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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(1): 109-116 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930109

特集Special Review

遺伝子多型によるビタミンの不足と対策Vitamin deficiency among persons with genetic polymorphism an measures

女子栄養大学Kagawa Nutrition University ◇ 〒350–0288 埼玉県坂戸市千代田3–9–21 ◇ 3–9–21 Chiyoda, Sakado-city, Saitama 350–0288, Japan

発行日:2021年2月25日Published: February 25, 2021
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国民健康・栄養調査では葉酸*,DHA, ビタミンA, B1, B2, B6, C等が推奨量(*はWHO)を満たしていない.推奨量は性・年齢ごとに一律に定められているが,葉酸,DHA, ビタミンA等の遺伝子変異型多型保持者(MTHFR, FADS1等)では野生型多型に較べると不足が顕在化し発症リスクとなる.遺伝子対応医学は糖尿病等の多因子疾患では困難であるが,ビタミン補給は変異型多型の疾病予防に有効である.長期の無作為化対照試験は栄養では困難であるが,遺伝子多型が既知であれば,多型が無作為に生じるためメンデルランダム解析で観察研究の因果関係が求まる.特に葉酸は82か国で穀類への添加が義務づけられ,二分脊椎症,循環器疾患,認知症等が減少した.日本では遺伝子対応介入の長期追跡調査はまれであるが,筆者らの遺伝子対応栄養指導では,多型の告知により行動変容が容易となるなどの実績を挙げている.

1. はじめに

ヒト遺伝子の30億個の塩基配列中には,一塩基多型が1000塩基対に1個程度存在する.多型のゲノムは転写・翻訳で生じるプロテオームを経て酵素が合成するメタボロームで活動に現れる.たとえばアルデヒド脱水素酵素遺伝子の一塩基多型(G→A)は酵素タンパク質のGlu→Lys変化によって活性低下,アルデヒド蓄積を経てアルコール耐性を下げる.ビタミンは補酵素あるいは調節因子として代謝を担っているため,ビタミン関連の多型は三大栄養素の代謝関連多型と大きく異なっており,ゲノムビタミン学として研究されてきた1)

一方,飽食の時代といわれ,あらゆる食品が入手できるのに,最近の国民健康・栄養調査ではビタミンA, B1, B2, B6, C等が推奨量を満たしていない2).その上,日本では推奨量を240 µgと低く策定されている葉酸も,WHOや多くの国が定める400 µgと比べると完全に不足である.現在では欠乏症はまれでも,不足によって心身の不調から進んで多様な疾患におかされやすいのはビタミン関連多型の個人である1).個体差の主な原因となる遺伝子多型とは健常者人口内の遺伝子の多様性を指し,その頻度が1%以上高い遺伝子変異と定義される.厚生労働省が策定した日本人の食事摂取基準の推奨量よりもビタミン代謝の多型によって必要量が多いのは葉酸,DHA,ビタミンA等であり,他の多型で必要量の個人差が問題となるビタミンもある1).さらに,遺伝子多型を利用して,観察研究では不明であったビタミン不足と疾病発症の因果関係が確立されるようになった.その方法をメンデルランダム化解析法といい,特に発症に長期を要する生活習慣病や老化の研究に確定的な方法となった.その基盤に立って本稿ではその実態,原因,対策を解説する.

2. 多型と摂取基準

日本人の食事摂取基準では人体の基本の遺伝子にふれず,一律に推定平均必要量(図1中央)を定めている.推定平均必要量により健康を維持できる個人は全体の50%である.推定平均必要量に標準偏差(SD)の2倍を加えて推奨量とする(図1上).推奨量は性・年齢階級ごとにその97~98%の人が1日必要量を満たせると仮定した推定摂取量である.この推奨量は必要量が正規分布をすると仮定している.しかし,遺伝子栄養学で多型と人種差も明らかにされている1, 3).そして,真の必要量は正規分布でなく,推奨量に比べて過不足が生じる.多型の野生型ホモ(同型接合体),ヘテロ(異型接合体),変異型ホモの三つの遺伝子型の必要量の相違が大きい場合には推奨量では不足する変異型ホモが存在する(図1下).たとえば,葉酸代謝のメチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素遺伝子(MTHFR)C677TのTT多型はその一例である.極端に必要量の多いビタミン依存症はまれな単一遺伝子病である(図1下右端)1).このように食事摂取基準が平均値に基づく欠陥を改めて,多型の個人対応が望まれる.遺伝子多型頻度は人種間に相違があり,世界各国の推奨量には差がある4).日米の摂取基準を比べると,コリンや水の推奨量は日本にはなく4),70歳以上でビタミンD, E, 葉酸は米国が約2倍多い4).ことに,推奨量とは別に疫学調査によって目標量を決めるが,エンドポイントが疾病・老化の予防であるだけに,たとえばアンギオテンシノーゲン遺伝子の高血圧型のTアレルが70%の日本人と約20%の白人の食塩目標量などは大きな相違がある1, 3)

