Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(4): 555-561 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930555

みにれびゅうMini Review

細菌RNAを標的とした新たな抗生物質候補化合物の創製と評価Discovery and evaluation of novel candidates of antibiotics targeting bacteria-specific RNA

1九州大学大学院農学研究院Graduate School of Bioresource & Bioenvironmental Sciences, Kyushu University ◇ 〒819–0395 福岡市西区元岡744 ◇ 744 Motooka, Nishi-ku, Fukuoka-shi, Fukuoka 819–0395, Japan

2Biochemistry and Biophysics Center, National Heart, Lung and Blood Institute, NIHBiochemistry and Biophysics Center, National Heart, Lung and Blood Institute, NIH ◇ 50 South Drive, Bethesda, MD 20814, USA ◇ 50 South Drive, Bethesda, MD 20814, USA

3産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門Biomedical Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology ◇ 〒305–8566 茨城県つくば市東1–1–1 ◇ 1–1–1 Higashi, Tsukuba-shi, Ibaraki 305–8566, Japan

4Chemical Biology Laboratory, National Cancer Institute, NIHChemical Biology Laboratory, National Cancer Institute, NIH ◇ Frederick, MD 21702, USA ◇ Frederick, MD 21702, USA

発行日:2021年8月25日Published: August 25, 2021
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1. はじめに

アレクサンダー・フレミングが1928年にアオカビ(Penicillium notatum)からペニシリンを発見して以来,数々の抗生物質が発見されてきた.また,これら天然の抗生物質の化学構造を基盤にして化学修飾を施した誘導体を取得するなど,これまでに多様な抗菌薬が人工的に開発されている.これら抗生物質は,病原性細菌によって引き起こされる感染症の治療に利用されるなど,人類をはじめとした公衆衛生の向上において多大な貢献をしてきた.これまでに開発されてきた抗生物質は,細菌の細胞壁の合成を阻害するもの,リボソームと相互作用してタンパク質合成を阻害するもの,DNAの複製やRNAの合成を阻害するものなど多岐に及ぶ.作用機序の基本的な原理としては,タンパク質や酵素(リボソームは主にRNAから構成されているが)を標的として,それらの機能を阻害することにより細菌の増殖を阻害して死に至らしめる.一方で,近年,既存の抗生物質に対して耐性を示す病原性細菌の出現が頻発している.特に複数の抗生物質に対して耐性を示す多剤耐性菌の出現は全世界的な公衆衛生においてきわめて重大な脅威となっており,その対策が喫緊の課題である.このような社会的背景から,新たな作用機序を示す次世代の抗生物質の開発が求められている.生命現象において重要なタンパク質・酵素(リボ核タンパク質複合体であるリボソームも含む)が,引き続き新たな抗生物質開発の標的であることは想像に難くない.一方で,近年,これまで注目されていなかった生体分子を標的とした次世代の抗生物質開発に関心が寄せられている.本稿では,まず,抗生物質開発のターゲットとして認知されつつあるリボスイッチについて,その機能と抗生物質開発の現状について概説する.次に,筆者らが行ったリボスイッチと結合する低分子合成化合物の同定,両者の相互作用機構の解析,当該化合物によるリボスイッチ下流遺伝子の転写終結効果について紹介し1),新たな抗生物質開発の可能性を解説する.

