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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 684-690 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930684

特集Special Review

タンパク質のシステインリン酸化によるシグナル伝達Signal transduction mediated by protein cysteine phosphorylation

大阪大学微生物病研究所Research Institute for Microbial Diseases, Osaka University ◇ 〒565–0871 大阪府吹田市山田丘3–1 ◇ 3–1 Yamadaoka, Suita, Osaka 565–0871, Japan

発行日:2021年10月25日Published: October 25, 2021
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リン酸化はタンパク質の翻訳後修飾としてよく知られ解析されてきたが,システインの硫黄原子がリン酸化されることが見つかった.悪性化したがん組織で高発現しているPRL分子内の特定システインが細胞外Mg2+濃度依存的にダイナミックにリン酸化・脱リン酸化され,その機能阻害標的分子のMg2+トランスポーターCNNMとの結合が調節されていることが明らかになった.細菌でも病原性を規定する転写因子がシステインリン酸化される事例が示されている.これまでのところ,細菌と哺乳動物でそれぞれ一つずつの事例が知られるだけであるが,化学的に不安定な性質のために見逃されてきた可能性があり,今後の詳細な解析によってその普遍的な重要性が明らかになることが期待される.

1. はじめに

リン酸化はタンパク質分子に起こる代表的な翻訳後修飾としてよく知られ,古くから研究されてきた.特に,セリンやトレオニン,またチロシンの水酸基(–OH)が刺激応答性にリン酸化・脱リン酸化されて,特定のタンパク質分子の機能がダイナミックにオン・オフされることは高等生物細胞でのシグナル伝達研究の主要課題であり続けている.細菌の走化性の研究からはヒスチジンをリン酸化したり,アスパラギン酸にリレーするシグナル伝達機構(two-component system)が見つかり,それが植物などでも起こっていることが明らかにされている.このようにタンパク質分子中のさまざまなアミノ酸がリン酸化を受けることが知られるようになったが,本稿では硫黄原子を含むシステインのリン酸化とその生物学的重要性について説明する.側鎖のチオール基(–SH)が酸化されてジスルフィド結合を作ることなど,システインがさまざまな翻訳後修飾を受けることは広く知られている.しかし,リン酸化については酵素反応の中間体として一過的に生成することを除いてほとんど報告がなく,2012年に黄色ブドウ球菌の病原性や抗生物質耐性などに関わる転写因子SarA/MgrAで起こっていることが初めて報告された1).我々の研究グループでは哺乳動物などの高等生物で初めての事例として,2016年にがんの悪性化を促すチロシンホスファターゼ分子phosphatase of regenerating liver(PRL)がシステインリン酸化を受けて機能調節されることを見つけている2).本稿ではこのPRLのチロシンホスファターゼとしての脱リン酸化反応に共役して形成されるユニークなシステインリン酸化とその機能的重要性について詳しく説明し,シグナル伝達における新たなタンパク質機能制御機構として紹介する.

2. チロシンホスファターゼの反応中間体としてのシステインリン酸化

タンパク質分子のリン酸化によるシグナル伝達の中でも,チロシンリン酸化は細胞の増殖やがん化と密接に関連している.チロシンホスファターゼは刺激応答性に生成されるリン酸化チロシンを速やかに加水分解してシグナル伝達をオフにする重要な役割を持つ.ヒトで100を超える分子種が知られており,約250アミノ酸からなる酵素活性ドメインの活性中心にはシステインが存在する3, 4).このシステインの側鎖のチオール基はチロシンホスファターゼドメイン内の周辺環境の影響によりプロトン(H)が解離しやすくなっており,細胞内での通常のpH環境下でも脱プロトン化して負電荷を帯びた状態と平衡化している.このため求核反応を起こしやすく,さまざまな活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)の反応標的となっており,可逆的な酸化還元による活性調節が起こることも知られる5).生理的な基質となるリン酸化チロシンとの化学反応の詳細についても非常によく知られており,このチオール基の硫黄原子がリン酸のリン原子に求核置換反応を起こし,リン酸化チロシンからリン酸部分を引き抜くことで脱リン酸化反応を触媒している(図1A6).このときチロシンホスファターゼの活性中心システインにリン酸が直接結合したリン酸化システインが形成されることになるが,この反応中間体は非常に不安定であり速やかに加水分解を受けてリン酸を放出して元のチオール基を再生して次の酵素反応を起こす(図1B).このリン酸を脱離する二段階目の反応過程では活性中心システインの周辺に存在しているいくつかのアミノ酸側鎖が重要な役割を果たしており,特にアミノ酸配列的にはシステインの7アミノ酸C末端側に保存されているセリン・トレオニンの水酸基が反応中の硫黄原子を安定化している(図1B).このアミノ酸の重要性についてはまた後ほど述べるが,チロシンホスファターゼはその酵素反応サイクルの中で一過的ではあるものの,リン酸化システインを不断に生成・分解していることを意味している.