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図1 現在の推奨量の決定法と現実の多型対応必要量

文献1, p.40, 図2-1より.

3. ビタミン摂取量の不足と個人差

日本人のビタミン摂取量のうちで性・年齢差にかかわらず推奨量に満たないのはビタミンA, B1, B2, B6, C, Dで,国際推奨量を満たしていないのは葉酸である(図22).ビタミンDについては2020年に目安量(推奨量に代わる)が5.5 µgから8.5 µgに増加したため,現在では不足となった.ナイアシン,パントテン酸,ビオチン,ビタミンB12,ビタミンE,ビタミンKについては不足の年齢・性はまれである.不足の程度は推奨量の40%程度であることが多いが,妊婦の葉酸摂取量(2018年)232 µgは推奨量480 µg(国際推奨量は600 µg)の半分以下である.ビタミン不足の主因は日本人の総熱量摂取の減少である.国民健康・栄養調査では1970年には平均で2210 kcal摂取していたが,2018年には平均1900 kcalに減少した.これは,歩行数はじめ運動量が大幅に減ったのが原因である.そのため食物中に含まれているビタミンも減少する.他の原因は味覚を栄養より重視する国民の選択で,白米,白パン,加工食品の増加,野菜・果物の摂取減少があげられる2).2018年の国民健康・栄養調査では野菜は269.2 g(緑黄野菜82.9 g),魚介類は65.1 gと年々減少し,推奨されている野菜350 g(緑黄野菜120 g)魚介類100 gから遠ざかっている.白米は玄米に比べて,ビタミンB1, B2, B6,葉酸,コリンはそれぞれ,1/4, 1/3, 1/10, 1/7, 1/7しか含まれていない.さらに日本食品標準成分表の野菜の栄養素含有量は,栽培法の革新等でホウレンソウに含まれるビタミンCは50年の間に1/3弱,鉄は3/5,カルシウムは1/2に減少している.

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図2 2017年の推奨量に対する2015年度の国民健康・栄養調査のビタミン摂取量の不足

文献2と2017年版日本人の食事摂取基準より算出.

さらにビタミン摂取量の個人差は大きい.三大栄養素のどれかを極端に多量にとることは不可能であるが,微量なビタミンをサプリメント等でとれば,推奨量の何十倍を摂取できる.2004年の国民健康・栄養調査ではサプリメント摂取の調査をしたが,補助食品摂取者の平均1日摂取量は,たとえばビタミンB1については17 mgと非摂取者の0.86 mgの実に9倍も摂取している.国民健康・栄養調査(2006年)の結果から,個人間の摂取量の変動係数(標準偏差÷平均摂取量)を調べると,栄養素の中で,糖質,脂質,タンパク質の変動係数はそれぞれ32%,45%,33%にすぎない.これに対して,ビタミンでは,分布の広いパントテン酸の35%,ナイアシンの52%を例外として,サプリメントを摂取する人を含むとビタミンB1の403%,ビタミンEの177%など極度に個人差が大きい.しかし血中ビタミン濃度は尿細管再吸収などの恒常性維持機構によって,比較的狭い範囲に保たれる.この恒常性維持機構は不足の場合には限界があり,疾患,不調の要因となる.

4. 疾患の発症・治療とビタミン関連多型

遺伝子栄養学が明確な治療効果をあげているのが単一遺伝子病である.ガラクトース血症には乳糖をショ糖に代替すれば予防できる.ビタミンの単一遺伝子病はビタミンを大量に投与すれば予防・治療できる.例としてビタミンB1依存症のピルビン酸脱水素酵素E1αサブユニット遺伝子のフレームシフト変異をあげる(図35).そのメタボロミックスでは乳酸アシドーシスを伴う脚気等多彩な臨床症状があるが,酵素の補酵素に対するKmが高いためビタミンB1多量投与で治療できた5)

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図3 ビタミンB1依存症のフレームシフト変異の塩基配列

文献5より.