2. リボスイッチの機能と抗生物質開発における標的としての可能性

多くの細菌はmRNAの5´非翻訳領域にリボスイッチと呼ばれる特殊な立体構造を形成するRNA領域を有している2, 3).リボスイッチにはさまざまな種類があり,それぞれに対応する特定の天然リガンド(アミノ酸,補酵素,核酸とその誘導体,イオンなど)と特異的に結合して,リボスイッチの下流にある遺伝子の発現を調節する2, 3).通常,リボスイッチの下流には,そのリボスイッチに結合する天然リガンドの生合成や輸送に関わる遺伝子がコードされており,細胞内のリガンド濃度に依存して下流遺伝子の発現を転写レベルもしくは翻訳レベルで調節する.このように,RNAとリガンドのみによって遺伝子の発現スイッチを調節することから,このRNA領域をリボスイッチと呼ぶ(RNAスイッチにちなんだ名称).細菌の種類によっては4%程度の遺伝子の発現をリボスイッチが調節している.一部の藻類,菌類,植物といった例外を除いて,通常,真核生物にはリボスイッチが存在せず,リボスイッチによる遺伝子発現の調節は細菌に特有な仕組みである.さらに,リボスイッチが発現を調節する下流遺伝子産物が,前述のように,生命機能の維持に不可欠なリガンドの生合成や輸送に関与する.したがって,リボスイッチは新たな抗生物質の標的分子として注目されており,リボスイッチを標的とした新規な作用機序を持つ薬剤の開発が展開されている.

リボスイッチは,二つのドメインから構成されている.一つはリガンドと特異的に結合するアプタマードメイン,もう一つはリガンドの結合を検知して下流遺伝子の発現を調節する発現プラットフォームである.細胞内のリガンド濃度が閾値を超えると,リガンドがアプタマードメインに結合してリボスイッチの立体構造が変化する(図1).多くの場合,この構造変化によって,発現プラットフォーム内にターミネーターが形成されmRNAの転写が途中で終結する(図1a),もしくは,発現プラットフォームの中にリボソーム結合部位が隔離されてタンパク質合成が阻害される(図1b).このように,リガンドが結合することによって下流遺伝子の発現スイッチがOFFとなるリボスイッチが多い.

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図1 リボスイッチによる遺伝子の発現抑制機構

(a)転写調節型リボスイッチによる遺伝子の発現抑制.リガンド非存在下では,アンチターミネーターが形成されており,リボスイッチの下流に存在する遺伝子のmRNAがRNAポリメラーゼによって合成され,遺伝子が発現する.リガンドがリボスイッチのアプタマードメインに結合すると,リボスイッチの構造が変化してターミネーターが形成される.その結果,RNAポリメラーゼが解離してmRNAの合成が終結し,下流遺伝子の発現が抑制される.アプタマードメインと発現プラットフォームをそれぞれ水色とピンク色で表示した.(b)翻訳調節型リボスイッチによる遺伝子の発現抑制.リガンド非存在下では,リボソームがリボソーム結合部位に結合してタンパク質合成を開始する.リガンドがリボスイッチのアプタマードメインに結合すると,リボスイッチの構造が変化して,リボソーム結合部位がヘアピンループを形成する.その結果,リボソームが結合できなくなりタンパク質合成が阻害される.

チアミンピロリン酸(TPP)やフラビンモノヌクレオチド(FMN)に応答するリボスイッチは病原性細菌も含めて多くの細菌に存在し,それぞれTPPとリボフラビンの生合成や輸送に関わる遺伝子の発現を抑制する4, 5).TPPとFMNはエネルギーの産生や各種代謝経路に不可欠な補酵素であることから,これまでにTPPやFMNリボスイッチを標的とした薬剤の開発が試みられてきた.たとえば,フラグメント創薬やこれら補酵素の化学構造を基盤とした誘導体の創製とそれに続く各種評価から,リボスイッチと結合したり下流遺伝子の発現を抑制するリード化合物が得られている6, 7).また,化合物ライブラリーを用いた表現型スクリーニングおよびハイスループットスクリーニングなどによって,FMNリボスイッチの機能を阻害してリボフラビンの生合成および細菌の増殖を阻害する低分子化合物リボシル(ribocil)などが得られている8).実際に,リボシルはマウスをモデル生物とした細菌感染症治療に有効性を示すことが報告されている.リボフラビンの誘導体であるロゼオフラビンは,Streptomyces davawensisが産生する抗生物質の一種である9).ロゼオフラビンの標的の一つはFMNリボスイッチであり,そのアプタマードメインに結合してリボフラビンの生合成や輸送を抑制することによって細菌の増殖を阻害する10).このように,天然の抗生物質がリボスイッチを標的としていることは大変興味深い.また,TPPやFMNリボスイッチ以外にも,グアニンやグルコサミン6-リン酸に応答するリボスイッチを標的とした薬剤の開発も試みられている.

