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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(6): 806-810 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920806

みにれびゅうMini Review

ヒトiPS細胞分化指向性におけるSALL3の機能解析SALL3 regulates propensity of human induced pluripotent stem cells to differentiate into distinct cell lineages

国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部National Institute of Health Sciences, Division of Cell-Based Therapeutic Products ◇ 神奈川県川崎市川崎区殿町3–25–26 ◇ 3–25–26 Tonomachi, Kawasaki Ward, Kawasaki City, Kanagawa 210–9501, Japan

発行日:2020年12月25日Published: December 25, 2020
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1. はじめに

ヒトES細胞・ヒトiPS細胞といったヒト多能性幹細胞は,さまざまな細胞に分化する能力(多分化能)と無限に増殖する能力(自己複製能)を併せ持つことから,再生医療,細胞治療,疾患モデルの構築,薬剤スクリーニングの原料・材料として非常に有用な細胞と期待されており,日本では特に,再生医療・細胞治療で使用するためにiPS細胞から製造される細胞加工製品(再生医療製品とも通称される)の開発・実用化が急速に進んでいる.その一方で,細胞加工製品は従来の医薬品などとは異なるまったく新しい製品であるため,安全性や品質の評価方法が十分に確立されていないなど,解決すべき課題も残されている.その中でもヒトiPS細胞加工製品に特有の問題の一つとして,原料となるiPS細胞の分化指向性のバラツキがある.一般に,ヒトiPS細胞は多分化能を持つため,すべての胚葉に分化することが可能である(図1).しかし,実際に分化を誘導すると,iPS細胞の株ごとに分化効率が異なっており,「神経細胞分化向きの株」「心筋細胞分化向きの株」というように,分化指向性にバラツキがあることがわかってきた.その原因となる明確な分子メカニズムはいまだ解明されておらず,初期化前の細胞のエピゲノムの状態など,さまざまな要因が影響していると考えられるが,分化誘導条件によりiPS細胞の分化指向性を十分に克服することは難しいのが現状である.本稿では,我々が同定した分化指向性予測マーカー遺伝子SALL3とその機能解析から明らかになった分化指向性のメカニズムについて紹介する.

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図1 ヒト多能性幹細胞の分化

2. 多能性幹細胞の分化指向性のバラツキについて

ヒトiPS細胞の樹立が報告されたのと同時期の2007年に,ヒトES細胞において株間で分化にバラツキがあることが初めて報告された1).Kim S-Eらは3株のヒトES細胞を使い,胚葉体分化と神経細胞分化を行い,細胞株間で分化の度合いに違いがあることを報告した1).また,iPS細胞の分化指向性のメカニズムについては,これまでにマウスの細胞を使った研究が先行して報告されている.Kim Kらは,マウス血球由来iPS細胞とマウス皮膚線維芽細胞由来iPS細胞を使って,分化能とDNAのメチル化を比較し,造血細胞系への分化においては,血球由来iPS細胞が線維芽細胞由来iPS細胞より高効率で,骨芽細胞への分化においては,線維芽細胞由来iPS細胞が血液由来iPS細胞より高効率であることを確認し,iPS細胞は由来細胞と同じ細胞に分化しやすいことを示した.このことから,iPS細胞には元の細胞のDNAメチル化状態がepigenetic marksとして初期化後にも継承され,そのメチル化パターンが分化指向性に影響することが明らかにされた2).しかしながら,起源の異なる線維芽細胞(胚性,心筋,尾部先端)から作製した60以上のマウスiPS細胞株の分化能を比較した別の報告では,iPS細胞の分化指向性は体細胞由来のDNAメチル化および転写パターンには依存しないという結果が示されており3),iPS細胞の由来となる細胞および分化させる細胞の種類によって分化指向性へのDNAメチル化の影響は異なることが示唆された.これまでにヒトES・iPS細胞を使って世界各国の研究室が参加する大規模な比較研究等4–6)が行われているが,分化指向性を決定づける分子メカニズムの特定,および,樹立に用いる元細胞に由来する分化指向性を制御するDNAメチル化部位の特定等には至っていない.これらの報告は,ヒトES・iPS細胞を樹立する段階で,ドナーや使用する細胞・組織の選別によって分化指向性を意図的にコントロールすることは,非常に難しいことを物語っている.

