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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(4): 526-531 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930526

みにれびゅうMini Review

高速原子間力顕微鏡による一分子動態計測最近の応用研究Single-molecule dynamics observed by high-speed atomic force microscopy: Recent applications

名古屋大学理学研究科物質理学専攻(物理系)Physics Department, Nagoya University ◇ 〒464–8602 名古屋市千種区不老町 ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464–8602, Japan

発行日:2021年8月25日Published: August 25, 2021
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1. はじめに

ビデオを撮影するようにタンパク質が働くようすを動画として捉えて作動メカニズムを理解する.これは生命科学の究極の夢ではないだろうか.日本発の技術である高速原子間力顕微鏡(AFM)によって,溶液下でタンパク質が機能するようすをリアルタイムに可視化できるようになり,その夢のほんの一端ではあるが実現された.2001年に最初の高速AFM論文1)が報告されてから20年あまりが経過した.2001年からの最初の数年は低侵襲化に向けた技術開発が進められ,徐々に測定ノウハウが蓄積された結果,2008年ごろに現在とほぼ同程度の性能を持つ装置が完成した.2010年にバクテリオロドプシンの光誘起構造変化やミオシンVの歩行運動,さらに,2011年には軸なしF1-ATPaseの協同的構造変化とセルラーゼの分子交通渋滞など,初期の応用研究の成果2)が発表されたのを契機に,高速AFMは世界中に拡がった.今では,市販化もされ,さまざまなタンパク質を対象とした多くの応用研究が行われるようになった.機能拡張や他の計測手法との複合化等の技術開発も進んできている.本稿では,高速AFMで主な観察対象である,一分子動態と分子間相互作用に絞って最近の応用研究を紹介しつつ,さらに,最近の力学計測への応用と展望について述べる.

2. 一分子構造変化

構造変化の観察は高速AFMの応用研究の中で最も重要で応用例も一番多い.対象となるタンパク質も多岐にわたり,モータータンパク質,分子シャペロン3, 4),DNA結合タンパク質5, 6),膜タンパク質(チャネルやトランスポーター)7)からリボソーム8)のような巨大複合体までさまざまなタンパク質の観察に応用されてきた.AFMは水平方向の空間分解能が1~2 nmなのに対して,Z方向の分解能は~0.1 nmと1桁近く高いため,膜タンパク質のように膜に埋め込まれて突出部が少なく,構造変化とともに分子の一部領域の高さが変化するような試料は比較的観察しやすい.一例として,原核生物の主要なマグネシウム取り込み装置として知られるCorAを観察した報告を紹介する9).CorAは漏斗型の五量体リング状の多量体を形成し,Mg2+の結合時には対称な閉構造,非結合時は非対称な開構造をとることが電子顕微鏡解析で明らかにされている(図1a).実際に高速AFMで観察すると,Mg2+の有無で五量体の高さに変化が見られ(図1b),さらに,Mg2+がないときには開構造と閉構造の間を揺らいでいるようすが五量体の高さの変化として捉えられている(図1c).

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図1 高速AFMによる一分子構造変化の観察例

(a)マグネシウムトランスポーターのCorA五量体のMg2+に依存した構造モデルと(b)高速AFM像9).(c)–Mg2+条件でのCorAの構造と高さの経時変化(上:2次元画像,中:1ラインのキモグラフ,下:高さの時間変化)9).(d)脱凝集シャペロンClpB六量体の構造変化(2 mM ATP)3)

高速AFMのフレーム時間分解能は最速でも40 ms程度で,この時間分解能よりも速い現象を画像として捉えることは不可能である.一方で,構造変化が高さの変化として検出できる場合,必ずしも2次元画像を構成する必要はない.高速AFMで1ラインの走査を繰り返すことによりμs~msの時間分解能で,構造変化を検出することができる.実際に,グルタミン酸トランスポーター相同タンパク質(Gltph)の構造変化が3.3 msの時間分解能で検出されている10).さらに,膜タンパク質では膜の両側の構造を側面から観察したい場合もあり,その場合には,膜タンパク質を固体基板支持膜ではなくナノディスクに再構成することで,側面からの構造解析も可能になる11)

