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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(4): 532-535 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930532

みにれびゅうMini Review

脳発達に伴う硫酸化糖鎖HNK-1の機能的役割Functional role of sulfated glycan HNK-1 during the brain-developmental stage

京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻Human Health Sciences, Graduate School of Medicine, Kyoto University ◇ 〒606–8507 京都市左京区聖護院河原町53 ◇ Shogoin Kawahara-cho 53, Sakyo-ku, Kyoto 606–8507, Japan

発行日:2021年8月25日Published: August 25, 2021
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1. はじめに

糖鎖はタンパク質や脂質にさまざまな機能を修飾し,細胞の活動を制御する重要な生命因子の一つである.タンパク質上の糖鎖構造はN型糖鎖とO型糖鎖に大別されるが,その末端の修飾は多岐にわたり,種々の糖鎖構造が細胞へもたらす機能は非常に多様である.中でも神経特異的に発現するhuman natural killer-1(HNK-1)糖鎖は末端硫酸化グルクロン酸を含む特徴的な3糖構造を示し(図1A),HNK-1生合成律速酵素であるグルクロン酸転移酵素GlcAT-P遺伝子欠損(GlcAT-P-gene knock out:PKO)マウスでは脳内のほとんどのHNK-1消失に伴い低い空間記憶学習能を示すことから,脳高次機能を獲得する上で重要な末端糖鎖である1).事実,PKOマウスでは海馬CA1領域の長期増強が低下しており,かつシナプス形態異常が観察される1).さらに,HNK-1は神経接着分子(e.g. NCAM, L1)に発現することで神経回路形成を調節する2).すなわちHNK-1は,シナプスといったミクロな構造から,脳神経回路といったマクロな構造まで,脳構造を包括的に維持する上で必須な機能性糖鎖であるといえる.

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図1 脳発達に伴うHNK-1の発現変化

(A) HNK-1の糖鎖構造とその生合成に関わる酵素群.グルクロン酸転移酵素GlcAT-Pの働きによりN-アセチルラクトサミン構造にグルクロン酸が付加され,硫酸基転移酵素HNK-1STによりグルクロン酸に硫酸基が付加される.GlcAT-SはGlcAT-Pと同様の働きがあるが,PKOマウス脳でほとんどのHNK-1が消失することから,神経系ではGlcAT-Pが主に働く.(B)過去の報告と同様の手法により3),各週齢のマウス脳からP2画分(crude synaptosome)を分画し,SDS-PAGEで展開後,HNK-1抗体によりウェスタンブロット(IB:immunoblot)を行った.また各レーンのバンド強度より,HNK-1の発現を定量した.ただし,生後2週齢マウス脳のHNK-1の発現を1とした.E16:胎生16日目,1W:生後1週齢,2W:生後2週齢,4W:生後4週齢,10W:生後10週齢.

HNK-1は胎生期から脳発達期(マウス生後2週齢)にかけて発現が上昇し,以降発現が低下していく3)図1B).このような発現パターンの中で,特定の糖タンパク質上にHNK-1を付加し,その分子機能を修飾し脳機能を調節すると考えられる.したがってHNK-1の役割を理解するためには,HNK-1がどのようなタンパク質の,どのような糖鎖構造上に発現することによって,どのような機能を神経細胞に与えるのか,その一連の解析が重要となる.本稿では,最近筆者らの研究により明らかとなったHNK-1キャリア分子と糖鎖構造について,その機能を踏まえて脳発達の時期ごとに概説する.

2. 胎生期におけるHNK-1~Tenascin-CとContactin-1~

PKOマウスの脳構造は野生型と比べて若干の脳室の拡大がみられるだけで,大きな形態的変化は確認されていない.しかしながら,胎生期のHNK-1の発現に着目すると,250 kDa以上の特定のタンパク質上に強く発現していた3)図1B).すなわち脳構造構築の初期段階より,HNK-1が神経細胞に何らかの機能を付与していると考えられる.過去に胎生期神経幹細胞の主要なHNK-1キャリアタンパク質は細胞外基質分子Tenascin-C(TNC)であることが報告されており4),事実,筆者らによる免疫沈降実験でもこの250 kDa以上の分子はTNCであることが確認された5).TNCのFibronectin type-III繰り返し構造内には主に七つの選択的スプライシング領域が存在し,その組合わせにより神経細胞突起伸長を制御することが知られる6).そこでTNCを基質としマウス海馬初代神経細胞を培養したところ,HNK-1を発現するTNCは突起伸長を有意に促進させた5).そして七つの領域のうち,特にC domainに1か所だけ存在するN型糖鎖上にHNK-1が発現することが,その突起伸長促進の要であることがわかった.TNCは神経細胞内phospholipase C(PLC)を活性化させ突起伸長を促すが6),PLC活性を阻害するとHNK-1による突起伸長促進作用がみられなくなった5).すなわち,TNC上のHNK-1は細胞内PLC活性を増強することで,突起伸長を促進することがわかった.ここでTNCの神経細胞側の受容体の一つとして,GPIアンカー型タンパク質Contactin-1(CNTN)が働く6).そして興味深いことに,このCNTNのN型糖鎖上にもHNK-1が発現することが示唆されてきた7).さらにHNK-1欠失神経細胞(i.e. CNTNがHNK-1を有しない神経細胞)では,TNC上HNK-1由来の突起伸長促進作用がみられなくなった5).まとめると,胎生期にTNCとCNTN上にHNK-1が発現することで基質と受容体としての機能を強化し,PLCを介した神経突起伸長を促進する,といった分子メカニズムが新たにわかった.すなわち,HNK-1は胎生期の神経回路形成に大きく寄与する可能性が示唆された.

