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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 404-408 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930404

みにれびゅうMini Review

植物ホルモン代謝酵素の活性調節機構モノーが提唱したアロステリック制御メカニズムの一端を解明Regulatory mechanism of phytohormone metabolic enzymesElucidation of a part of the allosteric control mechanism proposed by Monod

名古屋大学生物機能開発利用研究センター生物産業創出研究室Bioscience and biotechnology Center, Nagoya University ◇ 〒464–8601 愛知県名古屋市千種区不老町 ◇ Furo, Chikusa, Nagoya, Aichi 464–8601, Japan

発行日:2021年6月25日Published: June 25, 2021
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1. はじめに

環境に応じて動くことができない植物にとって,成長するのかしないのかの選択は非常に重要である.植物は成長に適した条件(光,温度,水,養分など)を必要とし,それがなければ成長を止める必要がある.特に大気や土壌の栄養条件や病害や乾燥や光などのストレスに曝露された際,植物は生存のためにさまざまな戦略をとっている.なかでも,一連につながった代謝経路を制御することは重要で,これにより恒常性と生命の維持を行っている.実際,植物成長ホルモンであるジベレリン(GA)やオーキシン(IAA)量は,生合成および代謝酵素の協調的な転写調節による負のフィードバックまたは正のフィードフォワード機構により一定範囲内に維持されている1–3).しかし,タンパク質レベルにおける制御機構に関しては不明な点が多い.最近我々は,イネにおいてGAおよびIAA代謝酵素が基質レベルに応じてタンパク質の立体変化(単量体-多量体スイッチング)を起こし,酵素活性を高めることによって植物ホルモンの恒常性を維持する共通のシステムが存在することを示した.このことは,モノーが提唱したアロステリック制御が植物ホルモンの代謝系に働いていること,さらにその分子メカニズムを新たに提示できたことを意味する.本稿では,これら植物ホルモン代謝酵素の新たな活性調節機構について,筆者らの最新の知見を織り交ぜながら解説する.

2. アロステリック制御

前述したように,酵素の制御は異化と同化のバランスを維持するために不可欠である4, 5).酵素活性は精密に制御されており,制御不良は代謝障害や疾患を引き起こす6).制御機構は大きく分けて,遺伝子発現を伴った直接的な制御である“coarse control”と,酵素の活性調節,つまり基質やエフェクター濃度の変化が調節要因となる“fine control”に類別される.“fine control”の方がはるかに短時間で酵素活性を調節し,多くの場合アロステリックな制御を指す7, 8)

1961年に,モノーらは細菌酵素におけるフィードバック阻害を説明するために「アロステリック」理論を提唱した4, 5, 7, 8).「アロステリック」の語源である「アロステリー」という言葉は,ギリシャ語で「別の(allo-)」と「形(stereo-)」を反映した合成語である.つまり,アロステリック効果とは,活性部位以外の「別の」部位でエフェクター分子が作用することで,構造変化,つまり分子の「形」が変化し,タンパク質の活性が調節されるという現象である.このようなアロステリック制御は,翻訳後における恒常性維持のために必須であるが,植物ホルモンの制御についてはこれまでのところ報告がなかった.

3. GAおよびIAA不活性化酵素による活性調節機能

最近筆者らは,植物ホルモン不活性化酵素の翻訳後調節について,そのアロステリック制御と恒常性の観点から研究を行った.GAの不活性化酵素であるイネGA2酸化酵素(OsGA2ox3)およびIAA不活性化酵素であるIAA酸化酵素(OsDAO)のX線結晶構造解析に取り組み,初めてこれら酵素の構造解析に成功した9).その全体構造はOsGA2ox3が四量体,OsDAOは二量体を形成しており,興味深いことにそれぞれの基質であるGA4およびIAAがサブユニット分子界面で架橋することにより多量体を形成していた(図1).さらに,この基質を介した多量体化と酵素活性の関係を調べたところ,多量体化は基質濃度の増加とともに徐々に進行し,それに伴い酵素活性がシグモイド曲線状に上昇した(図2A9).これら酵素による構造変化と活性の増大は,モノーらによって提案されたモデルに示されているように,アロステリック制御イベントの典型的なものであった.

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図1 GAおよびIAA不活性化酵素の立体構造

(A, B) OsGA2ox3の全体構造:サブユニットB–C間およびA–D間に活性中心とは別の基質GA4が結合して多量体構造を形成していた.この分子界面にあるGA4の結合には308番目リシン残基(K308)が必須であった.(C) OsDAOの全体構造:サブユニットA–B間にIAAが結合し,二量体形成していた(文献9を改変して引用).

