Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 92(6): 850-856 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920850

みにれびゅうMini Review

ヒト表皮角化細胞におけるセマフォリン3Aの発現制御機構Regulatory mechanisms of semaphorin 3A expression in human keratinocytes

順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センター(JIRC)Juntendo Itch Research Center (JIRC), Institute for Environmental and Gender-Specific Medicine, Juntendo University Graduate School of Medicine ◇ 〒279–0021 千葉県浦安市富岡2–1–1 ◇ 2–1–1 Tomioka, Urayasu, Chiba 279–0021, Japan

発行日:2020年12月25日Published: December 25, 2020
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

皮膚は外界と自己を区切り,私たちの体を守るバリアとして働いている.ヒト皮膚の最外層にある表皮は,約95%が表皮角化細胞から構成されており,上から角質層(角層),顆粒層,有棘層,基底層の4層構造からなる.基底層で分裂・増殖した表皮角化細胞は分化しながら有棘層,顆粒層と上方の層へ移行していき,最終的に角層に達した後,重層化し,やがて垢として剥がれ落ちる(この過程を角化という)(図1a).表皮には,アレルゲンや微生物などの異物侵入や水分蒸発を防ぐバリア機能が備わっており,特に角層バリアと顆粒層のタイトジャンクションバリアが重要な役割を果たしている.角層の表皮角化細胞(角質細胞)は脱核して死んだ状態にあり,細胞質は凝集したケラチン線維で満たされ,細胞膜の内側はロリクリンやインボルクリンなどが架橋した不溶性タンパク質で裏打ちされた強靭な構造を持つ.角質細胞内に含まれる天然保湿因子と呼ばれるアミノ酸などの低分子は保水に関与し,角質細胞間はセラミドなどの角質細胞間脂質で満たされ,異物侵入や水分蒸発を阻止している.また,角層下の顆粒層にあるタイトジャンクションは細胞間をぴったりとシールし,角層バリアをすり抜けてきた異物の侵入を防ぐとともに,水が体外に漏れだすことを防いでいる.一般的に,外界に対するバリア機能のほとんどは角層が担っていることから,「表皮バリア」といえば角層バリアのことを指す.表皮バリアを破壊する原因として,アレルゲン曝露,黄色ブドウ球菌などの微生物感染,過剰な洗浄,掻破,低温,低湿度などさまざまな環境要因が知られており,その機能低下は皮膚の乾燥と炎症を惹起する.特にアトピー性皮膚炎はフィラグリンの遺伝子変異や角質層におけるセラミド含有量の異常な低下などにより,生来,表皮バリアが脆弱で皮膚が乾燥しやすい状態にある.アトピー性皮膚炎は強いかゆみが特徴的な症状の一つであり,虫刺されや蕁麻疹などのかゆみ治療に用いられる抗ヒスタミン薬が効きにくい.バリア機能低下に伴って生じる表皮内神経線維の増生は,このような治療抵抗性のかゆみの一因であると考えられている.本稿では,皮膚において表皮角化細胞が選択的に産生するセマフォリン3A(Sema3A)1)に着眼し,かゆみの発症におけるSema3Aの役割,およびその発現制御機構について,概説したい.

Journal of Japanese Biochemical Society 92(6): 850-856 (2020)

図1 軸索ガイダンス分子による表皮内神経線維の増生制御

(a)健常表皮の角層は強靱な構造をしており,顆粒層の第2層には細胞間をつなぐタイトジャンクション(青色)が存在する.アトピー性皮膚炎病変部の表皮では角層バリアが壊れ,タイトジャンクションが減少または消失している.健常表皮の表皮角化細胞はNGFとSema3Aの両者が発現しているが,NGFよりもSema3Aの発現が優位であることから,表皮内に神経線維が侵入・増生しにくい.一方,アトピー性皮膚炎病変部の表皮ではSema3Aの発現が減少し,NGFの発現が優位となることで,表皮内に多数の神経線維が侵入し分岐・増生する5).(b)健常皮膚およびアトピー性皮膚炎患者の病変部皮膚におけるSema3Aの発現を蛍光免疫組織化学染色で解析した.健常者の表皮角化細胞から分泌されたSema3Aタンパク質は基底層~有棘層付近の細胞間で検出された.健常者と比較して,アトピー性皮膚炎病変部ではSema3Aの蛍光強度が著しく低下した1).緑:Sema3A, 赤:Collagen IV(基底膜マーカー).(文献5の図を一部改変)

