古細菌型メバロン酸経路の発見Discovery of the archaeal mevalonate pathway
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メバロン酸経路は,最大の天然化合物群であるイソプレノイドの生合成前駆体,イソペンテニル二リン酸(isopentenyl pyrophosphate:IPP)およびジメチルアリル二リン酸(dimethylallyl pyrophosphate:DMAPP)を,アセチルCoAを出発物質として合成する代謝経路である1).同経路は真核生物と古細菌,および一部の真正細菌に存在する.一方で,大部分の真正細菌,および植物の色素体にはもう一つのIPP/DMAPP生合成経路であるメチルエリスリトールリン酸(methylerythritol phosphate:MEP)経路が存在している.メバロン酸経路とMEP経路は進化的に独立した代謝経路であり,前駆体,中間体ともに共通点がない.ヒトの健康に大きく関わるコレステロール生合成経路の序盤に位置するため,メバロン酸経路の研究の歴史は長く,その初期に主に酵母を用いて解明された,教科書的な「真核生物型」メバロン酸経路は詳細に理解されている.しかしながら,驚くべきことにこの数年の間に,メバロン酸経路に関する新たな知見の獲得,具体的には新奇酵素を含む複数の変形経路の全容解明が,主に古細菌を対象とした研究により次々となされた.本稿ではその経緯をたどりながら,発見された経路および新奇酵素群に関する解説を行いたい.
メバロン酸経路全体の詳しい説明は紙面の都合で省略するが,アセチルCoA 3分子の縮合と還元によって生じた,炭素数6の中間体であるメバロン酸から炭素数5のIPPおよびDMAPPが生合成されるには,カルボキシ基一つと水酸基一つが失われ,さらに二リン酸基が付加される必要がある.真核生物型メバロン酸経路では,メバロン酸はまず2種のキナーゼによる連続的なリン酸化反応により5-ホスホメバロン酸を経て5-ジホスホメバロン酸に変換され,次いでジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase:DMD)が触媒する脱水/脱炭酸反応を経てIPPが生じる(図1A).最後に,IPPの一部が異性化反応によりDMAPPへと変換される.このうちDMDが触媒する反応は,本稿で扱う話題の理解の鍵となるため,以下にスペースを割いて解説する.
メバロン酸からIPPまでの,各種メバロン酸経路における酵素反応を矢印で示した.ADP:アデノシン5′-二リン酸,Pi:無機リン酸.その他の化合物および酵素の略号は本文に従う.
DMDはデカルボキシラーゼとしては珍しいATP依存性酵素である.この種の酵素は真核生物型メバロン酸経路,および後述する変形メバロン酸経路の一部にのみ見いだされる.DMDはGHMPキナーゼファミリーに属しており,実際にATPをリン酸供与体として5-ジホスホメバロン酸の3位水酸基をリン酸化するキナーゼ活性を有する2).同酵素はさらに,生じた中間体である3-ホスホ-5-ジホスホメバロン酸の3位リン酸基の脱離(基質の脱水に相当)を触媒してカルボカチオン性の中間体を生じさせ,それにより脱炭酸を引き起こしてIPPを合成すると考えられている.
古細菌におけるメバロン酸経路関連酵素の保存性を調べた過去の報告によれば,寄生性の菌を除くすべての古細菌は,少なくともメバロン酸に至るまでの真核生物型メバロン酸経路の酵素のホモログ遺伝子を保持しており,かつMEP経路の遺伝子を欠いている3, 4).したがって,それらの菌にメバロン酸経路が存在することは疑う余地がない.しかし,大部分の古細菌は同経路の遺伝子の一部,典型的にはDMDとそのすぐ上流の酵素,5-ホスホメバロン酸キナーゼの遺伝子を欠いており,それが大きな謎とされていた.DMDホモログ遺伝子は一部の古細菌に見いだせるが(図2),実際に真核生物型メバロン酸経路を有する古細菌はきわめて例外的であり,スルフォロバス目の好熱好酸性古細菌に限られる5).このような状況から,スルフォロバス目以外の古細菌は何らかの未知酵素を使ってIPP/DMAPPを生合成していることが予想されていた.