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図2 活性測定およびMDシミュレーションで明らかとなったOsGA2ox3の活性機構

(A) GA4とのインキュベート時間を変えていき,その時間での活性を測定したところ,インキュベーション時間が長くなるにつれ活性が上昇した.多量体形成に関与するアミノ酸をAlaに置換した変異体では,活性の上昇はみられなかった.(B) GA4の位置特異的な安定性を表す自由エネルギーの地形.分子間と活性部位に局所的なエネルギーの極小値が存在する(GA4がこれらの位置で安定).さらに,分子間にあるGAが活性中心にローディングしてくる際に,赤と青で示した二つのルートがあることがわかった.どちらのルートの場合もエネルギーの障壁が低く,自発的に活性中心へ入っていくことが明らかとなった(文献9を改変して引用).

また,DAOについてZhangらは,AtDAO1(シロイヌナズナのDAOの一つ)によるIAA活性は,別のIAA不活性化酵素であるGH3.6による不活性化よりも10,000倍以上低いことを報告している.実際我々の結果は,高濃度のIAAの下において,OsDAOの二量体での活性がGH3.6の4分の1程度であった.これは,DAOによるIAA不活性化システムの生物学的な意味合いについて,さらなる洞察を与えてくれた.つまり,GH3遺伝子は,植物が被るさまざまな環境変化に対する緊急応答システムとして機能し,外因性のIAAや環境刺激に応答するために最も早く反応する10–13).一方,DAOによる不活性化システムは,主に内在的な生物学的イベントに関与している可能性があり,基質のレベルに応じて分子内のメカニズムによって活性を調節することができることが示唆している.このような効果的な二重の不活性化システムは,連続的に変動する多様な環境条件にさらされる植物にとって,重要であると考えられる.興味深いことに,このような二重の不活性化システムはGAによる制御においては観察されず,GAが制御する生物学的事象には迅速な不活性化が必須ではない可能性が示唆される.

4. MDシミュレーションによる活性調節機能のメカニズム

立体構造を決定する手法として最たるものはX線結晶構造解析である.しかし弱点もあり,結晶中ではタンパク質は基本的には動かず,得られた構造は静的なスナップショットとして捉えることしかできない.そのため,タンパク質が働くようすを結晶中で追うためには,たとえば酵素と基質(阻害剤)との複合体構造を決定し,さまざまな状態にあるタンパク質のスナップショットを捉えることで動態を解析するしかない.実際,Matthewsらのグループは,T4リゾチームの変異体におけるさまざまな結晶構造から二つのドメインが大きく動いていることを示し,これらの構造が動的状態のスナップショットであると述べている14).これに対して,溶液NMR法は時間軸に沿った多彩な動的情報を得ることができるが,その弱点の一つが,解析対象となるタンパク質の分子量が比較的小さいものに限られる点にある.そこで,この両者の橋渡しをする手法として,原子・分子の動きをコンピュータの中で再現することができる分子動力学(MD)シミュレーションが注目されている.

我々は,不活性化酵素の詳細な代謝メカニズムを検討するため,MDシミュレーションによるタンパク質のダイナミクスを解析した9).OsGA2ox3において,基質GA4が活性部位とサブユニット界面を行き来するルートがあり,活性中心を覆うフタのようなβシート(gateと表記)が大きな構造変化を起こすことを見いだした.このgateはGAが活性中心にローディングするに従って開き,GAが完全に活性中心に入ると閉じる動きをすることも明らかとなった.この動的なシステムを検証するため,まず,gateのヒンジ部分を形成しているCysおよびTrpをAlaに置換させ,活性を調べた.変異体ではKm値が大きくなったことから,この変異体はgateの開閉ができなくなりGAとの親和性が低下した,つまりgateの開閉は活性に寄与することが明らかとなった.さらに,gate部分が開いた際,分子間で相互作用するようすがみられたことから,これに関与するArgおよびPheをAlaに変異させ,四量体を単離して酵素活性を調べた.その結果,Vmaxが低下したことから,gateが開きにくくなりGAが出入りする速度が遅くなったことが示唆された.つまり,GA2ox3が基質濃度に伴って多量体を形成することで,サブユニット間での相互作用によりgateが安定化し,活性増強に寄与していることも明らかとなった.さらに,自由エネルギーを算出したところ,サブユニット界面にあるGA4は低いエネルギー障壁で自発的に活性部位に入っていくことを見いだした(図2B).これらの結果から,OsGA2ox3およびOsDAOが活性を上昇させるトリガーは,次のように説明することができる.GA4やIAAが低濃度の場合,各酵素は単量体またはプロトマー(モノーが定義した用語)として存在し,定常状態の活性を示している7).一方,基質濃度が上昇すると,酵素は基質(エフェクター)の助けを借りて徐々に多量体を形成し,活性ポケットの入り口付近に次の反応に必要な基質を待機させ,gateの開閉や安定化によって酵素活性が上昇することでGAやIAAの積極的な代謝が行われるという,ホルモンの恒常性を維持するための巧妙なシステムが存在することが示唆された(図3).今回我々が明らかにしたアロステリック制御システムは,植物ホルモンレベルに応じて活性部位の近く(サブユニット界面)に基質が結合することで単量体から多量体へと立体変化を起こし活性を増強させるという,他に類をみないシステムである.

