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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(2): 248-251 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930248

みにれびゅうMini Review

ミクログリアによる脳の恒常性維持とその破綻としての脳疾患Brain diseases as disruption of microglia-mediated brain homeostasis

東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室Laboratory of Chemical Pharmacology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒113–0033 東京都文京区本郷7–3–1 ◇ 7–3–1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113–0033, Japan

発行日:2021年4月25日Published: April 25, 2021
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1. はじめに

ミクログリアは脳内に存在するグリア細胞の一つである.そして,ミクログリアは免疫を担当する常在型組織マクロファージとして,炎症性メディエーターの産生・放出を行うとともに,貪食能を有する.近年の神経科学界では,ミクログリアは特にこの貪食能の点から着目されている.感染や外傷などに伴って生じる炎症に反応して死細胞や病原体を貪食する,いわゆる活性化型ミクログリアに関する研究は古くから行われてきた.しかし,近年では炎症時だけではなく,正常な脳の発達段階にミクログリアの貪食能が積極的に寄与することが示唆されている.たとえば,神経回路の形成過程において,ミクログリアは活動の弱いシナプスを積極的に除去し,活動の強いシナプスを残存させることで,機能的神経回路の成熟に関与することが示された.機能的神経回路の形成不全は,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD),レット症候群,そして脆弱X症候群などの神経発達障害の原因となる可能性が示されている.以下では,ASDに焦点を当て,その発症にミクログリアが関与する可能性について述べる.さらに,ミクログリアのシナプス貪食能促進を介したASD治療の可能性について,著者らの研究成果を記す.

2. ASDとミクログリアとの関連

ASDは,社会性障害やコミュニケーション障害,そしてこだわり行動(常同行動)を主症状とする神経発達障害である.そのためASDは,患者自身はもちろんのこと,その家族の生活の質を損ねることが問題となる.しかしながら,ASDの発症メカニズムは十分に解明されておらず,根本的な治療法は確立されていない.

現在,ASDの発症原因として考えられているのは,発達期の脳におけるシナプス除去の不全である.通常,発達期においてシナプスは過剰に形成された後,不要なものが除去される.一方で,ASD患者の死後脳では発達期にシナプス密度が減少せず,健常者と比較してシナプス密度が増加することが確認されている1).シナプスは神経細胞間の情報伝達の基盤であるため,発達期におけるシナプス除去の不全が神経回路機能の異常,ひいてはASD症状の発症を引き起こすと考えられてきた2)

シナプス除去に関与する細胞として,脳内免疫細胞であるミクログリアが注目されている.ミクログリアは,脳内に侵入した病原体や死細胞を貪食する.そして,この貪食能は,炎症時だけでなく,正常な脳の発達にも寄与することが示唆されている.発達期の一部の脳領域では,ミクログリアが不要なシナプスを貪食することで神経回路の精緻化に寄与することが報告されている3).このように発達期の神経回路形成にミクログリアが寄与することから,ミクログリアのシナプス除去機構の破綻がASD発症に関与する可能性が考えられる.

近年の研究により,ミクログリアとASDとの関連性を示唆する実験データが多数報告されている.まず,ASD患者の死後脳において,ミクログリアの細胞分布密度の上昇や,形態異常(細胞体や突起の肥大化)が確認されており,ASD脳においてミクログリアの機能が変化している可能性が示されている4).また,さまざまなASDモデル動物の皮質や海馬においてミクログリア密度および炎症性サイトカイン発現量が上昇している4).さらに,ASDのリスク遺伝子であるFmr1を欠損させたマウスの海馬では,ミクログリアによるシナプスタンパク質の貪食量が減少することが報告されている5)

逆に,ミクログリアの機能異常がASD行動やASD患者脳と同様の病理学的変化を引き起こすことも報告されている.たとえば,ミクログリアのオートファジー機能を抑制するとシナプス貪食が不全となり,体性感覚皮質におけるシナプス密度増加と社会性低下が見られる6).また,シナプス除去に必要であるとされる遺伝子(Cx3cr1Trem2)を欠損させたマウスでは,脳領域間の機能的結合性低下や,社会性低下や常同行動といった行動異常が引き起こされることも明らかとなった7, 8)

3. 運動がミクログリアの機能を介して自閉症を改善する

前述の先行研究結果から,ミクログリアによるシナプス除去機構の破綻がASD発症を引き起こす一因となることが示唆される.しかしながら,発達期以降はシナプス可塑性が著しく低下し,神経回路が再編されにくくなることから,ASD発症後の介入による自閉症症状の根治は困難であると考えられてきた.また,ASD発症を早期に発見できたとしても,薬物投与や手術といった侵襲的な介入は脳の発達に影響する可能性があり,患者やその家族の心理面からも自閉症への介入は困難とされている.そのため,非侵襲的な治療法の開発が切望されている.

