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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 305-314 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930305

特集Special Review

イネ(日本晴)における(3R)-β-チロシンの生合成The tyrosine aminomutase TAM1 for β-tyrosine biosynthesis in rice (Nipponbare)

1京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻Applied Life Sciences, Graduate School of Agriculture, Kyoto University ◇ 〒606–8502 京都市左京区北白川追分町 ◇ Kitashirakawa-Oiwake, Sakyo, Kyoto 606–8502, Japan

2山形大学農学部植物機能開発学コースCourse of Plant Functional Development, Faculty of Agriculture, Yamagata University ◇ 〒997–0037 山形県鶴岡市若葉町1–23 ◇ 1–23 Wakaba-cho, Tsuruoka City, Yamagata 997–0037, Japan

3京都大学大学院農学研究科農学専攻Department of Agriculture, Graduate School of Agriculture, Kyoto University ◇ 〒606–8502 京都市左京区北白川追分町 ◇ Kitashirakawa-Oiwake, Sakyo, Kyoto 606–8502, Japan

4摂南大学農学部農業生産学科Department of Agricultural Production, Faculty of Agriculture, Setsunan University ◇ 〒573–0101 大阪府枚方市長尾峠町45–1 ◇ 45–1 Nagaotoge-cho, Hirakata, Osaka 573–0101, Japan

発行日:2021年6月25日Published: June 25, 2021
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非タンパク質性アミノ酸は,多くの植物により産生され,多彩な植物の防御戦略の一翼を担っている.我々は,イネが防御応答として産生する未知の非タンパク質性アミノ酸をターゲットとして化合物の探索を行い,ジャポニカ品種のイネに特徴的な代謝物として(3R)-β-チロシンを植物から初めて同定した.また,[13C9, 15N]ラベル化L-チロシンを与えたイネ抽出物のLC/MS分析から,イネはL-チロシンを前駆体としてアミノ基の転位により(3R)-β-チロシンを生合成することを明らかにした.さらに,(3R)-β-チロシンを生合成する日本晴(ジャポニカ品種)と生合成しないカサラス(インディカ品種)を交配して得られる染色体断片置換系統を用いて(3R)-β-チロシン生合成候補遺伝子を絞り込み,ammonia-lyaseに塩基配列が類似した遺伝子(LOC_Os12g33610)に着目した.この遺伝子をタバコおよび大腸菌において異種発現して得た酵素がtyrosine aminomutase(TAM)活性を示したことから,この遺伝子を(3R)-β-チロシン生合成遺伝子として同定し,OsTAM1と命名した.OsTAM1のアミノ酸配列をアライメント解析したところ,イネが持つphenylalanine ammonia-lyase(OsPAL8)と高い相同性を示し,微生物が持つTAMとは基質特異性に関わる領域の構造が異なった.よって,本遺伝子はイネのPAL遺伝子における変異に起因し,微生物が持つTAM遺伝子の水平移動ではないと結論した.

1. はじめに

リボソーム上でのタンパク質の生合成に用いられている22種のアミノ酸に加え,生物はさまざまな非タンパク質性アミノ酸を生合成している.植物では,特にマメ科やイネ科で植食性昆虫の食害や他の植物の生長を抑えるための化学的防御の手段として用いられている1).L-canavanine[(S)-2-amino-4-guanidinooxybutyric acid]はタチナタマメの豆から同定されたL-アルギニンの類縁体である.L-canavanineは昆虫をはじめ,哺乳類,植物,カビなどさまざまな生物に毒性を示す.L-アルギニンの代謝をかく乱することで,毒性を示すと考えられる2, 3).ある種の昆虫は高感度にL-canavanineを検出し,これを避ける行動を示す4).さらに,豆中のL-canavanineの重量は乾燥重量の13%にも達し5),豆にとっての窒素リサイクルにも役立っているという点も興味深い6).γ-aminobutyric acid(GABA)は原核,真核生物に広く見いだされる非タンパク質性アミノ酸である.植物では,さまざまな環境ストレスや昆虫の食害によって誘導され7, 8),グルタミン酸カルボキシラーゼ(glutamate decarboxylase:GAD)により生合成される9, 10).昆虫に対しては,神経の興奮伝達システムに抑制機能を持つGABA作動性塩素チャネルを阻害し,食害した昆虫のパフォーマンスを落とすと考えられている11).L-チロシンの類縁体であるmimosine[(2S)-2-amino-3-(3-hydroxy-4-oxopyridin-1(4H)-yl)propanoic acid]はいくつかのマメ科植物に見いだされ12),昆虫に対する生育阻害13, 14),イネなど植物に対する毒性15),ネズミの致死的な奇形16)やヒツジの羊毛の減少17)などを引き起こす.イネ科オオウシノケグサ(ウシノケグサ属)やトウダイグサ科マートルトウダイグサ(トウダイグサ属)は根から,L-チロシンの異性体であるm-チロシンを分泌する.m-チロシンは多くの植物に対して毒性を示すので,生態学的にはアレロパシー活性物質として機能していると示唆される.興味深いことに,オオウシノケグサとマートルトウダイグサは異なる合成経路を持っており,進化の過程で独立にm-チロシンを獲得したと考えられている18–20)