一方,比較的大きなサイズの複合体や多量体で構造が大きく変化する場合,構造変化が阻害されない程度に弱く,かつ,高速AFMの時間分解能で動きが追える程度には拡散が抑制されている必要がある.さらに,分子の吸着方向も制御されている必要がある.例として,細菌の脱凝集シャペロンであるClpBを観察した例を紹介する3).ClpBは多量体として六量体リング構造を形成するが,回転対称なリングではなく,リングの一部が切れたスプリングワッシャー状のらせん構造をとることが知られている.この六量体の中心孔に凝集タンパク質のポリペプチド鎖を取り込んで,ATP加水分解のエネルギーで駆動される構造変化によって糸通しのように鎖を引っぱって凝集したタンパク質を解きほぐしていくと考えられている.あらかじめATP存在下で六量体を形成した後に,ClpBをマイカ基板に弱く吸着させて高速AFM観察を行ったところ,さまざまな形状が観察され,ClpBの多量体はきわめてヘテロな状態であることがわかった.これら多量体の中でも脱凝集機能に関与すると考えられる六量体は,対称リング型やらせん型,さらにはリングが切れた状態が時間とともにランダムに遷移していた(図1d).また,対称リング型と非対称型(らせん・ねじれ半らせん・オープン型)との構造変換の頻度(周波数)はATP濃度に依存して変化し,構造変化がATPの加水分解によるものであることが示された.これらのことから,ClpB六量体リングは従来考えられていたのよりも高い柔軟性でダイナミックに構造変化していることが明らかになった.さらに,ATPの結合能および加水分解能を阻害した変異体や脱凝集活性を抑制あるいは亢進する各種変異体の多量体構造を高速AFM解析することで,ATPの結合と加水分解が多量体構造の形成に果たす役割,六量体リングの大規模な構造変化と脱凝集活性との相関などが明らかにされている.

3. 分子間相互作用

タンパク質分子間の相互作用は本質的にダイナミックなものであるが,一分子の結合・解離のキネティクスを計測できる技術はきわめて限られている.なかでも高速AFMの特徴は,蛍光顕微鏡では困難なμMレベルの高濃度な条件でも計測できることである12, 13).その一例としてシアノバクテリアの概日周期をつかさどるKaiタンパク質間の相互作用を観察した結果を紹介する.三つのKaiタンパク質(KaiA, KaiB, KaiC)は,ATPと試験管内で混合するだけでKaiCのリン酸化状態が概日周期的に長期間にわたって自律的に振動する.概日リズムの中心をなすKaiCは,CIリング(N末端側)とCIIリング(C末端側)の二つのリングが重なったドーナツ状のホモ六量体を形成しており(図2a),KaiAは二量体でKaiCのCIIリング側にあるテイルに結合してKaiCのリン酸化を促進する.一方,KaiBは単量体でKaiCのCIリング側に結合し,KaiAをトラップして非活性化することでKaiCの自己脱リン酸化を促進する.リン酸化状態にあるKaiCの六量体を,KaiAとの結合部位であるCIIリング側を上にして化学修飾したマイカ基板に吸着させ,さらに溶液中に1~2 μMのKaiAを入れると,KaiA二量体がKaiC六量体に秒スケールで結合と解離を繰り返しているようすが観察できる(図2b).さらに,脱リン酸化状態にあるKaiCに対してはKaiAは強く結合し,数秒以上にわたって複合体を形成する(図2c).概日振動している野生型KaiCのリン酸化状態の経時変化とKaiAの結合時間τboundとの関係を調べると,図2dに示すように同期していることがわかり,KaiAとKaiC間の親和性は概日周期的に変動していることが明らかになった.一方,リン酸化変異体のKaiC六量体のCIリング側を上にして基板に吸着させた場合,KaiB単量体がKaiC六量体を構成するプロトマーに1個ずつ結合しているようすが観察された(図2e).この際,6個のKaiBが結合しているKaiC六量体と,1個も結合していないKaiC六量体が存在し,KaiBのKaiC六量体への結合が協同的であることわかる.

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図2 高速AFMで観察した時計タンパク質Kaiの分子間相互作用12)

(a) KaiA, KaiB, KaiCの構造.(b)リン酸化状態変異体KaiC六量体へのKaiAとの結合と解離.(c)脱リン酸化状態変異体KaiC六量体へのKaiAとの結合と解離.(d)概日振動下にある野生型KaiCのリン酸化状態とKaiAとの結合時定数の時間変化.(e)リン酸化状態変異体KaiC六量体へのKaiBの結合と解離.

4. 外力によるタンパク質の操作と力学計測

AFMでは探針が試料に物理的に接触していることを積極的に利用することで,試料の局所に力を加えることが可能である.さらに,探針–試料間の力を計測することで,イメージングに加えて試料の弾性率や粘性率などの力学特性の定量評価もできる.このAFMの特徴を高速AFM計測でも活かした応用例を紹介する.

高速AFMではタッピングモードを採用しているので,探針と試料表面の距離は,振動振幅を一定に保つフィードバックループによって制御されている.そのため,イメージング中にフィードバック制御の基準値(カンチレバーの振幅:Aset)を変化させることで,探針とサンプル間にかかる力を連続的に変化させ,同時にサンプルの構造変化をモニターすることができる.これを利用した優れた応用例として機械感応チャネルPIEZO1の外力による構造変化の観察がある14).PIEZO1は三量体を形成し,三つの羽根を持つプロペラ様の構造をとる.PIEZO1三量体の細胞外側を高速AFMでイメージングすると,探針からの力によって構造が変化することが見いだされた(図3a).さらに,力を連続的に変えることで,三量体の高さが可逆的に変化することが示されている(図3b).

