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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(6): 844-849 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920844

みにれびゅうMini Review

SDS-FRL法を用いたシナプス伝達関連膜分子の定量的局在解析Quantitative localization of neurotransmitter receptors and ion channels on the neuronal plasma membrane by SDS-digested Freeze-fracture Replica Labeling

1福井大学・医学部・脳形態機能学分野・准教授Assocuate Professor, Division of Brain Structure & Function, Faculty of Medical Science, University of Fukui ◇ 〒910–1193 福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23–3 ◇ 23–3 Matsuoka-Shimoaizuki, Eiheiji, Yoshida 910–1193, Japan

2福井大学・医学部・脳形態機能学分野・教授Profssor, Division of Brain Structure & Function, Faculty of Medical Science, University of Fukui ◇ 〒910–1193 福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23–3 ◇ 23–3 Matsuoka-Shimoaizuki, Eiheiji, Yoshida 910–1193, Japan

発行日:2020年12月25日Published: December 25, 2020
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1. はじめに

in vivoライブイメージングやコネクトミクス解析,さらに光遺伝学や薬理遺伝学アプローチなどさまざまな新技術により,脳内の神経細胞(ニューロン)や神経回路の同定と機能解析が可能となり,脳が高次機能を発揮する仕組みを詳細な回路構造情報に基づいて理解できる状況になった.一方で,個々の神経回路を構成するニューロンは,機能的に異なるナノスケールのドメインが階層的に統合された集合体であり,シナプス伝達や電位統合,さらに活動電位発生(発火)の特性はニューロンごとに異なる.したがって,脳内神経回路の動作機構を深く理解するには,個々のニューロンの機能ドメインの理解が必要である.しかし,機能ドメインは小さく,発現分子数が少ないため,その解析は依然困難であり,技術革新が待たれている.

2. 電子顕微鏡による定量的な分子局在解析の意義

ニューロン間のシナプス結合は,狭い間隙(<20 nm)を介してシナプス前後の細胞膜が対面した1 µm2にも満たない接着構造であり,情報伝達素子として機能する.中枢神経系における速い情報伝達を担う神経伝達物質はグルタミン酸,γ-アミノ酪酸(GABA)やグリシンであり,シナプス小胞内の伝達物質の量や放出確率,シナプス後応答の強度や可塑的性質がイオンチャネルや受容体により制御されている.また,シナプス入力部位から活動電位の発生部位(軸索初節)までの電位統合の過程や発火特性は樹状突起と細胞体,軸索初節のイオンチャネルにより制御されている.したがって,ニューロンの機能的多様性とその制御機構を理解するには,膜分子の種類,数と分布(発現様式)を機能ドメインごとに明らかにする必要があり,ナノスケールの空間分解能を持つ電子顕微鏡による解析が適している.

3. SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法(SDS-FRL法)

一つの興奮性シナプスに発現する機能的なAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)は,海馬シナプスで150分子以下と算定されている.また,シナプス小胞に発現する各膜分子の平均分子数は1分子未満から最多でも約70分子と見積もられている.したがって,正確な分子局在解析には,対象分子の検出効率が高いことが必要である.

電子顕微鏡を用いた一般的な分子局在解析は,包埋前標識法(pre-embedding)と包埋後標識法(post-embedding)で,どちらも特異抗体により標的分子を検出してその局在を可視化するが,前者は組織スライスの内部で反応強度が減弱し,またシナプス後肥厚(PSD)など生体分子が密集している部位では立体障害のため偽陰性となる(図1A).一方後者は,拡散障壁による反応阻害は回避できるが,抗原の変性や流出により使用できる抗体が限られ検出感度も低く,抗原の発現場所により偽陰性となる(図1B).したがって,どちらの手法も定量性に乏しく,検出効率も低いという問題がある.また,どちらの手法も断面像しか観察できないので,細胞膜上の分子分布の解析には,連続超薄切片の観察と三次元再構築が必要で難易度が高く時間もかかる1)

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図1 免疫電子顕微鏡法によるAMPARの分子局在解析例とSDS-FRL法の原理

