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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(1): 77-81 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930077

特集Special Review

胎児期の栄養が生活習慣病の発症に及ぼす影響のエピゲノム解析Epigenomic study of the effect of nutrition during fetal stage on the later onset of life style-related diseases

東京大学大学院農学生命科学研究科Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒113–8657 東京都文京区弥生1–1–1 ◇ 1–1–1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113–8657, Japan

発行日:2021年2月25日Published: February 25, 2021
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胎児期や乳児期といった発達初期におけるが成長後のさまざまな疾患のリスクに影響することが明らかにされ,developmental origins of health and disease(DOHaD)仮説として,ヒトおよび実験動物を用いた多くの研究が積み重ねられてきた.たとえば妊娠中の栄養の悪化はエピジェネティックな変化を介して子の健康状態に影響を与える.我々は高血圧モデルラットにおいて,妊娠中のタンパク質栄養の悪化が,仔が成長した後の食塩感受性や高血圧の発症に影響を及ぼす現象に着目してきた.その分子機構を明らかにする目的で,全ゲノムのDNAメチル化解析などを行い,いくつかの遺伝子の発現変化が関与していることを見いだしている.DOHaD説に関連したわが国の栄養学の将来展望を含めて紹介したい.

1. 発達初期の栄養と疾患リスクの関係

developmental origins of health and disease(DOHaD)という概念が大きな注目を集めるに至っている(宮本らの稿も参照).端的には「胎芽期・胎生期から出生後の発達期における種々の環境因子が,成長後の健康や種々の疾病発症リスクに影響を及ぼすという概念」(日本DOHaD学会ウェブサイトより)を指す.Barkerらは,低出生体重児が成人後に心血管系疾患で死亡する割合が高くなることを報告し1),fetal origins of adult health and disease(FOAD,成人病胎児期発症仮説)を提唱した2).これは,胎児が低栄養やストレスにさらされることで成人病の素因が形成され,その後の生活習慣によって成人病が発症するという考え方である.その後のさまざまな研究から,FOADの考え方や概念は拡大し,胎児期だけでなく乳幼児期も含めた発達期に栄養不良,過栄養,そしてストレスや化学物質などに曝露されると疾病の発症素因がプログラムされ,成長後の負の環境要因(過栄養や運動不足など)との相互作用により疾病が発症するというDOHaD仮説がGluckmanにより提唱された3).この概念は,その後多くの疫学的調査や動物実験などの証拠により強固なものとなっている.特に第二次世界大戦終結の間際に起きた「オランダ飢餓の冬事件」の追跡研究からは,多くの知見が得られている.これは1944年にオランダ西部の地域への食糧供給がドイツ軍により遮断されたことや寒波などに起因して,住民の摂取エネルギーが数か月にわたって激減したもので,妊婦の栄養も極端に不足した.ドイツ軍の退却後は栄養状態が急速に改善したが,研究者たちは飢餓の期間に胎内にいた子供たちを長期にわたって追跡調査したところ,さまざまな疾患のリスクが著しく高まっていることが明らかとなったものである.低出生体重と関連のある疾患を表1にまとめた.

表1 オランダ飢餓の冬事件から見いだされた事象(文献25より改変)
飢餓へさらされた期間
妊娠初期妊娠中期妊娠後期
糖代謝異常糖代謝異常糖代謝異常
脂質代謝異常腎機能異常
血液凝固閉塞性気道疾患
肥満(女性)
ストレス過敏
冠動脈性疾患
乳がん
妊娠中のどの時期に飢餓にさらされたかによって子で増加するとされた疾患.他に精神性疾患や骨粗しょう症などへの関連も示唆されている.