このような成功に刺激されて,遺伝子多型と疾病発症の研究初期には糖尿病をはじめとする生活習慣病の遺伝子対応栄養学に過大な期待が寄せられた.しかしながらこれらの多因子疾患の発症に関わる遺伝子は多数があって,しかも個々の多型の発症への寄与は低いのである.糖尿病では既知の多型だけで18種あるのでアレル数では36通りあるが,最も寄与の大きいTCF7L2でさえ,頻度は0.3,オッズ比への寄与はわずか1.36で,すべての多型のアレル数が糖尿病発症と関係するだけである(図46)

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図4 2型糖尿病罹患のオッズ比とリスク遺伝子多型の合計アレル数

文献6より.

これに対して1種類のビタミンの代謝の多型の場合は,単一遺伝子病の場合と似て,不足するビタミンを補充するだけで健康が維持できる.上述のMTHFRのTT型はCC型の3.7倍も脳梗塞を起こしやすい(図57).しかし,穀類葉酸添加の導入で急激に脳卒中を減らすことができたのである8).すなわち遺伝子栄養学の対策が明確に効果を示す疾患は特定栄養素の単一遺伝子病かビタミン代謝の多型であり,多因子疾患では不明確である(表1).

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図5 メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素遺伝子(MTHFR)多型と脳梗塞相対発症率

文献7およびHiltnen, M.O. et al. (2002) Vasc. Med., 7, 5–11より.

表1 単一遺伝子病,多因子病,遺伝子多型の研究上の比較
病態種類多因子疾患単一栄養素遺伝子病単一栄養素遺伝子多型
病態例2型糖尿病ガラクトース血症低葉酸高ホモシステイン血症
関連酵素多数の代謝系ガラクトース-1-リン酸ウリジル転移酵素メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素
対象遺伝子TCF7L2, FTO, PPARG等多数GALT N314DMTHFR C677T
遺伝子対応栄養指導*遺伝子特定困難(肥満予防,運動,高血糖予防等複雑)ガラクトース,乳糖の制限.母乳,牛乳回避葉酸400 µg/日摂取
*遺伝子対応栄養指導は単一栄養素の酵素遺伝子の欠損や多型で成功.

脳は他臓器に比して,すべてのビタミンの不足に鋭敏である.葉酸は神経系の伝達物質と形態形成に特に必要なので,国際推奨量の約1/3しか摂取しない日本の妊婦には,海外では激減した二分脊椎症や無頭児が増加している8).不登校児14万人,引きこもり61万人をはじめ,厚労省患者調査によると,最近15年間にうつ病は2.5倍,認知症に至っては高齢化の影響もあって実に4.5倍に増加した.うつ病では葉酸欠乏がリスクとなるが,特に遺伝子多型MTHFRのTT型はCT型+CC型に比べオッズ比が1.76(95%CI=1.30~2.38)と高い9).認知症の推定患者数は現在500万人であるが,2025年675万人まで年々増加すると厚労省の研究班が報告している.これに対して米国では全年齢で認知症患者は減少している8).その一因は米国が1998年に葉酸を穀類に添加したためとされる8).認知症や脳梗塞のような発症に数十年を要する疾患のビタミン不足との因果関係は,無作為化対照試験の長期食事摂取が困難なので,多型を利用するメンデルランダム解析で確立されている.葉酸不足による認知症10)や小血管脳梗塞11)の因果関係は,多型と葉酸不足によるホモシステインの増加から確定された.また,現在は魚介類の摂取量の急激な低下によって,n-3系脂肪酸の摂取不足が認知症の誘因となると考えられているが,葉酸の欠乏で初めて影響が増加するのである(図612).DHAを植物のα-リノレン酸から合成するΔ5脂肪酸不飽和酵素(FADS1)のCC型は合成能が低く,その脂質代謝異常を通して,循環器疾患のリスクとなる13).特に脳の主要脂肪酸がDHAであるために,認知症だけでなく10, 12),DHAを含まない牛乳で保育した場合にはFADS1の多型を持つ乳児の知能指数を大きく下げるのである14)

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図6 葉酸とω-3(n-3)脂肪酸の両方を併せて投与して認知度を改善

ω-3脂肪酸の大部分はDHA. 文献12より.