3. ヒト多能性幹細胞の分化指向性予測マーカーについて

複数の細胞株を分化させ,目的とする細胞(最終製品)に最適なヒトES・iPS細胞株を選別するのは,非常に時間と労力がかかるため,分化指向性を高速にスクリーニングできる方法が望まれる.その方法の一つとして,未分化状態(分化前)の発現量を測定することにより分化指向性を予測できるマーカー(分化指向性予測マーカー)は,非常に有用と考えられる.実際,これまでに複数の分化指向性予測マーカーが報告されており,たとえば,神経細胞も含む外胚葉分化予測マーカーとしてmiR-371-37)CHCHD28),心筋細胞分化予測マーカーとしてCXCL49),造血前駆細胞分化予測マーカーとしてIGF210)RUNX1a11)等が報告されている(表1).同定された各マーカーがどのように分化指向性に影響しているのかという作用機序についての詳細は省くが,すべてのマーカーは複数の細胞株の分化能と遺伝子発現との間で相関関係がある遺伝子として同定されている.

表1 ヒト多能性幹細胞の分化指向性予測マーカー
Gene分化細胞促進的制御or抑制的制御文献
miR-371-3神経細胞抑制的制御7)
CHCHD2神経細胞促進的制御8)
CXCL4/PF4心筋細胞促進的制御9)
IGF2造血前駆細胞促進的制御10)
RUNX1a造血前駆細胞促進的制御11)

4. 新規iPS細胞分化指向性予測マーカーSALL3について

今回我々は,発生過程の最初の分かれ道である三胚葉分化を予測することができれば,汎用性の高いマーカーが得られると考え,三胚葉分化予測マーカーの同定を試みた12).その第一歩として,10株のヒトiPS細胞(健常人由来,市販またはセルバンクから入手可能)の未分化状態における遺伝子発現をマイクロアレイ解析により調べ,10株間で有意に発現量が異なる遺伝子を約3000個抽出した.次に,10株の三胚葉への分化指向性を定量的に調べるため,iPS細胞を胚様体(embryoid body:EB)に分化させ,分化マーカー遺伝子(97種)の発現をTaqMan arrayにより測定し,胚葉ごとの分化マーカー遺伝子の発現量を集約するため主成分分析を行い,各胚葉の第一主成分得点の高い順に分化指向性の順位づけを行った(図2a).興味深いことに,外胚葉分化と,中・内胚葉分化との間には,有意な負相関がみられ,外胚葉に分化しやすい株は中・内胚葉に分化しにくい(逆に,外胚葉に分化しにくい株は中・内胚葉に分化しやすい)性質があることが示唆された.また,標準的なiPS細胞株として用いられる201B7株は三胚葉すべてにおいて平均的な順位をとっており,さまざまな細胞に分化しやすく扱いやすい特徴を表す順位になっていた.最後に,遺伝子発現と各胚葉の分化指向性との間でスピアマンの順位相関係数を算出し,有意な相関(p<0.05)を示す遺伝子を分化指向性予測マーカー候補遺伝子として同定した.

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図2 新規分化指向性予測マーカーSALL3

(a)iPS細胞10株の各胚葉への分化指向性順位.(b)マーカー候補遺伝子の中から,外胚葉と中・内胚葉との間で逆相関を示す遺伝子としてSALL3が抽出された.(c)SALL3 KD株と過剰発現株を神経前駆細胞に分化させ,神経分化マーカーPAX6(赤色),未分化マーカーOCT3/4(緑色)を免疫染色した.SALL3 KD株では神経分化が阻害され,逆にSALL3過剰発現株では促進されることが示された.

分化指向性と発現量との間で相関関係を持つ遺伝子の中には,因果関係(機能的に分化に関与)を持つ遺伝子が含まれている可能性が高い.我々は,同定した分化指向性予測マーカー候補遺伝子の中から機能的に分化に関与する遺伝子を,マーカーとしてより有用性・汎用性が高いと考えて探索することにした.そこで,iPS細胞株間で外胚葉分化と中・内胚葉分化が逆相関を示したことに着目し,機能的に分化に関与する遺伝子は,外胚葉分化との相関と中・内胚葉との相関が逆になるのではないかと予想した.外胚葉分化と中・内胚葉分化で逆の相関を示す遺伝子をマーカー候補遺伝子の中から抽出した結果,外胚葉分化と正相関,中・内胚葉分化と負相関を示す遺伝子としてSALL3遺伝子が一つだけ抽出された(図2b).SALL3が実際に分化指向性に機能的に関与していることを確認するために,shRNAを用いてSALL3の安定的ノックダウン(knock-down:KD)株を作製し,分化への影響を確認したところ,EB分化においてはSALL3 KDにより外胚葉への分化が抑制され,中・内胚葉への分化が促進された.また,直接的な分化誘導により,神経前駆細胞および心筋細胞への分化を行った実験においても,SALL3 KDにより神経前駆細胞への分化は抑制され,心筋細胞への分化は促進されることを確認した.同様の実験をSALL3の安定的過剰発現株でも行ったが,結果はSALL3 KDとは逆の結果が得られ,SALL3の産物(SALL3)が機能的に分化指向性に関与していることが強く示唆された(図2c).

