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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(4): 517-520 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517

みにれびゅうMini Review

神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻Axon initial segment cytoskeleton: architecture, function, and disease.

大阪大学大学院・連合小児発達学研究科・分子生物遺伝学研究領域Department of Child Development and Molecular Brain Science, United Graduate School of Child Development, Osaka University ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘2–2 ◇ 2–2 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2021年8月25日Published: August 25, 2021
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1. はじめに

神経細胞はネットワークを形成して交信している.一つの神経細胞は数万個ものシナプスにおいて複数の樹状突起を介して情報を受け取り,1本の軸索から次の細胞へ情報を出力する.軸索の根元は軸索起始部と呼ばれ神経信号の発生源(情報トリガー)であり,いわば神経活動の司令塔である(図1).さらに,軸索起始部は軸索と細胞体/樹状突起の架け橋であり,軸索に必要なものだけを通過させ不要なものを遮断する門番としての役割も果たす.軸索起始部には特異的な分子群が集積しており,これらが情報トリガーや門番としての機能に必須である.最近の精神・神経疾患における連鎖解析やエキソームなどによる大規模解析などから軸索起始部に特異的な分子の変異が数多く発見されている.軸索起始部の機能破綻が惹起する疾患の理解が始まりつつある1, 2)

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図1 軸索起始部の構造

軸索起始部において,ankyrin-Gは電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1)やneurofascin–186(NF186)などの膜タンパク質と結合し,それらを軸索起始部に集積させている.ankyrin-GはβIV-spectrinと結合し,βIV-spectrinはαII-spectrinと四量体を形成している.spectrin四量体はアクチンリング(actin ring)と結合して周期的膜裏打ち骨格を形成している.

軸索の根元の区画が軸索起始部と定められてから半世紀以上の間,長らく軸索起始部は動かない固定化された基盤構造と考えられてきた3).しかし,神経活動などにより軸索起始部の構造がダイナミックに変化することが2010年に報告された4, 5).その後,さまざまな疾患モデル動物において軸索起始部の構造が変化していると報告されてきた1, 2).細胞骨格は細胞の形態形成に必須である.軸索起始部には特有な細胞骨格が存在し,その細胞骨格がイオンチャネルなどと結合してそれらを軸索起始部に集積させている.近年,超解像顕微鏡を用いた観察から,詳細な細胞骨格構造が明らかになってきた6, 7).本稿では,軸索起始部に特有な細胞骨格構造について概説した後に,その制御メカニズムと制御破綻について解説する.

2. 軸索起始部の周期的な細胞骨格構造

軸索の膜直下全域には規則的に並んだはしごのような格子状細胞骨格が構築されていることが超解像顕微鏡を用いた観察から新たに発見された6).この構造は樹状突起には存在せず,軸索に特異的である.この軸索特異的な構造において,軸索起始部とそれ以外の遠位部領域ではαII-spectrinは共通しているがその他の構成成分は異なっている.軸索起始部では骨格構造がβIV-spectrinとankyrin-Gによって作られ,それ以外の軸索遠位部ではβIV-spectrinとankyrin-Bによって構築されている(図11, 2).spectrinは二つのαサブユニットと二つのβサブユニットによって四量体を形成する.spectrin四量体はβサブユニットを介してアクチンリングを架橋している.このspectrinとアクチンリングの構造は蛇腹ホースのように柔軟性と強度を持たせるために長い突起である軸索に必要と考えられる.

軸索起始部は電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1)やカリウムチャネル(KCNQ2/3)などが高密度で集積することにより活動電位の発生部位として働く.ankyrin-Gは足場タンパク質としてNav1やKCNQ2/3だけでなく膜タンパク質NF186やNrCAMと結合し,これらを軸索起始部に集積させている.ankyrin-GはβIV-spectrinと結合し,spectrin四量体とともに軸索起始部の骨格構造を形成する.また,ankyrin-GはEB1/3を介して微小管(microtubules)とつながっている.軸索起始部には分布に偏りのある分子があり,軸索起始部の区画内において近位部と遠位部は構造が一様ではない.遠位部には電位依存性カリウムチャネル(Kv1)や膜タンパク質のADAM22, Caspr2, TAG1,足場タンパク質PSD93などが局在している.また,電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1)のサブタイプであるNav1.2は近位部に,Nav1.6は遠位部に局在する.

