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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(4): 567-571 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920567

みにれびゅうMini Review

個体を用いた新規抗がん剤創薬基盤既存薬の合理的改変手法の確立A whole-animal platform for developing novel anti-cancer leads

北海道大学遺伝子病制御研究所がん制御学分野Division of Biomedical Oncology, Hokkaido University Institute for Genetic Medicine ◇ 〒060–0815 札幌市北区北15条西7丁目 ◇ Kita-15 Nishi-7, Kita-ku, Sapporo, Hokkaido 060–0815, Japan

発行日:2020年8月25日Published: August 25, 2020
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1. はじめに

近年,各種疾患に特異的に発現している分子や活性化している分子を標的とする分子標的治療が盛んに研究されている.キナーゼは恒常性の維持に重要な役割を果たす酵素で,その変異や過剰発現による活性化はがんを含むさまざまな疾患の発症を招く.これらの活性化したキナーゼはがんの治療標的として有望視されており,現在までにさまざまなキナーゼ阻害薬(kinase inhibitors:KIs)が認可・使用されている.しかしこれらのKIsは,しばしば高い毒性を示す,新規のものを創出するのに膨大な研究資源を必要とするなど,未解決の課題を多く抱えている.実際,新規抗がん剤の認可率は7%前後にとどまり,がんは最も創薬が困難な疾患の一つとなっている1)

KIをはじめとする分子標的治療薬が効果を発揮するためには,疾患の原因となるタンパク質の阻害は多くの場合必須だが,本来意図した標的とは異なるタンパク質(オフターゲット)に対する阻害が薬効や毒性に大きな影響を及ぼすことが示唆されている2, 3).そこで我々は,既存薬の化学構造を合理的に改変し,本来の標的とオフターゲットの阻害のバランスを最適化して薬効を最大化する多重薬理学的手法「polypharmacology balancing」の開発に取り組んだ.既存薬は,生物学的利用能・体内分布・代謝などの特性がヒトで良好であることが確認済みである.そのため,我々はこれらの特性を維持しつつ効果を向上させることが迅速な創薬につながる可能性があると考え,これまで十分に確立されていなかった効率的なリード化合物創出のための明確な手法の開発を目指した.

2. ソラフェニブはショウジョウバエ甲状腺髄様がんモデルにおいて弱い抗腫瘍効果を示す

がん研究を加速すべく,我々はこれまで,ショウジョウバエを使用してがんの新規動物モデルを作出してきた.ハエは,哺乳類と遺伝子の保存度が高い(ヒト疾患で異常が確認されている遺伝子の7割以上を保有),遺伝学的な解析ツールが個体レベルで充実している(ほとんどの遺伝子のノックアウト系統や全遺伝子のノックダウン系統が入手可能),繁殖が迅速・容易で安価に研究を推進できる(約10日間で次世代を得ることができ,個体あたりの飼育費用はマウスの約0.1%)等の利点を備えている.さらに我々は,ハエ疾患モデルにおける薬物応答が哺乳類と類似していることを発見しており,実際に培養ヒトがん細胞やマウスモデルなどの既存の哺乳類実験系にハエを相補的に組み合わせることで,甲状腺髄様がんや肺がん,大腸がんなどの形成機序解明や治療薬開発などの実績をあげている4)

甲状腺髄様がん(medullary thyroid carcinoma:MTC)は,受容体チロシンキナーゼ遺伝子RETが活性化型変異(RETM918T)を獲得することで発症する.我々はすでに,ハエMTCモデルptcdRetM955Tを報告している4).これは,patchedptc)プロモーターが上皮組織の一部で変異型ハエRetdRetM955T;ヒトRETM918Tに相当)の発現を活性化するモデルである.このハエは,25°Cで飼育することにより翅原基に腫瘍様病変を発症し,成虫になるまでにすべての個体が死亡する.

我々はこれまでにこのモデルを使用して化合物スクリーニングを実施し,この致死性を救済できる化合物の同定に成功している4, 5).この中で,認可済みKIのソラフェニブ6)がハエ生存率を約5%まで改善することを見いだした.ソラフェニブはMTCのほか肝臓がん等にも認可されているが,患者の死亡や皮膚がんの発症を含む重篤な副作用が知られている7).そこで我々はこのソラフェニブをモデルとし,副作用を低減して高い抗腫瘍効果を実現する合理的手法の開発に取り組んだ.

3. 個体を使用したソラフェニブ類縁体の構造活性相関の同定

我々はまずソラフェニブの化学構造を,キナーゼのATP結合領域を占有するヒンジバインダー,スペーサー,リンカー,そしてキャップの四つに便宜的に分割した(図1A).そして各々の派生体を合成し,それらを組み合わせて約100種類のソラフェニブ類縁体を作出した.これらをptcdRetM955Tハエに投与して,致死性を指標に抗腫瘍効果を比較したところ,ソラフェニブのキャップにフッ素付加・塩素除去を施した類縁体4(TCI-4)がソラフェニブ(生存率5%)よりも高い効果(同25%)を示すことがわかった(図1A).キャップは,キナーゼの活性調節に重要なDFG(Asp-Phe-Gly)ポケットに結合する領域で,このような類縁体群の構造活性相関(structure–activity relationship:SAR)の検討により,キャップの改変が効果向上をもたらすことが示唆された.そこで我々はこのような類縁体を,以後個体モデルでの検討を通じて抗MTC効果を高めるための素材,または効果を高めたリード化合物として,tumor calibrated inhibitors(TCIs)と名づけた(図1A).