2010年ごろから,ヒトにおいてASD発症後のランニングなどの運動が社会性低下や常同行動といったASD症状を緩和することが示唆された9).しかしながら,運動がASD症状を改善するという科学的な根拠に基づいた報告はなく,そのメカニズムは不明であった.そこで我々は,ASD様行動を呈する母体免疫活性化モデルマウスを利用し,マウスの自発的な運動がミクログリアによるシナプス除去を誘導し,自閉症発症後の成体期であってもシナプス密度を正常レベルに戻す可能性を検証した10)

1)運動がASD様行動を改善する

マウスにおいて運動がASD様行動を改善する可能性を検証するため,本研究では妊娠中のウイルス感染を模倣したASD発症モデルマウスを用いた10).これは,妊娠マウスに二重鎖RNAであるpoly(I:C)を投与して免疫反応を惹起するもので,産まれてきた仔マウスは成長後にASD様行動を示す11).まず,成体期である30日齢のASDモデル群の飼育ケージに回し車を入れ,1か月間マウスに自由に車輪運動をさせた.その結果,自由に運動したASDモデル群では,3チャンバー試験における社会性障害や,毛づくろい行動における常同行動などのASD様行動がコントロール群と同程度にまで改善した10).以上の結果から,ASD発症後の運動がマウスの行動異常を正常化することが示唆された.

2)運動がASDモデルマウスにおけるシナプス変性を改善する

運動がシナプス変性を改善する可能性を検証するため,海馬におけるシナプス密度を定量した.海馬は社会性行動を司る脳領域であり,ASD発症との関連が示唆されている12).また,運動後に歯状回の顆粒神経細胞特異的な活動上昇が確認されたため,海馬の中でも顆粒神経細胞がCA3野の錐体神経細胞との間に形成するシナプスに着目した.コントロール群では,発達期のシナプス除去により,15日齢から30日齢にかけてシナプス密度が減少した10).一方,ASDモデル群ではこのシナプス密度の減少が起こらず,30日齢においてコントロール群と比較してシナプス密度が高かった.ところが,運動をさせたASDモデル群では,60日齢においてシナプス密度が減少し,コントロール群と同程度にまで低下した.これらの結果から,ASD発症後の運動がシナプス密度を正常化することが示唆された.

3)運動がミクログリアによるシナプス除去を促進する

ミクログリアは発達期のシナプス除去を担う3).そこで,ASDモデル群においてミクログリアによるシナプスの貪食が不全となっている可能性を組織化学的に検証した.その結果,ASDモデル群では,発達期である18日齢において,コントロール群と比較してミクログリアによるシナプスの貪食量が減少していた10).また,ASDモデル群では,成体期である60日齢においてもミクログリアによるシナプスの貪食量が減少していた.一方,運動をさせたASDモデル群では,ミクログリアによるシナプスの貪食が促進された.そして,運動と同時期にミクログリアの活性化阻害薬であるミノサイクリンを投与したところ,運動によるシナプス貪食の促進効果が消失した.以上の結果から,ASDモデル群ではミクログリア依存的なシナプス除去が不全となっており,それは運動により回復することが示唆された.

4)神経細胞の活性化がミクログリアによるシナプス除去を促進する

ミクログリアは神経活動が相対的に弱いシナプスを貪食することが示唆されている3).また,運動が一部の顆粒神経細胞の活動を上昇させることから,それがミクログリアによるシナプス貪食を促進する可能性を検証した.化学遺伝学的手法によって一部の顆粒神経活動を上昇させた結果,ミクログリアによるシナプス貪食量が増加した10).したがって,運動により一部の顆粒神経細胞の活動が上昇したことで各シナプスの活動レベルに差が生じ,ミクログリアが相対的に活動の弱いシナプスを積極的に貪食した可能性が示された(図1).

Journal of Japanese Biochemical Society 93(2): 248-251 (2021)

図1 運動によるミクログリアの機能調節とシナプス貪食

ASDモデルマウスを用いて,自発的な運動がミクログリアのシナプス貪食を促進し,シナプス密度の正常化につながることを発見した.健常脳(コントロール)では,発達期においてミクログリアが不要なシナプスを貪食により除去することで,残存したシナプスが成熟し機能的な神経回路が形成された.一方,自閉スペクトラム症脳(ASD)では,ミクログリアによるシナプス除去が不全となる結果,過剰なシナプスの残存およびASD症状の顕在化が引き起こされた.本研究の結果から,自発的な運動がミクログリアのシナプス貪食を促進することで,シナプス密度の正常化およびASD症状の改善につながることが示された.

