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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(2): 225-229 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930225

みにれびゅうMini Review

コレステロール欠乏による繊毛病の発症機構Insufficiency of ciliary cholesterol underlying ciliopathies

広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野Department of Genetics and Cell Biology, Research Institute for Radiation Biology and Medicine, Hiroshima University ◇ 〒734–8553 広島県広島市南区霞1–2–3 ◇ 1–2–3 Kasumi, Minami-ku, Hiroshima 734–8553, Japan

発行日:2021年4月25日Published: April 25, 2021
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1. はじめに

一次繊毛(primary cilia)は,G0期の動物細胞表面に1本だけ発達する非運動性の突起構造であり,血球系以外のほぼすべての組織で観察される(図1).気道や卵管など特定の組織に発達して,自律的な運動によって水流を生み出す動繊毛と一次繊毛とは区別される.一次繊毛の根元には,中心体に由来する基底小体が位置しており,微小管からなる軸糸を伸長している.一般的に,一次繊毛の軸糸の横断面は,動繊毛の軸糸における9本の周辺微小管が1対の中心対微小管を取り囲む「9+2」構造と異なり,中心対微小管を欠いた「9+0」構造として観察される.この軸糸を覆う細胞膜は,繊毛膜と呼ばれており,多様なシグナル伝達受容体,機械刺激受容体,イオンチャネルなどが集積するため,一次繊毛は細胞外の液性および力学的な情報を検知する「感覚器官」として働く1).一次繊毛の生理的重要性を示す根拠として,繊毛病(ciliopathy)がある.一次繊毛の構造・機能に関連する遺伝子が先天的に欠損した場合,多発性嚢胞腎,軸後性多指や網膜色素変性などの特徴的な発生異常を示す繊毛病が引き起こされる.繊毛病は少なくとも200種類存在しており,発症機序が不明なオーファン繊毛病はいまだに130種類以上あると推定されている1)

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図1 一次繊毛とその形態特性

一次繊毛はG0期細胞表面に発達する約5 µmの非運動性の突起構造であり,細胞外環境をセンスする「感覚器官」として働く.左図は,ヒト皮膚線維芽細胞の一次繊毛の走査電子顕微鏡写真(スケールバー:1 µm).右図は,一次繊毛の縦断面の模式図.基底小体(中心体)を構成する母中心小体(MC)と娘中心小体(DC)が,一次繊毛の根元に配置されており,細胞膜にドッキングした母中心小体から微小管性の軸糸が発達する.軸糸を覆う繊毛膜には,コレステロールやスフィンゴ脂質が豊富に含まれる.一次繊毛の基部は,細胞膜が凹んで,シリアポケットとなる.Transition Zone(TZ)を境にして,一次繊毛の細胞質と繊毛膜は,他の細胞質・細胞膜と生化学的に区画化されている.

一次繊毛が「感覚器官」として機能するために,繊毛膜はタンパク質組成だけでなく脂質組成も他の細胞膜領域と明確に区別されている.たとえば,繊毛膜のイノシトールリン脂質は,ホスファチジルイノシトール4-リン酸(PI(4)P)に特徴づけられ,他の細胞膜領域で検出されるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI(4,5)P2)量は低く維持されている.一次繊毛には,イノシトール環の5位を脱リン酸化する酵素INPP5Eが局在しており,繊毛膜のPI(4)P含量を維持している.INPP5E遺伝子変異によって発症するJoubert症候群の患者細胞の繊毛膜では,PI(4)PではなくPI(4,5)P2量が優位となり,Sonic hedgehog(Shh)シグナル受容が障害される2, 3).一方,これまでの研究から,繊毛膜のコレステロール含量が,他の細胞膜領域に比べて高いことが知られている4).コレステロールは,脂質二重層の流動性を調節してシグナル伝達制御を担う脂質であるため,「感覚器官」としての一次繊毛を支える重要な分子基盤であることが示唆される.本稿では,繊毛膜のコレステロールの生理的役割を理解するために,コレステロールの合成および細胞内輸送が障害された繊毛病の病理機構について考察する.