一方,さまざまな動物実験モデルを用いた膨大な研究成果によってもこの仮説は支持されてきた.マウスやラット,ヒツジ,ブタ,サルなどがDOHaD研究のモデルとして使われてきた.妊娠中の動物に与える栄養を制限する,または子宮動脈結紮など外科的な介入を行うことが行われている.栄養制限では,総エネルギー摂取量,タンパク質摂取量,鉄摂取量などの制限が用いられる.たとえばSimmonsらは,子宮動脈結紮により小さく生まれたラットは生後に急速な体重増加を示しインスリン分泌の低下やインスリン抵抗性を示すことを報告している4).Yuraらは,マウスの妊娠後期にエネルギー摂取制限を行い,仔が成長後に高脂肪食を与えると,妊娠中エネルギー制限された群で高脂肪食誘導の体重増加が顕著になることを見いだした5).一方最近では,ポリフェノールのような非栄養成分(機能性食品成分)の妊娠期での摂取が子世代に及ぼす影響に関する研究も増えている6).妊娠期におけるエネルギー摂取やさまざまな栄養素の影響に関して,疫学的研究と動物実験の報告をまとめたHsuらによる総説も参照いただきたい7)

2. タンパク質栄養とDOHaD

栄養素のなかでも,タンパク質の摂取量はDOHaDに関連する影響が強いことが知られている8).妊娠中の低タンパク質栄養が胎児の膵臓の発達に及ぼす影響についてSnoeckらが1990年に報告している9).Lucasらは妊娠中や授乳中の低タンパク食の摂取が仔の成長後の脂質代謝に影響を及ぼすことを報告しており10),一方LangleyとJacksonは妊娠中の低タンパク質摂取による仔の血圧上昇をラットにおいて見いだした11).このように妊娠中のタンパク質摂取量の影響は研究ごとに異なる場合が多いが,これは食餌中の他の成分の含有量によると考えられている(後述).

日本人の食塩の摂取量は緩やかに減少しているが,1日あたりの平均摂取量は約10 gであり日本人の食事摂取基準の目標量(男性7.5 g,女性6.5 g)やWHOの推奨量(5 g)と比べてはるかに高い.特に食塩の摂取により血圧が上がりやすい,すなわち食塩感受性の高い人は注意が必要となっている.食塩感受性高血圧のモデルとして,脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット(spontaneously hypertensive stroke prone rat:SHRSP)がある.Otaniらは,SHRSPラットの妊娠中に低タンパク質食(9%カゼイン食)を摂取させ,その仔が11週齢に達したのちに食塩水を飲ませると,対照群(妊娠中20%カゼイン食摂取)に比べて血圧の上昇がさらに顕著となり,脳卒中による死亡もはるかに早まることを報告した(図112).興味深いことに,妊娠中に低タンパク質食を与えられた群の孫においても同様の表現型がみられた.我々はその分子機構を探ってきたが,低タンパク質(low protein:LP)曝露群の仔が成長した後の腎臓や副腎において,アンジオテンシン受容体type 2(AT2R)の量が低下していることを見いだした13).AT2Rはアンジオテンシン受容体type 1(AT1R)とは異なり,血管を弛緩させ心肥大を抑制することなどが知られている.これが子宮内低タンパク質曝露による食塩感受性上昇機構の一つと考えられたが,食塩水を飲水させた群ではむしろ量の増加がみられた.これは腎臓に強い障害が発生したことによる二次的なものと考えられた.

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図1 妊娠中に低タンパク質食を摂取した母から生まれたSHRSPに食塩水を与えた際の血圧(A)と生存率(B)12)

脳卒中のモデルのSHRSPで,妊娠中に穏やかなタンパク質制限(9%カゼイン食)を受けた母親から生まれた仔は,十分なタンパク質を摂取した母(20%カゼイン食)の仔と比べて,成長後の食塩負荷による血圧上昇が著しく,寿命が劇的に短縮した.11週齢時から1%食塩水で飼育した.

