示した.酸性アミノ酸を赤で,芳香族アミノ酸を青で示した.

筆者らは,これらの因子の存在下で転写アッセイを行い,ヌクレオソーム転写に与える影響を解析した.その結果,Spt4/5は先行研究どおりに転写を活性化したが,Elf1は単独では転写を活性化しなかった44).しかし,驚いたことに,Elf1およびSpt4/5の両方が存在する場合には,転写が飛躍的に活性化されることを見いだした44).この転写活性化のメカニズムを解明するため,Elf1-Spt4/5-RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体をRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体と同様の調製系で作製し,クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析を行った.その結果,SHL(−5)およびSHL(−1)で停止した二つの複合体構造を決定することに成功した44)図5A, B).どちらの停止位置においても,Spt4とSpt5のNGNドメインおよびElf1が,RNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの間に割って入るように結合していることが明らかになった(図5A, B).転写伸長因子がRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの相互作用に与える影響を明らかにするため,転写伸長因子を含んでいない構造と比較した.転写伸長因子を含まない場合では,RNAポリメラーゼIIの表面に存在するRpb1クランプヘッドとRpb2ローブからなる溝に,ヌクレオソームがはまり込むように結合しているため,RNAポリメラーゼIIの前方でヌクレオソームからDNAが剥がされにくい構造となっていた23, 45)図5C).しかし,転写伸長因子の存在下では,Elf1がこの溝を塞いでいることが明らかになった44)図5D).また,この機構はSHL(−1)においても類似であった.これらの結果から,Elf1がRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの相互作用を緩衝し,特にElf1がRNAポリメラーゼIIの溝にヌクレオソームがはまり込んでしまうことを阻害することで,ヌクレオソームがRNAポリメラーゼIIの前方でスムーズに回転することによりDNAが剥がされるという機構を提案することができた.

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図5 転写伸長因子結合型RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の立体構造群

(A)ヌクレオソーム上のSHL(−5)の位置で停止したElf1-Spt4/5-RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体.Elf1を緑で,Spt4を暗緑色,Spt5をマゼンタで示した.PDB ID:6J4W. Elf1, Spt4, Spt5 NGNドメインが,RNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの間に位置している.(B)ヌクレオソーム上のSHL(−1)の位置で停止したElf1-Spt4/5-RNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体.PDB ID:6IR9.(C)SHL(−5)における転写伸長因子を含まない場合のRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの相互作用.Rpb1クランプヘッドとRpb2ローブからなる溝にヌクレオソームDNAがはまり込んでいる.赤点線は,RNAポリメラーゼIIの表面の凹凸を示す.Surface表示で示した.PDB ID:6A5P. (D)SHL(−5)における転写伸長因子を含む場合のRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの相互作用.Rpb1クランプヘッドとRpb2ローブからなる溝にElf1がはまり込むことで,ヌクレオソームが溝にはまり込まないようになっている.PDB ID:6J4W.

7. 転写伸長因子の酸性テールとヒストンシャペロン

驚いたことに,伸長因子を含まないSHL(−1)複合体では,DNAが剥がれた領域に存在するH2A-H2B二量体に外来DNAが結合していたが,Elf1とSpt4/5が結合したSHL(−1)複合体では,外来DNAが観察されなかった44).これは,Elf1とSpt4/5が結合することで,外来DNAの結合が阻害されることを示している.そしてこの事実は,Elf1およびSpt4/5が結合したRNAポリメラーゼIIによる転写の際には,テンプレートルーピングとは異なるメカニズムでヒストンの再構成が起こる可能性を示唆している.

テンプレートルーピングと異なるヌクレオソーム再形成のメカニズムとして,ヒストンシャペロンと呼ばれる,ヒストンに結合してヌクレオソーム形成を促進する因子の働きが考えられている.具体的には,FACT, Spt6, HIRAなどのヒストンシャペロンによって,転写後のヌクレオソーム再形成がなされることが明らかにされており,これらの因子の働きによってクロマチン構造の恒常性が担保されていると考えられている46–50)