3. 脳発達期におけるHNK-1~GluA2とphosphacan~

生後2週齢のPKOマウス海馬CA1領域神経細胞において未成熟なスパインが多数観察されることから1),その表現型に関与するHNK-1キャリア分子はスパイン機能を調節する可能性が考えられた.そして実際に,液体クロマトグラフィー質量分析(liquid chromatography-mass spectrometry:LC/MS)によりAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA-type glutamate receptor:AMPAR)サブユニットGluA2がHNK-1を発現する分子であることが同定された3).AMPARはプレシナプスから放出されるグルタミン酸をポスト側で受容するイオン透過型チャネルの一つで,それに伴い神経細胞間の興奮性伝達が達成される8).そしてAMPARの多くは神経細胞小胞体内や樹状突起膜上にプールされており,神経細胞は環境や刺激に応じてシナプス膜上での発現量を調節する.したがって,細胞膜表面上におけるAMPARの受容体数の制御は,スパイン強度を調節する上で重要な因子となる.同じくLC/MSを用いたGluA2上のN型糖鎖構造解析により,複数のHNK-1を含む構造が同定された3)図2).そしてこれらHNK-1の発現により,神経接着分子N-cadherinとの相互作用が増強することが示された.N-cadherinはGluA2と直接相互作用し,AMPARの膜表面発現量を維持する働きがある.すなわち,HNK-1は両分子の相互作用を増強することでAMPARの表面発現量を維持し,スパインの成熟をもたらすことが新たにわかった1).さらに筆者らの解析により,GluA2にはN型糖鎖付加部位が4か所存在するが,中でもN413位上のHNK-1がN-cadherinとの相互作用を支持することがわかった9).まとめると,GluA2N413位上にHNK-1が特異的に発現することでスパイン成熟をもたらし,長期増強や記憶学習形成能に寄与することが明らかとなった.

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図2 HNK-1を発現するキャリア分子とその糖鎖構造の変遷

胎生期マウス脳ではTenascin-CやContactin-1のN型糖鎖上にHNK-1が発現することにより,神経突起伸長を制御する5).ただし,両分子のHNK-1を含めた具体的な糖鎖構造はわかっていない.脳発達期ではGluA2のN型糖鎖上にHNK-1が発現し,シナプス可塑性を制御する1, 3).phosphacanには,O-マンノース型HNK-1が発現する10).成体期にかけて,ペリニューロナルネットを構成するaggrecan上に新規HNK-1が発現する13).GlcA-Gal-Gal-Xyl-Rがグリコサミノグリカンの橋渡し構造となるが,その末端に硫酸基キャップが入ることにより,コンドロイチン硫酸鎖などが付加されなくなる.図内の糖鎖構造は,いずれも代表的なものを記した.

脳発達期のHNK-1はGluA2のようにN型糖鎖上によく発現する一方,O型糖鎖上への発現は限定的である.中でも筆者らは,生後2週齢マウス脳可溶性画分における主要なO型HNK-1キャリア分子が細胞外基質分子phosphacanであることをLC/MSにより同定した10).phosphacanは1回膜貫通型受容体であるreceptor-type transmembrane protein tyrosine phosphatase β(RPTPβ)の細胞外領域からなり,豊富なコンドロイチン硫酸鎖(chondroitin sulfate chains:CS)を有し,種々の神経接着分子と相互作用することで突起伸長を制御することが知られる11).特にその作用にはphosphacan上のCS以外の糖鎖も関わる可能性が指摘されており,したがって他の特徴的な糖鎖構造を調べることは重要であると考えられた.そこで筆者らはphosphacan上O型HNK-1の糖鎖構造をLC/MSにより調べたところ,O-マンノース型糖鎖上にHNK-1が発現することがわかった10)図2).O-マンノース型糖鎖は非常に特徴的な糖鎖構造であり,たとえばα-dystroglycan(α-DG)上のその構造は筋組織の維持に寄与する12).事実,α-DG上のO-マンノース型糖鎖付加不全が生じると,先天性筋ジストロフィーが発症する.phosphacanのO-マンノース型糖鎖上のHNK-1が実際に突起伸長や組織構造維持に働くかは不明なままであるが,成体期にはその発現は大きく低下していた13).したがってO-マンノース型HNK-1は脳発達期特異的に,神経細胞に重要な機能を与えていることが予想される.