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図1 個体レベルでの化合物の抗腫瘍効果の解析

(A)ソラフェニブとその派生体.キャップ構造を改変してTCIs(tumor calibrated inhibitors)を作出した.括弧内は,致死であるptcdRetM955Tハエに各化合物を投与した際のハエ生存率.(B)がんモデルハエを使用した,化合物の副作用を招来するキナーゼ「anti-target」の同定.甲状腺髄様がんモデルハエにTCI-4を投与して,全キナーゼのヘテロ接合性変異を導入する化学遺伝学スクリーニングを実施した.TCI-4の標的のうちMNK1の阻害が副作用を招来することがわかり,MNK1をTCI-4の「anti-target」と名づけた.

4. TCI-4のpro-targetsとanti-targetsの同定

次に我々は,上記TCI-4の効果をさらに増強するための方策を検討した.ハエの利点の一つとして,注目する表現型に影響を及ぼす遺伝子を網羅的遺伝学スクリーニングによって容易に同定できることがあげられる4).そこで我々は,ハエの全キナーゼ遺伝子に着目し,各々のヘテロ接合性変異をptcdRetM955Tハエに導入してTCI-4を投与する化学遺伝学スクリーニングを実施することで,TCI-4の効果に影響を与えるキナーゼを個体レベルで網羅的に検索した(図1B).その結果,たとえばEphSrc42A(それぞれヒトEPHFRKのハエ相同遺伝子)のヘテロ接合性変異により,TCI-4のptcdRetM955Tハエ救済効果が著しく向上することがわかった.一方,Lk6(ヒトMNK1のハエ相同遺伝子)のヘテロ接合性変異は,TCI-4の効果を大きく低減した(図1B).我々は,EphSrc42AのようにTCI-4の効果を大きく向上させる遺伝子を「pro-target」,逆にMNK1のように低減する遺伝子を「anti-target」と名づけ,pro-targetとして22遺伝子,anti-targetとして8遺伝子を同定した.これらの化学遺伝学的検討により,効果向上の手がかりとなる,TCI-4が阻害すべき/すべきでない標的遺伝子の情報が得られた.

5. anti-target MNK1への結合の阻止に基づくTCI-9, TCI-10の創出

次に我々はin vitro結合実験を実施し,TCI-4がanti-targetであるMNK1に結合することを発見した.そこで我々は,この両者の結合がTCI-4の効果を低減していると考え,この結合が起こらないようにTCI-4の構造を改変すれば効果が向上すると考えた.

そこで我々はTCI-4の派生体を作出してSAR解析を実施し,キャップの-CF3基のフッ素の数を増やすと効果が上昇することを見いだした.また,in silicoモデリング解析8)にて,キャップが結合するDFGポケットの体積をpro-targetのRETとanti-targetのMNK1との間で比較した.その結果,RET(163 Å3)よりもMNK1(150 Å3)のポケットの方が小さいことがわかった(図2A).そこで,RETへの結合能を維持しながらMNK1への結合能を低下させるべく,キャップの-CF3基をやや大きくした-C2F5を持つTCI-9を作出した.ptcdRetM955Tハエに投与したところ,TCI-9はTCI-4よりも高い生存率をもたらした(30%;図1A).さらに,TCI-9よりも大きな修飾基(–isoC3F7)を持つTCI-10は,生存率を84%まで回復させる顕著な効果を示した(図1A).

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図2 TCIによるヒト甲状腺髄様がん細胞の増殖の抑制

(A) DFGポケットのin silico解析により,ソラフェニブよりもMNK1に結合しにくい派生体TCI-9の構造を予測した.soraf:ソラフェニブ.矢頭:予想される立体障害.(B) TCI-10はヒト甲状腺髄様がん異種移植片の成長を抑制する.4週間投与を実施し,腫瘍体積を投与前と比較した.1本の棒が1匹のマウスの変化率を示す.cabo:カボザンチニブ,*:完全寛解.

実際にTCI-9/10は,ソラフェニブに比べてMNK1への結合能が低下していた.MNK1は,ERKによってリン酸化されることで活性化し,RAS-MAPK経路阻害のネガティブフィードバックループを駆動することが示唆されている9, 10).我々は,TCI-4はMNK1を阻害することでこのループを抑制するためRAS-MAPK経路の活性化が維持されること,一方TCI-9/10はMNK1への結合能が低下しているためMNK1の活性が高く保たれ,ループが機能することによってRAS-MAPK経路が抑制されることも発見した.

以上の結果から我々は,化学遺伝学,in silico, SARの各解析から導出されたキャップの大型化が,RAS-MAPK経路の抑制を介してTCIの効果向上に直結すると結論した.