5. 多型の血清濃度への反映とトリアージ仮説

ビタミン関連多型にビタミン不足があれば,多型ごとに血清濃度の差が認められる.葉酸のMTHFRの3種の遺伝子型に応じて血清葉酸濃度には差があり,国際推奨量の400 µgの負荷によってその有意差はなくなる(図715).軽度不足でもTT型では欠乏の程度が大きいこと,その修正も投与によって可能なことがわかる.またβカロテンからビタミンAを作るβカロテン15,15′-モノオキシゲナーゼの2種の多型とその組合わせでは多型によってビタミンAの濃度が低下し,カロテンの濃度が上昇する(図816).日本人のビタミンAの約60%はカロテンに由来し,2種の多型のヘテロの頻度は20%程度で,ビタミンAの不足が推定され暗順応で鋭敏に検出できる.ビタミンB1の欠乏で脚気の高ピルビン酸高乳酸血症が起こるが,循環系も阻害して衝心脚気を起こす個体も多い.事実,ビタミンB1輸送体の遺伝子多型は,血清ビタミンB1濃度が低く軽度欠乏でも高血圧のリスクとなる(図917).DHAのFADS1のCC多型では母子ともに有意な赤血球DHA濃度の低下と原料のα-リノレン酸の増加が認められている18)

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図7 メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR)多型の3遺伝子型の血清葉酸濃度への葉酸投与の影響

文献15より.

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図8 βカロテン15,15′-モノオキシゲナーゼ多型の血清ビタミンA/βカロテン比と血清βカロテン濃度

文献16より.

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図9 ビタミンB1輸送体多型と高血圧,血液ビタミンB1濃度,輸送量

文献17より.

特定の多型で長期間ビタミン不足状態があってもすぐには変化はない.緊急に必要とされる反応にビタミンが優先的に利用されるためと推定される.多数の負傷者が発生すると,医療資源には限度があるので,優先的に治療する患者を選択するトリアージを行う.Amesは,同様なトリアージが身体でも起こる「栄養のトリアージ説」19)によってビタミンの軽度不足が慢性疾患の原因となると説明した.長期の影響で重視されるのが健康寿命と関係の深いテロメア長であって,その影響を40~69歳で測定しP値で示すと,有意なのは葉酸,ビタミンC,カリウムの摂取量であった(図1020).長期のフレイルや認知症の予防に必要な脳,筋肉,骨等の維持に必要なビタミンは軽度不足でも影響し,遺伝子保護のためのビタミンC, E等の不足で遺伝子が損傷を受ける.ビタミンDは神経・筋肉の活動に必要なカルシウムの維持に優先的に使用されるため,慢性に進行する骨粗鬆症は1000万人に増加した.ビタミンDの目安量は8.5 µgに増量されたが,米国の高齢者は15 µg,日本整形外科学会の20 µgより少ない.葉酸も日本骨粗鬆症学会ガイドラインで必要とされるが,摂取量は米国の約半分である.

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図10 微量栄養素摂取量とテロメア長の関連性のP値(有意性)

文献20より.

6. 多型に対するビタミン補給

現代の食生活ではすべてのビタミンの推奨量を食物から得られないので,リスク多型を持つ者から多くの循環器疾患,認知症はじめ多くの慢性疾患が発生する.そこで,ビタミンの不足をサプリメントで補う人が増えた.2012年の消費者委員会報告では国民の約6割が健康食品を利用している.葉酸は日本人の食事摂取基準でサプリメントの使用が推奨されている唯一の栄養素であるがその服用頻度は少ない.2001年国民健康・栄養調査で初めてサプリメントの使用状況の詳細が調査された.「食事から必要な栄養素をとれていない」と自己評価している者で,ビタミン・ミネラルの摂取者は,男性で20.3%,女性で29.7%である.摂取者の中で男性はビタミンB1が35.0%,女性はビタミンCが36.6%と最も多く,50~69歳女性ではビタミンEが最も多かった.世界では82か国で穀類の葉酸強化が義務づけられている.「さかど葉酸プロジェクト」の調査8)では葉酸強化食品を栄養指導以前から摂取していた者が28.0%,栄養指導により摂取した者が40.3%であった.心筋梗塞の病歴のない女性31,671人の10.2年間追跡前向き介入試験21)で使用した総合ビタミン剤の組成はビタミンA(0.9 mg),C(60 mg),D(5 µg),E(9 mg),B1(1.2 mg),B2(1.4 mg),B6(1.8 mg),B12(3 µg),葉酸(400 µg)であった.この期間に発生した心筋梗塞患者数は932人で,総合ビタミン剤摂取群は心筋梗塞の危険度が非摂取群に比べて0.73と少なく,他のサプリメントと総合ビタミン剤の併用では0.70と有意に有効であった(図11)が,5年目の段階では総合ビタミン剤の効果は0.59と高かった21).特に,総合ビタミン剤の毎日の服用者は,非服用者に比べてテロメアが長く保たれ,さらに抗酸化などのサプリメントの併用も有効なことが示された22).従来の多数の総合ビタミン剤投与の介入効果の比較検討では,寿命延伸,循環器疾患やがんの予防などについて有効とする試験があり,サプリメントの過剰摂取の警告もなされている23).ただし,多くの国では葉酸の穀類添加を義務づけており,葉酸摂取量の低い日本と比較するには無理がある8).そこで,高齢化時代最大の問題であるフレイルの予防効果であるが,日本では平均83歳の集団で葉酸とビタミンB12が高い群の筋力が優れているという貴重な報告が出されている(図1224)