β-アミノ酸とは,アミノ基がβ炭素にシフトした非タンパク質性アミノ酸である.非リボソームペプチド,細菌由来の抗生物質,抗がん剤の構成成分として報告されてはいるが21),生物学的には比較的珍しい成分である.具体的に,β-フェニルアラニンとβ-チロシンを取り上げてみよう.β-フェニルアラニンは,グラム陰性菌の一種Pantoea agglomerans由来の抗生物質andrimid22)およびイチイ科イチイ属のタイヘイヨウイチイの樹皮から単離同定された抗がん物質paclitaxel(taxol)23)の構成成分として知られている.ヨーロッパイチイの葉に大量に含まれる成分10-deacetylbaccatinがpaclitaxelの合成中間体として用いられている.β-チロシンは,Bacillus brevis由来のedeine AおよびB24)Streptomyces globisporus由来の抗生物質C-102725)Myxococcus fulvus由来のmyxovalargin26)Chondromyces crocatus由来のchondramide C27)などの構成成分である(図1).詳細は後述する.

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図1 β-フェニルアラニンおよびβ-チロシンを含む天然物の例30)

β-アミノ酸を丸で囲んで示す.

2. 日本晴(ジャポニカ品種)からの(3R)-β-チロシンの同定とその生合成

著者らは,イネの新規な代謝物の探索とその生合成経路の解明を試みた.しかしながら,ゲノム解析も終了したイネを扱って,この時代にイネの新規な代謝物を探し出し,その生合成経路を明らかにすることは可能だろうか? そのためには何らかの工夫が必要と考え,著者らは次の三点にポイントを置いた.それは,①官能基の修飾を経て初めてクロマトグラフィーで解析可能となる化合物をターゲットとすること,②ターゲットとする化合物はエリシターにより生合成が活性化されること,そして③遺伝的解析が迅速にできるように,イネの品種を選ぶことである.結果的にいえば,この三つのポイントの設定が功を奏した.著者らは,①からターゲットを非タンパク質性アミノ酸とした.非タンパク質性アミノ酸を網羅的に解析するには,誘導体化により極性を低下させてODSカラムに吸着しやすくしたものをLC/MSで分析する,あるいは誘導体化により揮発性を増してGC/MS分析するのが定法である.すなわち,分析にはワンステップが必要な化合物群である.これなら,見逃されている代謝物があるかもしれない.②についてはエリシター処理として植物の傷害応答に関わるジャスモン酸を用いた.誘導性代謝物に注目することで新規な代謝物・代謝経路の発見につながりやすいこと,ゲノムが解読されているイネではジャスモン酸処理で活性化される遺伝子が網羅的に調べられていることも最終的な遺伝子の絞り込みには有用な情報になると期待した.さらに③から,ジャポニカ品種の日本晴とインディカ品種のカサラスの差に着目した.これは,日本晴とカサラスの染色体断片置換系統(chromosome segment substitution line:CSSL)が利用できるからである.染色体断片置換系統とは,染色体の一部のみが片親(カサラス)由来で,残りの部分がすべてもう一方の親(日本晴)となった系統である.すなわち,日本晴の特定の染色体上のある領域がカサラスに置換された系統では,欠損した遺伝子上に代謝物の生合成に関与する遺伝子があれば,注目した代謝物が消失すると期待できる.CSSLsは戻し交雑とDNAマーカー選抜を駆使することで作出される.多数の系統を用いて,異なる染色体領域が置換されるように選抜すると,全ゲノム領域が置換された系統群が作製できる.以上のささやかな戦略をもってて,著者らは研究を展開した.