2. コレステロール生合成異常による繊毛病

動物細胞は,細胞外のLDL(低密度リポタンパク質)をエンドサイトーシスによって取り込む外因性経路とアセチルCoAを出発材料とした生合成による内因性経路を介して,コレステロールを得ている.コレステロール生合成は,小胞体において多段階の酵素反応によって行われる.コレステロール生合成経路の最終段階では,7-デヒドロコレステロールがNADPHと7-デヒドロコレステロール還元酵素(DHCR7)によって,コレステロールへと変換される.DHCR7遺伝子の生殖細胞系列変異は,口蓋裂,性腺発達不全や精神遅滞に特徴づけられる常染色体劣性遺伝病であるSmith–Lemli–Opitz症候群(SLOS)を引き起こす5).SLOSの重篤度は,血中コレステロール量と相関することが示唆されており,重症なSLOS患者では多発性嚢胞腎や多指症などの繊毛病症状を合併する6).また,ゼブラフィッシュ初期胚をコレステロール生合成の律速段階を担うHMG-CoA還元酵素の阻害剤であるスタチンで処理した場合,内臓逆位などの繊毛病の表現型が現れる7).このように,コレステロール欠乏が繊毛病の原因の一つになることが示唆される.

近年,コレステロールが一次繊毛の構造および機能に及ぼす影響に関する報告が蓄積してきた.スタチンが一次繊毛の長さを有意に短縮する報告もあるが7),著者らの観察では,スタチン処理した健常者皮膚線維芽細胞やSLOS患者線維芽細胞における一次繊毛の形態異常は認められなかった.ただし,コレステロール・プローブであるFilipin IIIを用いた染色の結果,SLOS患者細胞は,健常者細胞に比べて繊毛コレステロール量が顕著に低下していた8).これに関連して,SLOS患者細胞は,繊毛を介したShhシグナル伝達異常を示し,コレステロールの補給によってShhシグナル伝達が回復することが著者らを含めて複数のグループから報告された8, 9).正常細胞では,Shhリガンドが繊毛膜上に局在するPatached1受容体(Ptc1)と結合すると,Ptc1は繊毛膜から離れて,その代わりに,7回膜貫通型タンパク質のSmoothened(Smo)が繊毛膜に集積する.その後,繊毛の細胞質内でGli転写因子のプロセシングが生じて,活性化型Gliが核へと移行してShhシグナル応答遺伝子の発現を誘導する.SLOS患者細胞をShhリガンドで処理した場合,Smoの繊毛局在が阻害されて,Shhシグナル伝達が低下する.興味深いことに,Smoはコレステロールと直接結合して活性化することが報告されている10).しかし,コレステロールが,Smoの繊毛への移行に必要なのか,それとも,Smoの繊毛での局在維持に必要なのかはわかっていない.これらの知見から,コレステロールは一次繊毛のシグナル受容機能を担保する分子と考えられる.

3. 細胞内コレステロール輸送異常による繊毛病

コレステロールの生合成の場である小胞体のコレステロール量は,全細胞内コレステロールの0.5~1%程度である.一方で,細胞表層の細胞膜には,約50~80%のコレステロールが豊富に存在する.このような細胞内のコレステロールの偏在は,コレステロールが厳密に細胞内輸送されているためである.コレステロールは,他の脂質と同様に,小胞を介した機構とオルガネラ間接着(膜接触部位)による機構によって細胞内輸送される.このうち,最も理解が進んでいるのは,LDL由来コレステロールの細胞内輸送である.LDLは細胞膜上のLDL受容体と結合して,クラスリン依存的なエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれて,初期エンドソーム,後期エンドソーム,リソソームを経て,各オルガネラに輸送される.この過程で,エンドソーム/リソソーム内でLDL中のエステル化されたコレステロールが遊離型コレステロールに変換される.エンドソーム/リソソーム内のニーマン・ピックC型2タンパク質(NPC2)は,遊離型コレステロールと結合して,リソソーム膜タンパク質のニーマン・ピックC型1タンパク質(NPC1)に受け渡される.NPC1およびNPC2遺伝子は,肝脾腫大や神経変性に特徴づけられる常染色体劣性遺伝病であるニーマン・ピック病C型の原因遺伝子である.NPC患者細胞では,遊離型コレステロールのエンドソーム/リソソームでの蓄積が生じ,細胞膜のコレステロール量の低下が認められる.しかし,興味深いことに,NPC患者細胞やNPC1ノックアウト細胞の繊毛膜のコレステロール量は正常細胞と同じレベルに維持されている8).この結果は,多くのNPC患者は,多発性嚢胞腎などの典型的な繊毛病を発症しないことと矛盾しない.これらの知見から,一次繊毛へコレステロールが供給されるNPC1/NPC2非依存的な輸送経路の存在が示唆された.

