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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(4): 546-549 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930546

みにれびゅうMini Review

造血幹細胞のエイジングと骨髄ニッチLimited rejuvenation of aged hematopoietic stem cells in young bone marrow niche

東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野Division of Stem Cell and Molecular Medicine, Center for Stem Cell Biology and Regenerative Medicine, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo ◇ 〒108–8639 東京都港区白金台4–6–1 ◇ 4–6–1 Shirokanedai, Minato-ku, Tokyo 108–8639, Japan

発行日:2021年8月25日Published: August 25, 2021
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1. 造血幹細胞のエイジング

造血幹細胞は骨髄内で骨髄球とリンパ球の前駆細胞に分化し,分化細胞をバランスよく産生している.造血幹細胞の実態は不均一な細胞集団であり,骨髄球系へ分化が偏った造血幹細胞(myeloid-biased hematopoietic stem cell:My-HSC)とリンパ球系へ分化が偏った造血幹細胞(lymphoid-biased HSC:Ly-HSC),分化に偏りのない造血幹細胞(両方向にバランスよく分化できる能力を保持した造血幹細胞)が共存することで多分化能を維持している.造血幹細胞は骨髄の微小環境である骨髄ニッチに存在するが,大半の造血幹細胞は細胞周期の静止期にとどまり自己複製能を維持している.このように,造血幹細胞は多分化能と自己複製能のバランスをとりながら,さまざまな状況に応じて血液細胞を供給し続けることで造血システムを維持している1)

個体の加齢に伴い,造血幹細胞も内因性・外因性の多様なストレスに曝露され,構成する細胞集団の変化とともに,質的・量的な劣化を示す.造血幹細胞・造血システムの機能低下は個体全体の機能低下に直結することから,造血幹細胞に焦点を当てた加齢研究はマウスにおいて,特に骨髄移植を用いたモデルを活用し,活発に行われてきた.しかしながら,加齢が造血幹細胞に与える影響の全容はいまだ明らかにはなっていない2)

マウス造血幹細胞の造血能は加齢に伴い低下するが,細胞数は系統によって増減に違いがある.20か月齢のC57BL/6マウスの造血幹細胞は,8か月齢と比べて細胞数が約5倍に増加する.一方で,DBA/2やBALB/Cマウスの造血幹細胞は加齢に伴いわずかに減少する3).これらのマウス系統の違いは,造血幹細胞の老化の原因となる遺伝子の差異を反映する可能性があり,今後の研究が期待される.Ganuzaらは,遺伝子組換え酵素を用いて発生のさまざまな段階の血液細胞を複数の蛍光色素で標識し,C57BL/6マウスの老化に伴う造血前駆細胞や末梢血細胞のクローン分布を検討した4).その結果,16か月齢からクローンの多様性の低下がみられ,26か月齢ではその傾向が顕著であった.最も顕著に影響を受けたのは,造血幹細胞と造血前駆細胞であり,クローン多様性の低下に伴って造血幹細胞の細胞集団が拡大していた.このことは,分化よりも自己複製能の優位性を獲得した造血幹細胞クローンが加齢マウスに蓄積していることを示している.老化による造血幹細胞の不均一性の低下は,多分化能にも影響を及ぼす.老化した造血幹細胞の分化は,My-HSCの増加によって骨髄系への分化が優位となり,末梢血液において骨髄球の割合が増加し,相対的にリンパ球は減少する.一方で,Ly-HSCの細胞数は老化に伴い減少していないとされるが,リンパ球系前駆細胞の数は明らかに減少する5).このように,老化に伴う造血幹細胞の量的・質的変化によって,多分化能と自己複製能のバランスが崩れてしまう.老化に伴う造血幹細胞の機能低下の原因として,DNAダメージの蓄積,酸化ストレスの蓄積,ミトコンドリア機能異常,代謝異常,細胞極性の増加,エピジェネティックな特性の変化などの内因性の変化に加え,加齢に伴う骨髄ニッチの構造的・機能的変化等の外因性の変化が影響している(図12, 6).若齢造血幹細胞を移植する際に,若齢マウスよりも加齢マウスをレシピエントとした場合に生着率が低いことが報告されており,骨髄ニッチ自身も加齢とともに造血幹細胞の支持機能が障害される7)

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図1 老化に伴う造血細胞の機能低下の原因

造血幹細胞は老化によって幹細胞機能が低下するが,その原因は主に細胞内と細胞外の因子に大別される.内因性の変化として,DNAダメージの蓄積,酸化ストレスの蓄積,代謝異常,ミトコンドリアの異常,細胞極性の低下,エピゲノム変動があげられる.また,外因性の変化として骨髄ニッチ環境の構造的・機能的変化や炎症などが造血幹細胞の老化に影響を与える.

