Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 396-399 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930396

みにれびゅうMini Review

細胞競合における上皮恒常性維持機構の役割Role of epithelial homeostasis in cell competition

1金沢大学がん進展制御研究所分子病態研究分野Cancer Research Institute of Kanazawa University, Division of Cancer Cell Biology ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-machi, Kanazawa, Ishi­kawa 920–1192, Japan

2京都大学大学院医学研究科分子生体統御学講座分子腫瘍学分野Department of Molecular Oncology, Kyoto University Medical School ◇ 〒606–8501 京都市左京区吉田近衛町 ◇ Sakyo-ku, Yoshida-Konoe-cho, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2021年6月25日Published: June 25, 2021
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

我々の上皮組織には,外界からのさまざまな刺激(機械的・化学的)に対するバリアとして機能するために,恒常性維持機構が備わっている.近年,上皮恒常性の維持において,細胞競合現象が重要な役割を担っていることがわかってきた.細胞競合現象とは,上皮細胞層に生じた死細胞や変異細胞が,周囲の正常細胞との相互作用によって,積極的に体外に排除される現象である.たとえば,がん原性遺伝子変異(Ras, Src, ErbB2など)を持った細胞が上皮細胞層に生じると,変異細胞は頂端側へ上皮細胞層から押し出される(apical extrusion)1–3).この現象は,変異細胞のみで形成される上皮細胞層では観察されず,変異細胞が正常細胞に囲まれたときにのみ起こることから,正常細胞と変異細胞との間に生じる相互作用が上皮恒常性維持に寄与していることが示された.これまでの細胞競合研究から,排除プロセスにおける相互作用の分子メカニズムは明らかになってきたが,どのように排除すべき細胞を見つけるのか?という認識プロセスにおける相互作用はまったくの未知であり,細胞競合現象におけるブラックボックスであった.本稿では,細胞競合現象のトリガーとしてカルシウムイオンの関与を見いだした筆者らの知見4)を紹介し,細胞競合の観点から上皮細胞層の恒常性維持機構に関して概説する.

2. カルシウムウェーブは細胞の排除を促進する

筆者らは,発がんの超初期段階に着目した研究を行っている.発がんの超初期段階とは,がん原性遺伝子変異を持つ細胞(変異細胞)が正常上皮細胞層にごく少数出現した状態であり,多段階発がんにおける最初の段階を指している.本研究では,正常上皮細胞層に対して,恒常活性化型Rasタンパク質(RasV12)を発現させる遺伝子をトランスフェクションにより導入することで,少数のRasV12変異細胞が正常細胞に囲まれた,上述の発がんの超初期段階を細胞培養系で再現した.また,細胞内カルシウムイオンを可視化するために,イヌ腎臓尿細管上皮由来のMadin-Darby canine kidney(MDCK)細胞にカルシウムセンサータンパク質であるGCaMP6sを恒常発現させた細胞株(MDCK-GCaMP)を樹立した.MDCK-GCaMP細胞層にRasV12発現を導入した後に,タイムラプス撮影を行い,細胞内カルシウムイオンとRasV12変異細胞の排除現象との関係を調べた.すると,まずRasV12変異細胞においてカルシウムレベルが増加し,その後,RasV12変異細胞から周囲の正常細胞へと連続的にカルシウムが伝搬するようすが観察された(図1:カルシウムウェーブ).カルシウムウェーブが生じた直後からRasV12変異細胞の管腔側への押し出しが始まり,最終的にRasV12変異細胞が細胞層から排除された.カルシウムウェーブが生じた際に,より高頻度でRasV12変異細胞が排除されていたことから,カルシウムウェーブは,RasV12変異細胞排除のトリガーであり,排除現象を促進することが明らかになった.

Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 396-399 (2021)

図1 変異細胞の周囲正常細胞に伝播するカルシウムウェーブ

RasV12変異細胞(矢印)が正常上皮細胞に囲まれると,まずRasV12変異細胞内のカルシウムレベルが増加し(矢頭:−20~0 s),連続して複数の周囲正常細胞へとカルシウムが伝搬する現象が観察された(カルシウムウェーブ).