4~5葉期の日本晴およびカサラスの幼苗をジャスモン酸(1 mM, 4回噴霧)で処理し,48時間後に植物体を塩酸水溶液(0.1 N)で抽出した.抽出液を6-aminoquinolyl-N-hydroxysuccinimidyl carbamate(AQC試薬)で処理し,得られた非タンパク質性アミノ酸を誘導体化した.これを蛍光検出器(励起光259 nm;蛍光395 nm)つきのHPLCまたはLC/MSで分析した.得られたクロマトグラムを図2に示す.保持時間26分付近に日本晴では検出されるがカサラスには検出されないピークが認められた.さらに,このピークは22種類のリボソーム取り込みアミノ酸とは一致しなかった.このように,幸運にも,標的とする化合物は比較的簡単に見いだされた.しかしながら,この化合物がβ-チロシンと同定できるまでには少なからず時間がかかった.この化合物をOrbitrap MSで分析したところ,標的化合物の精密質量としてm/z 352.128が得られた.この値はL-チロシンのAQC誘導体の精密質量と一致した.さらに,L-チロシン誘導体の主要なフラグメントイオンとしてm/z 312.237(F1)とm/z 267.180(F2),標的化合物ではm/z 298.221(F1′)とm/z 253.164(F2′)が認められた.F1とF1′,F2とF2′の差は,いずれも14.016となり,メチレン鎖(–CH2–)の差に相当した.GC/MSでの経験から,得られたフラグメントイオンの開裂パターンを解析して構造上の情報を得ようとしたが,徒労に終わった.以上の結果から,標的化合物がL-チロシン類縁体と推察されたが,β-チロシンとは同定できなかった.

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図2 日本晴れ(ジャポニカ品種)抽出物から検出されたβ-チロシンの液体クロマトグラム

同様に処理したカサラス(インディカ品種)の抽出物からは検出されなかった.

仕方なく大量の日本晴を栽培し,その抽出物から力業で標的化合物の構造決定することに覚悟を決めたころ,著者の一人がβ-チロシンの可能性を口にした.標品を購入し,ethyl chloroformateで誘導体化しGC/MS分析したところ,予想されたフラグメントイオンが得られただけでなく,開裂パターンもα-チロシンと明確に区別できた(図3).そこで,日本晴から調製したサンプルをethyl chloroformateで誘導体化しGC/MS分析したところ,GC/MSの保持時間とフラグメントパターンが完全に標品と一致して,標的化合物をβ-チロシンと同定した28).植物からβ-チロシンを同定したのは初めてである.前述のとおり,β-チロシンは,さまざまな細菌によって生合成されており,抗生物質の構成単位となっている.(3S)-β-チロシンはBacillus brevis由来のedeine AおよびB24),Streptomyces globisporus由来のC-102725)そしてMyxococcus fulvus由来のmyxovalargin26)に含まれ,(3R)-β-チロシンはChondromyces crocutus由来のchondramide C27)に含まれる(図1).

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図3 α-チロシンおよびβ-チロシン誘導体のGC/MS開裂パターンの比較

そこで,日本晴由来のβ-チロシンのアミノ基の立体化学の決定を試みた.O-phthaldialdehyde N-acetyl-L-cysteineと反応させ,β-チロシン誘導体のジアススレテオマーを得た.これをLC/MSで分析したところ,その保持時間(図4)および開裂パターン(データ未記載)から,その立体化学をR体と結論した.

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図4 β-チロシンにおける3位のアミノ基の立体化学の決定