モータータンパク質ダイニンの制御分子Ndel1はankyrin-Gと結合し,軸索起始部において小胞輸送の方向を制御することで門番としての機能に重要であることが最近報告された8).軸索に必要ではない荷物(小胞)をどのように認識して軸索起始部を通過させないようにするのかについては理解が不十分であり,さらなる研究が必要である.軸索起始部の門番としての機能に関わる分子メカニズムはますます注目されるだろう.

3. 軸索起始部の骨格構造は脳発達に伴い複雑になる

spectrinは溶血により細胞質の中身を欠いた赤血球の膜および細胞骨格だけになった残骸(赤血球ゴースト)から同定されたタンパク質であることから,幽霊(specter)にちなんで名づけられた細胞骨格分子である9).spectrinはすべての後生動物の細胞で発現しているようであるが,組織や細胞の種類によって発現しているspectrinの種類や局在が異なっている10).ヒトにおいてα-spectrinはαIとαIIの2種類が発現しているが,神経系ではαII-spectrinのみが発現している.一方,β-spectrinはβIからβVの5種類があり,神経細胞においてはβIからβIVの4種類が発現している.軸索起始部ではαII-spectrinとβIV-spectrinが四量体を形成して周期的細胞骨格を構築している.

βIV-spectrinには六つのスプライスバリアント(Σ1からΣ6)が知られており,神経細胞においてΣ1とΣ6が軸索起始部とランビエ絞輪に局在している10).βIV-spectrin Σ1は280 kDaの全長アイソフォームであるが,βIV-spectrin Σ6はアクチン結合領域を含めたN末端側を欠いた140 kDaの短いアイソフォームである.ゆえに,βIV-spectrin Σ6のみを特異的に認識する抗体を作製することはできない.我々は,マウス脳発達期における選択的スプライシングによって生じるβIV-spectrinのスプライスバリアントの発現パターンを詳細に調べるために,βIV-spectrin Σ1のN末端側を認識する抗体とC末端側を認識する抗体を作製した7).前者の抗体はΣ1を特異的に認識し,後者はΣ1とΣ6の両者を認識できる.ウエスタンブロット法や超解像顕微鏡を用いた観察の結果,軸索起始部形成期では全長のβIV-spectrin Σ1の発現レベルが優位であるが,脳の発達に伴って短いアイソフォームであるβIV-spectrin Σ6の発現レベルが劇的に増加し,それが軸索起始部の構造を複雑にしていることを見いだした(図2).この短いアイソフォームの役割はわかっておらず,さらなる研究が必要である.

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図2 脳発達に伴い複雑化する軸索起始部構造

軸索起始部には全長アイソフォームのβIV-spectrin(スプライスバリアントΣ1)とN末端側が欠損した短いアイソフォームのβIV-spectrin(スプライスバリアントΣ6)が局在している.軸索起始部の形成期において全長のβIV-spectrin Σ1の発現レベルが優位であるが,脳の発達に伴って短いβIV-spectrin Σ6の発現レベルが上昇して優位な発現となり,軸索起始部の構造が複雑化する.

4. 軸索起始部と病態

軸索起始部に局在するタンパク質をコードする遺伝子の変異はさまざまな精神・神経疾患を引き起こすことが報告されている1, 2).ankyrin-G(ANK3)の遺伝子変異により自閉スペクトラム症や知的発達症,てんかんなどが引き起こされる.βIV-spectrin(SPTBN4)の遺伝子変異は重度知的発達症や先天性筋緊張低下,末梢神経障害などを引き起こし,αII-spectrin(SPTAN1)の遺伝子の変異はウエスト症候群を惹起する.ウエスト症候群は既知の小児難治てんかんの中では最も患者が多く,精神運動発達の退行を伴う指定難病である.また,電位依存性イオンチャネルのNav1やKCNQ2/3の遺伝子変異はてんかんと関連がある.

軸索起始部が神経活性に依存して長さを変化させる,つまり軸索起始部は可塑的能力を持つと示されて以降,さまざまな疾患モデル動物において軸索起始部の長さが変化していると報告されている1, 2, 4, 5).指定難病に認定されている重度知的発達症やてんかんを特徴とするアンジェルマン症候群のモデルマウスの脳では軸索起始部が伸長しており,反対に,脳卒中モデルマウスや軽度外傷性脳損傷(爆風損傷)モデルラットの脳では軸索起始部は短くなる.