細胞内カルシウムは主に,細胞膜カルシウムチャネル・小胞体カルシウム受容体・ギャップ結合の三つの経路で制御されていることが知られている5).そこで,RasV12変異細胞周囲の正常細胞におけるカルシウムウェーブが,どの経路で制御されているのかを調べた.その結果,細胞膜の機械受容カルシウムチャネルであるTRPC1(transient receptor potential C1)チャネル・小胞体膜のIP3受容体・ギャップ結合をそれぞれ阻害剤やノックダウンによって抑制すると,正常細胞でのカルシウムウェーブの発生頻度が低下し,さらにRasV12変異細胞の排除も抑制された.このことから,カルシウムウェーブ,すなわちRasV12変異細胞周囲の正常細胞における細胞内カルシウムの増加は,TRPC1機械受容カルシウムチャネル・IP3受容体・ギャップ結合の三つの経路によって統合的に制御されていることが示唆された.

次に,カルシウムウェーブが正常細胞に与える影響・機能的意義を明らかにするために,カルシウムウェーブが生じた細胞(変異細胞の近位細胞群)と,カルシウムウェーブが生じなかった細胞(変異細胞の遠位細胞群)とを比較し,細胞の移動量と移動方向を調べた.カルシウムウェーブが生じた細胞は,生じなかった細胞よりも,移動距離が長く,その移動方向はRasV12変異細胞へと向かう極性を示した.RasV12変異細胞へと向かう正常細胞の移動は,RasV12変異細胞の排除過程の間継続していた.また,細胞移動距離の増加とRasV12変異細胞への方向性を,カルシウムウェーブの有無で比較すると,カルシウムウェーブが生じなかった場合では,移動距離は低く,移動方向の極性も明らかではなかった.さらに,TRPC1機械受容カルシウムチャネルのノックダウンにより,カルシウムウェーブを抑制すると,細胞移動距離の増加とRasV12変異細胞へと向かう極性の傾向はみられなくなった.これらの解析結果から,カルシウムウェーブは,RasV12変異細胞周囲の正常細胞の移動量と,RasV12変異細胞へと向かう方向性を与えることが示唆された.カルシウムウェーブによる細胞移動制御の分子メカニズムを明らかにするために,RasV12変異細胞の排除における,周囲正常細胞のアクチンの細胞内局在を調べた.排除過程にあるRasV12変異細胞周囲の正常細胞では,細胞膜へのアクチン集積だけでなく,細胞質や核膜周囲にアクチン集積を認めた.この細胞質と核膜周囲のアクチン集積は,排除されていない変異細胞周囲の正常細胞では観察されなかったことから,排除過程において特異的に観察される変化であることが示唆された.また,周囲正常細胞で観察されたアクチン集積の変化とカルシウムウェーブとの関係を明らかにするために,カルシウムウェーブが抑制される条件で,アクチン集積の変化が生じているかを確認した.まず,機械受容カルシウムチャネルの阻害剤GsMTxやTRPC1チャネルのノックダウンを行ったところ,周囲正常細胞における細胞質と核膜周囲のアクチン集積が抑制された.さらに,PKC阻害剤BIM-1・Go6976やIP3受容体阻害剤Xestosponginも,アクチン集積の変化を抑制した.これらの結果から,カルシウムシグナルがアクチン集積の変化を制御していることが示唆された.先行研究から,細胞内カルシウムレベルの増加がINF2(Inverted formin 2)を介して核膜周囲におけるアクチン集積を誘導するという報告があり6),本研究でも核膜周囲のアクチン集積とINF2との関係を調べた.変異細胞周囲の正常細胞でINF2をノックアウトすると,核膜周囲におけるアクチン集積が消失し,変異細胞の排除の頻度が低下した.さらに,RasV12変異細胞へと向かう極性と細胞の移動距離は抑制されていた.これらの結果から,カルシウムウェーブは,RasV12変異細胞周囲の正常細胞のアクチン局在の変化を介して,細胞排除現象を促進していることが明らかになった.

3. 上皮恒常性維持機構を担うカルシウムウェーブ

細胞培養系で観察されたカルシウムウェーブが生体内でも生じる現象であるかをゼブラフィッシュ胚を用いて検証した.まず,ゼブラフィッシュ胚の上皮細胞層に導入されたRasV12変異細胞がアピカル側へ排除されることを確認した.そこで,この系を用いて細胞内カルシウムをタイムラプスで観察した.その結果,細胞培養系で観察された現象と同様に,まずRasV12変異細胞においてカルシウムレベルが増加し,連続して複数の周囲正常細胞へとカルシウムが伝搬するようすが観察された.MDCK細胞で観察されたカルシウムウェーブよりも,ゼブラフィッシュ胚上皮で観察されたカルシウムウェーブでは,カルシウムウェーブの前後でのRasV12変異細胞の形態変化が明確であり,カルシウムウェーブの直後に,RasV12変異細胞が丸くなるようすが観察された.機械受容カルシウムチャネルとIP3受容体を同時に阻害したところ,カルシウムウェーブとRasV12変異細胞の排除がともに抑制されたことから,ゼブラフィッシュ胚上皮においても,同様のメカニズムによって,カルシウムウェーブが制御されることが示唆された.以上より,上皮細胞層で観察されたカルシウムウェーブは,進化の過程で保存された普遍的な現象であることが明らかになった.