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図11 総合ビタミン剤摂取量と心筋梗塞発症危険度

文献21より.

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図12 血清葉酸,ビタミンB12濃度と下肢筋力

文献24より.

7. おわりに

遺伝子変異の頻度はきわめて高いが,定義上遺伝子多型として扱われるのは集団中の頻度が1%を超えるものである.さらにその中でも臨床的に問題となるのは,葉酸を例にとればわずか2種にすぎない(図13).むろん,将来は生化学計測が精密化すれば他の多型の影響も顕在化すると思われる.きわめてまれに遺伝子変異が重大な代謝異常を伴う場合は単一遺伝子病であるが,先天性代謝異常症の登録データによれば疾患数は百を超えるが,マススクリーニングの対象疾患中疾患頻度が最大のフェニルケトン症でさえ1/86,000にすぎない.多型の頻度が1%を超える理由は,生存に重大な支障がなく,環境の変化によっては有利となる場合もあるためである.また,ビタミン代謝の多型の影響も精神・神経活動など多数の機能や時間経過に及び,その診断と介入法も複雑である25).人工知能の導入で多型に基づいた個人対応遺伝子栄養学が提唱されて久しいが,決して栄養素摂取量の制御だけでは至適栄養は得られない.ゲノミックスの表現であるメタボロミックスを実測すると,単一のビタミンである葉酸摂取による一炭素代謝を質量分析で解析しただけでも,人体内の代謝産物に複雑で多面的影響を与えている(図1426).葉酸の欠乏によって,有害なホモシステインをメチオニンに変えるメチル基の供給が低下すればコリン,ベタインの経路で補うのである.健康寿命をエンドポイントとした場合には単に多型対応の栄養摂取だけでなく,複雑な人体代謝系には時計遺伝子の関与する運動や休養も含めた時間栄養学的な視点が不可欠となる27)

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図13 メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR)多型の発生部位(遺伝子情報)

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図14 健常女子学生の質量分析による葉酸投与と一炭素代謝メタボロミックス相関図

OCM:一炭素代謝,FA:モノグルタミル葉酸,DMG:ジメチルグリシン,SAM:S-アデノシルメチオニン,SAH:S-アデノシルホモシステイン,5MTHF:5-メチルテトラヒドロ葉酸,B6:ビタミンB6.文献26より.

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著者紹介Author Profile

香川 靖雄(かがわ やすお)

女子栄養大学副学長,教授.医学博士.

略歴

1932年東京に生る.57年東京大学医学部医学科卒業,58年聖路加国際病院医師実地修練,62年東京大学大学院修了,65年東京大学医学部生化学助手,70年Cornell大学生化学分子生物学客員教授,72年自治医科大学生化学教授,99年女子栄養大学副学長(現職).

研究テーマと抱負

生体エネルギー学:ATP合成酵素の分子機構を好熱菌で高次生理機能を人体で解析.

人体の遺伝子栄養学:生活習慣病,老化,認知症などは数十年の追跡で初めて発症要因が判るので,遺伝子対応栄養指導の生化学指標を中心に長期追跡から解析.

趣味

短歌,鉱物,水泳.

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