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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 637-642 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930637

特集Special Review

硫化水素・超硫黄分子のセンシング機構Molecular mechanism of sulfide and supersulfide sensing

1東京大学大学院総合文化研究科Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒153–8902 東京都目黒区駒場3–8–1 ◇ 3–8–1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153–8902, Japan

2東京工業大学生命理工学院Department of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology ◇ 〒226–8501 神奈川県横浜市緑区長津田町4259, B–66 ◇ 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 226–8501, Japan

発行日:2021年10月25日Published: October 25, 2021
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生物が,有用性と有害性を併せ持つ超硫黄分子を生命活動に利用するためには,硫化水素・超硫黄分子を特異的に検知し,その細胞内濃度を厳密に調節する必要がある.近年,硫化水素・超硫黄分子のセンサータンパク質が細菌から複数見つかり,それらはシステインのチオール基のポリスルフィド化を介して硫化水素・超硫黄分子を特異的に検知していることがわかった.種々の酸化剤とも反応しうるチオール基が,超硫黄分子特異的に反応する分子プロセスの理解は不十分であったが,最近,硫化水素・超硫黄分子のセンサータンパク質の一つであるSqrRを用いた精密質量分析と結晶構造解析の結果に基づき,チオール基のポリスルフィド化形成の分子機構が提案された.本稿では,SqrRの硫化水素・超硫黄分子のセンシング機構について,最近の知見を解説する.

1. はじめに

しばしば重篤な疾病を引き起こす大腸菌,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,炭疽菌などが感染した細胞では,宿主や感染菌由来の硫化水素・超硫黄分子種がタンパク質の酸化やニトロソ化をコントロールし,感染した細菌の生育・病原性に影響を及ぼすことがわかってきた1–3).硫化水素は,呼吸鎖のターミナルオキシダーゼのヘム鉄に配位することで呼吸活性を阻害する一方,低濃度になるとヘム鉄(III)の還元を介して酸化的リン酸化を逆に促進させる4).したがって,硫化水素・超硫黄分子が生理機能に及ぼす影響はいわば諸刃の剣であるといえる.生物は,硫化水素や反応性の高い超硫黄分子が持つ細胞毒性を避けながら,これらの有益な効果を活用するために,細胞内の硫化水素・超硫黄分子濃度を厳密に制御していると考えられる.

これまでに,細菌内の硫化水素・超硫黄分子代謝の制御に関わる硫化水素・超硫黄分子応答性センサータンパク質がいくつか報告されている5–7).それらは,構造的な類似性はみられないものの,チオール基のポリスルフィド化を介して超硫黄分子を検知することで,硫化水素解毒遺伝子群の転写を調節するという点は共通している.本稿では,これらの超硫黄分子応答性転写因子による遺伝子発現制御機構に焦点を当てる.特に,著者らが紅色細菌Rhodobacter capsulatusから硫化物代謝のマスターレギュレーターとして同定した転写因子SqrRについて,超硫黄分子応答の分子機構を詳細に解説する.

2. 細菌の硫化水素応答

多くの細菌は,硫化水素を解毒するため,あるいは,それをエネルギー代謝,生理活性調節,シグナル伝達に利用するために,硫化水素・超硫黄分子代謝能を保持している.硫化水素酸化酵素sulfide quinone reductase(SQR)やロダネーゼなどの硫黄転移酵素は,高濃度の硫化水素存在下で硫化水素を速やかに酸化するために多くの細菌で利用されている.一方,従属栄養細菌の多くは,動物と同様の合成経路で好気生育中に硫黄含有アミノ酸から硫化水素を合成し8),おそらく続いて合成される超硫黄分子によって種々の生理活性調節やシグナル伝達を行っている.細胞内外の硫化水素濃度に応じた代謝の変化を調節するために,超硫黄分子応答性転写因子が機能している.これまでに,4種類の細菌から3種類の超硫黄分子応答性転写因子が同定されている(図15–7)

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図1 硫化水素・超硫黄分子センサータンパク質による転写活性制御モデル