3. PreQ1リボスイッチ

7-アミノメチル-7-デアザグアニン(PreQ1図2b)は,tRNAに含まれる修飾ヌクレオシドの一種であるキューオシン(queuosine:一文字表記で“Q”と省略される)の前駆体である11).PreQ1リボスイッチは,PreQ1の生合成や輸送に関わる遺伝子の発現を細胞内のPreQ1濃度に応じて調節するリボスイッチである12).細胞内のPreQ1濃度が閾値を超えると,リボスイッチの下流にあるこれらPreQ1関連遺伝子の発現が抑制され,PreQ1の生合成や細胞内への取り込みが制限される.

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図2 PreQ1リボスイッチと結合する合成化合物

(a)SMMを用いたスクリーニングの概要.ガラス基板に合成化合物を固定化したマイクロアレイに,蛍光標識したリボスイッチを添加してインキュベーションする.洗浄後,蛍光強度を測定して,リボスイッチと特異的に結合した合成化合物を同定する.(b)PreQ1(左上),化合物A(右上),化合物B(左下),化合物C(右下)の化学構造.(c)PreQ1(左)および化合物A(右)の試験管内における転写終結活性.化合物の濃度を徐々に上げて測定した.鋳型DNAの末端まで合成されたRNA(RT).ターミネーターの形成により途中で転写が終結したRNA(T).

キューオシンはtRNAのアンチコドン部分に存在する修飾ヌクレオシドであり,細菌と真核生物において普遍的に存在する.他のアンチコドン部分にみられる修飾ヌクレオシドと同様に,キューオシンはtRNAによるmRNAコドンの認識,すなわちリボソームが正確に遺伝暗号を解読する上で重要な役割を担っていると考えられている13).細菌では,GTPが出発材料として利用され,多数の酵素が順次働いてPreQ1が遊離塩基の形で合成される11).その後,tRNAグアニントランスグリコシラーゼがtRNAアンチコドン部分にあるグアニン塩基とPreQ1との交換反応を触媒し,tRNAのアンチコドン部分にPreQ1を導入する.PreQ1部分はさらに修飾されてキューオシンに変換される.一方,真核生物にはPreQ1の生合成経路がなく,食餌や腸内細菌からキューオシンを摂取し,tRNAに取り込むことが知られている.このように,PreQ1は細菌に特有の遺伝子産物によって合成される.興味深いことに,キューオシンは細菌の病原性にも関与することが指摘されている.したがって,PreQ1リボスイッチと特異的に結合しその機能を調節する合成化合物を取得すれば,当該化合物がタンパク質合成に重要な役割を担うキューオシンの形成を阻害して細菌の増殖を抑制できると考えられ,PreQ1リボスイッチというRNAを標的とした新たな抗生物質の開発につながる可能性が期待できる.

4. PreQ1リボスイッチに結合する合成化合物のスクリーニングと結合評価

筆者らは,低分子化合物マイクロアレイ(small molecule microarray:SMM)を用いてBacillus subtilis由来のPreQ1リボスイッチと結合する合成化合物をスクリーニングした.PreQ1リボスイッチの立体構造は種間で類似している.特に,PreQ1結合部位を構成するヌクレオチドは保存されており,いずれも同じ仕組みでPreQ1を認識することから,本スクリーニング法で同定した化合物は幅広い生物種由来のPreQ1リボスイッチと結合することが期待できる.まず,ChemBridge社およびChemDiv社から購入した26,227種類の低分子合成化合物をガラス基板上にそれぞれスポットして固定化したマイクロアレイを作製した(図2a).次に,蛍光標識したPreQ1リボスイッチを添加してインキュベーションした後,バッファーで洗浄することによって低分子化合物と非特異的に結合しているリボスイッチを除去した.マイクロアレイ上に残存したPreQ1リボスイッチに由来する蛍光を検出してガラス基板上の位置を特定し,PreQ1リボスイッチと結合する化合物をスクリーニングした.他のRNA(TPPリボスイッチやS-アデノシルメチオニンリボスイッチ)をコントロールとして同様の実験を行い,PreQ1リボスイッチに対して優先的に結合する86種類のヒット化合物を同定した.このうち,20種類の化合物を選択し,PreQ1リボスイッチとの特異的な相互作用をさらに検証した.