5. SALL3が分化指向性に関与するメカニズム

SALL3は肝がん細胞においてDNAメチル化酵素の一つ,DNMT3Aと複合体を形成し,DNAメチル化を阻害していることが報告されていた13).DNAメチル化によるエピゲノム変化は高等生物において正常な発生と細胞の分化においてきわめて重要な役割を担っていることから,多能性幹細胞の分化指向性の制御に強く影響すると考えられる.そこで,SALL3が分化指向性に関与するメカニズムを解明する目的で,SALL3とDNAメチル化の関連性について詳しく調べることにした.まず初めに,SALL3とDNAメチル化酵素(DNMT1, DNMT3A, DNMT3B)との結合を免疫沈降法により調べたところ,ヒトiPS細胞においてSALL3はDNMT3AではなくDNMT3Bと結合していることがわかった.次に,SALL3のDNAメチル化酵素活性への影響を調べてみると,SALL3 KD株の核画分におけるDNMT活性が野生株に比べて2.5倍ほど上昇していたことから,SALL3はDNMT活性を阻害する機能を持つことが示唆された.ヒトiPS細胞のCpGサイトにおけるDNAメチル化パターンにSALL3がどのように影響しているのかを調べるため,イルミナ社のメチル化アレイ(HumanMethylation450)を用いて,野生株とSALL3 KD株との間でDNAメチル化プロファイルを比較したところ,発生におけるkey regulatorであるWNT3AとWNT5AのGene bodyにおけるCpGメチル化がSALL3のKDにより上昇していることが確認された.最後に,DNMT3BによるGene body領域におけるCpGメチル化をSALL3が阻害していることを調べるため,抗SALL3抗体と抗DNMT3B抗体を用いたChIP-Seq解析を行った.その結果,上述の遺伝子のCpGメチル化が上昇した領域において,SALL3とDNMT3Bがともに結合していることがわかり,さらに,DNM3Bの結合量がSALL3 KDによりわずかに上昇することを確認した.近年,DNMT3BはGene body領域におけるCpGメチル化に関与し,遺伝子発現を促進する機能を持つことが報告されており14),これらの結果から,SALL3はDNMT3BのGene body領域におけるCpGメチル化を制御し,WNT3A, WNT5A等の分化に重要な遺伝子のエピジェネティックな発現量調節に寄与することにより,分化指向性を調節していることが示唆された(図3).

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図3 SALL3が分化制御するメカニズム

SALL3はDNMT3Bと結合し,DNMT3BによるGene bodyのメチル化(遺伝子発現を促進)を阻害する.SALL3の発現が高い株(上段)ではWNT遺伝子の発現が抑制されることにより中・内胚葉への分化が抑えられ外胚葉へ分化しやすく,SALL3の発現が低い株(下段)ではWNT遺伝子の発現が促進されることにより中・内胚葉へ分化しやすい状況を生み出していると予想される.

6. おわりに

本稿では,ヒト多能性幹細胞の分化傾向のバラツキについて,その制御を担うことを我々が見いだしたSALL3を中心に解説した.目的細胞へ分化しやすいiPS細胞の選択は,患者本人由来のiPS細胞から細胞加工製品を製造するとき,患者以外の提供者由来のiPS細胞のストックから細胞加工製品を製造するとき,あるいは,ドラッグスクリーニング系を構築するために疾患iPS細胞由来分化細胞を生産するときなど,さまざまな場面での活用が想定される.また,細胞加工製品を製造する上では,(1)最終製品への目的外細胞混入リスクの低減,(2)最終製品へ残存未分化細胞混入リスクの低減,(3)最終製品の収率の改善,(4)製造工程の期間短縮などに貢献することが期待される.本研究で用いたアプローチは,他の目的細胞への分化傾向予測マーカーの同定方法としても応用可能と考えられ,再生医療の実現化に向けて大きく貢献することを期待したい.

謝辞Acknowledgments

これまでの研究をサポートしていただいた共同研究者の方々,ならびに国立医薬品食品衛生研究所再生・細胞医療製品部のメンバーに感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

黒田 拓也(くろだ たくや)

国立医薬品食品衛生研究所再生・細胞医療製品部主任研究官.博士(理学).

略歴

2012年九州大学大学院理学府博士課程修了(久下理研究室).同年公益財団法人先端医療振興財団研究員.14年国立医薬品食品衛生研究所遺伝子細胞医薬部研究員.17年より現職.

研究テーマと抱負

ヒトiPS細胞を使った細胞加工製品の品質・安全性・有効性を確保するための試験法の開発と評価,ならびにこれらに関連する基礎的研究.

ウェブサイト

http://www.nihs.go.jp/cbtp/home/index.html

趣味

キャンプ.

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