3. エピジェネティック制御とDOHaD

ここでDOHaDの生物学的な意義について,妊娠中の栄養が不足しそのために低出生体重となった場合を例として考えてみる(本稿ではふれないが,妊娠中の過剰栄養なども子の疾患リスクを上げることも知られている).妊娠中の栄養が足りないということは,ヒトの場合でも他の動物の場合でも出生後においても栄養が足りない状況であるのが通常の現象である(オランダ飢餓の冬事件はその顕著な例外といえる).そういった環境で生存していくために,胎児にはエネルギーを効率よく蓄えるためのプログラミングが起こることが有利に働く.そのような倹約型の体質を持って生まれた場合に,過栄養や運動不足といったこのプログラムと相容れない環境にさらされてしまうと生活習慣病[またはnon-communicable disease(NCD)]の発症につながると考えられる.このプログラミングの正体は,エピジェネティックなものであると考えられている.実際に胎児期,乳児期などに栄養等の因子によって生じるエピジェネティックな変化が数多く報告されてきた14).さらにオランダ飢餓の冬に関してもDNAメチル化への影響が解析されるに至っている15, 16)

妊娠期低タンパク質摂取が仔のエピゲノムに及ぼす影響の例として,正常血圧ラットにおいて低タンパク質食を摂取した母から生まれた仔ラットで,副腎でのアンジオテンシン受容体type 1(AT1b)遺伝子17),肝臓でのグルココルチコイド受容体およびPPARα遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化の割合が低下していたことが報告されている18, 19).さらに仔の脂肪組織におけるレプチン遺伝子プロモーター領域の低メチル化も報告された20).我々は上記の妊娠期低タンパク質摂取SHRSPの仔の成長後に腎臓と副腎のDNAメチル化をバイサルファイト法で解析したところ,AT2RをコードするAgtr2遺伝子の転写開始点付近のメチル化に対照群との間に差が認められ,受容体タンパク質量と正の相関がみられた21).プロモーター領域のDNAメチル化の程度は通常遺伝子発現と負の相関があると考えられているが,この結果は先のJousseらによるレプチン遺伝子のものと類似するものであった20).この部分のCpGがさらに水酸化されてヒドロキシメチルシトシンになっているために正の相関となった可能性について検討している.

一方我々は,この条件のラット腎臓の全ゲノムバイサルファイトシークエンシングを行い,胎仔期低タンパク質曝露の結果により対照群とメチル化に差のある領域を見いだすことに成功した.それらの領域の近傍にある遺伝子の一つとして,プロスタグランジンE2受容体をコードするPtger1遺伝子内の変化が含まれていた22).この受容体は,腎臓でのNaの保持に関与することが知られている.同遺伝子のエクソン3部分に存在するCpGアイランドの中で23か所のCpGについて詳細なバイサルファイト解析を行ったところ,全ゲノムでの結果が再現されていた.興味深いことに,この差は出生直後よりも少し時間が経過した時点で大きくなっていることもわかった(Miyoshiら,投稿中).Ptger1のmRNAを測定したところ,DNAメチル化と正の相関が見いだされた(図222).遺伝子内部のメチル化は遺伝子発現を正に制御する場合が多いことから,この遺伝子に関してもそうした制御を受けていると考えられた.現在タンパク質栄養によるこのような位置特異的なメチル化変動がどのように生じるかを検討している.

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図2 妊娠中に低タンパク質食を摂取した母から生まれたSHRSPに食塩水を与えた際のPtger1遺伝子エクソン3のCpG領域メチル化(A)とPtger1 mRNA (B)23)

図1と同様の実験のサンプルを用いた.食塩負荷を行っていない場合も同様の結果となった.

上述したように,タンパク質栄養はDOHaDにおける影響が強く,特にDNAメチル化への作用が多く報告されているが,一方で食餌中の他の成分によってその効果は大きく異なる.前者は,メチル基の直接の供与体であるS-アデノシルメチオニンがメチオニン由来であることから容易に予想が可能といえる(図3).図3のメチオニンサイクルには他にもグリシンやトレオニンなどのアミノ酸も関与している.低タンパク質食の実験を計画する上で,メチオニンに特異的な効果を排除するためにメチオニンのみ添加している場合と添加を行わない場合があるなど,結果の解釈には注意が必要である.メチオニンサイクルの他の要素である葉酸やメチオニンと同じ含硫アミノ酸であるシステインの餌中の含有量などの影響も大きい.