まず,water-ligand observed via gradient spectroscopy(WaterLOGSY)NMRにより,選択した合成化合物とPreQ1リボスイッチとの相互作用を分析した.各合成化合物について通常の1H NMRスペクトルを測定するとともに,PreQ1リボスイッチの存在下および非存在下におけるWaterLOGSY NMRスペクトルを測定した.WaterLOGSY法では,リボスイッチと結合する合成化合物は正のシグナルを,一方,結合しない化合物は負のシグナルを与え,両者の相互作用を評価することができる.さらに,合成化合物の溶液中における性状を分析することもでき,相互作用実験に適しているかどうか評価することも可能である.本手法により,筆者らは5種類の合成化合物が水溶液中で可溶性を保持しつつPreQ1リボスイッチと直接的に相互作用することを明らかにした.続いて,これまでに31種類のRNAやDNAを用いて分析していたSMMスクリーニングの結果と照合して,ジベンゾフラン骨格を持った化合物(以下,化合物A:図2b)がPreQ1リボスイッチと特異的に結合することを見いだした.

次に,蛍光測定実験によって,化合物AとPreQ1リボスイッチとの相互作用を測定したところ,解離定数500 nM程度で結合することが明らかとなった.天然のリガンドであるPreQ1とリボスイッチとの相互作用におけるKD値は5~10 nM程度であることから12, 14),PreQ1と比較して化合物AとPreQ1リボスイッチの結合親和性は小さい.しかしながら,化合物Aの化学構造がPreQ1とまったく異なることを考慮すると妥当な結果であると同時に,化合物AがいかにしてPreQ1リボスイッチと相互作用するのか,さらには遺伝子の発現を抑制できるのかといった点について興味が持たれた.

5. 合成化合物によるリボスイッチ下流遺伝子の転写抑制効果

前述したように,PreQ1リボスイッチは下流遺伝子の発現を細胞内のPreQ1濃度に応じて調節する.尿路感染症を引き起こすStaphylococcus saprophyticusのPreQ1リボスイッチはリガンドの結合に伴って立体構造が変化し,発現プラットフォーム内にターミネーターを形成して下流遺伝子の転写を抑制する.筆者らは,リガンド(PreQ1と化合物A)によるS. saprophyticus由来PreQ1リボスイッチの下流遺伝子の転写終結活性をin vitroにおいて評価した.本実験では,PreQ1リボスイッチのアプタマードメインと発現プラットフォームおよびそれに続くmRNAの一部をコードした鋳型DNAをPCRにより調製し,大腸菌由来RNAポリメラーゼを用いてRNAを合成した.PreQ1非存在下ではターミネーターヘアピンが形成されず,鋳型DNAの末端までRNAが合成される(図1aおよび図2c).一方,PreQ1存在下では,リガンド濃度依存的にターミネーターヘアピンが形成される.この結果,PreQ1存在下ではRNAポリメラーゼが脱落して転写が途中で終結し,短いRNA断片が合成される.化合物Aを用いて転写終結活性を測定した結果,濃度依存的に下流遺伝子の転写が抑制されることが明らかとなった(図2c).したがって,化合物Aが天然のリガンドであるPreQ1と類似した仕組みでリボスイッチと結合し,下流遺伝子の転写を抑制することが示唆された.一方,化合物Aの転写抑制活性(EC50=359 µM)はPreQ1(EC50=36 nM)と比較すると微弱であることも判明した.