(A)還元状態のCstRはcstA, cstB, sqr, cstR, tauEの転写を抑制している.TauEは亜硫酸/スルホン酸の排出に関わることが予想されている.超硫黄分子(RSSH)存在下では,分子間テトラスルフィド架橋を介したCstR二量体が形成され,DNA結合親和性が低下する.(B)還元状態のSqrRがRSSHによって分子内テトラスルフィド結合を形成すると,DNA結合親和性が低下し,sqrの転写抑制が解消される.(C)還元状態のBigRはblh, bigRの転写を抑制している.Xylella(xyBigR)とAcinetobacter(abBigR)のBigRはそれぞれ,硫化水素によって分子内ジスルフィド,RSSHによって分子内ペンタスルフィド結合を形成しDNA結合親和性が低下する.(D)六量体FisRは,RSSHにさらされると分子内ジスルフィド結合かテトラスルフィド結合を形成する.これによってATPaseの活性が上昇し,pdo, sqr, fisRの転写が促進される.(E)OxyRは,過酸化水素などの活性酸素種によって分子内ジスルフィド結合が形成される.また,RSSHによって,片方のシステイン残基でパースルフィド化が生じる.これらの状態では,grxA, trxC, katGの転写を促進する.カタラーゼであるKatGは,超硫黄分子を硫黄酸化物に酸化する.

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)より同定されたCsoR-like sulfur-transferase repressor(CstR)は,最初に報告された細菌の超硫黄分子センサータンパク質で,cstA, cstB, sqr遺伝子など硫化水素・超硫黄分子代謝に関わる五つの遺伝子からなるオペロンの発現を制御する5).CstRは,グルタチオンパースルフィド(GSSH)などの超硫黄分子にさらされると,Cys31とCys60の間に分子間テトラスルフィド結合を形成することで二量体化し,自身のDNA結合親和性を低下させる(図1A).この反応は,超硫黄分子特異的で,硫化水素のみでは生じない.

紅色細菌よりsqr遺伝子の転写リプレッサーとして同定されたsqr repressor(SqrR)は,RNA-seq解析より,硫化水素応答性遺伝子の約60%の転写制御に関わることが示され,本細菌における硫化物依存的な遺伝子発現のマスターレギュレーターであることがわかった(図1B6).SqrRは,CstRが属するCsoRファミリーとは異なるArsRファミリーに属するが,CstRに似た分子機構で超硫黄分子に応答する.SqrRホモログ間に保存された二つのCys残基(Cys41, Cys107)は,分子間テトラスルフィド結合を形成するCstRとは異なり,超硫黄分子依存的に分子内テトラスルフィド結合を形成し,SqrRのDNA結合親和性を低下させる.このように,一つのタンパク質内で修飾が起こることから,超硫黄分子センサータンパク質の研究モデルとして優れており,結晶構造解析など超硫黄分子応答の分子機構のより詳細な解析が行われている(後述).また,植物病原細菌であるXylella fastidiosaから同定された転写因子biofilm growth-associated repressor(BigR)は,一次構造上SqrRと高い相同性を示すことからSqrRのオルソログと考えられるが,その硫化水素・超硫黄分子応答には,SqrRのそれと異なる点が報告されている(図1C).たとえば,保存された二つのCys残基の位置は同じだが,超硫黄分子ではなく硫化水素処理のみでDNA結合親和性が低下すること,また硫化水素雰囲気化で分子内ジスルフィド結合を形成することが報告されている9, 10).一方,感染症の原因細菌Acinetobacter baumanniiのBigRのオルソログは,GSSH処理で分子内ペンタスルフィド結合を形成する(図1C11).これらのことは,SqrR/BigRホモログが,類似したチオールベースの化学反応性を持つが,その基質特異性はそれぞれ若干異なることを示唆している.