2. セマフォリン3Aとは

1993年,ニワトリの脳から後根神経節細胞の成長円錐の退縮活性を有するコラプシン(collapsin)が分離精製された.コラプシンは,船の水先案内人の振る手信号(semaphore)のように神経軸索の伸長方向を制御することから,後にセマフォリン(semaphorin)と呼ばれるようになった.それは伸長する軸索の先端に形成される成長円錐に作用すると,細胞骨格アクチンの重合阻害や微小管動態の変化を引き起こし,成長円錐を崩壊させることで,軸索の伸長を停止させる2).セマフォリンは約500アミノ酸からなるSemaドメインと呼ばれるファミリー間に共通の細胞外領域を持ち,Semaドメインに続くC末端領域の構造上の違いから,八つのサブクラスに分類されている.特に3~7型のセマフォリンは哺乳類でみられ,3型は分泌型,それ以外は膜型である.セマフォリン受容体は主にplexinファミリー(plexin-A1/2/3/4,-B1/2/3,-C1,-D1)とneuropilin(Nrp-1,-2)ファミリーがあり,これらはさまざまな共受容体と会合することも知られている.本稿で述べるSema3Aは3型の分泌型セマフォリンに属し,plexin-A1とNrp-1の複合体からなる受容体に結合する.また,Sema3Aは神経細胞の他,表皮角化細胞,骨芽細胞,T細胞,樹状細胞,血管内皮細胞などにも発現していることが報告されており,アトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,骨粗鬆症,心臓の交感神経分布の異常による不整脈,慢性関節リウマチ,全身性エリテマトーデスなど多彩な疾患との関わりがあるとされる3)

3. セマフォリン3Aとかゆみ

本来,皮膚における感覚神経は真皮内に局在しているが,バリア機能が低下したアトピー性皮膚炎や乾皮症では多数の神経線維が表皮基底膜を通過して表皮上層まで侵入し,分岐・増生する4).表皮内神経の稠密化により,C-線維は外部刺激によって容易に興奮しやすくなり,かゆみ過敏状態をもたらす.掻破などの物理的刺激はC-線維からのサブスタンスPやカルシトニン遺伝子関連ペプチドの遊離を促し,特にサブスタンスPは軸索反射を介して生じる炎症反応(神経原性炎症)を誘発し,かゆみを増強する.また,掻破による表皮バリアの破壊により,外来異物が容易に表皮内へと侵入可能となり,炎症が惹起される.炎症に伴い,種々の起痒物質や炎症性メディエーターが放出され,かゆみが増強する.これはかゆみと掻破の悪循環(Itch-Scratch Cycle)と呼ばれ,特にアトピー性皮膚炎患者で問題となる.

このような表皮内神経線維は,誘引作用を示す神経伸長因子と退縮作用を示す神経反発因子によって制御されている.これらは軸索を標的細胞まで導くことから軸索ガイダンス分子と呼ばれ,軸索は神経伸長因子の方向に向かい,神経反発因子を避けるようにして伸長していく.軸索ガイダンス分子はさまざまな分子種が知られているが,表皮内神経線維の増生に関わる伸長因子として,表皮角化細胞が産生するnerve growth factor(NGF)やamphiregulinがある.一方,反発因子として,Sema3Aやanosmin-1が知られている.健常者の皮膚を蛍光免疫組織化学染色で解析すると,分泌タンパク質であるSema3Aは主に有棘層の表皮角化細胞の細胞間隙で検出され,アトピー性皮膚炎病変部ではその蛍光強度が有意に減少し,それに伴って表皮内神経線維の増加が認められる1).同様に,健常皮膚のNGFも主に有棘層の表皮角化細胞に発現しているが,アトピー性皮膚炎病変部ではSema3Aとは対照的に蛍光強度が増強する5).同様の傾向は他の神経反発因子anosmin-1や神経伸長因子amphiregulinでも認められる.すなわち,健常者の皮膚は,表皮角化細胞内の軸索ガイダンス分子の発現バランスが神経反発因子優位に保たれているため,神経線維が表皮基底膜を越えて侵入しにくく,表皮内で分岐・増生しづらい状態にあるものと考えられる(図1a).しかし,アトピー性皮膚炎や乾皮症など表皮バリアが破綻した皮膚では神経反発因子の発現が減少した結果,発現バランスが伸長因子優位となり,表皮内で神経線維が増生しやすい環境がもたらされる4)