6. 合成化合物およびその誘導体と結合したPreQ1リボスイッチの構造

PreQ1リボスイッチと化合物Aとの相互作用を解明するために,Thermoanaerobacter tengcongensis由来PreQ1リボスイッチのアプタマードメインと化合物Aとの複合体の結晶構造を分子置換法により1.8 Å分解能で決定した(図3).興味深いことに,化合物Aの化学構造は天然のリガンドであるPreQ1とまったく異なるにもかかわらず(図2b),リボスイッチのPreQ1結合部位と同じ場所を占拠していた(図3a).PreQ1リボスイッチで保存されたヌクレオチド(G11およびG5-C16塩基対)は,化合物Aのジベンゾフラン部分を両側から挟み込んでいた(図3b).さらに,保存されたA29のN6原子がフラン環の酸素原子と特異的な水素結合を形成して,両者の相互作用を安定化していた.化合物Aと相互作用していたこれらすべてのヌクレオチドはPreQ1との相互作用に不可欠であり,リボスイッチはスタッキングに加えて多数の水素結合を形成してPreQ1を特異的に認識している14, 15).一方,化合物Aとリボスイッチの間にも水素結合が形成されていたものの,両者の相互作用は主としてスタッキングによって安定化されていた.この相互作用の違いがリボスイッチに対する両化合物の結合親和性および転写抑制活性の強弱に影響していると考えられる.ジベンゾフラン部分が溶媒から隔離されていたのに対して,化合物Aの側鎖は溶媒に露出しその末端アミノ基は水分子と水素結合していた.

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図3 化合物Aと結合したPreQ1リボスイッチの構造

(a)PreQ1(上)もしくは化合物A(下)と結合したPreQ1リボスイッチの結晶構造.リボスイッチは水色のリボンモデルで,リガンドは黄色のスティックで表示した.(b)PreQ1(左)および化合物A(右)とリボスイッチの相互作用.水素結合を赤紫の点線で示した.(c)PreQ1および化合物Aと結合したリボスイッチの構造の比較.PreQ1とC15の相互作用(左).C15は水素結合によりPreQ1を認識する.化合物Aと結合したリボスイッチの構造(右).化合物Aとの立体障害により,C15の構造が変化している.(d)PreQ1および化合物Aと結合したリボスイッチの構造の比較.PreQ1結合型では,C15を起点として塩基の積み重なり(水色)が形成され,下流遺伝子の発現が抑制される(左).化合物A結合型では,塩基の積み重なりが消失し,下流遺伝子の転写抑制効率が低下すると推定される(右).

PreQ1と比較して化合物Aの転写抑制活性が微弱である原因を考察するために,化合物Aと結合した複合体構造をPreQ1結合型の構造と比較した.その結果,PreQ1の認識に関わる重要なヌクレオチド(C15)の構造が両者の間で大きく異なることが明らかとなった(図3c).C15はPreQ1リボスイッチで保存されており,PreQ1とワトソン・クリック型塩基対を形成する14, 15).化合物Aの化学構造はPreQ1と比較して大きいため,化合物Aとの立体障害によりC15の位置と構造が変化していることが判明した.PreQ1結合型の構造では,C15を起点として,五つの塩基(C15–A14–A13–A32–G33)が連続してスタッキングしている(図3d).A32とG33は発現プラットフォームの形成にも関わっていることから,C15を起点とした塩基のスタッキングが下流遺伝子の発現調節に重要であることが推察される.一方,化合物Aが結合した構造では,この塩基の積み重なりが不完全であったため,リガンド結合に伴う情報伝達が不十分となり転写抑制効率がPreQ1と比較して低下していたと考えられる.

