Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 666-673 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930666

特集Special Review

超硫黄分子の抗炎症作用Anti-inflammatory effects of supersulfides

熊本大学大学院生命科学研究部微生物学講座Department of Microbiology, Graduate School of Medical Sciences, Kumamoto University ◇ 〒860–8556 熊本市中央区本荘1–1–1 ◇ 1–1–1 Honjo, Chuo-ku, Kumamoto 860–8556, Japan

発行日:2021年10月25日Published: October 25, 2021
HTMLPDFEPUB3

炎症は病原体や異物の侵入,さらにはそれによる組織損傷などが起こると誘導され,起因物質の排除を通じて生体の恒常性を維持する重要な生体防御反応の一つである.しかし,炎症が収束できずに,過剰な活性化や慢性化が起こるとさまざまな疾患の原因となる.近年,細胞内で産生される超硫黄分子が炎症の制御に密接に関わることが明らかとなってきた.筆者らは,超硫黄分子ドナーを開発し,細胞内超硫黄分子がマクロファージの炎症応答シグナルとサイトカインの産生を阻害することを見いだした.この超硫黄分子ドナーは致死性エンドトキシンショックを起こしたマウスに対して劇的な治療効果を示した.また筆者らは,自然炎症の一つであるインフラマソームの活性化には細胞内グルタチオンや超硫黄分子の細胞外排出が引き金となっていることを発見した.今後,炎症性疾患に対する超硫黄分子を基軸とした治療戦略の構築が期待される.

1. はじめに

炎症応答は外界からの刺激や異物の侵入などに対して生体がこれらを認識・排除し,恒常性を維持するために重要な生体防御応答である.感染においては,病原体を認識する病原体センサーが生体に存在し,これらは病原体に対して特異的で自己成分は認識しないと考えられてきた.一方,自己成分を含め炎症の原因物質(リガンド)が次々と同定されてきた.それに伴い,リガンドを認識する病原体センサーの特異性や役割,下流のシグナル分子など多くのことがわかってきた.最近では,組織損傷や代謝異常などによる自己成分(内因性リガンド)と病原体センサーが非感染時においても相互作用し弱い炎症を誘導している,すなわち「自然炎症(homeostatic inflammation)」という概念が提唱されるようになってきた1).これにより,慢性化した炎症は生活習慣病やがんなど現代病の分子基盤としてその重要性が認知されてきている.特にインフラマソームの活性化は炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL-1)ファミリーの産生に重要な自然炎症モデルとして注目されており,その活性化機構や制御法について活発に研究されている2).炎症応答は活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)により調節を受けており,抗酸化物質によるレドックス制御が恒常性の維持に重要と考えられている3, 4).これまでに,硫化水素が炎症応答を調節するという報告5, 6)があるがその詳細な分子機序や作用の実態については不明な点が多い.硫化水素がチオールに結合したいわゆる超硫黄分子はこれまで抗酸化作用やエネルギー代謝への関与が注目されてきたが,筆者らの研究により細胞内超硫黄分子が炎症応答を制御することが明らかとなってきた.超硫黄分子の生成機序や分析技術については他稿を参照していただくとして,本稿では炎症応答を惹起するパターン認識機構とマクロファージにおける自然免疫シグナル伝達について概説するとともに,超硫黄分子の抗炎症作用について筆者らが得た結果を中心に紹介する.また,自然炎症のなかでもさまざまな疾患に関わることで重要なNLRP3インフラマソームの活性化機構における超硫黄分子の働きについて最新の知見を含めて概説していきたい.