2. 骨髄非破壊的な移植による加齢造血幹細胞の検証

造血幹細胞の老化の実態を明らかにするため,これまで造血幹細胞移植を用いた加齢造血幹細胞の解析が行われてきた.造血幹細胞移植には放射線照射や化学療法などの骨髄造血を抑制する骨髄破壊的前処置が必要であるが,これらの前処置により造血幹細胞の維持に必須な骨髄ニッチは本来の構造や機能が障害されてしまう.したがって,障害されたニッチに生着した造血幹細胞はさまざまな影響を被り,リンパ球系への分化・増殖が抑制されるなど,その本来の機能を正確に評価できない可能性が指摘されてきた.この問題を解決するため,従来の骨髄移植モデルに替わる骨髄非破壊的な移植の試みが盛んに行われてきた.造血幹細胞増殖因子の受容体c-Kitの中和抗体を投与することで,レシピエントマウスの造血幹細胞をニッチから駆逐する方法が開発され,CD47抗体を組み合わせることで駆逐された造血幹細胞が食細胞により効率的に排除されることが報告されている8).このような中,放射線照射などの前処置を行わずにマウスへ大量の造血幹細胞を移植する方法が確立された9).これは単純に通常の移植に必要な造血幹細胞の100倍を超える数の造血幹細胞を前処置なしに移植するもので,レシピエントの骨髄ニッチ環境を正常に維持したままドナー造血幹細胞を生着させることが可能となり,今まで不明であった健常な骨髄ニッチが造血幹細胞に与える影響の解析を可能にするものである.

我々の研究グループは骨髄ニッチに注目し,若齢骨髄ニッチ環境において加齢造血幹細胞の若返りは可能かという点を検証するため,多数の造血幹細胞を用いて前処置なしの造血幹細胞移植を行った(図2A10).20か月齢の加齢マウスから分取した数万個の加齢造血幹細胞を含む未分化造血細胞を8週齢の若齢マウスへ放射線照射などの前処置なしに移植したところ,解析に十分な数の加齢造血幹細胞を若齢マウスの骨髄に生着させることに成功した.2か月の経過観察後,骨髄細胞を回収しフローサイトメトリー解析を行った結果,生着した加齢造血幹細胞は若齢骨髄ニッチにおいても造血細胞を生み出す能力が低いままであること,骨髄における多能性前駆細胞への分化が持続的に障害されているとともに,分化の方向性が骨髄球に偏り,末梢血におけるリンパ球の割合は有意に減少していることが明らかとなった(図2B).生着した加齢造血幹細胞の幹細胞機能を確かめるために,通常の放射線照射を行った若齢レシピエントマウスに二次移植したところ,加齢造血幹細胞は,一次移植時と同様に持続的な分化障害を示した.以上の結果から,加齢造血幹細胞は若齢骨髄ニッチに移されても,その幹細胞機能は改善せず,若返りはしないことが明らかとなった.

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図2 加齢造血幹細胞の無処置移植

(A)20か月齢の加齢マウスと10か月齢の若齢マウスから分取した加齢造血幹・前駆細胞を,放射線未照射の8週齢の若齢マウスへ移植し,2か月の経過観察後,骨髄細胞を回収しフローサイトメトリー解析・RNAシークエンス解析,二次移植等を実施した.(B)フローサイトメトリー解析の結果,加齢マウス由来のドナー細胞は若齢マウス由来のドナー細胞と比較して末梢血液における分化が骨髄系に偏り,リンパ球の割合は有意に減少していた.(C)前処置なしの移植前後の加齢造血幹細胞と,レシピエント由来の若齢造血幹細胞をコントロールとしてRNAシークエンス解析を行い,その結果を用いて主成分解析を実施した.加齢造血幹細胞と若齢造血幹細胞のクラスターは二極化し,その中で若齢マウスに移植した加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞のクラスターへ分類された.

