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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 409-413 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930409

みにれびゅうMini Review

システミックな細胞競合制御によるがん発生メカニズムSystemic regulation of tumor-suppresive cell competition

京都大学大学院生命科学研究科・システム機能学分野Laboratory of Genetics, Graduate School of Biostudies, Kyoto University ◇ 〒606–8501 京都市左京区吉田下阿達町46–29 ◇ 46–29 Yoshida-Shimoadachi-cho, Sakyo-Ku, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2021年6月25日Published: June 25, 2021
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1. はじめに

上皮細胞における頂端-基底極性の崩壊は,代表的な悪性がんの形質である.実際に,さまざまな実験系において極性が崩壊した細胞が過剰な増殖能をもつことが示されている.たとえば,極性決定遺伝子scribble(scrib)を欠損したショウジョウバエ上皮組織は過剰な細胞増殖を起こして腫瘍を形成する.興味深いことに,そのような極性崩壊細胞は周囲を正常細胞に囲まれると細胞死を起こして組織から排除される.この現象は「細胞競合」と呼ばれ,細胞間相互作用を介した新たながん抑制機構として注目されている.これまで細胞競合の分子メカニズムに関しては,競合する細胞間の直接的な相互作用が中心的に解析されてきた.我々は最近,この細胞競合が生体内のシステミックな因子によっても制御されることを見いだした.具体的には,生体内のインスリン濃度が上昇する高インスリン血症の状態では細胞競合の機構が破綻し,極性崩壊細胞が正常細胞に囲まれた状況でも腫瘍化することをショウジョウバエモデルで見いだした.また,糖尿病治療薬であるメトホルミンの投与によりこの腫瘍化が抑制されることもわかった.これらの結果は,生体内のシステミックな因子が細胞競合の制御に重要な役割を果たしうること,またこれを薬剤によって制御しうることを示唆しており,細胞競合の人為的制御による疾患治療の可能性を提示している.

2. 細胞競合によるがん原性細胞の排除

ヒトのがんのほとんどは上皮由来であり,上皮細胞の頂底極性の崩壊は悪性がんのホールマークの一つとして知られている1)scribは進化的に保存された頂底極性決定遺伝子で,ショウジョウバエのseptate junction(tight junctionのショウジョウバエアナログ)の形成に必須である2)scribを欠損したショウジョウバエ上皮細胞は,極性を失うとともに過剰増殖して腫瘍化する3).これらのことから,極性決定遺伝子はがん抑制遺伝子として機能すると考えられてきた.一方,興味深いことに,上皮組織の一部にモザイク状に極性崩壊細胞(scrib変異細胞)を誘導した場合,極性崩壊細胞は過剰増殖せずむしろ細胞死を起こして組織から排除される(図14).このような状況依存的な細胞排除は「細胞競合」と呼ばれ,哺乳類細胞においても同様の現象が起こることが示されている5).我々はこれまで,ショウジョウバエ遺伝学を用いてこの細胞競合の分子メカニズムを解析してきた(図2).まず,極性崩壊細胞の排除にはEiger(ショウジョウバエTNFホモログ)によって活性化されるJNK(c-Jun N-terminal kinase)シグナルが中心的な役割を果たすことがわかった.具体的には,組織中に生じたscrib変異細胞ではエンドサイトーシスが亢進し,Eiger/TNFがエンドサイトーシスを受けることでエンドソームにおいてその下流のJNKシグナルが活性化する6).極性崩壊細胞におけるJNKの活性化はアポトーシスを促進する6)とともに,Slit-Robo2シグナルを介して細胞接着分子Eカドヘリンの発現低下を引き起こして極性崩壊細胞の上皮組織からの逸脱を促進する7).また,JNKシグナルは極性崩壊細胞に隣接する野生型細胞においても活性化しており,このJNKシグナルの活性化はPvr(ショウジョウバエPDGFR/VEGFRホモログ)の発現誘導を介してアクチン骨格の再編成を引き起こし,近接する極性崩壊細胞を貪食する8).さらに,極性崩壊細胞に隣接する正常細胞の頂端部に存在する細胞表面リガンドSasが側底側に局在変化することで極性崩壊細胞の受容体型プロテインホスファターゼPtp10Dを活性化し,これによりEGFRシグナルが抑制されることで極性崩壊細胞の排除が促される9).これらの細胞間相互作用に加えて,極性崩壊細胞内で自然免疫シグナルであるTollシグナルが活性化すると細胞競合が抑制され,腫瘍化が起こることもわかった10).ショウジョウバエ上皮組織では通常,Tollシグナルを抑制するセリンプロテアーゼインヒビターSerpin5(Spn5)が分泌されており,これにより極性崩壊細胞が細胞競合によって排除されるような環境が作り出されている(図2).最近筆者らは,病原菌感染により全身性に自然免疫シグナルが活性化した場合にも細胞競合が破綻して極性崩壊細胞が腫瘍化することを見いだすとともに,このときTollシグナルがインスリンシグナルを亢進することで細胞競合が破綻することを明らかにした(掛村ら,投稿準備中).