冒頭の節でもふれたように,上皮細胞層に生じた死細胞もまた,積極的に排除されることが知られていることから7),死細胞の排除におけるカルシウムウェーブの関与も調べた.アポトーシス経路の初期発動因子であるCaspase-8を発現させる遺伝子をトランスフェクションにより導入することで,上皮細胞層へ死細胞を導入した.細胞内カルシウムを観察したところ,まず,Caspase-8発現細胞においてカルシウムレベルが増加し,連続して複数の周囲正常細胞へとカルシウムが伝搬し,死細胞が上皮細胞層から排除された.ゼブラフィッシュ胚上皮に死細胞を導入した際にもカルシウムウェーブが観察された.また,機械受容カルシウムチャネル・IP3受容体・ギャップ結合が死細胞周囲のカルシウムウェーブに関与していること,およびそれらの阻害剤投与によってCaspase-8発現細胞周囲の正常細胞の移動とアクチン集積の変化が抑制されることなど,RasV12変異細胞と同様の結果を観察した.しかし,死細胞は,カルシウムウェーブ発生の有無にかかわらず,上皮細胞層から排除されるため,変異細胞排除に比べると死細胞排除におけるカルシウムウェーブの重要性が低い可能性が示唆された.変異細胞の排除だけでなく,死細胞の排除においてもカルシウムウェーブが観察されたことから,カルシウムウェーブは,上皮細胞層からの非正常細胞の細胞排除という上皮恒常性に重要な役割を担っている可能性が考えられる.

上皮細胞におけるカルシウムウェーブは,創傷治癒(would healing)の際にも観察されることが知られている8).創傷治癒もまた,上皮恒常性を維持するための重要な生体防御機構である.上皮細胞層に生じた創傷治癒におけるカルシウムウェーブは,創傷部位からその周囲の細胞へとカルシウムが伝搬し,その後,カルシウムウェーブを受けた細胞が創傷領域へと向かう細胞移動が誘導される.そのメカニズムは,IP3受容体とギャップ結合が関与していることが報告されており9),細胞排除と創傷治癒時における細胞内カルシウムレベルの制御機構は,一部共通していると思われる.一方,細胞排除におけるカルシウムウェーブとの違いは,創傷治癒の細胞移動は,傷害された細胞から放出される分泌因子が関与している点や,細胞排除のカルシウムウェーブの方がカルシウムの伝搬速度が早い点などがあげられる.また,核膜周囲におけるアクチン集積もどちらの場合のカルシウムウェーブでも観察されるが,創傷治癒におけるカルシウムウェーブは一過性のアクチン集積の変化(2分程度)であるのに対して,細胞排除のカルシウムウェーブでは,細胞排除過程を通じてより長い期間アクチン集積の変化が観察される.いずれにせよ,細胞排除と創傷治癒という二つの異なる上皮恒常性維持の重要なプロセスにおいて,カルシウムウェーブが生じることは非常に興味深い点である.上皮組織に生じた異常が,周囲の正常細胞へと伝達されていくようすを連想させるカルシウムウェーブは,上皮恒常性維持機構を支える上皮細胞間のコミュニケーションツールとしての機能があるのかもしれない.

どのように排除すべき細胞を見つけるのか?という当初の疑問に対する明確な答えはいまだに不明である.カルシウムウェーブの最初の反応は,排除細胞内のカルシウムレベルの増加である.RasV12変異細胞のカルシウムレベルの増加は,IP3受容体とTRPC1チャネルが関与していた.IP3受容体からのカルシウムイオンの放出の制御因子はIP3であり10),TRPC1チャネルの開口制御は,細胞膜の機械的な伸展刺激などがトリガーとしてあげられる11).細胞内セカンドメッセンジャーであるIP3や,上皮細胞間で生じる物理学的な因子が,異なる細胞どうしの認識プロセスにどのように関与しているのか,今後の研究課題である.