種々の軸索ガイダンス分子の中でも,特にSema3Aは健常者の表皮で強く発現しており,アトピー性皮膚炎病変部の表皮では顕著に減少することから(図1b5),著者らはSema3Aに着眼した.先行研究では,減少したSema3Aを補完する目的で,アトピー性皮膚炎を発症したNC/NgaマウスにリコンビナントSema3Aタンパク質(rSema3A)含有軟膏を塗布する実験を行った6).本研究ではマウス1匹あたりrSema3Aタンパク質0.25 µgをワセリン100 mgに混合した軟膏を用時調製し,1日1回,計4日間,皮膚炎を発症したマウスの病変部に塗布した.その結果,未処置群または基剤塗布群と比較して,表皮内神経の数が減少,掻破行動が抑制され,さらに,角層のバリア機能の指標である経表皮水分蒸散量が低下しバリア機能も改善,乾燥・出血・肥厚・掻破痕の程度を示す皮膚炎スコアも低下することが明らかとなった6).rSema3Aを皮内投与した場合にも,同様の結果が報告されている7).以上の結果は,Sema3Aが表皮内神経線維の増生を伴う難治性かゆみの治療標的の一つであることを強く示唆するものであった.しかしながら,Sema3Aの発現制御機構に言及した報告は皆無であり,表皮バリア機能障害に伴ってSema3Aの発現が減少する理由も不明である.そこで,著者らは表皮におけるSema3Aの減少がアトピー性皮膚炎のかゆみ発症原因の一因なら,その発現を正常化すれば,かゆみを軽減できるだろうと考えた.

4. 正常ヒト表皮におけるセマフォリン3Aの発現制御機構の解明

健常なヒト表皮には基底層で低く顆粒層で最大となるカルシウムイオンの濃度勾配が存在し,表皮角化細胞内・外のカルシウムイオン濃度は分化に伴って増加する8).細胞外のカルシウムイオンは細胞膜上のカルシウム感知受容体に作用し,細胞内でイノシトール3-リン酸を介してカルシウム貯蔵庫である小胞体からカルシウムを遊離させ,細胞内カルシウム濃度を増加させる9).また,顆粒層のタイトジャンクションバリアはカルシウムイオンの角層への拡散を妨げるため,顆粒層でカルシウムイオン濃度がピークに達すると推定されている9).表皮角化細胞は低濃度(0.03 mM)のカルシウム存在下では分化せず,0.1 mM以上のカルシウムによって分化が開始することが知られている(これをカルシウムスイッチという).正常ヒト表皮角化細胞(NHEKs)の単層培養系に終濃度1.4 mM CaCl2を添加すると,数時間~数日以内に有棘層付近で発現するインボルクリン,ケラチン1と10,顆粒層付近で発現するフィラグリン,ロリクリン,トランスグルタミナーゼなどの分化関連タンパク質の発現が増加する8).皮膚にテープを貼付して角層を剥がしとるテープストリッピングや,有機溶剤であるアセトンを塗布するなどの急性の表皮バリア破壊により,カルシウム濃度勾配は失われ,分化関連タンパク質の発現も減少することが報告されている10).このような急性のバリア破壊によるカルシウム濃度勾配の消失は一時的であり,急速にバリア機能が回復することで,6~24時間後には正常化する.アトピー性皮膚炎や乾皮症は表皮バリア機能が慢性的に障害された状態にあるため,カルシウム濃度勾配は常時失われている可能性がある.そこで,著者らは表皮のカルシウム濃度勾配とSema3Aの発現動態の関わりに着眼し,解析を進めた.

NHEKsの単層培養系を用いて,培養液中のカルシウム濃度を変化させ,Sema3A mRNAの発現パターンを経時的に観察した.顆粒層で発現するプロフィラグリンやロリクリンなどのタンパク質は,0.1 mM以上のカルシウム添加によるNHEKsの分化誘導後,時間経過と共に発現量が増加する8)Sema3Aの発現は0.03 mMのCaCl2存在下ではまったく増加せず,0.1 mM以上のCaCl2を添加すると9時間~24時間後をピークに一過性に発現が亢進した.カルシウム添加後24時間以降は有棘層付近に発現するケラチン10が漸増し,それと入れ替わりにSema3Aの発現が急速に減少した(図2a).これらの結果は,表皮角化細胞においてSema3A mRNAがカルシウム濃度勾配の初期段階である基底層~有棘層下層で発現することを強く示唆している.有棘層下層ではSema3Aの発現が一過性に増加し,有棘層マーカーであるケラチン10の発現も増加し始める.表皮角化細胞の分化がさらに進むと,Sema3Aの発現が激減し,ケラチン10の発現増加はプラトーに達する.正常ヒト皮膚を用いたin situハイブリダイゼーションで,Sema3A mRNA発現細胞は基底層~顆粒層の広範囲で検出されたが(図2b),特にケラチン14陽性細胞が局在する基底層~有棘層下層でSema3A陽性細胞が多く認められた(図2c, 2d).