(A)包埋前標識法(pre-embedding method),(B)包埋後標識法(post-embedding method),(C) SDS処理凍結割断レプリカ標識法(SDS-FRL法).樹状突起スパイン(S)のシナプス後肥厚(PSD;シナプス)領域(*あるいは点線)と樹状突起(D)に発現するAMPARのうち,SDS-FRL法のみがシナプス内(▲)とシナプス外(△)のAMPARを同時に標識できている.(D)凍結した組織を割断することで脂質二重膜を疎水性面で解離し,露出した面に白金と炭素を蒸着し凍結割断レプリカを作製する.この際,膜タンパク質は膜脂質とともにどちらかの面に移行する.このレプリカを界面活性剤(SDS)で洗浄し,その後に特異抗体を用いた免疫標識を行う.exoplasmic face(E-face)では膜タンパク質の細胞内領域が白金の蒸着により膜内粒子(intra-membrane particle:IMP)として可視化され,細胞外領域は水溶液中に露出する.一方,protoplasmic face(P-face)では膜タンパク質の細胞外領域がIMPとして可視化され,細胞内領域が露出する.SDS-FRL法では,レプリカ作製後にSDSで処理することで,複製された膜に存在する分子以外を除去してから,露出した分子に対する特異抗体と金標識二次抗体を用いた免疫標識反応を行う.

生理学研究所脳形態解析研究部門(重本隆一教授,現IST Austria)では,生体膜の構造観察と膜分子の局在解析に特化したSDS-FRL法(SDS-digested freeze-fracture replica labeling method2))に着目し,この手法を神経組織に応用する技術開発を行った.SDS-FRL法の基盤技術は「凍結割断レプリカ法」であり,凍結した組織を割断して脂質二重膜を疎水性面で解離し,曝露された膜内面に白金と炭素を蒸着することで三次元的な膜の超微形態と分子分布を観察可能にする(図1D).SDS-FRL法では凍結割断レプリカを界面活性剤のSDSで洗浄してレプリカ膜に捕捉された分子以外を除去し,その後に免疫標識を行う.したがって拡散障壁や立体障害の影響なしに均一な抗原検出ができる.また,細胞膜が二次元的に観察できるので,細胞膜上の標識の数と空間分布をナノスケールの分解能で定量的に解析できる.

SDS-FRL法によるAMPARに対する標識効率は,ラット小脳登上線維–プルキンエ細胞シナプスを対象に生理学的に算出したAMPAR発現数とSDS-FRL法により得られた標識強度との比較で評価され3),これら二つの算定値がほぼ1:1で対応したことから,機能的なAMPARの実数が得られるほど高いことが示された.また,P/Q型電位依存性Ca2+チャネルサブユニット(Cav2.1)に対する標識も実数に近い値が得られることが確認されている4).したがって,SDS-FRL法による膜分子の局在解析は,機能ドメインの分子局在解析に必要な要件を高いレベルで実現している.

4. SDS-FRL法による脳内膜分子局在解析

SDS-FRL法では,神経細胞の機能ドメインを分子層や細胞体層などの形態学的特徴やドメイン特異的に発現するマーカー分子の標識に基づいて同定し,その面積と標識の数や位置情報を取得できる.したがって,標識密度や位置情報を比較することで,定量的に発現分布を比較できる.

我々がSDS-FRL法を用いて最初に報告した分子は,シナプス小胞のシナプス前活性化領域への係留を担うCASTタンパク質とシナプス小胞の開口放出を制御するSNAREタンパク質であった5).以来,内外の研究者と協力し,AMPA型やNMDA型グルタミン酸受容体,代謝型グルタミン酸受容体,GABAAやGABAB受容体などの神経伝達物質受容体と各種イオンチャネル(Naチャネル,Kチャネル,Ca2+チャネル),さらに,種々の細胞間接着分子やトランスポーターなどの局在をさまざまな脳領域で明らかにしてきた.そこで,本手法の利点を活かして得られた結果をいくつか紹介する.