次に,トランスクリプトームの変化を調べるため,RNAシークエンス解析データをもとに主成分分析を実施した.その結果,加齢造血幹細胞と若齢造血幹細胞の遺伝子発現プロファイルには明らかな違いが認められたものの,若齢骨髄ニッチに移植された加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞の遺伝子発現パターンに近似するように変化し,若齢造血幹細胞のクラスターに分類された(図2C).若齢と加齢造血幹細胞間で変動する遺伝子(differentially expressed gene:DEG)をクラスタリング解析したところ,多くの変動遺伝子の発現が,加齢造血幹細胞を若齢ニッチに移すことにより若齢造血幹細胞のレベルに戻ることが確認された.以上の結果から,加齢造血幹細胞は若齢ニッチにおいて機能的な若返りはしないものの,その遺伝子発現パターンはニッチ依存的に可逆的に変化することが明らかとなった.また,本移植実験系において可逆的に変動する加齢関連遺伝子は,代謝に関連する遺伝子が多く含まれており,加齢に伴う造血幹細胞の代謝性変化は骨髄ニッチの変化に大きく依存する可能性が示唆された.それでは,加齢造血幹細胞の表現型を規定する内的な要因は何であろうか?

エピジェネティックな制御によって,細胞はDNA配列を変更することなく,その後の細胞分裂を通して遺伝子発現プロファイルを保持することができる.生体が加齢に伴う多様なストレスに対応し,組織の恒常性を維持する過程には,多様なエピジェネティック変化(epigenetic drift)を伴う.マウスの造血幹細胞におけるDNAメチル化は,複数の遺伝子領域において加齢とともに大きく変動し,造血幹細胞の機能変化に大きく寄与することが報告されている11).そこで加齢関連遺伝子の発現制御に重要であるDNAメチル化の変化を全ゲノムバイサルファイトシークエンス解析で検証したところ,加齢に伴うDNAメチル化変化は若齢骨髄ニッチ環境によっても若齢のパターンに戻ることはなかった.この知見は,加齢に伴う造血幹細胞の機能低下に,トランスクリプトームの変化よりもエピゲノムの変化の方がより大きく寄与しており,このような変化は骨髄ニッチに依存せず,非可逆的である可能性を示唆している(図3).

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図3 若いニッチによる加齢造血幹細胞の限定的な若返り

通常の骨髄移植では,放射線照射などの前処置によって骨髄ニッチの本来の構造や機能が障害されるが,無処置移植によってレシピエントの骨髄ニッチ環境を正常に維持したままドナー造血幹細胞を移植することが可能である.20か月齢の加齢マウスから分取した数万個の加齢造血幹細胞を8週齢の若齢マウスへ前処置なしに移植したところ,生着した加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞と比較して造血細胞を生み出す能力が低く,分化の異常も改善されなかった.一方で,生着した加齢造血幹細胞の遺伝子発現は若齢の遺伝子発現パターンに大きく戻ることが明らかとなり,加齢に伴う造血幹細胞の遺伝子発現変化は骨髄ニッチの変化に大きく依存することが示された.しかしながら,造血幹細胞の加齢に伴うDNAメチル化変化は若齢骨髄ニッチ環境によっても若齢のパターンに戻ることはなく,エピゲノム変化は骨髄ニッチにあまり依存しないことが明らかとなった.以上の所見は,加齢に伴う造血幹細胞の機能低下に,トランスクリプトームの変化よりもエピゲノムの変化の方がより大きく寄与しており可能性を示唆している.

3. 造血幹細胞エイジングのメカニズム解明に向けて

筆者らの研究において,造血幹細胞の加齢に伴う細胞内変化,特にDNAメチル化の変化は骨髄ニッチの状態にかかわらず強固に保持されることが示された.さらに,このような加齢に伴う造血幹細胞の機能低下には,遺伝子発現変化よりもエピゲノム変化の方が不可逆的な変化としてより大きく寄与していることが明らかとなった(図3).この過程には,加齢に伴い特定のエピジェネティックな変化を持つ造血幹細胞クローンが選択され,造血幹細胞全体の機能に影響を与えている可能性が想定される.今後,詳細な解析を通して,加齢に伴う造血幹細胞機能の不可逆的な劣化のメカニズムを明らかにすることにより,加齢造血幹細胞の機能的な若返りを実現するアプローチの開発につながることが期待される.