このように,神経細胞が正常に機能するためには軸索起始部の細胞骨格構造が正しく形成されることが必須であり,この構造の破綻はさまざまな精神・神経疾患を引き起こす.しかしながら,軸索起始部の構造がどのように形成されるのか,その分子メカニズムはほとんど理解されていない.

5. 軸索起始部の骨格構造の制御メカニズム

軸索起始部において,Casein kinase 2(CK2)はナトリウムチャネルをリン酸化してankyrin-Gとの相互作用を制御している11).また,CK2を阻害するとナトリウムチャネルは軸索起始部に局在できなくなる.Cyclin-dependent kinase 5(Cdk5)はKv1チャネルの軸索起始部への局在を制御する12).軸索起始部の細胞骨格のリン酸化制御についてはいまだ不明な点が多いが,可逆的なリン酸化・脱リン酸化により軸索起始部に特有な細胞骨格の機能が制御されていると考えられる.

我々はリン酸化プロテオミクス解析を行い,軸索起始部の細胞骨格がリン酸化修飾されていることを見いだしている(投稿準備中).さらに,タンパク質リン酸化酵素のスクリーニングも行い,軸索起始部の細胞骨格をリン酸化するいくつかの酵素を同定している.軸索起始部において,タンパク質リン酸化酵素は特有の細胞骨格をリン酸化することでそれを制御し,軸索起始部の骨格構造の構築に重要な役割を果たしているのではないだろうか(図3).

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図3 軸索起始部における細胞骨格の制御メカニズムとその破綻

軸索起始部形成時および神経活動により軸索起始部の長さが変化する際には,軸索起始部に特有な細胞骨格が厳密に制御されていると考えられる.軸索起始部の細胞骨格はリン酸化制御されており,その制御破綻が精神・神経疾患を引き起こす可能性がある.

タンパク質リン酸化酵素はさまざまな疾患に関与することが知られており,すでに治療薬の標的となっている.しかし,神経細胞における軸索起始部の構造制御に関わるタンパク質リン酸化酵素は見つかっていないため,それを標的とした治療薬はない.軸索起始部に特有な細胞骨格を制御するタンパク質リン酸化酵素が解明されれば,神経活動の基本原理の理解を深めるだけでなく,軸索起始部の構造破綻によるさまざまな精神・神経疾患の治療薬開発の新たな突破口になる可能性がある.

6. 今後の展望

質量分析法を用いた網羅的解析から軸索起始部に局在するタンパク質の全貌はわかりつつある13).しかし,軸索起始部がどのように形態を変化させるのか,その制御メカニズムの知見は乏しい.最近,我々はタンパク質のアルギニンメチル化を担う主要酵素PRMT1がCOPI小胞に関わるSCYL1をアルギニンメチル化し,この翻訳後修飾が軸索伸長に重要であることを報告した14).我々は軸索起始部に特有な細胞骨格分子がアルギニンメチル化修飾されることも見いだしている(投稿準備中).また,神経活動依存的に選択的スプライシングを介して軸索起始部は機能を変化させるという仮説を提唱している15).今後,軸索起始部の構造や機能を制御する分子メカニズムの理解が深まることを期待する.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した筆者の研究は主に大阪大学大学院連合小児発達学研究科およびベイラー医科大学(アメリカ合衆国テキサス州)で行ったものであり,片山泰一教授とMatt Rasband教授,共同研究者の先生方に感謝いたします.また,紹介した研究成果の一部はJSPS科研費および大阪難病研究財団医学研究助成,日本応用酵素協会酵素研究助成による支援を得て行われたものです.ここに謝意を表します.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

吉村 武(よしむら たけし)

大阪大学大学院連合小児発達学研究科分子生物遺伝学研究領域講師.博士(医学).

略歴

九州大学農学部卒業.奈良先端科学技術大学院大学を経て,名古屋大学大学院医学系研究科博士課程修了.自然科学研究機構生理学研究所とベイラー医科大学(アメリカ合衆国テキサス州)を経て,2018年より現職.

研究テーマと抱負

神経細胞において情報の出力を担う軸索について研究を行い,世界へ情報を発信するサイエンスを目指しています.楽しんで研究をするように心がけています.

ウェブサイト

http://www.ugscd.osaka-u.ac.jp/mbs/index.html

趣味

うまいもんを食うこと.お酒を嗜むこと.

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