1)機能ドメイン特異的な膜タンパク質の発現密度

イオンチャネルや神経伝達物質受容体の発現密度が機能ドメインごとに異なることをSDS-FRL法により捉えた.たとえば,海馬CA1錐体細胞の内向き整流性Kチャネル(Kir3)が樹状突起スパイン周辺の膜に高密度に分布するようす6)や抑制性シナプス伝達を仲介するGABAA受容体サブユニットの発現密度が,樹状突起・細胞体・軸索初節のシナプス間で異なっていること7),さらにCav2.1サブユニットの発現密度が小脳プルキンエ細胞の細胞体から遠位部樹状突起に向かって増加すること4)等を明らかにした.また,同一感度で行ったAMPAR標識の比較から,シナプスの種類ごとに単一シナプスあたりの受容体数や分散が異なることも示した8)

2)膜分子の膜上二次元分布

PSD上のAMPARの標識は,シナプス結合の種類により均一(ランダム)分布とモザイク状分布に分かれることがさまざまなシナプス結合の観察からわかってきた.さらに,K関数を用いた最近傍標識間距離の評価や標識分布のモンテカルロ・シミュレーションにより,PSD上のAMPARクラスターやクラスター内のAMPAR数について明らかにした9, 10).また,Cav2.1サブユニットが細胞体,一次樹状突起,シナプス前の活性化領域でクラスター状に分布しているようすも捉えた4)

3)シナプス結合の種類による伝達物質受容体発現様式の違い

一つのニューロンは複数種の入力元を持つ.したがって,伝達物質受容体の発現様式の決定が入力元依存的か,それともシナプス後ニューロン依存的かを明らかにすることは,シナプス伝達特性の決定機構を理解する上で興味深い.小脳平行線維の入力を受けるプルキンエ細胞と星状細胞11),および聴神経線維の入力を受けるBushy細胞とFusiform細胞の興奮性シナプスに発現するAMPARの局在をSDS-FRL法で比較した結果,AMPARのシナプス内発現様式がシナプス後ニューロン依存的に制御されていることが示唆された.一方,視覚系リレーニューロンに形成される2種類の興奮性シナプスのAMPAR発現の比較解析では,AMPAR発現様式が入力線維ごとに異なっていた10).したがって,シナプス内AMPAR発現の制御はシナプス結合の組合わせごとにシナプス前と後の役割が異なることが示唆され,神経回路ごとに複雑に制御されていることが明らかになった.シナプス結合の種類ごとに分子構成が異なるようすは大脳皮質内のGluD1とGluD2の発現解析でも示されている12)

4)膜分子のクラスター形成と共局在関係の形態学的評価

ニューロンは多種類の機能ドメインで構成され,個々のドメインで起こる分子間相互作用が各ドメインの機能的特性を担うと考えられる.SDS-FRL法では,レプリカ標識画像上の金標識の分布情報(最近傍標識間距離)に基づいて統計学的に有意な膜分子のクラスターや共局在関係を検出することが可能である.例えば,海馬CA1錐体細胞のGABAB1とKir3.2を含むKチャネル(GIRK2,図2)は樹状突起スパインで共クラスターが検出されたが,樹状突起では検出されなかった13).このことは,SDS-FRL法が分子種間の共役が起こる機能ドメインを形態学的に同定できることを示唆している.これまでに,P/Q型電位依存性カルシウムチャネル(P/Qチャネル)と2種のKチャネル(BKとSK2),GABAB受容体とKチャネルやP/Qチャネル,SK2とP/QチャネルやmGlu1αなどの共局在解析を行った4, 9, 13)

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図2 SDS-FRL法を用いた膜分子の分布様式と共局在の解析

樹状突起スパインと樹状突起におけるGIRK2の分布様式とGABAB1との共局在解析の例.GIRK2(赤矢印頭)とGABAB1(青矢印頭)の標識は樹状突起スパイン(A)と樹状突起(B)にクラスター状に観察され,樹状突起スパインでのみ両分子が同一クラスター内で共局在しているようすが観察された(緑の枠線).(C)実際(実線)と確率的分布を仮想したケース(破線)の最近傍標識間距離の比較により,GIRK2標識がクラスター状に分布していることが統計学的に裏づけられた.(D)樹状突起スパインに観察されたGABAB1標識とGIRK2標識の実際(青)あるいは仮想(確率的分布:緑)の最近傍標識間距離の比較により,これら分子が樹状突起スパインで共局在していることが統計学的に裏づけられた13).(文献13より,改変して転載)