CstRやSqrR/BigRは,シグマ因子σ70依存の転写制御を行う転写抑制因子であり,プロモーター領域に結合することでRNAポリメラーゼ(RNAP)のプロモーター結合を直接阻害する.これらとは異なり,シグマ因子σ54依存的な転写の活性化に関わる超硫黄分子応答性転写因子FisRが,超硫黄分子の解毒に必要なpersulfide dioxygenase(pdo)とsqr遺伝子のアクチベーターとして,プロテオバクテリア門細菌Cupriavidus pinatubonensisより同定された(図1D7).FisRは,シグナルを受容して自身の活性を調節するN末端調節(R)ドメイン,ATPを加水分解する中間のAAA+(ATPase)ドメイン,エンハンサー(オペレーター)領域と相互作用するC末端DNA結合ドメインの三つのドメインで構成されている.σ54依存的な転写では,転写活性化因子によるATPの加水分解を介したオープンコンプレックスの形成によって転写が活性化される.エンハンサー領域に結合したFisRは,DNAを折り曲げる機能を持つIHFタンパク質によって物理的にσ54-RNAPに近接される.この状態のFisRがオープンコンプレックス形成を刺激し転写の開始を促進するためには,ATP加水分解が必要である.FisRのRドメインに保存された三つのCys残基(Cys53, Cys64,およびCys71)の二つ(Cys53とCys64)は,GSSHやポリスルフィドとインキュベートすると,分子内ジスルフィドもしくはテトラスルフィド架橋を形成する.これらの修飾は,FisRのATPase活性を変化させるが,そのDNA結合活性やオリゴマー化には影響しない.つまり,FisRは,超硫黄分子に依存したATP加水分解の活性化によりσ54依存的な転写を促進する(図2).

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図2 シグマ因子σ54依存的な転写におけるFisRによる転写促進機構

上記3種類の超硫黄分子センサータンパク質とは別に,大腸菌の活性酸素種応答性転写因子として有名なOxyRが,システイン残基のパースルフィド化(–SSH)を通じて転写活性調節を行うことが報告されている(図1E12).大腸菌において,細胞内の超硫黄分子レベルは生育とともに上昇し,定常期初期に最大になる.蓄積された超硫黄分子は,大腸菌細胞が新鮮な培地に移されると急速に硫化水素に還元され,その還元は少なくとも部分的にグルタレドキシン(GrxA)とチオレドキシン(TrxC)によって触媒される.この応答において,OxyRのCys199がパースルフィド化されることで,grxAtrxCの転写活性が上昇し,超硫黄分子は硫化水素へ速やかに還元される.硫黄が古代地球の生命を支える重要な要素であったことを踏まえると,超硫黄分子に依存した細胞機能の制御は,シアノバクテリアの酸素発生による大酸化イベント以前にさかのぼると考えられる.すなわち,このOxyRの働きを進化的視点から見れば,超硫黄分子が古代微生物において重要な細胞機能制御物質としての役割を果たし,シアノバクテリア誕生以後の酸化的大気中において,超硫黄分子センサータンパク質が活性酸素種センサータンパク質を兼ねるようになったと推測することは合理的と思われる.

3. SqrRの超硫黄分子検知機構

1)SqrRの反応特性

SqrRは,他の超硫黄分子センサータンパク質に比べてシンプルな応答機構を持つため,超硫黄分子応答の分子機構を解析する優れたモデルタンパク質となる.最近,米国インディアナ大学のグループから,ポリスルフィド化修飾の分子機構に関する詳細な解析が報告された1)R. capsulatusのSqrRには,ホモログ間に保存されたCys41とCys107とは別に,保存されていないCys9が存在する.Cys9をセリンに変えた点変異SqrR(C9S-SqrR)の細胞内における活性は,機能的および構造的に野生型(WT)のSqrRと同等であるため,Cys9の酸化効果を回避するために,彼らはC9S-SqrRを主に用いて解析を行った.