次に,化合物Aの化学構造を基盤にして,その末端アミノ基にジメチル基を導入した化合物Bと,化合物Bのジベンゾフランの酸素原子を窒素原子に置換したカルバゾール誘導体(化合物C)を合成した(図2b).化合物BおよびCとPreQ1リボスイッチとの相互作用を蛍光分析により測定した結果,両者ともに化合物Aと同程度の親和性を示した.in vitroにおける転写抑制効果を検討したところ,化合物Bは化合物Aと同程度の活性を示したのに対して,化合物Cの活性は低下していた.さらに,化合物BおよびCとPreQ1リボスイッチとの複合体の結晶構造を分解能1.94および2.56 Åで決定した.化合物Bは化合物Aと同じ部位に結合するとともに,ジメチル基の導入によって塩基性の強くなった第三級アミンがG5のN7原子と新たな水素結合を形成していた.一方,化合物Cはカルバゾールへの置換に伴い水素結合のパターンが変化して,結合部位が1 Å程度シフトしていた.以上から,スクリーニングで得られたヒット化合物の化学構造を変更することによって,リボスイッチとの結合様式と転写抑制効果に変化をもたらすことが可能であることが実証できた.

7. おわりに

本研究では,化合物ライブラリーからPreQ1リボスイッチと結合する合成化合物をスクリーニングし,リボスイッチの下流遺伝子の転写を抑制する化合物を同定した.PreQ1リボスイッチは細菌にだけ存在すること,また,PreQ1リボスイッチがタンパク質の合成に重要な役割を果たすキューオシンの形成に関わること,さらに,キューオシンの形成が細菌の病原性に関わることから,本研究にて同定した合成化合物が細菌を標的とした新規な抗生物質の候補になることが期待できる.本研究で同定した合成化合物は,天然のリガンドであるPreQ1と比較すると,リボスイッチの下流遺伝子の転写抑制効果が微弱であった.これは,リガンド結合のシグナルを発現プラットフォームに伝達するための連続した塩基スタッキングの形成が不完全であるためと考えられる.したがって,PreQ1結合型で観察された塩基の積み重なり構造を維持するように合成化合物を設計・改変すれば,効率よく下流遺伝子の発現を抑制する薬剤を開発できると考えられる.本研究により,RNAを標的とした新たな薬剤の創製につながることが期待される.

2020年初頭より,新型コロナウイルス感染症が全世界的に蔓延しており,多くの人々の生活が脅かされている.新型コロナウイルスを封じ込めるための切り札としてワクチンの開発と普及が急務であるが,今回,新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの実用化に大きな関心が寄せられている.これまでは弱毒化もしくは不活化したウイルスをワクチンとして使用するのが一般的であったが,今回はmRNAを製剤化してワクチンとして利用するという従来型とはまったく異なる新しいタイプのワクチンが実用化された.話はそれるが,ワクチンとして製剤化されたmRNAにはシュードウリジル化やメチル化をはじめさまざまな化学修飾が導入されており,生体内におけるmRNAの安定化や異常な免疫反応の抑制にこれらRNA修飾が貢献している.RNA修飾自体は自然界において広くみられる現象であるが,mRNAワクチンの開発において活用されている点が大変興味深い.一方,新型コロナウイルス感染症とは関連しないが,新しい創薬モダリティとしてRNAを中心とした核酸医薬の開発が注目を集めている.これまでにデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するアンチセンス核酸などいくつかの核酸医薬が承認されている.以上は,RNAなどの核酸を「薬」として利用しようとする試みである.一方,本稿で紹介した研究は,細菌に特異的なRNAを標的とした薬剤の開発を目的とするものであり,上記の核酸製剤の開発とは趣向が異なる.今後,「治療薬」としての核酸研究,および,薬の「標的分子」としての核酸研究の双方が加速化することが予想される.核酸を対象とした新たな医薬品開発から目が離せない.