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図3 GAおよびIAA不活性化酵素の代謝調節機構

基質GA4やIAAが多くなると多量体を作り代謝活性を上昇させる機構.多量体になると,分子間にあるGA4やIAAが次の反応のための基質として活性ポケットに転がり込むことが可能となり,反応速度論的に反応性が上昇することが示された.その際,gateと名づけた活性中心を覆うフタのような構造が開閉することで,基質(生成物)が出入りすることも示唆された(文献9を改変して引用).

最後に,2種類の異なる植物成長ホルモンにおけるアロステリック機構に基づいた恒常性制御システムの確立について,進化の観点から考察する.GA2oxやDAOは,P450に次いで植物に多い酸化酵素である2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ(2ODD)に属するが,この2ODD酵素の系統解析の結果,進化においてそれぞれ独立してこのシステムが確立されたことがわかった9).アロステリック反応性の変化に必須なLys(またはArg)残基(OsGA2ox3におけるK308)は,GA2oxに存在する二つのタイプ,C19型(裸子植物の時代に誕生)およびC20型(被子植物の初期に誕生),そしてDAO(被子植物の初期に誕生)のすべてで保存されており,実際,C20型のOsGA2ox6もGA依存的な多量体形成を示した.これらの事実は,GAおよびIAA代謝酵素がこの塩基性アミノ酸(リシンまたはアルギニン)を持つ2ODDからそれぞれ裸子および被子植物の時代に独立に誕生することで,植物がさまざまな環境条件に適応し,成長ホルモンのレベルを効果的に制御するために重要なシステムである可能性を示唆している.その結果として,このエレガントなシステムは間違いなく植物の生存を助け,変動する厳しい環境に対してよりよい適応能をもたらしたといえる.

5. おわりに

今回我々は,いくつかの成長に関わる植物ホルモンの代謝酵素が,植物ホルモンの濃度に応じてタンパク質レベルで巧みに恒常性を制御・維持し,植物の成長を調整していることを初めて明らかにした.特に,構造解析と分子動力学的シミュレーションを組み合わせることにより,植物ホルモンの一つであるGAおよびIAAの代謝酵素が可逆的に植物ホルモン濃度依存的な多量体構造を形成し,それに伴って活性を上昇させることを見いだした.このような調節は,古くは,モノーのアロステリック酵素として提唱されていた概念であるが,そのシステムが植物ホルモン量の可逆的な調整システムとして進化の中で何回か独立して誕生し,共通に進化してきたことも示唆した.このようなシステムは,他の2ODDが関与する植物ホルモンの合成と代謝,一次二次代謝物の合成と代謝のリガンド認識や制御にも用いられているのかもしれない.また,今回明らかにした活性制御システムを応用することで,さまざまな植物ホルモン応答を人為的に制御できることが期待される.

謝辞Acknowledgments

この一連の研究は,量子科学技術研究開発機構の桜庭俊研究員,京都大学生存圏研究所森林代謝機能化学研究分野の三上文三特任教授との共同研究により行ったものです.この場をお借りして,厚く御礼申し上げます.また,本研究に携わっていただいた多くの研究者の方々に,深く感謝致します.

引用文献References

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14) Faber, H.R. & Matthews, B.W. (1990) A mutant T4 lysozyme displays five different crystal conformations. Nature, 348, 263–266.

著者紹介Author Profile

上口(田中) 美弥子(うえぐち-たなか みやこ)

名古屋大学生物機能開発利用研究センター教授.農学博士.

略歴

1980年京都大学農学部農芸化学科卒業.86年同大学院農学研究科博士後期課程満期退学.同年大阪府立公衆衛生研究所研究員.96年名古屋大学研究員.2008年同大学生物機能開発利用研究センター准教授.20年より現職.

研究テーマと抱負

植物ホルモンであるジベレリンの合成や代謝酵素およびシグナル伝達因子の構造を明らかにすることにより,植物の伸長や生殖といった植物の基本的なあり様を理解する.

ウェブサイト

https://bioindustry.wixsite.com/ueguchilab

趣味

音楽鑑賞・ボランティア活動.

竹原 清日(たけはら さやか)

名古屋大学生物機能開発利用研究センター研究員.博士(農学).

略歴

2005年大阪府立大学理学部卒業,07年大阪府立大学大学院理学系研究科修了.11年京都大学大学院農学研究科にて学位取得(07~09年日本学術振興会特別研究員).同年より現職.

研究テーマと抱負

構造情報に基づいて植物ホルモンのシグナル伝達や活性メカニズムを理解するとともに,得られた知見を育種に役立てる研究を目指しています.

ウェブサイト

https://bioindustry.wixsite.com/ueguchilab

趣味

音楽鑑賞,スポーツ観戦.

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