並んだ四角形のそれぞれが,ゲノム情報が公開された古細菌の種(1属あたり1種を選択)を表しており,色のついた四角に各遺伝子が保存されている.文献12より改変.
この予想を裏づけたのが,2006年のGrochowskiらによる報告であった6).彼らは,超好熱性メタン生成古細菌Methanocaldococcus jannaschiiをはじめとする複数の古細菌のゲノムにおいて,メバロン酸経路関連酵素遺伝子と隣接して存在する機能未知遺伝子に注目し,それらがイソペンテニルリン酸(isopentenyl phosphate:IP)をリン酸化してIPPを与えるIPキナーゼ(IP kinase:IPK)をコードしていることを,組換え発現させたM. jannaschii由来酵素を用いて証明した.IPK遺伝子がほぼすべての古細菌に保存されていることから,彼らは同酵素が古細菌のメバロン酸経路に必須であること,および5-ホスホメバロン酸を基質としてIPを与える未知酵素ホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(phosphomevalonate decarboxylase:PMD)が存在することを提唱した(図1B).この,Grochowskiらによる変形メバロン酸経路の仮説は広く受け入れられたが,PMDはその後なかなか同定されなかった.2013年にようやく仮説どおりの反応を触媒するPMDが発見され,変形メバロン酸経路の存在が証明されたものの,同酵素はDMDホモログ,すなわちATP依存性デカルボキシラーゼであった7, 8).この「DMDに相同な」PMDは,好塩性古細菌と,クロロフレキサス門の真正細菌の一部(残りの菌は興味深いことにMEP経路を有する)にのみ存在している.よって,M. jannaschiiのようにDMDホモログを持たない大部分の古細菌に同酵素は存在しえない.
DMDホモログに関する研究からは,さらに別の変形メバロン酸経路も見つかっている(図1C).サーモプラズマ目の好熱好酸性古細菌はIPKに加え,複数のDMDホモログをゲノムにコードしている.その一つは,メバロン酸の3位水酸基に対するキナーゼ活性のみを有し,脱炭酸反応を触媒しない酵素,メバロン酸3-キナーゼ(mevalonate 3-kinase:M3K)であり9, 10),M3Kの生成物である3-ホスホメバロン酸は,その後別のキナーゼにより3,5-ビスホスホメバロン酸に変換される.もう一つのDMDホモログは,3,5-ビスホスホメバロン酸からIPを与える酵素,ビスホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(bisphosphomevalonate decarboxylase:BMD)である11).M3Kと対照的に,BMDはキナーゼ活性を持たず,基質の3位リン酸基の脱離とそれに伴う脱炭酸反応をATP非依存的に触媒する.つまり,M3KとBMDは,それぞれATP依存性デカルボキシラーゼの触媒機能の前半部分と後半部分を担っている.
DMDホモログの機能解析により,一部の古細菌が有する変形メバロン酸経路(好塩性古細菌型経路とサーモプラズマ型経路)が見いだされた一方で,より広範な系統群を占める,DMDホモログを持たない古細菌がどのようにしてIPを生合成しているのかは未解明なままであった.そこで我々は,この未知のメバロン酸経路に含まれる新奇酵素の候補遺伝子を比較ゲノム解析により捜索した12).つまり,DMDホモログを有する菌には保存されておらず,DMDホモログを持たない菌には保存されているというパターンで各種古細菌のゲノムに分布する推定オルソログ遺伝子を探した.その結果,アコニターゼX(aconitase X:AcnX)ファミリーのタンパク質の遺伝子がこれに最も近いパターンで保存されていることがわかった(図2).AcnXは,その名のとおりクエン酸回路のアコニターゼに対し相同性を有するタンパク質ファミリーであり,真正細菌の一部では同ファミリーの酵素がヒドロキシプロリンの代謝経路中の脱水反応を触媒することが報告されている13).しかし,古細菌におけるその機能は不明であった.我々は,超好熱性古細菌Aeropyrum pernixのAcnX遺伝子を大腸菌に発現させ,精製した組換えタンパク質を5-ホスホメバロン酸と反応させた.その結果,新規化合物である5-ホスホ-trans-アンヒドロメバロン酸(trans-anhydromevalonate 5-phosphate:tAHMP)の生成が確認され,同酵素が5-ホスホメバロン酸の脱水反応を触媒する酵素,ホスホメバロン酸デヒドラターゼ(phosphomevalonate dehydratase:PMDh)であることが示された.