引用文献References

1) Kurosawa, S. & Iwama, A. (2020) Aging and leukemic evolution of hematopoietic stem cells under various stress conditions. Inflamm. Regen., 40, 29.

2) de Haan, G. & Lazare, S.S. (2018) Aging of hematopoietic stem cells. Blood, 131, 479–487.

3) Akunuru, S. & Geiger, H. (2016) Aging, clonality and rejuvenation of hematopoietic stem cells. Trends Mol. Med., 22, 701–712.

4) Ganuza, M., Hall, T., Finkelstein, D., Wang, Y.-D., Chabot, A., Kang, G., Bi, W., Wu, G., & McKinney-Freeman, S. (2019) The global clonal complexity of the murine blood system declines throughout life and after serial transplantation. Blood, 133, 1927–1942.

5) SanMiguel, J.M., Young, K., & Trowbridge, J.J. (2020) Hand in hand: Intrinsic and extrinsic drivers of aging and clonal hematopoiesis. Exp. Hematol., 91, 1–9.

6) Verovskaya, E.V., Dellorusso, P.V., & Passegué, E. (2019) Losing sense of self and surroundings: Hematopoietic stem cell aging and leukemic transformation. Trends Mol. Med., 25, 494–515.

7) Ergen, A.V., Boles, N.C., & Goodell, M.A. (2012) Rantes/Ccl5 influences hematopoietic stem cell subtypes and causes myeloid skewing. Blood, 119, 2500–2509.

8) Chhabra, A., Ring, A.M., Weiskopf, K., Schnorr, P.J., Gordon, S., Le, A.C., Kwon, H.S., Ring, N.G., Volkmer, J., Ho, P.Y., et al. (2016) Hematopoietic stem cell transplantation in immunocompetent hosts without radiation or chemotherapy. Sci. Transl. Med., 8, 105.

9) Shimoto, M., Sugiyama, T., & Nagasawa, T. (2017) Numerous niches for hematopoietic stem cells remain empty during homeostasis. Blood, 129, 2124–2131.

10) Kuribayashi, W., Oshima, M., Itokawa, N., Koide, S., Nakajima-Takagi, Y., Yamashita, M., Yamazaki, S., Rahmutulla, B., Miura, F., Ito, T., et al. (2021) Limited rejuvenation of aged hematopoietic stem cells in young bone marrow niche. J. Exp. Med., 218, e20192283.

11) Sun, D., Luo, M., Jeong, M., Rodriguez, B., Xia, Z., Hannah, R., Wang, H., Le, T., Faull, K.F., Chen, R., et al. (2014) Epigenomic profiling of young and aged HSCs reveals concerted changes during aging that reinforce self-renewal. Cell Stem Cell, 14, 673–688.

著者紹介Author Profile

栗林 和華子(くりばやし わかこ)

National Institute of Health, National Institute on Aging博士研究員.医学博士.

略歴

2014年東京理科大学薬学部卒業.16年千葉大学大学院医学研究院修士課程修了.18年日本学術振興会特別研究員(DC2).20年同大学博士課程修了.同年東京大学医科学研究所特任研究員.同年10月より現職.

研究テーマと抱負

本研究で得た知見を深めるために,DNAメチル化と造血幹細胞老化についてDr. Beermanラボで研究を続けています.幹細胞老化のメカニズムや,加齢から発がんに至るまでの過程を明らかにしたいです.

趣味

ビデオゲーム,お菓子作り.

岩間 厚志(いわま あつし)

東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター幹細胞分子医学分野教授.医学博士.

略歴

1987年新潟大学医学部卒業.92年自治医科大学血液科助手.同年熊本大学医学部分化制御学講座助手.96年ハーバード大学医学部血液・腫瘍講座博士研究員.99年筑波大学医学部免疫学講座講師.2002年東京大学医科学研究所幹細胞治療研究分野講師.05年千葉大学教授大学院医学研究院細胞分子医学教授.18年より現職.

研究テーマと抱負

造血幹細胞の自己複製・分化機構の制御機構の解明と,その破綻がどのように造血腫瘍の発症につながるのかを理解したいと考えています.また,これらの研究から得られる知見を,再生医療・がん治療につなげることが最終的な目標です.

ウェブサイト

https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/molmed/

趣味

音楽鑑賞,水泳.

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