謝辞Acknowledgments

本研究をアメリカ国立衛生研究所(NIH)にて推進する機会を与えていただき,かつ,常日ごろから多くのご助言と激励のお言葉をいただきました産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門の近江谷克裕研究部門長(現・同部門特命上席研究員)に心より感謝申し上げます.本研究はJSPS科学研究費補助金(16KK0166)およびアステラス病態代謝研究会海外留学補助金の支援により実施されました.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

沼田 倫征(ぬまた ともゆき)

九州大学大学院農学研究院准教授.博士(農学).

略歴

1975年兵庫県に生まれる.2003年九州大学大学院生物資源環境科学府博士後期課程修了.04~06年東京工業大学大学院生命理工学研究科博士研究員.06~09年JSTさきがけ研究者.07~18年産業技術総合研究所研究員.16~18年NIH客員研究員.19年より現職.

研究テーマと抱負

非コードRNAの機能構造解析.CRISPR-Cas生物学.遺伝情報の伝達と発現を中心に基礎科学研究を展開して,生物学的に重要な現象を明らかにしたい.また,このような基礎研究を通して,有用なタンパク質や非コードRNAを見つけだし,作動原理を解明するとともに,その成果を応用展開できればと考えている.

ウェブサイト

http://www.agr.kyushu-u.ac.jp/lab/seibutsukagaku/

趣味

ハイキング,洋楽鑑賞.

Colleen M. Connelly

Assistant Professor; Department of Chemistry, Union College. Ph.D. Chemistry.

Biography

Colleen M. Connelly is an Assistant Professor of Chemistry at Union College in Schenectady, NY, USA. She received her BS in Chemistry with a minor in Mathematics (2008) from the University of North Carolina Wilmington. She then obtained her Ph.D. in Chemistry with a minor in Biotechnology (2014) from North Carolina State University. After completing a postdoctoral fellowship (2019) at the National Cancer Institute’s Center for Cancer Research, she joined the faculty at Union College in Fall 2019. At Union, her research interests focus on developing chemical probes to investigate and regulate RNA structure and function, specifically in precursor microRNAs.

Research theme

Chemical Probes to Investigate and Regulate RNA Structure and Function.

Website

https://www.union.edu/chemistry/faculty-staff/colleen-connelly

Hobby

hiking and cooking.

John S. Schneekloth Jr.

Senior Investigator, National Cancer Institute. Ph.D. Chemistry.

Biography

John Schneekloth (Jay) is a Senior Investigator at the National Cancer Institute in the Chemical Biology Laboratory in Frederick, MD. He received his AB in Chemistry from Dartmouth College in 2001. He then pursued his Ph.D. with Craig Crews at Yale University (2006). After completing a postdoctoral fellowship in Erik Sorensen’s laboratory at Princeton University, he began his independent career at the NCI in 2011. Jay’s laboratory at the NCI focuses on understanding small molecule recognition of nucleic acids, discovering small molecules that target RNA and DNA, and developing small molecule probes of nucleic acid structure and function.

Research theme

Chemical Biology and small molecules that target RNA

Website

https://ccr.cancer.gov/chemical-biology-laboratory/john-jay-schneekloth

Hobby

woodworking and music.

Adrian R. Ferré-D’Amaré

Senior Investigator; National Institutes of Health. Ph.D.

Biography

Born in Tsukiji, Tokyo, Japan (1966). B.Sc. (Chemistry) Instituto Tecnológico de Monterrey (Monterrey, México), 1990. Ph.D. (Molecular Biophysics) The Rockefeller University (New York, USA), 1995. Jane Coffin Childs Postdoctoral Fellow, Yale University (New Haven, USA), 1995–1999. Howard Hughes Medical Institute Investigator, Fred Hutchinson Cancer Research Center (Seattle, USA) 1999–2011. Senior Investigator, National Institutes of Health (Bethesda, USA) 2011–present.

Research theme

Structural Biology of RNA. RNA in molecular recognition and in cellular machines.

Website

https://irp.nih.gov/pi/adrian-ferre-damare

Hobby

Alpinism, photography, cooking.

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