Journal of Japanese Biochemical Society 93(3): 409-413 (2021)

図1 細胞競合によるがん抑制

極性決定遺伝子scribを欠損したショウジョウバエ上皮組織は腫瘍化する(左).一方,正常細胞に囲まれたscrib変異細胞は過剰増殖せず,むしろ細胞死を起こして組織から排除される(細胞競合,右).

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図2 極性崩壊細胞の排除機構

ショウジョウバエ上皮組織中に誘導された極性崩壊細胞において,Eiger/TNF依存的にJNKシグナルが活性化する.極性崩壊細胞におけるJNK活性化はアポトーシスを促進するとともにSlit-Robo2シグナルを介して細胞接着を低下させる.正常細胞におけるJNKの活性化はPvrシグナルを介して貪食を促進する.正常細胞と極性崩壊細胞の境界面においてはSas-Ptp10Dシグナルが活性化し,極性崩壊細胞におけるEGFRシグナルが抑制される.一方,正常細胞から分泌されたSerpin5(Spn5)はTollシグナルのリガンドSpätzle(Spz)の活性化を阻害し,極性崩壊細胞の排除を促進する.

3. 高インスリン血症による細胞競合の破綻

我々は,生体内における細胞競合の制御メカニズムを明らかにするため,ショウジョウバエ遺伝学的スクリーニングを行った.具体的には,ショウジョウバエ染色体欠失系統ライブラリーを用いてショウジョウバエ個体全体にヘテロ接合性変異を導入し,上皮組織において極性崩壊細胞(scrib変異細胞)の細胞競合による排除が抑制され,腫瘍化する変異をスクリーニングした.その結果,細胞競合のサプレッサー変異の責任遺伝子としてchico遺伝子[ショウジョウバエinsulin receptor substrate(IRS)遺伝子]を同定した.興味深いことに,chico遺伝子は上皮組織ではなくインスリン産生細胞において欠損することで極性崩壊細胞の腫瘍化を引き起こすことが明らかになった.さらなる解析の結果,インスリン産生細胞におけるchico遺伝子欠損は,フィードバック機構を介してインスリンペプチド(ショウジョウバエDilp2タンパク質)の産生量を増大させ,これによりショウジョウバエ体液中のインスリンレベルが顕著に上昇し,高インスリン血症が引き起こされることがわかった.この高インスリン血症が,上皮組織での細胞競合をシステミックに破綻させていることが明らかになった.インスリンシグナルはPI3K-Akt経路を介してmTOR(target of rapamycin)を活性化し,細胞内のタンパク質合成を促進することが知られている.以前に我々は,隣接する細胞間のタンパク質合成能の差が細胞競合を駆動する可能性を見いだしている11).興味深いことに,極性崩壊細胞では通常,インスリンシグナルおよびタンパク質合成能が正常細胞に比べて低下しており,高インスリン血症状態ではこれらがいずれも正常細胞より増大することが明らかになった.また,通常の血中インスリンレベルでは極性崩壊細胞においてインスリン受容体の転写量が正常細胞に比べて低下しており,高インスリン血症状態では逆に上昇していることがわかった.これらの結果から,生体内の高インスリン血症は極性崩壊細胞におけるインスリンシグナルおよびタンパク質合成能を亢進して細胞競合を破綻させ,極性崩壊細胞の腫瘍化を誘導することが明らかになった12)図3).

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図3 高インスリン血症による細胞競合破綻

通常の血中インスリンレベルでは,極性崩壊細胞におけるインスリンシグナルおよびタンパク質合成能は正常細胞に比べて低下している.一方で,高インスリン血症状態では極性崩壊細胞におけるインスリンシグナルおよびタンパク質合成能が正常細胞に比べて増大し,細胞競合による排除を免れて腫瘍化する.メトホルミンの投与により極性崩壊細胞におけるタンパク質合成能能が低下し,細胞競合が機能して腫瘍化が抑制される.

ヒトにおける高インスリン血症は,局所的な炎症により惹起されたインスリン抵抗性が起因となって膵臓からのインスリン分泌量が増加することで起こることが知られており,2型糖尿病患者や肥満に伴う典型的な病態の一つである.重要なことに,2型糖尿病患者や肥満ではがんリスクが増大することが知られているが,その原因についてはいまだ不明な点が多い.ショウジョウバエにおいてがん抑制性の細胞競合が血中インスリン量によって制御されうることを鑑みると,2型糖尿病や肥満によるがんリスクの増大が細胞競合の破綻に起因している可能性がある.