4. まとめ

カルシウムウェーブが,上皮細胞層からの変異細胞や死細胞の排除を促進することを明らかにした.この現象は,進化の過程で保存されており,排除過程における上皮細胞の細胞移動を促進する役割があることがわかった.本研究によって,上皮組織の恒常性維持機構において,カルシウムシグナルが重要な役割を担っていることが示唆された(図2).

Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 396-399 (2021)

図2 カルシウムシグナルを介した上皮恒常性維持機構のモデル

上皮細胞層に変異細胞や死細胞が出現すると,その周囲正常細胞でカルシウムウェーブが生じる.カルシウムウェーブは,アクチンを介して細胞移動を誘導し,これらの異常細胞は,上皮組織から排除される.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究は,京都大学大学院医学研究科分子生体統合学講座の藤田恭之教授をはじめ,研究室の皆様の多大なるサポートにより行われたものです.この場をお借りして深く感謝申し上げます.

引用文献References

1) Hogan, C., Dupre-Crochet, S., Norman, M., Kajita, M., Zimmermann, C., Pelling, A.E., Piddini, E., Baena-Lopez, L.A., Vincent, J.P., Itoh, Y., et al. (2009) Characterization of the interface between normal and transformed epithelial cells. Nat. Cell Biol., 11, 460–467.

2) Kajita, M., Hogan, C., Harris, A.R., Dupre-Crochet, S., Itasaki, N., Kawakami, K., Charras, G., Tada, M., & Fujita, Y. (2010) Interaction with surrounding normal epithelial cells influences signalling pathways and behaviour of Src-transformed cells. J. Cell Sci., 123, 171–180.

3) Leung, C.T. & Brugge, J.S. (2012) Outgrowth of single oncogene-expressing cells from suppressive epithelial environments. Nature, 482, 410–413.

4) Takeuchi, Y., Narumi, R., Akiyama, R., Vitiello, E., Shirai, T., Tanimura, N., Kuromiya, K., Ishikawa, S., Kajita, M., Tada, M., et al. (2020) Calcium wave promotes cell extrusion. Curr. Biol., 30, 670–681.

5) Berridge, M.J., Bootman, M.D., & Roderick, H.L. (2003) Calcium signalling: Dynamics, homeostasis and remodelling. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 4, 517–529.

6) Wales, P., Schuberth, C.E., Aufschnaiter, R., Fels, J., García-Aguilar, I., Janning, A., Dlugos, C.P., Schäfer-Herte, M., Klingner, C., Wälte, M., et al. (2016) Calcium-mediated actin reset (CaAR) mediates acute cell adaptations. eLife, 5, e19850.

7) Rosenblatt, J., Raff, M.C., & Cramer, L.P. (2001) An epithelial cell destined for apoptosis signals its neighbors to extrude it by an actin- and myosin-dependent mechanism. Curr. Biol., 11, 1847–1857.

8) Sneyd, J., Charles, A.C., & Sanderson, M.J. (1994) A model for the propagation of intercellular calcium waves. Am. J. Physiol., 266, C293–C302.

9) Shabir, S. & Southgate, J. (2008) Calcium signalling in wound-responsive normal human urothelial cell monolayers. Cell Calcium, 44, 453–464.

10) Cahalan, M.D. (2009) STIMulating store-operated Ca(2+) entry. Nat. Cell Biol., 11, 669–677.

11) Ambudkar, I.S., Ong, H.L., Liu, X., Bandyopadhyay, B.C., & Cheng, K.T. (2007) TRPC1: The link between functionally distinct store-operated calcium channels. Cell Calcium, 42, 213–223.

著者紹介Author Profile

竹内 康人(たけうち やすと)

金沢大学がん進展制御研究所分子病態研究分野 助教.博士(歯学).

略歴

1984年宮城県仙台市生まれ.2009年北海道大学歯学部卒業.14年3月北海道大学大学院歯学研究科にて歯学博士を取得後,同年12月より北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野にて博士研究員,19年12月より現職.

研究テーマと抱負

再発・転移がんなどの難治性がんに対する新たな治療法の確立.

ウェブサイト

http://bunshibyotai.w3.kanazawa-u.ac.jp

趣味

野球・フットサル・ランニング.

藤田 恭之(ふじた やすゆき)

京都大学大学院医学研究科分子生体統御学講座分子腫瘍学分野.

This page was created on 2021-05-10T10:49:27.587+09:00
This page was last modified on 2021-06-11T17:10:15.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。