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図3 外力による分子の構造操作と力学計測

(a, b)機械受容チャネルPIEZO1の外力に依存した構造変化14).(c)インラインフォースカーブによる微小管の欠陥生成15).(d)微小管の局所押し込み試験とフォースカーブ15)

イメージング中に任意の位置で走査およびカンチレバーの振動を停止させて,探針–試料間に働く力の距離変化(フォースカーブ)を高速に計測することで,局所領域の押し込み試験が可能になり,我々はインラインフォースカーブモードと呼んでいる15)図3cには微小管上の一点でインラインフォースカーブモードを使って押し込み試験を行った例を示す.中央画像の0.5 sで★印の位置で探針を微小管に押しつけており,その位置にチューブリン二量体の欠陥が形成されていることがわかる.さらに,時間が経つと徐々に欠陥のサイズが拡大している.図3dには微小管への押し込み試験と同時に記録したフォースカーブを示してある.一番左の画像では欠陥の形成は起こっておらず微小管は弾性変形しているのみである.この場合にはアプローチカーブに力の急激な変化(赤矢印の位置)が起こっている.これは,チューブリンが微小管の内腔側にバックリングしたことを示しており,リトラクトカーブでバックリングの回復による力の変化が見られる(黒矢印の位置).一方,微小管に欠陥が形成される場合にはフォースカーブに多数のピークが現れ,往復カーブでヒステリシスが生じる.このヒステリシスの面積は探針から微小管に与えた力学エネルギーに相当し,これと欠陥サイズからチューブリン間の結合エネルギーの大きさが概算できる.

5. おわりに

高速AFMは,これまでアンサンブル平均あるいは静止画としてしか観測できなかった,溶液中にある生体分子の挙動をナノスケールでリアルタイムに可視化できる今のところ唯一の技術である.本稿では紹介できなかったが,アミロイド線維の凝集過程16)や天然変性タンパク質の構造ゆらぎ17)等,他にも高速AFMで観察されたタンパク質動態は多数ある.一方で,まだ改善しなければならない技術的問題も抱えている.イメージング中に探針がタンパク質に直接触れることによる生理機能や構造への撹乱の影響は無視できない場合も多くあることから,さらなる低侵襲化に向けた技術改良が必要であろう.また,高速AFMが適用されてきた試料のほとんどは単離精製した生体分子であり,数種類の異なる分子が関与する複雑な分子システムにそのまま応用することは困難である.これを解決する一つの策として,一分子光学顕微鏡との複合化による同視野・同時計測の試みも行われている.また温度可変機能や電気化学計測との複合化など,多機能化に向けた装置開発も進められている.これらさまざまな技術開発により,今後ますます高速AFMが応用できる試料やダイナミクス現象の範囲が拡大し,生命科学の計測ツールとしてさらに発展することを期待している.

引用文献References

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2) Ando, T., Uchihashi, T., & Scheuring, S. (2014) Filming biomolecular processes by high-speed atomic force microscopy. Chem. Rev., 114, 3120–3188.

3) Uchihashi, T., Watanabe, Y., Nakazaki, Y., Yamasaki, T., Watanabe, H., Maruno, T., Ishii, K., Uchiyama, S., Song, C., Murata, K., et al. (2018) Dynamic structural states of ClpB involved in its disaggregation function. Nat. Commun., 9, 2147.

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17) Kodera, N., Noshiro, D., Dora, S.K., Mori, T., Habchi, J., Blocquel, D., Gruet, A., Dosnon, M., Salladini, E., Bignon, C., et al. (2021) Structural and dynamics analysis of intrinsically disordered proteins by high-speed atomic force microscopy. Nat. Nanotechnol., 16, 181–189.

著者紹介Author Profile

内橋 貴之(うちはし たかゆき)

名古屋大学理学研究科物質理学専攻教授.博士(工学).

略歴

1970年兵庫県に生る.98年大阪大学大学院工学研究科電子工学専攻博士後期課程終了,同年アトムテクノロジー研究体博士研究員,2000年姫路工業大学工学部助手,02年ダブリン大学トリニティカレッジ研究員,04年金沢大学大学院自然科学研究科助手,06年准教授,15年教授を経て,17年より現職.

研究テーマと抱負

高速原子間力顕微鏡及び関連技術の開発と応用.究極の顕微鏡を作りたいです.

ウェブサイト

http://d.phys.nagoya-u.ac.jp/

趣味

ウォーキング.

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