4. メトホルミンによる腫瘍抑制と細胞競合

2型糖尿病の第一選択薬として用いられているビグアナイド系薬剤メトホルミンを服用している患者は,メトホルミンを服用していない患者に比べてがんリスクが低いことが知られている13).メトホルミンの作用機序についてはいまだ不明な点が多く,これまでにAMPK活性化による肝臓での糖新生抑制や,細胞内タンパク質合成を促進するmTOR経路の抑制を介して腫瘍抑制効果を発揮することが予想されている14).興味深いことに,ショウジョウバエ幼虫にメトホルミンを投与すると,高インスリン血症状態で起こる細胞競合の破綻(極性崩壊細胞の腫瘍化)が抑制された.このとき,インスリン産生細胞からのインスリンペプチド分泌量は低下しておらず,高インスリン血症状態のままであったが,極性崩壊細胞においてS6K(mTOR経路下流のキナーゼ)およびタンパク質合成能が低下していた.すなわち,メトホルミンは極性崩壊細胞内のmTOR経路を抑制することで腫瘍化を抑制したと考えられた12)図3).

5. おわりに

ショウジョウバエを用いた細胞競合機構の遺伝学的解析により,糖尿病や肥満とがんリスクの正相関を説明しうる新たなメカニズムが見えてきた.細胞競合によるがん原性細胞の排除が,近接細胞間の相互作用のみならず生体内環境や特定の病理的条件,特に遠隔器官からのシステミックな因子によっても制御されうることは興味深い.そして,この細胞競合を化合物の経口投与という全身性の薬剤効果によって制御できたという事実は,細胞競合の人為的制御とその疾患治療への応用の可能性を提示している.今後,哺乳類動物モデルも含めたさまざまな解析系で細胞競合の生体レベルでの制御機構を明らかにしていくことで,細胞競合の生理的役割とその動作機序の理解が深まるとともに,医学への応用の道が拓かれるものと期待される.

引用文献References

1) Martin-Belmonte, F. & Perez-Moreno, M. (2012) Epithelial cell polarity, stem cells and cancer. Nat. Rev. Cancer, 12, 23–38.

2) Bilder, D. & Perrimon, N. (2000) Localization of apical epithelial determinants by the basolateral PDZ protein scribble. Nature, 403, 676–680.

3) Bilder, D., Li, M., & Perrimon, N. (2000) Cooperative regulation of cell polarity and growth by drosophila tumor suppressors. Science, 289, 113–116.

4) Brumby, A.M. & Richardson, H.E. (2003) Scribble mutants cooperate with oncogenic Ras or Notch to cause neoplastic overgrowth in drosophila. EMBO J., 22, 5769–5779.

5) Norman, M., Wisniewska, K.A., Lawrenson, K., Garcia-Miranda, P., Tada, M., Kajita, M., Mano, H., Ishikawa, S., Ikegawa, M., Shimada, T., et al. (2012) Loss of scribble causes cell competition in mammalian cells. J. Cell Sci., 125, 59–66.

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8) Ohsawa, S., Sugimura, K., Takino, K., Xu, T., Miyawaki, A., & Igaki, T. (2011) Elimination of oncogenic neighbors by JNK-mediated engulfment in drosophila. Dev. Cell, 20, 315–328.

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13) Zhang, Z.J., Zheng, Z.J., Kan, H., Song, Y., Cui, W., Zhao, G., & Kip, K.E. (2011) Reduced risk of colorectal cancer with metformin therapy in patients with type 2 diabetes: A meta-analysis. Diabetes Care, 34, 2323–2328.

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著者紹介Author Profile

掛村 文吾(かけむら ぶんご)

京都大学大学院生命科学研究科博士後期課程1年.京都大学大学院生命科学研究科修士.

略歴

1997年石川県生まれ,2019年京都大学薬学部薬科学科卒業,21年同大学院生命科学研究科修士課程修了.

研究テーマと抱負

自然免疫シグナルによる細胞競合制御機構の解明,合成致死表現型を指標としたがん治療標的分子の探索.

井垣 達吏(いがき たつし)

京都大学大学院生命科学研究科教授.博士(医学).

略歴

1970年岡山県生まれ.93年岡山大学薬学部卒業.95年同大学院薬学研究科修士課程修了.キョーリン製薬中央研究所を経て,2003年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了.同年Yale大学医学部ポスドク(HFSP長期フェロー),07年神戸大学大学院医学研究科特命助教,09年同特命准教授,12年同准教授,13年より現職.11~16年JSTさきがけ研究者(兼任).

研究テーマと抱負

細胞競合の理解を通じて,多細胞生命システムの成り立ちの原理に迫りたい.

ウェブサイト

https://www.lif.kyoto-u.ac.jp/genetics/

趣味

映画,山,マラソン.

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