3. 日本晴における(3R)-β-チロシンの生合成

上述したβ-チロシン(細菌)およびβ-フェニルアラニン(イチイ)は天然アミノ酸である(2S)-α-チロシンまたは(2S)-α-フェニルアラニンから変換される.すなわち,α炭素に結合したアミノ基が隣接するβ炭素に移動する分子内反応を触媒するaminomutaseによって可逆的に反応が進行する.この反応を触媒する酵素であるphenylalanine aminomutase(PAM)とtyrosine aminomutaseの構造は,天然の(2S)-α-フェニルアラニンから(E)-cinnamic acidを脱アミノ反応により生成するphenylalanine ammonia-lyase(PAL)の構造,同様に(2S)-α-チロシンからp-coumaric acidを生成するtyrosine ammonia-lyase(TAL)の構造と類似している.いずれも,酵素の活性中心の近傍にXaa-Ala-Ser-Gly-Xaaから構成されるアミノ酸配列があり,グリシンのアミノ基の非共有電子対がアラニンのカルボニル基を攻撃し,五員環の求電子的な4-methylideneimidazole-5-one(MIO)を形成する点に特徴がある(図5A).MIO部分を持つaminomutase(PAM/TAM)の反応機構は次のように考えられている.まず,MIO部分のカルボニル基が立ち上がると同時に(2S)-α-チロシンのアミノ基の非共有電子対が末端のメチリデン基の炭素を攻撃する.続いて,(2S)-α-チロシンのβ炭素に結合した水素が脱プロトン化され,アミノ基がMIO部分に結合して脱離する.ともにMIO部分を含むammonia-lyaseとaminomutaseは同様な触媒機構により,まずα,β-不飽和カルボン酸を生成する(図5B).続いて,ammonia-lyaseではMIO部分に結合したアミノ基がアンモニアとして遊離する.一方,aminomutaseではアミノ基がマイケル反応によりα,β-不飽和カルボン酸のβ位に付加し,β-アミノ酸を生成する(図5B29–31)

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図5 4-methylideneimidazole-5-one(MIO)モチーフを持つaminomutaseとammonia lyaseの形成と触媒反応29, 30, 32)

(A) Ala-Ser-GlyモチーフからなるMIOモチーフの形成機構.(B) MIOモチーフを持つtyrosine 2,3-aminomutase(TAM)(上)とphenylalanine ammonia-lyase(PAL)(下)が触媒する酵素反応の機構.

著者らは,日本晴から同定された(3R)-β-チロシンも同様に(2S)-α-チロシンから変換されると予想し,すべての炭素および窒素が13Cおよび15Nでラベルされた(2S)-α-チロシンを日本晴の葉柄に塗布し2日間インキュベート後,日本晴からアミノ酸を抽出し,LC/MSで分析した.その結果,13C,15Nでラベルされた(3R)-β-チロシンを検出した(図6).以上の結果,日本晴から同定された(3R)-β-チロシンはtyrosine 2,3-aminomutaseにより生合成されたと結論した.

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図6 ラベル体α-チロシンのβ-チロシンへの取り込み

4. 日本晴/カサラスの染色体断片置換系統を用いたOsTAM1の同定

前述したように,(3R)-β-チロシンは日本晴(ジャポニカ品種)には検出されるがカサラス(インディカ品種)には検出されない.また,ジャスモン酸によりその生合成は活性化される.そこで,日本晴/カサラスの染色体断片置換系統の全54系統を解析し,(3R)-β-チロシンが検出されない,すなわち表現型がカサラスとなる系統を探した(図7).その結果,系統18, 51そして53系統の表現型がカサラスであった.これらの3系統で日本晴の遺伝子がカサラスに共通して変換されている遺伝子の箇所は,イネ12番染色体の領域C1060-C449であり,この領域にはおおよそ100個の遺伝子が存在した.さらに,(3R)-β-チロシンの生合成に関わる遺伝子はtyrosine aminomutaseと予想され,ジャスモン酸によって活性化される遺伝子であることも考慮して,遺伝子を絞り込んだ.その結果,LOC_Os12g33610遺伝子が2,3-aminomutaseの候補遺伝子として浮かび上がった.データベースでは,LOC_Os12g33610遺伝子はphenylalanine/histidine ammonia-lyase family proteinと注釈されていた.すなわち,この遺伝子はammonia-lyaseの酵素をコードすると考えられていたわけである.上述したように,ともにMIO部分を含むammonia-lyaseとaminomutaseは同様な触媒機構によりα,β-不飽和カルボン酸を生成するので,遺伝子配列からでは区別できなかったのである.著者らが調べたところ,実際にはOsTAM1には(2S)-α-チロシンからp-coumaric acidを生成するammonia-lyase活性は確認されなかった.今回の経験から,実際に酵素を発現させて,酵素活性を測定することが愚直ではあるが,非常に重要であること,遺伝子配列やアミノ酸配列からは詰め切れない酵素の機能があることを知った.

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図7 日本晴/カサラスの染色体断片置換系統(54系統)におけるβ-チロシンの有無

最終的には,LOC_Os12g33610遺伝子をNicotiana benthamianaや大腸菌に異種発現させて,その酵素が(2S)-α-チロシンを(3R)-β-チロシンに変換する2,3-aminomutase活性を確認して,OsTAM1遺伝子と命名した.