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図3 メチオニンサイクルとメチル基供与8)

[略称]B6:ビタミンB6,B12:ビタミンB12,BHMT:ベタイン・ホモシステイン-S-メチル基転移酵素,CBS:シスタチオニンβ合成酵素,Cys:システイン,DHF:ジヒドロ葉酸,DNMT:DNAメチルトランスフェラーゼ,DMG:ジメチルグリシン,FAD:フラビンアデニンジヌクレオチド,Gly:グリシン,Hcy:ホモシステイン,HDM:ヒストン脱メチル化酵素,His:ヒスチジン,HMT:ヒストンメチルトランスフェラーゼ,α-KG:α-ケトグルタル酸,MAT:S-メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ,Met:メチオニン,MTHFR:メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素,MTR:メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ,SAM:S-アデノシルメチオニン,SAH:S-アデノシルホモシステイン,SAHase:アデノシルホモシステイン加水分解酵素,Sar:サルコシン,Ser:セリン,SHMT:セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ,THF:テトラヒドロ葉酸,5-CH3-THF:5-メチルテトラヒドロ葉酸,5,10-CH2-THF:5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸,Thr:トレオニン.酵素は四角で,補酵素は丸で表記した.

4. 日本の栄養課題とDOHaD

わが国は先進国の中で低出生体重児の割合が飛びぬけて高く,約10名に1人が2500 g以下で生まれる状況が続いている.その背景には若い女性の“やせ”願望が強いこと,「小さく生んで大きく育てる」ことが望ましいと長い間信じられており医療関係者も妊婦自身も妊娠中の体重増加を必要以上に制限する風潮があったことなどがある.DOHaDの考え方に基づくと,こうした考えは危険を伴うことは明らかである.妊娠中の体重増加は8 kg以内に抑えることが一般的に推奨されてきた.2006年に厚生労働省は「妊産婦のための食生活指針」を公表したが,その中では妊娠中の推奨体重増加量として,体格区分が「低体重(やせ)」の場合9~12 kg,「ふつう」の場合7~12 kg,「肥満」の場合個別対応としている23).この基準が今なお十分には浸透していないのが現状といえる.

本稿ではタンパク質の摂取量を中心に述べたが,タンパク質摂取に関しても多くの問題がある.日本人の食事摂取基準では,成人のタンパク質質の推奨量に妊婦や授乳婦において付加量が定められている.基礎となる成人のタンパク質必要量に関しては,これまで窒素出納法(窒素の出入りの量を元にする方法)により定められた値が用いられてきている.しかし窒素出納法ではタンパク質の必要量がかなり低く見積もられることが指摘されている.近年指標アミノ酸酸化法というアミノ酸の代謝量に基づく方法が利用されるようになり,従来のタンパク質の必要量はかなり低すぎる可能性が示されている24)

一方胎児の正常な発育に特に重要なビタミンである葉酸は,当然ながらDOHaDにおいても非常に注目されているが,香川の稿にあるようにわが国の摂取量は,基準値と実際の摂取量のいずれもが低いことが問題となっている.特定のライフステージ別のエネルギーや栄養素の適切な摂取の設定に関しては,DOHaD研究の成果をさらに反映させて細かくリファインしていくことが必要となっている.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

加藤 久典(かとう ひさのり)

東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授.農学博士.

略歴

1961年北海道に生る.84年東京大学農学部卒業.88年東京大学農学部助手.91年米国NIH客員研究員.93年宇都宮大学助教授,99年東京大学大学院助教授.その後東京大学総括プロジェクト機構特任教授等を経て2017年より現職.

研究テーマと抱負

タンパク質やアミノ酸の栄養学,栄養素によるエピジェネティックな制御,ニュートリゲノミクスによる食品の機能解析,ヒトの遺伝子の個人差と食嗜好や食品の効果などの研究から,個人の状態に合ったプレシジョンニュートリションの実現を目指している.

ウェブサイト

http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food/

趣味

スカッシュ,食べ歩き(特にスパイス系).

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