4. おわりに

著者らが紹介した研究10)は,神経細胞そのものではなく,ミクログリアの機能制御を介した神経細胞変性の改善に着目している.同研究の結果から,ミクログリアの機能制御がASDの治療標的となる可能性が示された.これは,従来の神経細胞を標的とした創薬研究から,グリア細胞を標的とした創薬研究へのパラダイムシフトを起こす.また,同研究は,運動という非侵襲的刺激を用いた点が独創的であり,運動が自閉症の治療法として有効である可能性を,細胞生物学的観点から示した.そして,自閉症発症後であってもその病態に介入し,治療につながる方法として運動の可能性を示した点は,臨床応用性の観点からも意義深いと考える.

近年,運動以外の非侵襲刺激により,ミクログリアの機能を調節可能であることが報告されている.Tsaiらの研究チームは,ガンマ波帯域の感覚刺激がミクログリアの機能を調節することを発見した.2016年の論文では,40 Hzのフラッシュ視覚刺激を与えたアルツハイマー病モデルマウス(5xFADマウス)において,視覚皮質におけるミクログリアの形態変化(細胞体肥大化,突起短縮)や,ミクログリアによるAβ貪食量の増加,Aβ斑の減少が確認された13).また,40 Hzの音刺激を5xFADマウスに与えたところ,聴覚皮質だけではなく海馬においてミクログリアの形態変化とAβ斑の減少が確認された14).さらに,5xFADマウスにおける認知機能低下が改善したことから,40 Hzの音刺激がミクログリアの機能調節を介してアルツハイマー病症状を軽減した可能性が示された.このように,非侵襲刺激による細胞機能の調節に関する研究が精力的に行われており,従来介入が困難とされてきた中枢神経疾患に対する新たな治療法開発につながることが期待される.

引用文献References

1) Tang, G., Gudsnuk, K., Kuo, S.H., Cotrina, M.L., Rosoklija, G., Sosunov, A., Sonders, M.S., Kanter, E., Castagna, C., Yamamoto, A., et al. (2014) Loss of mTOR-dependent macroautophagy causes autistic-like synaptic pruning deficits. Neuron, 83, 1131–1143.

2) Penzes, P., Cahill, M.E., Jones, K.A., VanLeeuwen, J.E., & Woolfrey, K.M. (2011) Dendritic spine pathology in neuropsychiatric disorders. Nat. Neurosci., 14, 285–293.

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7) Zhan, Y., Paolicelli, R.C., Sforazzini, F., Weinhard, L., Bolasco, G., Pagani, F., Vyssotski, A.L., Bifone, A., Gozzi, A., Ragozzino, D., et al. (2014) Deficient neuron-microglia signaling results in impaired functional brain connectivity and social behavior. Nat. Neurosci., 17, 400–406.

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著者紹介Author Profile

安藤 めぐみ(あんどう めぐみ)

東京大学大学院薬学系研究科特任研究員.博士(薬学).

略歴

2016年東京大学薬学部卒業.21年同大学院薬学系研究科博士課程修了.同年より現職.

研究テーマと抱負

脳内免疫細胞ミクログリアに焦点を当て,その役割や他種細胞との相互作用について研究しています.未知の生命現象の発見とメカニズム解明を介して,中枢神経疾患に対する治療薬の開発に貢献したいと考えています.

ウェブサイト

http://www.yakusaku.jp/

趣味

ウォーキング,グルメ.

小山 隆太(こやま りゅうた)

東京大学大学院薬学系研究科准教授.博士(薬学).

略歴

2001年東京大学薬学部卒業.06年同大学院薬学系研究科博士課程修了.同年東京大学大学院薬学系研究科助教.10年ハーバード大学医学大学院博士研究員.15年より現職.

研究テーマと抱負

細胞ひとつひとつが持つ独特の美しさに魅せられながら,人類社会に貢献するために,日夜研究活動に打ち込んでいます.細胞挙動を高度なイメージング技術で詳らかにし,得られた知見を基に細胞間相互作用を操作し,脳の能力を限界突破させます.

ウェブサイト

http://www.yakusaku.jp/

趣味

筋トレ.

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