5. OsTAM1の特徴

著者らの報告の後,WalkerらはOsTAM1の詳細な反応機構の研究を行い,日本晴由来のOsTAM1は(2S)-α-チロシンを(3R)-β-チロシンと(3S)-β-チロシンの両方に変換するが,前者へのエナンチオマー過剰率は94%eeであり,その選択性は非常に高いことが判明した32).この報告は,著者らの実験結果ともよく一致している.この値は,現在知られている細菌由来のtyrosine 2,3-aminomutaseのエナンチオ選択性よりも高く,植物由来のtyrosine 2,3-aminomutaseとしてユニークな特徴となっている26).また,OsTAM1に(2S,3R)-[2,3-2H2]-α-チロシンを反応させると,(3R)-β-チロシンのα炭素に重水素が置換したものが23%,プロトンが置換したものが77%生成した(図8).このプロトンの置換は,イチイ由来のphenylalanine aminomutaseでも報告されている.

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図8 OsTAM1によるα-チロシン[β位の重水素(D)ラベル体]のβ-チロシン置換時におけるα位の重水素ラベル化率

また,本報告を日本農芸化学会(2015年)で行った際に,加藤康夫教授(富山県大)から「OsTAM1遺伝子が微生物由来の可能性はないか」という,大変興味深い質問をいただいた.すなわち,細菌由来のTAMが日本晴に水平移動で伝播した可能性についての質問である.その場では質問に答えられなかったが,後日,著者らは微生物および高等植物よりPAL関連タンパク質のアミノ酸配列を収集し,アライメント解析を行った.その結果,これらの遺伝子は単一祖先遺伝子に由来し,種が分化したのちにそれぞれの種内で固有の変異を蓄積していることが示唆された(図9A).さらに,現在の高等植物が保有するPAL遺伝子は単一起源であり,単子葉植物と双子葉植物に分化したのちに遺伝子数を増加させてきたことも示唆された.イネとトウモロコシの間ではPALオーソログ間の相同性が高く,これらの遺伝子が同一祖先より分化したことを強く裏づけている.一方,OsPAL8OsTAM1はイネとトウモロコシのオーソログ分化よりもずっと後になってから分化しており,92%という高い相同性からもOsTAM1はイネにおいてOsPAL8との共通祖先から独自に派生した遺伝子である可能性が高いと考えられる.イネのPALファミリーにおいてチロシンを基質とするのはOsTAM1のみである.そこで,基質特異性に関与すると考えられている領域(selectively switch region)に着目すると,高等植物のPALファミリーの多くはPhe-Leuを有するのに対し,OsTAM1ではこの領域を含む10アミノ酸の欠失が認められた(図9B33).このような欠失と基質特異性との関連は未解明であるが,同領域にSer-Hisを有する微生物のTAMファミリーとは明確に異なった構造的特徴である.以上より,OsTAM1はイネにおいて生じた固有の変異に起因するtyrosine aminomutaseであると推察され,本遺伝子は微生物からの水平移動ではないと結論した.

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図9 微生物および高等植物におけるPAL関連タンパク質のアライメント解析

(A) PAL関連タンパク質の系統樹.微生物[Myxococcus sp. Mx-B0MxTAM), Chondromyces crocatusCmdF), Streptomyces globisporusSgcC4), Rhodobacter sphaeroides 2.4.1RsTAL), Rhodobacter capsulatusRcTAL), Pseudomonas putidaPpHAL), Saccharothrix espanaensisSeTAL), Rhodobacter capsulatusNpPAL), Trichormus variabilis ATCC 29413AvPAL), Rhodotorula toruloidesRtPAL)]および高等植物[Oryza sativaOsPAL1, OsPAL2, OsPAL3, OsPAL4, OsPAL5, OsPAL6, OsPAL7, OsPAL8, OsTAM1), Zea maysGRMZM2G074604_T01, GRMZM2G441347_T01, GRMZM2G081582_T01, GRMZM2G118345_T01, GRMZM2G170692_T01, GRMZM2G029048_T01, GRMZM2G334660_T01, GRMZM2G063917_T01), Arabidopsis thalianaAtPAL1, AtPAL2, AtPAL3, AtPAL4), Glycine maxGlyma.19G182300.1, Glyma.03G181700.1, Glyma.03G181600.1, Glyma.13G145000.1, Glyma.10G058200.1, Glyma.20G180800.1, Glyma.10G209800.1, Glyma.02G309300.1), Taxus chinensisMcTAM), Taxus canadensisTcPAM)]のPAL関連タンパク質アミノ酸配列をMEGA ver. 10.1.7(https://www.megasoftware.netより入手可能)のClustal Wでアライメント解析を行い,Neighbor joining法で系統樹を作成した34).OsTAM1を赤下線で強調している.(B)アライメント解析におけるOsPAL8の123~135アミノ酸領域.図中の赤枠はselectively switch regionを表す.