5)学習・記憶に伴う脳内分子局在変化の検出

ある課題の学習や記憶に関与するニューロンは,脳全体のニューロンのごく一部で,しかも直接関与するシナプスはそのニューロンの一部のシナプスにすぎない.したがって,学習・記憶を支える分子の発現数や局在の変化を解析対象となるニューロンやシナプスを選別せずに捉えることはきわめて困難である.SDS-FRL法による分子局在解析はシナプス単位で生体分子の発現量や分布を解析できるので,学習に関与する脳領域やシナプス結合の種類を同定しながら,選択的に対象分子の局在が解析できる.これまでに,小脳片葉の平行線維-プルキンエ細胞シナプスのAMPAR発現密度が眼球運動の適応現象(運動学習)に伴って選択的に減少するようすや14),慢性疼痛発症に伴う扁桃体シナプスのAMPAR発現増加を検出した15)

5. SDS-FRL法のさらなる改良に向けて

細胞膜上の受容体やイオンチャネルの多くは,多種類のサブユニットから構成されたヘテロ複合体として発現し,そのサブユニット構成の多様性が細胞の応答やシグナル伝達の特異性を決める分子基盤の一つとして重要である.しかし,生体組織で細胞膜上に発現する各膜分子複合体のサブユニット構成を明らかにする解析法はまだない.そこで現在,SDS-FRL法に適用可能な抗原タグ配列を各受容体サブユニットにCRISPR/Cas9法を用いて挿入し,抗原タグを高感度に標識することでサブユニット構成を同定する実験系の開発を進めている.すでに,ニューロンの静止膜電位形成に関わるNa/Kポンプを構成するNAKα3サブユニットにFLAGタグを導入し,SDS-FRL法により検出することに成功した(図3).現在,SDS-FRL法に使用可能な抗原タグと抗体の組合わせの選別と反応の効率化,そして,効率よく検出ができるタグの挿入位置等のノウハウの蓄積を行っている.この方法論の確立により,内在性の膜分子複合体のサブユニット構成を1分子レベルで解析する実験基盤が構築できる.

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図3 ゲノム編集技術と抗原タグを用いたSDS-FRL法の改良

(A)抗原タグをCRISPR/Cas9法を用いて標的分子に導入し,抗タグ抗体を用いてSDS-FRL法により標的分子を検出する.(B)静止膜電位の形成に関わるNa/KポンプのNAKα3サブユニットにFLAGタグを導入したマウスを作製し,海馬CA1領域から作製したレプリカ膜を抗FLAGタグ抗体を用いて標識した.グリア細胞の膜分子マーカーであるGLASTが検出されたレプリカ膜面にはNAKα3の標識がなく,GLAST標識のない膜面(錐体ニューロン)に標識が観察された.

6. おわりに

これまでの生化学や分子生物学の研究から,生体を構成する分子の種類やそれらの相互作用に関する情報は十分に集積されている.したがって,それぞれの生体分子がどこにどれだけ存在するのかがわかれば,その部位で起こるシグナル伝達や生理現象,そして細胞の挙動までもが予想でき,それぞれの細胞機能を支える分子機構の理解も可能になる.しかし,現時点での分子局在解析技術は,多分子同時検出能,時間分解能,空間分解能などの点でまだまだ技術開発の余地がある.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

黒田 一樹(くろだ かずき)

福井大学・医学部・脳形態機能学分野・准教授.博士(医学).

略歴

1971年1月京都府生まれ.93年岡山大学理学部生物学科卒業,95年同大学院理学研究科生物学科修士課程修了,99年京都大学大学院医学研究科博士課程修了,京都大学医学部医化学1(本庶佑教授)でポスドク,2003年よりカナダOHRI(Michael Rudnicki教授)でポスドク,09年より福井大学医学部特命助教~助教,18年より現職.

研究テーマと抱負

神経機能を司る膜分子複合体について,異なるサブユニット構成を持つ分子を生体内で区別し,機能と局在を関連付けて理解することを目指している.生命の巧妙な仕組みを一つでも多く解き明かしたい.

趣味

写真撮影(子供のスポーツ等),長距離のドライブ,壊れたものの修理.

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