まず,ポリスルフィド化修飾の特異性を検証するために,C9S-SqrRを酸化型グルタチオン(GSSG),過酸化水素(H2O2),活性酸化窒素種(reactive nitrogen oxide species:RNS)などのさまざまな酸化剤と反応させ,生成物を質量分析で解析したところ,Cys41とCys107の修飾は検出されないことがわかった.一方,無機超硫黄分子(Na2S4)および有機超硫黄分子(GSSH, SNAPポリスルフィドドナー)と反応させ,同様の分析を行ったところ,Cys41とCys107の間の分子内テトラスルフィド結合が容易に検出された.このテトラスルフィド結合は,還元剤の非存在下で,広範囲のpH(5~8)にわたって安定しており,ヨードアセトアミド(IAM)でチオール基をキャップすることはできなかった.これは,無機および有機超硫黄分子ドナーにより形成されるSqrRのテトラスルフィド架橋は,速度論的および熱力学的に安定しており,酸化ストレスやRNSストレスを伝えるH2O2,ジスルフィド,NOドナーのS-ニトロソグルタチオン(GSNO)などの比較的弱い求電子物質とは効率的に反応しないことを示している.さらに,細胞内の安定した酸化硫黄種であるシステイントリスルフィド(CysSSSCys)も,C9S-SqrRのCys41とCys107とは容易に反応しなかったことから,テトラスルフィド結合以外の分子内架橋は,SqrR内で形成されにくいことがわかった.唯一,C9S-SqrRを,チオールをジスルフィドに酸化するために使われる試薬N,N,N′,N′-テトラメチルアゾジカルボキサミド(TMAD)で処理した際に,Cys41とCys107間にジスルフィド結合の形成が検出された.しかし,R. capsulatusの細胞内酸化還元電位は培養時の酸素分圧に関係なく約−220 mVであり13),GSH/GSSGの−240 mVと一致する酸化還元電位を維持しているため,細胞質でジスルフィド結合が形成される可能性は低く,ジスルフィドの形成は試験管内の特殊な条件下でのみ達成可能と考えられる.

先に著者らは,C41S-SqrRが,C107S-SqrRよりもin vitroでアーティフィシャルな分子間ジスルフィド結合を介した二量体形成を起こしやすいことから,Cys107は,Cys41よりも反応性が高く,超硫黄分子による求核攻撃を先に受けるアタッキングCysであることを提案した14).米国インディアナ大学のグループは,中性求電子試薬であるN-エチルマレイミド(NEM)に対する各システインの求核性を,精密質量分析を利用したアプローチにより解析した.具体的には,精製したSqrRを“重い”重水素型NEM(d5-NEM)とまず反応させ,尿素で変性後,“軽い”軽水素型NEM(H5-NEM)と反応させた.最初のステップでは,求核性が高いか,または空間的にアクセス可能域の広いSqrR内のシステインが,重いd5-NEMによってラベルされる.次のステップでは,求核性の低い,および/または,空間的にアクセス困難であったシステインが,軽いH5-NEMによってラベルされる.反応後,質量分析により各システイン残基の修飾状態を調べたところ,Cys107は,重いd5-NEMと軽いH5-NEMの両方でラベルされていたが,Cys41は,軽いH5-NEMにより優先的にラベルされていた.これらの結果から,Cys107の方がCys41よりも反応性が高いことが示された.この結果は,前述のC107S-SqrRとC41S-SqrRを用いた著者らの実験結果と一致する.さらに,SqrRの各チオールの求核反応速度とpH依存性を調べると,反応性の低いCys41のpKaも,Cys107の値と似て,典型的なチオレート形成システインのpKa(約8.0)であることがわかった(Cys41:8.1±0.1, Cys107:7.4±0.1).両方のシステイン残基の平衡状態が相対的にチオレートに安定していることは,pKa,酸化還元電位,および化学反応性の間の既知の相関を考えると15),H2O2等の酸化剤に対するSqrRの反応性が低いことを部分的に説明している.しかし,これらの求核性の低いシステインの側鎖が,弱い求電子試薬である超硫黄分子と容易に反応してテトラスルフィド結合を形成することとは矛盾する.この点は,以下の結晶構造解析により考察が進んだ.

2)SqrRの構造解析

還元型のWTとC9S-SqrRの結晶構造がそれぞれ2.12 Åと1.36 Åの分解能で解かれ,両者の構造は非常に似ていることがわかった1).両構造において,Cys107とCys41は,複数のαヘリックスからなる溶媒がアクセス可能な空洞に位置していた.前述の求核性の解析結果と一致して,Cys107はより溶媒にさらされているが,Cys41は比較的溶媒から保護される位置に存在していた.各システインの周りの全体的な静電表面も,空洞の内部は有意な正の電位を持っていた.注目すべきことに,還元されたC9S-SqrR結晶をTMADに浸すと,Cys41とCys107間にジスルフィド結合形成の中間状態が観察された.具体的には,TMADのジアゼン窒素原子の一つが,求核性が比較的高いと考えられるCys107の側鎖のS原子とS–N結合を形成しており,還元状態のCys41が存在する空洞へのアクセスはブロックされる構造となっていた.この構造から,空洞の端に存在するCys107の修飾後も,ジスルフィド結合形成につながるCys41側鎖のスルホンアミドへの求核攻撃や,TMADなどの低分子求電子剤によるCys41側鎖への求核攻撃の両方に対してエネルギー障壁が局所的に作られることで,Cys41の側鎖は還元状態に保たれ,結果としてCys107側鎖のパースルフィド化が進行しやすい状態になると考えられた.