6. おわりに

当初の思惑どおり,我々はイネから新規の非タンパク質性アミノ酸(3R)-β-チロシンを発見し,その生合成経路および遺伝子を同定した.しかし,(3R)-β-チロシンがイネの防御にどう働くのか,そもそも防御に関わるのか,その生理的・生態的意義はいまだ不明である.現在わかっている(3R)-β-チロシンの機能の一つに双子葉植物に対する特異的な根の伸長阻害がある.たとえばシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では1 µM以下で根の伸長を阻害する.この特徴は双子葉植物選択的な新規除草剤への応用が期待される.また,(3R)-β-チロシンはイネの種子,つまり米にも標準アミノ酸に匹敵する濃度が含まれている.したがって,我々は日々(3R)-β-チロシンを摂取しており,この非タンパク質性アミノ酸がヒトの体内でどのように代謝されるのかも非常に興味深い点である.

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21) Kudo, F., Miyanaga, A., & Eguchi, T. (2014) Biosynthesis of natural products containing β-amino acids. Nat. Prod. Rep., 31, 1056–1073.

22) Ratnayake, N.D., Wanninayake, U., Geiger, J.H., & Walker, K.D. (2011) Stereochemistry and mechanism of a microbial phenylalanine aminomutase. J. Am. Chem. Soc., 133, 8531–8533.

23) Walker, K.D., Klettke, K., Akiyama, T., & Croteau, R. (2004) Cloning, heterologous expression, and characterization of a phenylalanine aminomutase involved in Taxol biosynthesis. J. Biol. Chem., 279, 53947–53954.

24) Parry, R.J. & Kurylo-Borowska, Z. (1980) Biosynthesis of amino acids. Investigation of the mechanism of. beta.-tyrosine formation. J. Am. Chem. Soc., 102, 836–837.

25) Liu, W., Christenson, S.D., Standage, S., & Shen, B. (2002) Biosynthesis of the enediyne antitumor antibiotic C-1027. Science, 297, 1170–1173.

26) Krug, D. & Müller, R. (2009) Discovery of additional members of the tyrosine aminomutase enzyme family and the mutational analysis of CmdF. ChemBioChem, 10, 741–750.

27) Rachid, S., Krug, D., Weissman, K.J., & Müller, R. (2007) Biosynthesis of (R)-beta-tyrosine and its incorporation into the highly cytotoxic chondramides produced by Chondromyces crocatus. J. Biol. Chem., 282, 21810–21817.

28) Yan, J., Aboshi, T., Teraishi, M., Strickler, S.R., Spindel, J.E., Tung, C.-W., Tanaka, R., Matsumoto, F., Maesaka, Y., McCouch, S.R., et al. (2015) The tyrosine aminomutase TAM1 is required for β-tyrosine biosynthesis in Rice. Plant Cell, 27, 1–14.

29) Huang, S.-X., Lohman, J.R., Huang, T., & Shen, B. (2013) A new member of the 4-methylideneimidazole-5-one-containing aminomutase family from the enediyne kedarcidin biosynthetic pathway. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 8069–8074.

30) Lohman, J.R. & Shen, B. (2012) 4-Methylideneimidazole-5-one-containing aminomutases in enediyne biosynthesis. Methods Enzymol., 516, 299–319.

31) Christenson, S.D., Liu, W., Toney, M.D., & Shen, B. (2003) A novel 4-methylideneimidazole-5-one-containing tyrosine aminomutase in enediyne antitumor antibiotic C-1027 biosynthesis. J. Am. Chem. Soc., 125, 6062–6063.

32) Walter, T., King, Z., & Walker, K.D. (2016) A Tyrosine Aminomutase from Rice (Oryza sativa) Isomerizes (S)-α- to (R)-β-tyrosine with unique high enantioselectivity and retention of configuration. Biochemistry, 55, 1–4.