4. 成体期におけるHNK-1~aggrecan~

脳発達期から成体期にかけてHNK-1の発現が低下する一方で,生後6週齢マウス脳切片の蛍光免疫染色において,神経細胞の細胞体周囲を細胞外基質分子群やヒアルロン酸が取り囲む構造体,いわゆるペリニューロナルネット(perineuronal net:PNN)上にHNK-1抗体の強い反応性が観察され始める13).PNNは細胞外基質分子の中でもコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(chondroitin sulfate proteoglycan:CSPG)から主に構築され,特に抑制系神経細胞を取り囲む14).PNNは臨界期にみられるシナプス新生などの可塑的変化を固定化する働きがあり,したがって神経可塑性を制御する上で重要な構造体である.中でもグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan:GAG)の一つのCSは臨界期を正しく維持する働きがあることから,成体の神経可塑性を調節する上で重要な糖鎖となる.

HNK-1の生合成にはGlcAT-P以外にGlcAT-Sも関与するが(図1A),PNN上のHNK-1はGlcAT-PとGlcAT-S両方の遺伝子を欠損させたマウス脳においても発現する.すなわち,PNN上のHNK-1はHNK-1抗体で認識されるものの,これまで知られてきた3糖構造(図1A)とは異なるまったく新しいHNK-1糖鎖であることが予想された.筆者らはまず初めに,免疫沈降実験によりこの新規HNK-1がどのPNN構成分子上に存在するかを調べたところ,CSPGの一つであるaggrecan上に発現することがわかった13).さらにaggrecan上の新規HNK-1構造をLC/MSにより調べると,GAGとプロテオグリカンをつなぐ橋渡しの構造の末端グルクロン酸に,硫酸基が入った構造が同定された(図2).通常GAGはこの橋渡し構造上に存在するが,この硫酸基がGAG結合位をキャップしていると考えられる.事実,HNK-1への硫酸基付加の責任転移酵素であるHNK-1ST(図1A)とaggrecanを培養細胞に共発現させると,HNK-1STの発現のない場合と比べて顕著にCS量が減少する.このことから,HNK-1STは橋渡し構造へも硫酸基を転移しGAGの付加を抑制する働きがあることがわかった.さらに,統合失調症モデルマウスにおいて新規HNK-1発現PNNを有するパルブアルブミン陽性神経細胞の密度が有意に低下することが近年報告された15).したがって,PNNにおける新規HNK-1は脳高次機能疾患に関わる重要な糖鎖である可能性が考えられる.

5. おわりに

HNK-1はどの時期においても一様にキャリア分子上に発現するのではなく,その発現パターンが脳発達に応じて変遷することにより神経機能を維持する特徴的な糖鎖である(図2).すなわち,神経細胞においてHNK-1の付加は厳密に制御されており,その時期特異的な発現が脳高次機能を維持する上で重要であるといえる.加えてHNK-1が付加される糖鎖構造も一定ではなく,N型,O-マンノース型,GAG橋渡し構造を基にした新規HNK-1といったバリエーションに富んでおり,それが神経細胞に複雑で多様な機能を与えている可能性が考えられる.したがってHNK-1の適切な付加制御の破綻は,さまざまな脳高次機能疾患をもたらすことが予想される.事実,先述の新規HNK-1と統合失調モデルマウスの関連性に加え15),GlcAT-PやGlcAT-Sは統合失調症患者の原因遺伝子の候補にもあげられている1).このことから,HNK-1は脳高次機能疾患への治療アプローチの足掛かりになることが期待される.ただし本稿で示した分子はHNK-1を発現する分子のごく一部であると考えられ,今後さらなるキャリア分子とその機能の解明が待たれる.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

森瀬 譲二(もりせ じょうじ)

京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻助教.博士(人間健康科学).

略歴

1987年アメリカ合衆国で生まれる.2009年京都大学医学部保健学科卒業.14年同大学院医学研究科人間健康科学系専攻博士後期課程修了.同研究員を経て,15年より現職.

研究テーマと抱負

組織における糖鎖の役割を解明し,疾患との関わりを明らかにすることを研究テーマとしている.現在は特に腎機能における糖鎖の働きを解析しており,将来は腎機能を評価する糖鎖マーカーを確立したい.

ウェブサイト

http://oka-lab.hs.med.kyoto-u.ac.jp/index.html

趣味

野球観戦,将棋観戦,怪談,ナポリ認定店巡り.

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