2. 炎症応答

細菌やウイルス,真菌などの病原体による感染を受けた場合,生体はこれらをいち早く察知し,排除しようとする.感染の初期に発動する生体防御反応の一つが炎症であり,自然免疫応答により感染部位に好中球やマクロファージなどの食細胞が動員され,これらが産生するサイトカインやケモカインなどを介して病原体の排除が進められる.脊椎動物などが本来もつ自然免疫応答では病原体排除のための一連の反応により細胞死が誘発される.生体はこれを修復しようとマクロファージによる死細胞の貪食や線維芽細胞による組織リモデリングなどを行う.そのため炎症時には発赤,熱感,腫脹,疼痛,組織の機能不全などの兆候も認められる7).感染以外にも,物理的刺激(火傷や凍傷など)や化学的刺激(化学薬品接触など)に対しても,多くの場合同様の過程で炎症が起こる.すなわち炎症とは,微生物の感染だけでなく自然免疫システムを利用してさまざまな外界要因からの脅威に対して生体の恒常性を維持する生体防御反応と捉えられる.自然免疫は生体がこれまで出会ったことのない未知の異物に対しても即座に対応できる非特異的な防御システムと考えられてきたが,最近の研究ではリガンドを特異的に認識する多くの病原体センサーが存在し,非常に多様性に富んだ相互作用を生み出す包括的システムであることがわかってきた8).炎症は大きく急性炎症と慢性炎症に分類される.急性炎症は主として外界からの原因物質(外因性リガンド)に対する初期の自然免疫反応であり,原因が排除されればいずれ収束に向かう.しかし生体の異常により自己分子が内因性リガンドとなった場合,閾値以下の持続的な炎症が常態化することで慢性炎症の原因となる(図1).持続的な炎症は,損傷を受けた組織周囲の正常な組織をも傷害し,さらなるリガンドの放出につながる.これにより症状がさらに悪化し悪循環に陥るため,炎症の収束はきわめて重要である9).慢性炎症の多くはこのように内因性のリガンドと病原体センサーが相互作用し恒常的に炎症応答を惹起することから「自然炎症(homeostatic inflammation)」という概念が提唱された1).内因性リガンドによる自然炎症が引き起こす病気には,糖尿病,痛風,動脈硬化,アルツハイマー病,関節リウマチなどが知られている10)が,原因物質や臓器ごとの細胞の性質も異なるため,発症メカニズムの全容解明には至っていない.

Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 666-673 (2021)

図1 炎症誘導因子とパターン認識受容体(PRRs)を介した炎症応答の概念図

感染や外界からの刺激により誘導された炎症が収束できず内因性リガンドによる炎症が持続すると慢性炎症の一因となる(自然炎症).PAMPs:pathogen-associated molecular patterns, DAMPs:damage-associated molecular patterns, LPS:lipopolysaccharide, TLRs:Toll-like receptors, CLRs:C-type lectin receptors, ALRs:AIM2-like receptors, RLRs:RIG-I-like receptors, NLRs:NOD-like receptors.

自然免疫システムが病原体の存在を「病原体センサー」によって感知することは古くから知られていた.近年,微生物由来の特定の分子を認識する病原体センサーとしてパターン認識受容体(pattern recognition receptors:PRRs)の概念が確立された.PRRsは五つの主要なクラスに分類され,下流のシグナル伝達が活性化されると炎症性サイトカインやインターフェロン,ケモカインの産生誘導を伴って炎症反応や感染防御反応を誘導する.PRRsのうち,最もよく知られているのはToll様受容体(Toll-like receptors:TLRs)であり,さまざまな細胞で細胞表層またはエンドソームに発現している.他に細胞質内に局在するものとしてNOD様受容体(NOD-like receptors:NLRs),RIG-I様受容体(RIG-I-like receptors:RLRs),AIM2様受容体(AIM2-like receptors:ALRs),そして細胞膜に発現するC型レクチン様受容体(C-type lectin receptors:CLRs)が知られている11).PRRsで認識されるリガンドは大きく二つに分けられ,病原体の成分は「病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns:PAMPs)」と呼ばれる.また,組織損傷に伴って放出・遊離される内因性の生体分子は「ダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns:DAMPs)」と呼ばれ,炎症の慢性化や生命を脅かすような強い炎症反応を引き起こすこともあることから病理学的に重要な意味を持つ(図111)

TLRsは,細胞内にインターロイキン1(IL-1)受容体細胞内ドメインと相同性の高いToll/IL-1 receptors(TIR)ドメインを持つ.リガンドが結合するとTIRドメインにアダプター分子(MyD88, TIRAP, TRAM, TRIFなど)が結合して下流のシグナルが伝達される.たとえばグラム陰性菌の外膜成分であるリポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)でマクロファージを刺激すると,TLR4によって認識され多様な経路のシグナルが伝達される(図212, 13).MyD88を介したシグナルは,転写因子nuclear factor kappa-light-chain-enhancer of activated B cells(NF-κB)の活性化を引き起こす典型的なTLR4/NF-κB経路であり,tumor necrosis factor(TNF)-αやIL-1などの炎症性サイトカインの発現誘導に不可欠なシグナルである.一方で,TRIFを介したシグナルは,NF-κBの活性化に加えて転写因子IRF3の活性化を引き起こし,I型インターフェロンであるIFN-βの発現誘導に深く関わっている.産生されたIFN-βは産生細胞自身および近隣細胞のIFN-α/β受容体(IFNAR)に結合しJanus kinase(JAK)の活性化とその下流のsignal transducer and activator of transcription(STAT)タンパク質のリン酸化を介したいわゆるJAK/STAT経路の活性化を誘導する.IFN-βの下流シグナルではSTAT-1とSTAT-2がリン酸化ヘテロ二量体を形成する.さらにIRF9が結合した複合体が誘導性NO合成酵素(inducible NO synthase:iNOS)プロモーターのIFN stimulated response element(ISRE)領域に結合し,他の転写因子とともにiNOS発現誘導を増幅させることが知られている.

Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 666-673 (2021)

図2 TLR4シグナルの概念図

TLR4シグナルはLPSをリガンドとしてサイトカインやインターフェロン(IFN),誘導型NO合成酵素(iNOS)などの炎症性メディエーターの発現を誘導する.主な転写因子としてNF-κB, IRF3やSTAT-1などがこれら遺伝子のプロモーターに結合することで転写が誘導される.超硫黄分子による抑制作用が示唆される箇所を図に示した(後述,本文参照).

3. 超硫黄分子ドナーによる抗炎症作用と治療効果

上述のようにTLR4シグナルは主要な転写因子としてNF-κBを活性化するが,各種炎症関連遺伝子の発現プロファイルからこの活性化にはMyD88経路による速やかな活性化とTRIF経路による比較的遅い活性化が知られている12).マウスではTNF-αのプロモーターには四つのNF-κB結合領域が存在することが知られている14).TNF-αはLPS刺激により速やかに誘導され,その発現にはMyD88によるNF-κBの活性化が最重要であると考えられる.一方iNOSのプロモーターには二つのNF-κB結合領域が報告されているが,それ以外にもSTAT-1の結合領域も存在する点でTNF-αの転写制御とは異なる15).iNOSの発現はLPS刺激後比較的遅れて起こるが,これはTRIF経路によるJAK/STATシグナルに大きく依存することが考えられる.このように炎症関連遺伝子の発現誘導はNF-κBの活性化が必須ではあるものの,その他の因子も含め複雑に制御されている.さらにNF-κBの上流にはレドックス感受性チオールを有するシグナル因子も報告されており,TLRsシグナル伝達においてROSや抗酸化分子によるレドックス調節の関与が示唆されている4)

硫化水素は毒ガスとして知られるが,近年生体内で産生されさまざまな作用を示すことが報告されてきた.これまでに硫化水素による抗炎症作用が報告されているがその生成や標的,反応機構など,詳細な機序は不明な点が多い6, 16).Whitemanらはマクロファージの炎症応答に及ぼす硫化水素の影響を調べるなかで,硫化水素イオンドナーである硫化水素ナトリウム(NaHS)はNF-κBの転写活性を抑制することはなくむしろ上昇させることを報告している17)