そこで次に我々は,tAHMPをIPへと変換できる酵素を探すことにした.AcnXを見いだした際の比較ゲノム解析の結果を再検討した結果,DMDホモログを持たない古細菌に保存されている推定オルソログ遺伝子として,UbiDファミリータンパク質の遺伝子を見いだした(図2).UbiDは真正細菌のユビキノン生合成において脱炭酸反応を触媒する酵素である.UbiDは特殊なフラビン補酵素であるプレニル化フラビンモノヌクレオチドを活性に要求し,その補酵素の生合成はUbiXというプレニルトランスフェラーゼが担っている14).調べたところ,UbiXホモログ遺伝子もまたDMDホモログを持たない古細菌に保存されており,このUbiD/UbiXシステムがメバロン酸経路に関わる可能性が予想された.そこで,A. pernixのUbiDホモログとUbiXホモログを大腸菌に共発現させ,UbiDホモログのみを精製してtAHMPと反応させた.その結果,脱炭酸反応の進行によりIPが生じ,このUbiDホモログがtAHMPデカルボキシラーゼ(anhydromevalonate phosphate decarboxylase:AMPD)であることが証明された.PMDhとAMPDは,好塩性古細菌型メバロン酸経路においてPMDが触媒するのと同等の反応を,2段階で,かつATP非依存的に触媒している.A. pernixには5-ホスホメバロン酸に至るまでのメバロン酸経路の酵素,およびIPKの遺伝子が存在するため,この発見により,同菌における変形メバロン酸経路の全容が明らかとなった(図1D).PMDhとAMPDはDMDホモログを持たない大部分の古細菌に保存されており,我々はこの変形経路を「古細菌型」メバロン酸経路と呼ぶことを提唱している.
同経路が広い系統で保存されていることを証明するため,我々はA. pernixから進化的に遠い,常温性メタン生成古細菌Methanosarcina mazeiの遺伝子を複数個大腸菌に導入し,メバロン酸からIPPに至る,古細菌型メバロン酸経路の一部を大腸菌体内で再構成した15).その結果,メバロノラクトン(環状のメバロン酸無水物)を培地に添加したときのみイソプレノイドの生産性の向上が確認された.大腸菌はMEP経路のみを有する生物であるため,この結果は再構成された古細菌型メバロン酸経路の活性を示すものである.つまり,M. mazeiにおいてもA. pernixと同様の酵素群により構成された古細菌型メバロン酸経路が機能していると考えられる.
ATP依存性デカルボキシラーゼの多様性を調べることで,古細菌から複数種類のメバロン酸経路が見いだされ,さらにそれらの生物分布を手がかりとして,二つのまったく新奇な酵素と,第三の変形メバロン酸経路である古細菌型メバロン酸経路が発見された.このような多様性を生み出した,メバロン酸経路という重要な代謝経路の進化はきわめて興味深い.古細菌型メバロン酸経路は大部分の古細菌に保存されていることから,すべてのメバロン酸経路のプロトタイプだと推察される.つまり,ATP依存性デカルボキシラーゼの出現によって,他の変形経路と真核生物型メバロン酸経路が生じた可能性がある.ATP依存性デカルボキシラーゼを有する古細菌がすべて好気性菌であることを考えると,同酵素を利用したメバロン酸経路の出現には酸素濃度の上昇が関わっているかもしれない.古細菌型経路の鍵酵素であるPMDhは鉄硫黄クラスターを有しており,酸化によって容易に活性を失う.ATP依存性デカルボキシラーゼはこれを置き換えることで,IPP/DMAPPあたりATP 1分子の損失と引き換えに,酸化的な環境への適応を可能にしたのだろう.片や,古細菌型メバロン酸経路は,ATP消費量が他のメバロン酸経路に比べて2/3で済む,省エネルギー消費型の代謝経路である.この特徴は,天然医薬品や工業原料などとして用いられるイソプレノイドの微生物生産において,同経路を代謝工学的に利用する際に大きな利点となるかもしれない.
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