6. TCI-10はヒトMTC細胞の増殖を標準治療薬よりも強力に抑制する

これらのリード化合物候補の抗腫瘍効果を哺乳類で確認すべく,我々はヒトMTC由来のTT細胞をヌードマウス皮下に移植した異種移植モデルを樹立し,TCI-10やその起源となったソラフェニブ,そしてMTCのもう一つの標準治療薬であるカボザンチニブの投与実験を実施した.その結果,TCI-10は投与されたマウスの75%に部分寛解や完全寛解をもたらした(図2B).一方,ソラフェニブや,同様にMTC治療薬として認可されているチロシンキナーゼ阻害薬カボザンチニブは,寛解をまったくもたらさなかった.また,TCI-10はマウスでの最大耐用量(副作用を発現しない最大投与量)が160 mg/kgと一般の薬物よりも高く,30日間の投与後もマウスの体重や行動には影響を及ぼさなかった.カボザンチニブもソラフェニブと同様に,RETやMNK1を阻害する活性を持つ11).これらの結果は,RETに対する活性を維持したままMNK1に対する活性を喪失させることで,既存薬よりも高い抗腫瘍効果と許容範囲内の毒性を兼ね備えたリード化合物を創出できることを示している.

7. おわりに

このようにして我々は,ショウジョウバエ化学遺伝学とin silico解析,創薬化学を融合し,FDA認可薬から論理的に新規リード化合物を開発する手法を創出することに成功した12), 13).主に,(1)ソラフェニブ類縁体TCIsの作製,(2)TCIのanti-targetの同定,(3)anti-targetに結合しないTCI構造の導出,の3段階で,MTC前臨床動物モデルで高い効果を示すTCIsを創出することに成功している(図3).大きな特色として,ショウジョウバエを創薬研究に活用することで網羅的な遺伝学的解析や個体での迅速な薬効評価(2週間以内)が可能となり,哺乳類モデルでの確認対象を絞り込むことに成功した点,そして異分野融合により効率的な基盤を樹立できた点をあげたい.

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図3 個体レベルの新規創薬基盤

既存薬の類縁体を合成し,化学遺伝学スクリーニングによってその化合物の阻害したい標的pro-targetと阻害してはいけない標的anti-targetを同定する.次にin silico解析により,pro-targetには結合するがanti-targetに結合しない構造を導出する.それらの派生体の効果を哺乳類モデルで確認し,新規リード化合物とする.

また化学的観点から,フッ素による修飾が効果向上に有効であった点は興味深い.予備的解析で,水素や塩素などによる修飾は効果向上をもたらさなかった.近年,フッ素による既存薬の修飾は大きな注目を集めている.実際,複数のフッ素を持つ認可薬が増えてきており,七つのフッ素を持つエンザルタミド,アプレピタントなどはその例である14).フッ素の物性がどのように薬効に影響するか完全には解明されていないものの,本稿で我々が示した炭素—フッ素鎖による修飾は今後も有用な構造改変手段となる可能性がある.

これまでがん創薬分野では,単一の標的の阻害を目指す分子標的治療薬が大きな注目を集めてきた.本稿で我々が示した創薬基盤「polypharmacology balancing」はこれと相補的になるものであり,効果的に,かつ費用を抑えて新規リード化合物を創出することが可能になると期待される.さらに,がん形成を促進するキナーゼシグナルネットワークに対して,多重薬理学的な化合物が有効であることも本研究は示している.本手法は,神経疾患や心疾患など創薬が困難ながん以外の疾患にも適用できる可能性があり,創薬分野を大きく変革する可能性を秘めている.今後も本手法の発展と応用を通じ,がんをはじめとする疾患に苦しむ人たちの救済に貢献していきたい.

謝辞Acknowledgments

本研究の推進や本原稿の執筆にあたり,University of California, San FranciscoのKevan Shokat博士,New York Genome CenterのPeter Smibert博士,Icahn School of Medicine at Mount SinaiのRobert DeVita博士には貴重なご指導をいただきました.また,Icahn School of Medicine at Mount SinaiのRoss Cagan研究室,同・Dar研究室,同・Schlessinger研究室のメンバーには多大なるご支援を頂戴しました.本研究は,京都大学若手人材海外派遣事業ジョン万プログラムとアメリカNIH助成金U54OD020353の支援により実施されました.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

園下 将大(そのした まさひろ)

北海道大学遺伝子病制御研究所がん制御学分野教授.医学博士.

略歴

1999年東京大学薬学部卒業.2004年京都大学大学院医学研究科博士課程早期修了.日本学術振興会特別研究員DC1, 同PD, 京都大学大学院医学研究科准教授,Icahn School of Medicine at Mount Sinai(NY, USA)博士研究員等を経て,18年より現職.

研究テーマと抱負

がん発生機序の解明と新規治療法の開発.

ウェブサイト

https://bmoncology.wixsite.com/mysite

趣味

子育て,ランニング,コーヒー自家焙煎,スイーツ,ワイン,スポーツ観戦,ジャズ鑑賞,ゲーム,読書,研究!

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