生体内分子の生理機能を調べる手段としては,その産生を低下,あるいは増加させる方法が用いられる.前者としては産生酵素に対する阻害剤や責任遺伝子の発現低下(ノックダウン)および欠損(ノックアウト)が一般的である.後者としては産生を内因性に亢進させる,あるいはドナーを用いて外因性に増加させる方法が有効である.筆者らは,N-アセチルシステインを基本骨格とした新規の超硫黄ドナーN-アセチルシステインポリスルフィド(NACポリスルフィド)を開発した(図3A13).NACポリスルフィドはその構造中に,共有結合によって硫黄原子にのみ結合した硫黄を有している(図3Aの構造式で,赤破線で囲んだ硫黄原子).このような硫黄原子にのみ結合した硫黄はサルフェン硫黄(sulfane sulfur)と呼ばれ18),超硫黄分子が示す多彩な化学反応性の基盤となっている.LPSでマクロファージを刺激すると,先にふれたようにMyD88とTRIF経路を介したTLR4シグナルの活性化が起こり,TNF-αやIFN-β, iNOSの発現が誘導される.筆者らはこれら炎症メディエーターを指標にNACポリスルフィドの抗炎症作用を調べた13).サルフェン硫黄原子を二つ持つNAC-S2(図3A)でマウスマクロファージ細胞株RAW264.7細胞を処理すると,硫黄転移反応によりシステインパースルフィド(CysSSH)とグルタチオンパースルフィド(GSSH)のレベルが顕著に上昇した(図3B).NAC-S2は細胞に処理後速やかに取り込まれ,主にシステインやグルタチオンを細胞内アクセプターチオールとしてこれらに効率よくサルフェン硫黄を転移し細胞内超硫黄分子を増加させることが示唆された.NAC-S2で処理した細胞ではLPS誘導性のTNF-α(図4A)やIFN-β(図4B)の産生,iNOSの発現(図4C)が強力に阻害されたが,NaHS処理ではこれらの阻害作用は認められなかった.筆者らはこの分子機序を調べるためにTLR4の下流シグナルについてリン酸化解析を行った.その結果,LPS処理によって誘導されるNF-κBのリン酸化がNAC-S2により有意に低下することがわかった(図4D).NF-κBは定常状態ではIκBαと結合することで核移行シグナルが覆い隠されて細胞質に保持されている.IκBαの上流に位置するIκB kinases(IKKs)は,二つの触媒サブユニットIKKαとIKKβ,および調節サブユニットIKKγ[別名NF-κB essential modulator(NEMO)]から構成され,IκBαをリン酸化する.リン酸化IκBαはユビキチン化を受けプロテアソームによって分解される.IκBαの分解により遊離したNF-κBは,核移行シグナルが表在化することで核内移行することが可能となり,制御遺伝子の発現を誘導する.NAC-S2を処理した細胞ではLPS誘導性のIκBαのリン酸化が抑えられた(図4E).一方,NAC-S2がp38 MAPキナーゼ(MAPK),JNK, ERKのリン酸化を抑制しなかったことから,NAC-S2がIKKsを抑制することが示唆された.また,NAC-S2とともにNAC-S1がiNOSの発現を抑制する機序としては,IFN-βの産生抑制と,その下流シグナルであるSTAT-1のリン酸化が抑制されることがわかっている.

Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 666-673 (2021)

図3 NACポリスルフィドの開発

(A) N-アセチルシステイン(灰色で示した構造)を基本骨格とした酸化型oxNAC(左),サルフェン硫黄原子を一つ導入したNAC-S1(中),二つ導入したNAC-S2(右)を開発した.(B) RAW264.7細胞をNAC-S2で処理すると細胞内にシステインパースルフィド(CysSSH)やグルタチオンパースルフィド(GSSH)などの超硫黄分子の顕著な増加が認められた(文献13改変).本稿では特にNAC-S2の作用について紹介する(本文参照).

Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 666-673 (2021)

図4 NAC-S2によるTLR4シグナルの抑制

NACポリスルフィドであるNAC-S2はTNF-α産生(A),IFN-β産生(B),iNOS発現(C)を抑制した.そのメカニズムとしてNAC-S2はNF-κBのリン酸化(D)とIκBαのリン酸化(E)を抑制した.(F)エンドトキシンショックマウスに対するNAC-S2の治療実験.(G) C57BL/6マウスの腹腔内にLPSを投与すると,非治療群(LPS+saline)では96時間後に生存率が20%にまで低下した.NAC-S2を投与した治療群(LPS+NAC-S2)では,その生存率が90%まで大きく改善した.非治療群(LPS+saline)と比べて治療群(LPS+NAC-S2)では,血清中のTNF-α量が有意に減少した(文献13改変).

TLRsシグナルの過剰な活性化による全身性の炎症疾患として敗血症があり,主に感染による全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)と定義づけられている19).感染症によりエンドトキシンであるグラム陰性菌のLPSが体内に大量に放出されると炎症性サイトカインの過剰な産生が起こり,全身性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC),血圧低下,敗血症性ショック(致死性エンドトキシンショック)を来す.敗血症性ショックはいまなお死亡率が高い重篤な全身疾患であり,治療を施さないと多臓器不全(multiple organ failure:MOF)へと進展し死に至る20, 21).敗血症の病態の理解や治療モデルとしてはLPS投与マウスモデルが広く用いられる(図4F).LPSを腹腔内投与した9週齢のC57BL/6マウスでは96時間以内に生存率が20%にまで低下した.このマウスにNACポリスルフィドであるNAC-S2を腹腔内投与すると生存率が90%まで改善し,血清中のTNF-αレベルが低下した(図4G).硫化水素ドナーとしてNaHSを投与したマウスでは生存率の改善が認められなかったことから,NAC-S2による抗炎症作用が硫化水素より優れていることがマウス治療実験で示された.筆者らの結果から,超硫黄分子が炎症性疾患に効果的であることが初めて証明され,今後生体内超硫黄分子を補充するなど炎症性疾患に対する画期的な治療展開が期待されている.