Journal of Japanese Biochemical Society 92(6): 850-856 (2020)

図2 表皮角化細胞の分化に伴うSema3Aの発現変動

(a)カルシウム濃度の異なる条件下で培養したNHEKsにおけるSema3A mRNAの発現変動.NHEKsに異なる濃度のCaCl2を添加し,グラフに示した各時点で細胞からRNAを抽出,Real-time PCRでSema3AおよびKeratin 10の発現変動を解析した.(b) in situハイブリダイゼーションによる正常ヒト皮膚におけるSema3A mRNA(緑色)の局在解析.Scale bar:50 µm. (c) in situハイブリダイゼーションと蛍光免疫組織化学染色による正常ヒト皮膚におけるSema3A mRNA(緑色)と基底層マーカーであるケラチン14タンパク質(赤色)の発現解析.Scale bar:25 µm. 矢頭:ケラチン14高発現細胞(K14++),矢印:ケラチン14低発現細胞(K14+),星印:ケラチン14を発現していない細胞(K14−).(d)正常ヒト表皮におけるSema3A mRNA発現細胞の比率をケラチン14の発現強度ごとに分類した.(いずれも文献13の図を一部改変)

さらに詳細に解析するため,ヒトSema3A遺伝子の5′末端上流領域をクローニングし,5′末端側を約200 bpずつ欠失した変異体や転写因子結合配列を欠失した変異体とNHEKsを用いてルシフェラーゼアッセイを実施した.解析の結果,近位プロモーター(−134~−24 bp)に存在するAP-1結合部位がSema3Aの発現誘導に関与することが明らかとなった.AP-1はJun群因子(c-Jun, JunB, JunD)とFos群因子(c-Fos, FosB, Fra-1, Fra-2)がヘテロ二量体を形成したもので,転写因子として機能する.また,AP-1は表皮の分化に関わるさまざまなタンパク質(e.g.トランスグルタミナーゼ,ケラチンK1, K5, K6, K8, K14, K18,プロフィラグリン,インボルクリン)の発現制御に関与し,皮膚の恒常性維持に重要な転写因子である11).AP-1およびその他の候補転写因子の近位プロモーター領域への結合の有無をクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイで解析した結果,カルシウム刺激後,近位プロモーターにはJunBとFra-2が結合することが判明した.特にFra-2は近位プロモーターへの強い結合が認められ,NHEKsに終濃度1.4 mMのカルシウムを添加すると,細胞質から核への移行が増大した.また,Fra-2とJunBまたはc-Junの発現ベクターをNHEKsに導入し,共過剰発現させるとFra-2といずれのJun群因子の組合わせでもカルシウム刺激24時間後にSema3Aの発現が約1.7倍から約2.5倍に増強された.しかし,これらを単独で過剰発現させてもSema3Aの発現に影響はなく,Fra-2とJun群因子のヘテロ二量体はカルシウム刺激時のSema3Aの発現促進に関わることを示唆した.一方,先行研究よりレチノイド関連オーファン受容体(ROR)αはSema3Aの発現制御に関与すると推定されたが12),近位プロモーターへの結合は認められず,さらに上流の転写調節領域に結合するものと考えられた.

