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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 275 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930275

アトモスフィアAtmosphere

VUCA(ブーカ)の時代の幸せな違和感

九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門特任教授(九州大学名誉教授),平成25年~平成27年本会理事,平成29年~令和元年本会常務理事(九州支部長)

発行日:2021年6月25日Published: June 25, 2021
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アトモスフィアの原稿を依頼された時,書きたいことは山ほどあると楽観していたが,いざ書くとなるとそれらのほとんどは過去のアトモスフィアで既に言い尽くされていることに気づいた(たとえば,大学教員の不要な忙しさ,選択と集中による基盤研究費の減少,基礎研究の軽視,若手研究者のPI登用機会の少なさ,等に関しての違和感).ところで,「違和感」を辞書で引くと「しっくりしない」,「居心地が悪い」等の否定的なニュアンスが並んでいるが,ここでは幸せな違和感について書こうと思う.

我が国には日本学術会議から認定されている学会だけでも2069もあるらしい(令和3年学会名鑑).私自身も五指に余る学会に所属しているが,その中でも日本生化学会は大学院生時代から定年退職するまで毎年欠かさず参加した最も愛着のある学会の一つである.本会は医化学研究者を対象として1925年に設立されたが,現代では薬学系,理学系,農学系,工学系の研究者,大学院生も多数参加し,それぞれの系(分野)と各支部を基盤に運営されている.法人化以降は,各支部正会員数に応じて代議員が選ばれ,会の舵取り役の理事は代議員の互選で選出される.理事の定数は各分野の正会員数に応じて按分され,現在は医・歯,理,薬,農・工の割合がおよそ4, 4, 3, 3である.分野選択は自己申告制であり,現在所属している分野でも良ければ出身大学等の分野でも構わない.本会のように所属分野を可視化して運営する学会組織は私の知る限り稀で,その是非はともかく,研究の流行に影響され難く安定して多様な研究者が集まる場を提供しているように思う.

それぞれの分野には異なる理念と使命そして文化がある.研究対象のみならず,興味の持ち方や少し大袈裟に言えば研究哲学も違うだろう.生化学会に初めて参加する大学院生や若手研究者あるいは臨床医師・技師にとっては違和感(居心地の悪さ)を感じるかも知れない.まるで〇〇と雰囲気が違うと(〇〇はそれぞれのプロパーな学会や組織).それが良いと思う.それを楽しんで欲しいと願う.若い研究者には積極的に自分のテーマから離れたシンポジウムを覗いて違和感を感じてみることを勧めたい.

ひと昔前のことではあるが,生化学会で知り合った6人の研究者で文科省の特定領域研究(現在の新学術領域研究)に応募したことがある.6人の出身は医学系,理学系,薬学系,農学系と異なり,それなりの違和感はあったかも知れないが提案したテーマに対する熱い思いは共通していた.最初の2回の提案は採択されなかったが,本会でのシンポジウム企画などを通して提案を練り直し,最終的に5年のプロジェクトを実施することができた(特定領域研究B:五十嵐靖之総括代表,スフィンゴ脂質による生体膜ドメインの形成と多機能シグナリング,2000–2004).プロジェクトで得た経験は大きく,そのメンバーとはプロジェクト終了後も現在に至るまで公私にわたって良い付き合いが続いている.彼らとの出会いと研鑽の場を与えてくれた本会に感謝している.

現代はVUCA(ブーカ)の時代と言われている.VUCAとは,元来はVolatility(変動性),Uncertainty(不確実性),Complexity(複雑性),Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった軍事用語であるが,2016年の世界経済フォーラム(ダボス会議)でVUCA Worldという経済用語として使われ定着した.コロナ禍の昨今再び注目を集めている.VUCAの説明を初めて聞いた時,生命こそ典型的なVUCA Worldだと思い関心を持った.VUCAの時代を乗り切る鍵は多様な人材の活用とされているが,生命も多様な形態に進化することで過酷な環境を生き延びてきたのだろう.多様性と違和感は表裏一体の関係にあるが,前者に比べて後者の重要性が語られることは少ない.VUCAの時代においても本会が多様な研究者を惹きつけ,多くの研究者に幸せな違和感を与え続けることを期待する.生化学会で育った人はそれぞれの分野のプロパーな学会で違和感を感じているかも知れない.それはそれで良いことだと思う.

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