GSSHによりCys41とCys107の間にテトラスルフィド結合を形成したC9S-SqrRの構造も決定されている1).この構造では,テトラスルフィド結合が溶媒から完全に保護されており,この構造の形成により,IAMなどの強力な求電子試薬やこれらの条件下で反応中にその場で生成される低分子量チオールなどの他の求核試薬に対して,架橋構造中の硫黄原子の反応性は大幅に減少すると考えられる.一方,DNA結合ヘリックスとホモ二量体の全体的な構造は,テトラスルフィド結合形成による影響をほとんど受けないことがわかった.先に行われた我々の円偏光二色性スペクトル解析からも,還元型SqrRとジスルフィド結合型SqrRでは,αヘリックスとβシートの構成率に4%ほどの違いしかみられない16).しかし,タンパク質-DNA結合親和性は,ジスルフィドやテトラスルフィド結合形成によって著しく低下する.このように,リガンド認識または反応性に起因する全体的な構造変化が存在しないことは,ArsRファミリーに属する転写因子としては初めての,SqrRに特異な特徴である.構造と無関係な機能の変化としては,黄色ブドウ球菌の亜鉛センサータンパク質CzrAにおける構造の内部動態とエントロピーの再分配によってDNA結合親和性が変化する例が先に報告されている17).CzrAは,DNA結合状態ではエントロピー的に安定し,ある定まった構造をとる.一方,非結合状態では,亜鉛結合がエントロピーを再分配することで,エントロピー増大による構造の不安定化を引き起こし,タンパク質とDNAの結合の自由エネルギー変化を増加させることで,DNA複合体の形成を阻害する.SqrRも,テトラスルフィド結合の形成がエントロピーの再分配を引き起こし,それによってDNA結合の自由エネルギー変化に影響を与えるというCzrAと似た機構で,超硫黄分子依存的な転写制御を行っているのかもしれない.

3)テトラスルフィド結合の形成機構

SqrRの結晶構造解析から,TMADのような強い求電子試薬によるシステイン側鎖の応答性は明らかになったが,これは,テトラスルフィド結合の形成機構を直接的に示していない.SqrRのテトラスルフィド結合の特異性を明らかにするために,さまざまな有機超硫黄分子ドナーを用いて速度論的解析が行われた.還元状態のCys41とCys107の酸化と,それに伴うテトラスルフィド結合の形成は,擬一次速度定数で反応速度論に基づくフィッティングが可能であった1).一方,これらのプロファイルで検出されたマイナーなジスルフィドとトリスルフィド種は,経路上の中間体としてではなく,同じ還元型SqrRに由来する並行反応として速度論的にモデル化された.超硫黄分子ドナー濃度を上げる,あるいはヘミン存在下で反応を行うことで,経路上のパースルフィド中間体の有意な蓄積が観察され,それらは,テトラスルフィド結合形成への反応中間体と考えられた.このパースルフィド中間体は,Cys41よりも求核性の高いCys107において形成されると考えられる.すなわち,テトラスルフィド結合形成のためのパースルフィド化は,Cys107(または両方のシステイン残基)で,超硫黄分子が持つ求核性,および,ポリスルフィド化されたシステイン残基での求核性の増加を利用して連続的に起こり,最終的にテトラスルフィド結合の形成が促進されると考えられる(図3).実際,単一のシステインのみを含むSqrR点変異タンパク質とGSSHを反応させると,グルタチオンとの混合ジスルフィド(CysSSG)が,いずれのシステイン残基でも形成される.ただし,Cys41のチオール基の立体障害と低い反応性を考えると,ポリスルフィドドナーとの反応は,Cys107でより迅速に発生する可能性が高く,Cys41の修飾は,分子内硫黄供給によって初めて生じると考えられる.