2015年に,中国のSongらの研究グループが,siRNAライブラリーを用いて細胞内コレステロール輸送分子の探索を行い,多くのペルオキシソーム分子が同定された11).ペルオキシソームは,脂肪酸β酸化やプラスマローゲン合成などの脂質代謝を担う膜性オルガネラの一つである.Zellweger症候群(ZS)はペルオキシソーム形成遺伝子群(PEXs)の変異によって発症する常染色体劣性遺伝病である12).重要なことに,ZSは,脂質代謝異常に起因する肝脾腫大や筋緊張低下に加えて,多発性嚢胞腎や網膜色素変性といった繊毛病を合併するため,ペルオキシソームと一次繊毛とのクロストークが示唆された.ZS患者細胞は,遊離型コレステロールの細胞内蓄積だけでなく,繊毛膜コレステロール量も低下しており,その結果としてSmoの繊毛局在も阻害される8).なお,Shhリガンドの成熟化(プロセシング)にコレステロールが必要であることが知られているが,ZS細胞におけるShhリガンドの成熟化に異常はない.このように,ZSは,SLOSと同様に,コレステロール低下による繊毛病の一つと考えられる.

ヒト正常細胞内には,数百個のペルオキシソームが光学顕微鏡下で観察される.生細胞イメージングによると,一部のペルオキシソームが,一次繊毛の基部で細胞膜が陥入したシリアポケットと呼ばれる領域に接近して,20分間程度停滞する.微小管重合阻害剤で細胞を処理した場合,ペルオキシソームの一次繊毛への運動が阻害され,繊毛膜コレステロール量が低下することから,ペルオキシソームが一次繊毛へのコレステロールの供給源であると考えられる.また,3次元光–電子相関顕微鏡/集束イオンビーム走査型電子顕微鏡(3D-correlative light and electron microscope/focus ion beam-scanning electron microscope:3D-CLEM/FIB-SEM)を用いた観察から,ペルオキシソームとシリアポケットとの間に膜接触部位が形成されることが明らかになった8).著者らは,ペルオキシソームを介した繊毛コレステロール供給を担う分子を同定するために,ゲノム編集技術を用いて180候補遺伝子のノックアウト細胞ライブラリーを作製して,繊毛膜コレステロール量が低下する変異体およびペルオキシソームの一次繊毛への運動が低下した変異体を探索した.その結果,低分子量Gタンパク質Rab10とそのGTP交換因子であるRabin8,微小管マイナス端へ運動するキネシン分子KIFC3は,ペルオキシソーム膜上で複合体を形成して,ペルオキシソームを一次繊毛に接近させる機能を持つことを見いだした.また,コレステロール輸送体の一つであるORP3はシリアポケットに局在して,ペルオキシソーム膜からコレステロールを一次繊毛に移行する活性があることが示された8).このように,ペルオキシソームは一次繊毛へコレステロールを供給する新たな機能を持つことが示唆された(図2).

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図2 ペルオキシソームを介した繊毛コレステロール供給の分子機構

ペルオキシソーム膜上で形成されるRabin8/Rab10/KIFC3複合体は,ペルオキシソームを微小管マイナス端方向に輸送することで,ペルオキシソームをシリアポケットに接近させる.コレステロール輸送体ORP3は,シリアポケットに局在して,ペルオキシソームから一次繊毛へのコレステロールの供給を担う.これらの分子のノックアウト細胞は,いずれも繊毛膜コレステロール量が低下する.