表皮角化細胞のカルシウムスイッチによりプロテインキナーゼC(PKC)αが活性化し,PKCαによりERK1/2が活性化することで,表皮角化細胞の分化が進行するとされている8).そこで,NHEKsをカルシウム刺激するとともに,ERK1/2の上流に位置するMEK1/2の阻害剤やAP-1阻害剤を用いて,Sema3Aの一過性発現増加に関与するシグナル伝達系の解析を行った.その結果,カルシウム刺激後に約2倍に増加したSema3Aの発現はMEK1/2阻害剤により約0.5倍,AP-1阻害剤により約0.25倍まで,顕著に抑制された.以上のことから,Sema3Aの発現はカルシウムスイッチによる表皮角化細胞の分化初期段階において,MEK1/2やERK1/2といったMAPK経路を介して,AP-1が活性化し,最終的にSema3Aの発現が誘導されるものと考えられる(図313).Sema3Aは表皮角化細胞の他,神経細胞,血管内皮細胞,骨芽細胞などにも発現しているが,現時点でこれらの細胞におけるSema3Aの発現が同様のシグナル経路を介しているかは不明である.他の阻害剤を用いた解析では,JNKやPI3Kなどの他のシグナル伝達系の関与も示唆される結果が得られたことから,MEK1/2以外の経路もSema3Aの発現制御に関与している可能性がある.表皮バリア機能低下によるカルシウムイオン濃度勾配の消失がSema3Aの発現減少の一因であることが示唆されるが,その詳細についてはさらなる検討が必要である.

Journal of Japanese Biochemical Society 92(6): 850-856 (2020)

図3 正常ヒト表皮角化細胞におけるSema3Aの発現制御モデル

正常ヒト表皮にはカルシウムイオンの濃度勾配が存在し,その濃度は顆粒層で最大となる.正常ヒト表皮のSema3A mRNAは,基底層~顆粒層の広い範囲で検出されるが,特に表皮カルシウム濃度勾配の初期段階である基底層~有棘層下層に多く発現している.カルシウムイオンはMEK/ERK経路およびAP-1を活性化することで,表皮角化細胞の分化初期におけるSema3Aの発現誘導に関わる.(文献13の図を一部改変)

5. おわりに

本稿は,正常ヒト表皮におけるSema3Aの発現制御機構について述べた.最近,アトピー性皮膚炎患者の病変部皮膚では表皮内神経線維が減少しているという報告もある14).アトピー性皮膚炎の急性病変はサイトカインプロファイルがTh2優位な環境にあるが,慢性病変ではTh2が弱まりTh1反応が混在した環境にシフトすると考えられている.著者らの解析ではNHEKsをTh1およびTh2サイトカイン(e.g. TNF-α+IL-4)で同時に刺激すると,Sema3Aの発現が亢進したことから13),慢性病変ではSema3Aの発現は回復し,表皮内への神経線維の侵入・増生が阻止される可能性がある.しかし,表皮内神経線維の動態に関してはいまだ議論の余地が残されている.

正常ヒト表皮におけるSema3Aの発現制御機構はその一端が解明されたが,アトピー性皮膚炎や乾皮症の病変部で,Sema3Aの発現が減少する理由は不明のままである.セマフォリンの受容体であるNrpやPlexinを標的とした低分子阻害剤や中和抗体に関しては神経軸索再生の観点から比較的研究が進んでいるが15),これらの受容体アゴニストに関しては報告が少ない.著者らは,「アトピー性皮膚炎病変部で減少しているSema3Aを増やす」という独自の観点から,Sema3Aの発現を促進する化合物をいくつか同定し,解析を進めている.今後は,表皮バリア機能低下に伴うSema3Aの発現減少機序の解明を進めるとともに,新規鎮痒薬および治療法の開発を目指したい.

引用文献References

1) Tominaga, M., Ogawa, H., & Takamori, K. (2008) Decreased production of semaphorin 3A in the lesional skin of atopic dermatitis. Br. J. Dermatol., 158, 842–844.

2) Yazdani, U. & Terman, J.R. (2006) The semaphorins. Genome Biol., 7, 211.

3) Worzfeld, T. & Offermanns, S. (2014) Semaphorins and plexins as therapeutic targets. Nat. Rev. Drug Discov., 13, 603–621.

4) Tominaga, M. & Takamori, K. (2014) Itch and nerve fibers with special reference to atopic dermatitis: therapeutic implications. J. Dermatol., 41, 205–212.

5) Tominaga, M., Tengara, S., Kamo, A., Ogawa, H., & Takamori, K. (2009) Psoralen-ultraviolet A therapy alters epidermal Sema3A and NGF levels and modulates epidermal innervation in atopic dermatitis. J. Dermatol. Sci., 55, 40–46.

6) Negi, O., Tominaga, M., Tengara, S., Kamo, A., Taneda, K., Suga, Y., Ogawa, H., & Takamori, K. (2012) Topically applied semaphorin 3A ointment inhibits scratching behavior and improves skin inflammation in NC/Nga mice with atopic dermatitis. J. Dermatol. Sci., 66, 37–43.