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図3 SqrRの超硫黄分子センシング機構モデル

Cys107のチオレートとGSSHの求核反応によってCys107がパースルフィド化される.パースルフィド化されたCys107はGSSHとの求核反応あるいはGSS-との求電子反応によってグルタチオンとの混合ジスルフィド(CysSSG)を形成する.Cys107からの硫黄供給によってCys41がパースルフィド化される.最終的に,Cys41とCys107の求核反応によってテトラスルフィド結合が形成される.

4. ヘムとの関係

著者らの研究から,SqrRにヘムが特異的に結合することが明らかになっている16).分光学的解析から,化学量論比1:1でSqrRとヘムが結合しており,その結合親和性は既知のヘムタンパク質と同等であることがわかった.還元型のヘム結合型SqrRは,還元型アポSqrRよりも有意に低いDNA結合親和性を示し,テトラスルフィド結合形成条件では,さらに低い値を示した.また,細胞内のヘム濃度の変化に応じてSqrRによる転写活性も変化したことから,SqrRは超硫黄分子だけでなく,ヘムにも応答して遺伝子の転写制御を行うことが示唆された.

ヘモグロビンに配位したヘムは,中心金属の鉄に硫化水素イオンを配位させることでチオ硫酸塩と超硫黄分子を生成する18, 19).このことは,ヘムが硫化水素の細胞内認識機構に深く関わる可能性を示唆している.たとえば,SqrRが超硫黄分子に加えてヘムを検知できることは,硫化水素による情報伝達に速やかに応答することを可能にしていると考えられる.

5. おわりに

以上のように,細菌は,システインのポリスルフィド修飾によって活性が変化するさまざまな超硫黄分子応答性転写因子を利用して硫化水素・超硫黄分子を特異的に検知し,関連する代謝系を調節することで,細胞内の硫化水素・超硫黄分子濃度を厳密に制御している.しかし,システインが各種の酸化剤とは反応せずに,弱い求電子物質である超硫黄分子と特異的に反応する化学的な仕組みの全貌はいまだ解明されていない.さらに,超硫黄分子に応答して転写制御を受けた超硫黄分子代謝系が,どのような反応経路で硫化水素・超硫黄分子濃度を調節し,超硫黄分子による生理機構の調節を行うのかは未解明である.本特集の他稿で紹介されている細胞内超硫黄分子定量法や,ポリスルフィド化修飾タンパク質の網羅的同定法を用いた細胞内超硫黄分子の動態解析は,これらの問題の解決に大きく貢献すると期待できる.

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19) Galardon, E., Huguet, F., Herrero, C., Ricoux, R., Artaud, I., & Padovani, D. (2017) Reactions of persulfides with the heme cofactor of oxidized myoglobin and microperoxidase 11: Reduction or coordination. Dalton Trans., 46, 7939–7946.

著者紹介Author Profile

清水 隆之(しみず たかゆき)

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系助教.理学博士.

略歴

1988年神奈川県に生る.2011年首都大学東京都市教養学部卒業.13年同大学院理工学研究科生命科学専攻修士課程修了.17年東京工業大学大学院生命理工学研究科博士課程修了.同年より現職.

研究テーマと抱負

細菌および植物におけるシグナル伝達機構の生化学・生理学的解析.特に硫化水素・超硫黄分子種によるタンパク質のパースルフィド化を介したシグナル伝達機構の解析に取り組んでいる.

ウェブサイト

https://webpark1435.sakura.ne.jp/wp/

趣味

温泉.サウナ.

増田 真二(ますだ しんじ)

東京工業大学生命理工学院准教授.博士(理学).

略歴

1972年神奈川県に生る.2000年東京都立大学大学院理学研究科博士課程修了.学術振興会特別研究員,インディアナ大学ブルーミントン校ポスドク,理化学研究所基礎科学特別研究員,東京工業大学生命理工学研究科助教を経て08年より現職.

研究テーマと抱負

光合成細菌・シアノバクテリア・植物を材料に,光合成生物の環境適応の分子機構を調べ,地球の生命活動を支えている太陽光エネルギーの獲得様式の進化・多様化の理解を進め,低炭素社会実現に貢献したい.

ウェブサイト

http://www.photobiolab.bio.titech.ac.jp/~official/labhp/index.html

趣味

釣り,ギター.

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