4. おわりに

SLOSやZSといった稀少性遺伝病の研究から,「感覚器官」としての一次繊毛にとってコレステロールが必要不可欠な脂質であることが明らかになってきた.今後は,繊毛膜コレステロールが,繊毛膜タンパク質と相互作用して,生理機能を発揮する機構を解明することが,繊毛の脂質生物学にとって重要な課題である.最近,繊毛膜コレステロールは,スフィンゴミエリンと結合して自由度が制限されることで,Shhシグナル伝達が厳密に制御されることが報告された13).さらに,常染色体優性嚢胞腎患者ではスフィンゴ糖脂質であるグルコシルセラミド(GlcCer)やガングリオシドGM3量が亢進しており14),GlcCer合成酵素阻害剤を同疾患の治療薬とした第III相治験が行われている.これらの知見から,スフィンゴ脂質とコレステロールとの一次繊毛における協調作用の存在が示唆される.また,酸化コレステロールが繊毛膜でのSmoの活性化に寄与することから15),繊毛膜コレステロールの質的変化と生理活性の連関についても研究の重要性が増していくと考えられる.SLOSやZSにおける多発性嚢胞腎などの繊毛病はShhシグナル伝達障害だけでは説明が難しく,繊毛膜コレステロールが一次繊毛を介した他のシグナル伝達に及ぼす影響の解明が待たれる.一方,タンパク質側の問題として,一次繊毛に局在するGタンパク質共役型受容体(GPCR)のうち16),ドーパミン受容体DRD1,ロドプシン,ADP受容体P2Y12,胆汁酸受容体TGR5はコレステロールとの直接結合が示唆されるため,コレステロール欠乏による繊毛病の病態理解の手がかりや創薬標的として注目される.このように,繊毛膜コレステロール研究は,脂質–タンパク質間連携,異種オルガネラ間連携による生理機能の発現を理解することで,疾患の理解や創薬への展開が期待される.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介したペルオキシソームによる繊毛コレステロール供給機構は,広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野(松浦伸也教授)のメンバー,広島大学大学院統合生命科学研究科の斎藤裕見子教授,山本卓教授,理化学研究所の岩根敦子博士,板橋岳志博士との共同研究の成果であり,この場を借りて感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

宮本 達雄(みやもと たつお)

広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野准教授.博士(医学).

略歴

2001年広島大学理学部卒業.07年京都大学大学院医学研究科博士課程修了,07年広島大学特別研究員,08年日本学術振興会特別研究員PD(現:広島大学両生類研究センター),08年広島大学原爆放射線医科学研究所助教,13年同講師を経て,18年より現職.

研究テーマと抱負

多くの基礎・臨床医学の研究者との交流の中で,「繊毛コレステロールの生理機能の解明」という研究テーマに出会いました.真核細胞が,進化の過程で獲得してきた,分解できないコレステロールを手なずける方法を理解したいと考え,研究を進めています.

ウェブサイト

http://www.home.hiroshima-u.ac.jp/genome/index.html

趣味

息子たちとのキャッチボール,音楽鑑賞,読書.

細羽 康介(ほそば こうすけ)

広島大学 大学院統合生命科学研究科 分子遺伝学研究室 助教.博士(理学).

略歴

2011年愛媛大学農学部卒業.13年広島大学大学院医歯薬学総合研究科医歯科学専攻修士課程修了,15年広島大学大学院理学研究科博士後期課程修了,15年広島大学原爆放射線医科学研究所博士研究員,18年広島大学大学院理学研究科助教,2019年より現職.

研究テーマと抱負

繊毛の形成及び機能の破綻に起因する疾患(繊毛病)に注目して研究を展開してきました.現在はゲノム編集技術及び細胞生物学的,生化学的手法を駆使して繊毛病をはじめとする遺伝病の発症メカニズムを明らかにしたいと考え研究を行なっています.

ウェブサイト

http://www.mls.sci.hiroshima-u.ac.jp/smg/index.html

趣味

模型作製,昆虫飼育.

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