33) Yokoo, T., Takata, R., Yan, J., Matsumoto, F., Teraishi, M., Okumoto, Y., Jander, G., & Mori, N. (2015) Identification of β-phenylalanine as a non-protein amino acid in cultivated rice, Oryza sativa. Commun. Integr. Biol., 8, e1086045.

34) Stecher, G., Tamura, K., & Kumar, S. (2020) Molecular Evolutionary Genetics Analysis (MEGA) for macOS. Mol. Biol. Evol., 37, 1237–1239.

著者紹介Author Profile

森 直樹(もり なおき)

京都大学大学院農学研究科 教授.博士(農学).

略歴

1986年筑波大学第二学群農林学類生物応用化学専攻卒業.2016年京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻教授.1998~2000年には,米国農務省研究所博士研究員を兼任.

研究テーマと抱負

化学をベースにした生物間相互作用の解析を通じて,生物進化の一面を理解したい.特に,専門が異なる研究者との共同研究を通して新しい知見を見出したい.

ウェブサイト

http://www.chemeco.kais.kyoto-u.ac.jp/

趣味

クラシックギターの演奏.

阪本 駿太(さかもと しゅんた)

京都大学大学院農学研究科修士課程2年.学士(農学)

略歴

2015年大阪府立天王寺高校卒業,20年京都大学農学部応用生命科学科卒業.

研究テーマと抱負

イネが産生する(R)-β-チロシンの生理的・生態的意義の解明.イネがもつ潜在的な能力を開発し,米の収率増加につなげたい.

ウェブサイト

http://www.chemeco.kais.kyoto-u.ac.jp/

趣味

釣り,ファッション.

網干 貴子(あぼし たかこ)

山形大学農学部 准教授.博士(農学).

略歴

2006年京都大学農学部応用生命科学科卒業.京都大学大学院農学研究科産学官連携研究員を経て,14年山形大学農学部助教.18年より現職.

研究テーマと抱負

昆虫などの食害に対する植物の化学的な防御応答の研究.植物中に数多くある未知物質の構造同定とその機能解明を通して,植物が本来持つ力を生かした防除方法の考案を目指したいです.

ウェブサイト

http://yudb.kj.yamagata-u.ac.jp/html/200000242_ja.html

趣味

食べ歩き.

吉川 貴徳(よしかわ たかのり)

京都大学大学院農学研究科助教.博士(農学).

略歴

2009年京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了.09~13年東京大学大学院農学生命科学研究科特任研究員.13~17年吉備国際大学農学部講師,17~18年同准教授.18年より現職.

研究テーマと抱負

植物の発生や貯蔵成分の遺伝的制御・生理的機能に興味があります.最近では,植物の成長に伴う遺伝子の発現変化から,植物が成長することの本当の意味を明らかにしたいと考えています.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/T_Yoshikawa/

趣味

映画鑑賞,車で旅をすること.

寺石 政義(てらいし まさよし)

京都大学大学院農学研究科 准教授.博士(農学).

略歴

1968年京都府に生る.91年京都大学農学部卒業.2004年より京都大学大学院農学研究科助教を経て現職に至る.

研究テーマと抱負

稲と大豆の農業形質を研究しています.代謝物が植物の環境応答に関わっており,品種・系統によって異なることに興味を持ちました.植物自身がもつ応答反応を環境にやさしい次世代型作物の開発に活用したい.

ウェブサイト

http://www.ikushu.kais.kyoto-u.ac.jp/

趣味

プログラミングを勉強したい.

吉永 直子(よしなが なおこ)

京都大学大学院農学研究科 助教.博士(農学).

略歴

2007年京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻修了.京都大学COEポスドク,海外学振,京都大学次世代研究者育成センター特定助教を経て11年京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻助教.

研究テーマと抱負

植物の防御応答に関する化学物質およびその誘導をめぐる昆虫と植物の攻防を化学的に分析.

ウェブサイト

http://www.chemeco.kais.kyoto-u.ac.jp/

奥本 裕(おくもと ゆたか)

摂南大学農学部 教授.博士(農学).

略歴

1977年京都大学農学部農学専攻卒業,2020年より現職,10年から20年には京都大学大学院農学研究科教授.

研究テーマと抱負

植物と微生物,昆虫との相互関係にかかわる化学物質の多様性を導入した品種の育成により,生態系が単純化しやすい農業生産現場への生物多様性の導入を推進すること.

ウェブサイト

https://www.setsunan.ac.jp/nyushika/nougaku/labo/

趣味

サッカー.

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