7) Yamaguchi, J., Nakamura, F., Aihara, M., Yamashita, N., Usui, H., Hida, T., Takei, K., Nagashima, Y., Ikezawa, Z., & Goshima, Y. (2008) Semaphorin3A alleviates skin lesions and scratching behavior in NC/Nga mice, an atopic dermatitis model. J. Invest. Dermatol., 128, 2842–2849.

8) Bikle, D.D., Xie, Z., & Tu, C.L. (2012) Calcium regulation of keratinocyte differentiation. Expert Rev. Endocrinol. Metab., 7, 461–472.

9) Lee, S.E. & Lee, S.H. (2018) Skin barrier and calcium. Ann. Dermatol., 30, 265–275.

10) Elias, P.M., Ahn, S.K., Denda, M., Brown, B.E., Crumrine, D., Kimutai, L.K., Kömüves, L., Lee, S.H., & Feingold, K.R. (2002) Modulations in epidermal calcium regulate the expression of differentiation-specific markers. J. Invest. Dermatol., 119, 1128–1136.

11) Angel, P., Szabowski, A., & Schorpp-Kistner, M. (2001) Function and regulation of AP-1 subunits in skin physiology and pathology. Oncogene, 20, 2413–2423.

12) Kamata, Y., Tominaga, M., Sakaguchi, A., Umehara, Y., Negi, O., Ogawa, H., & Takamori, K. (2015) Retinoid-related orphan receptor α is involved in induction of semaphorin 3A expression in normal human epidermal keratinocytes. J. Dermatol. Sci., 79, 84–86.

13) Kamata, Y., Tominaga, M., Umehara, Y., Honda, K., Kamo, A., Moniaga, C.S., Komiya, E., Toyama, S., Suga, Y., Ogawa, H., et al. (2020) Calcium-inducible MAPK/AP-1 signaling drives semaphorin 3A expression in normal human epidermal keratinocytes. J. Invest. Dermatol., 140, 1346–1354.

14) Tan, Y., Ng, W.J., Lee, S.Z.X., Lee, B.T.K., Nattkemper, L.A., Yosipovitch, G., Ng, L.G., & Tey, H.L. (2019) 3-Dimensional optical clearing and imaging of pruritic atopic dermatitis and psoriasis skin reveals downregulation of epidermal innervation. J. Invest. Dermatol., 139, 1201–1204.

15) Meyer, L.A., Fritz, J., Pierdant-Mancera, M., & Bagnard, D. (2016) Current drug design to target the Semaphorin/Neuropilin/Plexin complexes. Cell Adhes. Migr., 10, 700–708.

著者紹介Author Profile

鎌田 弥生(かまた やよい)

順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所助教.博士(医学).

略歴

2003年相模女子大学卒業.05年北里大学大学院医療系研究科修士課程修了後,相模女子大学生化学研究室助手を経て,11年北里大学大学院医療系研究科博士課程修了.順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所博士研究員,日本学術振興会特別研究員PDを経て17年より現職.

研究テーマと抱負

皮膚バリア機能に興味を持って研究を進めている.アトピー性皮膚炎などの難治性のかゆみの発症機序を解明し,新しい治療薬の開発に繋げていきたい.

ウェブサイト

https://www.juntendo.ac.jp/graduate/laboratory/labo/kankyo_igaku/k4_takamori.html

趣味

音楽,鉄道の旅.

冨永 光俊(とみなが みつとし)

順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所先任准教授.博士(工学),博士(医学).

略歴

2000年東京理科大学基礎工学部卒業.同大学院基礎工学研究科生物工学専攻博士後期課程,順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所助教・准教授,カリフォルニア大学デービス校客員研究員などを経て,17年より現職.

研究テーマと抱負

なぜかゆみが起きているのかを研究者の立場から考え,病気に付随して起きてくるかゆみのメカニズムを一つずつ明らかにしていくことで,かゆみの治療法の開発につなげていきたい.

趣味

アウトドア(BBQ, 釣り).

髙森 建二(たかもり けんじ)

順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所所長.医学博士.

略歴

1967年順天堂大学医学部卒業.順天堂大学医学部皮膚科学教授.順天堂大学医学部附属浦安病院長などを経て,2008年より現職.

研究テーマと抱負

かゆみの原因を解明し,疾患ごとの対策・治療法を明らかにすることで,患者さんがかゆみから解放されることを願って研究を続けている.

趣味

登山.

This page was created on 2020-11-09T14:47:00.332+09:00
This page was last modified on 2020-12-15T13:11:44.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。