Elf1のC末端領域とSpt5のN末端領域には,アスパラギン酸やグルタミン酸のような酸性アミノ酸と,フェニルアラニンやチロシンのような芳香族アミノ酸が組み合わさったテール領域が存在する(図4).興味深いことに,このような領域はSpt4/5やElf1と同様に,RNAポリメラーゼIIに直接結合する転写伸長因子Spt6(Spt6はヒストンシャペロンの一種である)や,FACTなどのヒストンシャペロンにも存在している51–53).重要な知見として,FACTやクロマチンリモデリング因子において,このようなテール領域がヒストンH2A-H2B二量体との結合に重要であることが報告されている54, 55).実際に,FACTについては,最近,FACT-ヌクレオソーム複合体の立体構造が報告され,FACTの酸性テールがヌクレオソーム中のDNAが剥がれた領域においてH2A-H2B二量体に結合していることが報告された56, 57).このような芳香族アミノ酸を含む酸性領域は,他の転写伸長因子Paf1Cにも存在し,ヌクレオソーム中のH2A-H2Bと相互作用することも報告されている58).そのため,これらの転写伸長因子群も,RNAポリメラーゼIIによってDNAが剥がされた領域のH2A-H2B二量体に結合する可能性が考えられる(図6).このような転写伸長因子のテール領域の結合によって,外来DNAのヌクレオソームへの結合が防がれているのかもしれない(図6).そして,転写伸長因子を含むRNAポリメラーゼII伸長複合体は,DNAが剥がされた領域のヒストンに結合して,ヒストンシャペロンと共同して外来DNAのヌクレオソームへの結合を阻害しつつ,RNAポリメラーゼIIの後方にヌクレオソームの再形成を行うかもしれない.

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図6 ヌクレオソーム転写における転写伸長因子,ヒストンシャペロンとヌクレオソームの相互作用

ヌクレオソームDNAの転写前には,ヌクレオソームからDNAは剥がれていないが,RNAポリメラーゼIIがH2A-H2Bを越えてSHL(−1)まで転写した際には,H2A-H2BからDNAが剥がれ,露出する.このときに,ヒストンシャペロンFACTが,酸性および芳香族アミノ酸を含むテールを介してヌクレオソームに結合できるようになると考えられる.また,RNAポリメラーゼII結合型の転写伸長因子群(Spt6, Spt4/5, Elf1, Paf1C)に含まれる酸性テールも,H2A-H2Bに結合する可能性が考えられる.実線は,すでに立体構造が観測されたテールを示し,点線は,相互作用する可能性があるテールを示す.これらのテールの結合によって,外来DNAの結合が防がれると考えられる.

8. おわりに

RNAポリメラーゼIIとヌクレオソームが発見されて以来,クロマチン中のDNAをどのように転写するのかについては,生物学的な大きな問題であった.転写中のRNAポリメラーゼII-ヌクレオソーム複合体の構造群を解明したことで,ヌクレオソームDNA転写の基本的な機構を理解することにつながった.しかし実際の細胞内では,クロマチン側ではクロマチンリモデリング因子,ヒストンシャペロン,ヒストンバリアント,ヒストン翻訳後修飾などがあり,RNAポリメラーゼII側ではさらなる転写制御因子が存在するなど,さらに高次の制御機構が存在している.このような因子の構造と機能を調べていくことが,真核生物での転写制御機構の理解に必要となるであろう.また,転写後のヌクレオソーム再形成は,プロモーター以外の部位からの無秩序な転写開始を防ぐために重要であり,また,転写されているクロマチン領域のエピゲノム情報の維持に寄与することが考えられる47, 49).転写後のヌクレオソーム再構成のメカニズムとして,テンプレートルーピングと,ヒストンシャペロンの使い分けについては,今後のさらなる解析が必要だろう.

謝辞Acknowledgments

ヌクレオソームにおけるRNAポリメラーゼIIの転写機構の構造研究は,東京大学定量生命科学研究所クロマチン構造機能研究分野と,理化学研究所転写制御構造生物学研究チーム,および,タンパク質機能・構造研究チームとの共同研究によって行ったものです.東京大学,胡桃坂仁志先生,藤野優佳氏,および,理化学研究所,関根俊一先生,白水美香子先生,江原晴彦博士にこの場を借りて深く感謝申し上げます.

本総説は2019年度奨励賞を受賞した.

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著者紹介Author Profile

鯨井 智也(くじらい ともや)

東京大学定量生命科学研究所クロマチン構造機能研究分野助教.博士(理学).

略歴

1991年埼玉県に生る.2013年早稲田大学先進理工学部卒業.15年同大学院先進理工学研究科修士課程修了.18年同大学院先進理工学研究科博士課程修了.同年より現職.

研究テーマと抱負

クロマチン構造による遺伝子発現制御機構.遺伝子発現の最初のステップである転写反応はヌクレオソームが連なるクロマチン上で行われる.クロマチン構造の変換機構と,それによる転写反応の制御機構の解明に取り組んでいる.

ウェブサイト

http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/kurumizakalab/

趣味

昆虫採集

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