4. 超硫黄分子による炎症性遺伝子発現の抑制

炎症はマクロファージなどの免疫細胞だけでなく,さまざまな組織で誘導される.最近,上皮細胞の炎症モデルに対する超硫黄分子の抗炎症作用が報告された.眼球の網膜色素上皮細胞の炎症は加齢黄斑変性などの原因となることが知られている.ヒトおよびマウスの網膜色素上皮細胞(retinal pigment epithelial cell:RPE細胞)をLPSで刺激すると,炎症性サイトカインであるIL-6, IL-1β,ケモカインであるC-C motif chemokine ligand 2(CCL2)の発現が誘導される.この上皮細胞炎症モデルにおいて,酸化型グルタチオントリスルフィド(GSSSG)が,これら遺伝子のmRNA発現を抑制することが報告されている22).また分子メカニズムとして,GSSSGはTLR4の主要な下流シグナルであるNF-κBのリン酸化を阻害することが示された.興味深いことに,GSSSGで処理した細胞では,LPS刺激によるERKのリン酸化がさらに亢進していた.ERKの阻害剤を処理した細胞ではGSSSGによるIL-6とCCL2の発現抑制が部分的にキャンセルされたことから,過剰なリン酸化を受けたERKがこれらの転写に抑制的に働くことが示唆された.一方,抗炎症分子であるNrf2やHO-1は,GSSSGの抗炎症作用に関与しなかった.筆者らの研究においてもERKのリン酸化はNAC-S2により亢進あるいは持続していた13).超硫黄分子の標的についてはさらなる解析が必要であるが,この報告からもNF-κBシグナルが主要なものであり,筆者らの結果とも一致する.

5. インフラマソーム活性化におけるグルタチオンおよび超硫黄分子の役割

TLRsとNLRsは主要なPRRsであり細菌やウイルスの侵入や組織損傷に対して迅速に応答し生体の恒常性維持に貢献している.ここではNLRsが誘導する自然炎症応答のうち最も研究が進んでいるNLRP3インフラマソームの活性化とそれにより調節を受けるIL-1βの産生において,筆者らが最近見いだした制御機構について紹介する.LPSによってマクロファージのTLR4が活性化されると,一次シグナルとして主にNF-κBシグナル経路が活性化されIL-1βの発現が誘導される.これをプライミングと呼び,この段階ではIL-1βは活性のない前駆体型の状態で産生され,さらに二次シグナルによりインフラマソームにより活性化されたカスパーゼ-1による切断を受けて活性型へと変換される.二次シグナルを惹起するリガンドとしては細胞損傷によって細胞外に放出されるアデノシン三リン酸(ATP)や尿酸結晶などの内因性DAMPs,病原体成分やアスベストなどの外因性DAMPsがあり,いずれも成熟型IL-1βの産生を誘導する.NLRP3インフラマソームの構成成分としてはNLRP3以外に,apoptosis-associated speck-like protein containing a CARD(ASC),プロカスパーゼ-1, never in mitosis A(NIMA)-related kinase 7(NEK7)などが含まれることが知られており,これら関連タンパク質の巨大な複合体が形成されることでカスパーゼ-1の活性化を引き起こす(図5A).NLRP3インフラマソームの活性化には,上述したリガンドによる二次シグナルとしてカリウムの細胞外流出やROSの産生が引き金となることが報告されてきたが,その分子機構には不明な点も多く残されている.筆者らは,超硫黄分子が強い抗酸化力を持つことに着目し,ATP刺激によるNLRP3インフラマソームの活性化におけるグルタチオン(GSH)やその超硫黄体であるグルタチオンパースルフィド(GSSH)の細胞内動態を調べた23).その結果,マクロファージをATPで刺激すると速やかに細胞内グルタチオンが細胞外に排出され,刺激後わずか15分でもとのレベルの10%以下まで減少することを見いだした(図5B).このときグルタチオンパースルフィドも細胞外に排出されていた.また,IL-1βの産生はグルタチオンの排出より遅れて起こり,細胞外にあらかじめグルタチオンを添加しておくと,細胞内グルタチオンの減少が抑制されるとともにIL-1βの産生も顕著に抑えられた.このことから,ATP刺激によるグルタチオンの排出が,NLRP3インフラマソームの活性化にきわめて重要であることが示唆された(図5C).筆者らはさらに外部からのグルタチオンの補充がin vivoにおいてもインフラマソームの活性化を抑止するか,マウスモデルを用いた実験を行った.LPSを腹腔内投与しプライミングしたマウスにDAMPsとしてATPを腹腔内に投与すると,血清中にIL-1βやTNF-αなどのサイトカインが産生された.特にIL-1βはLPS単独投与よりATPと組み合わせた際に産生量が顕著に増加することからインフラマソームに依存した産生であることが示された.ATP投与と同時に還元型および酸化型のグルタチオンを投与すると,血清中のIL-1β量が有意に抑制された(図5D).一方,インフラマソームに依存しないTNF-αの産生はグルタチオン投与により抑制されなかった.これらの結果は,グルタチオンやその超硫黄体の減少が自然炎症の惹起に関与することを示しており,今後はさまざまな自然炎症性疾患や慢性炎症疾患に対して,外因性に超硫黄分子を補充するという新しい治療展開が期待される.

Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 666-673 (2021)

図5 インフラマソーム活性化におけるグルタチオンおよび超硫黄分子の役割

(A) NLRP3インフラマソームの活性化機構.ROS:活性酸素種.(B) ATP刺激によるグルタチオン(GSH)とその超硫黄体(GSSH)の細胞外流出.J774.1細胞においてATP刺激15分で速やかに細胞外に排出されて著しく減少した.(C)グルタチオン流出によるNLRP3インフラマソームの活性化制御機構.(D) LPSとATPを投与したICRマウス群(LPS+ATP)と比べてグルタチオン投与群(LPS+ATP+GSHあるいはLPS+ATP+GSSG)では,炎症の指標となる血清中のIL-1β量が有意に減少した.これはグルタチオンの補充によりインフラマソームの活性化が抑えられたことを示す(文献23改変).

6. おわりに

このように超硫黄分子は炎症性メディエーターの産生において主要なTLR4/NF-κBシグナル,インフラマソームの活性化における二次シグナルなど多くの炎症応答シグナルを抑えることがわかってきた.間接リウマチなどの難治性疾患,糖尿病などの生活習慣病,さらには心的外傷後ストレス障害においても,その発症分子基盤として炎症応答の関連性が示唆されており10, 24),これらに対しても超硫黄分子の抗炎症作用が期待される.筆者らは現在,NACポリスルフィドを用いて超硫黄分子の標的因子の同定など,より詳細な抗炎症メカニズムの解明を目指している.同時に,インフラマソームをはじめとする種々の炎症性疾患モデルマウスに対する超硫黄分子を基軸とした治療法の構築を手掛けている.今後,新たな超硫黄分子の生理作用を見いだし,その分子メカニズムを解明することができれば,抗炎症作用と併せてさまざまな疾患に対する治療戦略へと発展させることができると考えている.

感染症における宿主と細菌の相互作用においても超硫黄分子の役割に関する研究成果が報告されている.食中毒や敗血症,チフスなどの重症感染症の原因菌であるサルモネラは,哺乳類には存在しない特殊な経路で超硫黄分子を産生することで宿主防御機構の一つであるオートファジーを抑制し,巧みに感染を成立させることが報告された25).超硫黄分子の合成経路を欠損させたサルモネラは,オートファジーを抑制できず,感染後は速やかに殺菌,排除された.筆者らはごく最近,ペニシリンやカルバペネムなどのβラクタム系抗菌剤が,細菌の細胞壁に存在する超硫黄分子によって分解され,菌体外へと排出されることを見いだした26).超硫黄分子によるこの作用は細菌の薬剤自然耐性をもたらす新しいメカニズムであり,薬剤耐性菌の治療において新たな診断マーカーになることが期待される.これらの事実は,抗炎症作用にとどまらず,病原細菌と宿主の両者において超硫黄分子の生成系が,新しい治療薬や選択的な新規抗菌薬の標的として有望であることを示している.

引用文献References

1) Miyake, K. & Kaisho, T. (2014) Homeostatic inflammation in innate immunity. Curr. Opin. Immunol., 30, 85–90.

2) Paik, S., Kim, J.K., Silwal, P., Sasakawa, C., & Jo, E.K. (2021) An update on the regulatory mechanisms of NLRP3 inflammasome activation. Cell. Mol. Immunol., 18, 1141–1160.

3) Asehnoune, K., Strassheim, D., Mitra, S., Kim, J.Y., & Abraham, E. (2004) Involvement of reactive oxygen species in Toll-like receptor 4-dependent activation of NF-kappa B. J. Immunol., 172, 2522–2529.

4) Gloire, G., Legrand-Poels, S., & Piette, J. (2006) NF-kappaB activation by reactive oxygen species: Fifteen years later. Biochem. Pharmacol., 72, 1493–1505.

5) Whiteman, M. & Winyard, P.G. (2011) Hydrogen sulfide and inflammation: The good, the bad, the ugly and the promising. Expert Rev. Clin. Pharmacol., 4, 13–32.

6) Huang, Z., Zhuang, X., Xie, C., Hu, X., Dong, X., Guo, Y., Li, S., & Liao, X. (2016) Exogenous hydrogen sulfide attenuates high glucose-induced cardiotoxicity by inhibiting NLRP3 inflammasome activation by suppressing TLR4/NF-kappaB pathway in H9c2 cells. Cell. Physiol. Biochem., 40, 1578–1590.

7) Punchard, N.A., Whelan, C.J., & Adcock, I. (2004) The journal of inflammation. J. Inflamm. (Lond.), 1, 1.

8) Akira, S., Uematsu, S., & Takeuchi, O. (2006) Pathogen recognition and innate immunity. Cell, 124, 783–801.

9) Shichita, T., Ito, M., Morita, R., Komai, K., Noguchi, Y., Ooboshi, H., Koshida, R., Takahashi, S., Kodama, T., & Yoshimura, A. (2017) MAFB prevents excess inflammation after ischemic stroke by accelerating clearance of damage signals through MSR1. Nat. Med., 23, 723–732.

10) Fusco, R., Siracusa, R., Genovese, T., Cuzzocrea, S., & Di Paola, R. (2020) Focus on the role of NLRP3 inflammasome in diseases. Int. J. Mol. Sci., 21, 4223.

11) Amarante-Mendes, G.P., Adjemian, S., Branco, L.M., Zanetti, L.C., Weinlich, R., & Bortoluci, K.R. (2018) Pattern recognition receptors and the host cell death molecular machinery. Front. Immunol., 9, 2379.

12) Kawai, T. & Akira, S. (2011) Regulation of innate immune signalling pathways by the tripartite motif (TRIM) family proteins. EMBO Mol. Med., 3, 513–527.

13) Zhang, T., Ono, K., Tsutsuki, H., Ihara, H., Islam, W., Akaike, T., & Sawa, T. (2019) Enhanced cellular polysulfides negatively regulate TLR4 signaling and mitigate lethal endotoxin shock. Cell Chem. Biol., 26, 686–698.e4.

14) Ye, J., Wang, L., Zhang, X., Tantishaiyakul, V., & Rojanasakul, Y. (2003) Inhibition of TNF-alpha gene expression and bioactivity by site-specific transcription factor-binding oligonucleotides. Am. J. Physiol. Lung Cell. Mol. Physiol., 284, L386–L394.

15) Lowenstein, C.J., Alley, E.W., Raval, P., Snowman, A.M., Snyder, S.H., Russell, S.W., & Murphy, W.J. (1993) Macrophage nitric oxide synthase gene: Two upstream regions mediate induction by interferon gamma and lipopolysaccharide. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 9730–9734.

16) Castelblanco, M., Lugrin, J., Ehirchiou, D., Nasi, S., Ishii, I., So, A., Martinon, F., & Busso, N. (2018) Hydrogen sulfide inhibits NLRP3 inflammasome activation and reduces cytokine production both in vitro and in a mouse model of inflammation. J. Biol. Chem., 293, 2546–2557.

17) Whiteman, M., Li, L., Rose, P., Tan, C.H., Parkinson, D.B., & Moore, P.K. (2010) The effect of hydrogen sulfide donors on lipopolysaccharide-induced formation of inflammatory mediators in macrophages. Antioxid. Redox Signal., 12, 1147–1154.

18) Toohey, J.I. (1989) Sulphane Sulphur in biological systems: A possible regulatory role. Biochem. J., 264, 625–632.

19) Kaneko, T. & Wada, H. (2011) Diagnostic criteria and laboratory tests for disseminated intravascular coagulation. J. Clin. Exp. Hematop., 51, 67–76.

20) Kuzmich, N.N., Sivak, K.V., Chubarev, V.N., Porozov, Y.B., Savateeva-Lyubimova, T.N., & Peri, F. (2017) TLR4 signaling pathway modulators as potential therapeutics in inflammation and sepsis. Vaccines (Basel), 5, 34.

21) Cavaillon, J.M. (2018) Exotoxins and endotoxins: Inducers of inflammatory cytokines. Toxicon, 149, 45–53.

22) Tawarayama, H., Suzuki, N., Inoue-Yanagimachi, M., Himori, N., Tsuda, S., Sato, K., Ida, T., Akaike, T., Kunikata, H., & Nakazawa, T. (2020) Glutathione trisulfide prevents lipopolysaccharide-induced inflammatory gene expression in retinal pigment epithelial cells. Ocul. Immunol. Inflamm., 1–12.

23) Zhang, T., Tsutsuki, H., Islam, W., Ono, K., Takeda, K., Akaike, T., & Sawa, T. (2021) ATP exposure stimulates glutathione efflux as a necessary switch for NLRP3 inflammasome activation. Redox Biol., 41, 101930.

24) Yamanashi, T., Iwata, M., Shibushita, M., Tsunetomi, K., Nagata, M., Kajitani, N., Miura, A., Matsuo, R., Nishiguchi, T., Kato, T., et al. (2020) Beta-hydroxybutyrate, an endogenous NLRP3 inflammasome inhibitor, attenuates anxiety-related behavior in a rodent post-traumatic stress disorder model. Sci. Rep., 10, 21629.

25) Khan, S., Fujii, S., Matsunaga, T., Nishimura, A., Ono, K., Ida, T., Ahmed, K.A., Okamoto, T., Tsutsuki, H., Sawa, T., et al. (2018) Reactive persulfides from salmonella typhimurium downregulate autophagy-mediated innate immunity in macrophages by inhibiting electrophilic signaling. Cell Chem. Biol., 25, 1403–1413.e4.

26) Ono, K., Kitamura, Y., Zhang, T., Tsutsuki, H., Rahman, A., Ihara, T., Akaike, T., & Sawa, T. (2021) Cysteine hydropersulfide inactivates beta-lactam antibiotics with formation of ring-opened carbothioic S-acids in bacteria. ACS Chem. Biol., 16, 731–739.

著者紹介Author Profile

津々木 博康(つつき ひろやす)

熊本大学大学院生命科学研究部微生物学講座助教.博士(理学).

略歴

1976年大阪に生まれる.2003年大阪府立大学総合科学部卒業.08年同大学院理学系研究科博士課程修了.同年博士研究員(米国NHLBI, NIH).10年千葉大学大学院医学研究院助教.12年金沢大学大学院医学系研究科助教.13年大阪府立大学特認助教を経て,14年11月より現職.

研究テーマと抱負

細菌毒素などの病原因子を介した宿主と細菌の攻防・相互作用などに興味を持つ.宿主の免疫応答・ストレス応答シグナルについてレドックスバイオロジーの視点から理解したいと考えている.

ウェブサイト

https://www.microbio-ku.jp/

趣味

魚釣り,ダンスなど.

張 田力(ちょう たちから)

日本学術振興会外国人特別研究員(熊本大学大学院生命科学研究部微生物学講座).博士(医学).

略歴

1991年中国に生る.2011年九江学院医学部卒業.15年熊本大学大学院医学教育部修士課程修了.19年同大学院博士課程修了.同年同大学院微生物学講座博士研究員を経て,20年10月より現職.

研究テーマと抱負

グルタチオン流出によるNLRP3インフラマソームの活性化の分子基盤を明らかにし,インフラマソームの制御異常の関与が示唆されている多くの疾患に対する新しい診断法や治療法を構築したいと考えている.

趣味

旅行,映画鑑賞,バスケットボール,素描など.

澤 智裕(さわ ともひろ)

熊本大学大学院生命科学研究部微生物学講座教授.博士(工学).

略歴

1991年鹿児島大学工学部応用化学科卒業(明石満教授),96年京都大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学(砂本順三教授),博士(工学).同年熊本大学医学部助手(微生物学教室;前田浩教授),2000年文部省在外研究(米国NCI;Curtis Harris博士),02~05年WHO国際癌研究機関(IARC)科学官(大島寛史博士).14年まで東北大学医学部准教授(赤池孝章教授).11~14年JSTさきがけ「炎症の慢性化機構の解明と制御」兼任研究員(高津聖志教授).2014年9月より現職.

研究テーマと抱負

細菌学,硫黄生物学.硫黄代謝研究を通じて,病気の理解と治療に貢献できるような研究に取り組んでいきたいと考えています.

趣味

映画鑑賞.

This page was created on 2021-09-08T16:40:24.032+09:00
This page was last modified on 2021-10-14T14:33:22.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。