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図1 チロシンホスファターゼの酵素反応

(A)チロシンホスファターゼ活性中心システインの側鎖チオール基の硫黄原子は脱プロトン化しており,基質のリン酸化チロシンのリン原子へ求核反応を起こす.(B)活性中心システインがリン酸化された反応中間体は速やかに加水分解されてリン酸を脱離して酵素を再生するが,このとき分子内に保存されたセリン・トレオニン側鎖の水酸基が硫黄原子と相互作用して反応の進行を助ける.

3. がんの悪性化を引き起こすチロシンホスファターゼPRL

一般にチロシンホスファターゼはリン酸化チロシンを脱リン酸化することによって,細胞の増殖などを促すシグナル伝達を止める働きを持つ.そのため多くのチロシンキナーゼの活性化が発がんの原因となることとは反対に,チロシンホスファターゼは抗がん的な作用をするものと考えられてきたが,2001年にがんの悪性化・転移に積極的に関わるチロシンホスファターゼとしてPRLファミリーの一つPRL3が報告された7).PRL1~PRL3からなるPRLファミリーは1994年に肝臓の再生時に速やかに発現する分子として見つかっており,その発見の経緯からも細胞増殖との関連性が指摘されていた8).構造的にはチロシンホスファターゼドメインのみを持つ小さな20 kDa程度の分子であり,C末端部分に脂質付加を受けることで細胞膜にアンカーされていることが知られていた.膜貫通部分を持ったチロシンホスファターゼはいくつか存在しているが,脂質修飾による膜アンカー型のチロシンホスファターゼはPRLのみが知られる.上記の2001年の報告ではPRLがヒト大腸がんの転移巣で特異的に高発現しており,しかも解析された転移巣サンプルすべてで高発現がみられた唯一の分子として注目を集めることになった.その後に行われた多数の臨床サンプルを用いた発現解析でも悪性化したがん組織での発現が広く認められており,がんの悪性化進展との関連性が指摘されるようになった9).培養系のがん細胞を用いた人為的な高発現実験で,細胞の増殖性や運動性などが亢進するとの報告や,それらのがん細胞をマウスに注入するとより多くの腫瘍を作るようになることも示された.さらには,PRL3の遺伝子をノックアウトしたマウスでは腸での化学発がんが顕著に抑制されることも示された10).このような数多くの報告から,PRL高発現ががんの悪性化進展を積極的にドライブすることは揺るぎない事実として認識されるようになった.

PRLの機能にチロシンホスファターゼとしての酵素活性が重要かどうかを検証するために,活性中心のシステイン(C)をセリン(S)に置換した変異体(CS変異体)を用いた解析も行われている.CS変異体を発現させたがん細胞では野生型PRLのときにみられたような腫瘍形成増加がまったくみられなくなった11).実際にこのCS変異体では酵素活性が消失していることも確認されており,チロシンホスファターゼとしての機能が重要であると理解されるようになった.その一方で,このチロシンホスファターゼ活性を検出するために行われたin vitroでの実験では,活性測定に繁用される人工基質に対する活性がゼロではないもののきわめて微弱であることが示されている12).PRLのチロシンホスファターゼドメインのアミノ酸配列を他の典型的なチロシンホスファターゼと比較すると,活性中心のシステインに続く部分で通常は保存されているセリンもしくはトレオニンがなくアラニンになっている(図2).しかもこのアラニンへの置換はPRLの相同分子間で種を超えて保存されている.上でも述べたように,このアミノ酸側鎖の水酸基は酵素反応過程でシステイン側鎖に形成されたチオリン酸を加水分解して脱リン酸化するのに重要な役割を果たしている.PRLではこのプロセスがうまく進まず,そのために酵素活性がきわめて微弱になっている可能性が考えられる.またこの事実は,PRLがチロシンホスファターゼとしてがんの悪性化進展に関わっているという考え方そのものに疑問を呈することにもなった.

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図2 PRLの活性中心システイン周辺のアミノ酸配列

チロシンホスファターゼ酵素活性ドメインの活性中心システイン付近のアミノ酸配列を示す(数字は図中の右端のアミノ酸番号).上から順に,ヒトPRL1,ヒトPRL2,ヒトPRL3,ショウジョウバエPRL,線虫PRL,VHR,CDC-14,PTEN,KAP.活性中心システインと,その7アミノ酸C末端側にPRLを除いて保存されたセリン・トレオニンを太字で示し,それらを含む基質結合部位(phosphate-binding loop:P-loop)を囲った.

4. Mg2+排出トランスポーターcyclin M(CNNM)の機能阻害

我々はがん悪性化との関連が明確に示されていながら,分子機能が未解明のままだったPRLの結合タンパク質の網羅的な探索を行った.細胞内で結合している分子を見つけるため,タグつきのPRLを安定的に発現する細胞株を作製し,その細胞溶解物を用いてタグの抗体で免疫沈降を行ってPRLと共沈する分子を調べた.その結果,特異的な共沈が確認できたタンパク質としてCNNM4という膜タンパク質を見つけた13).このCNNM4はMg2+を細胞外へ排出するトランスポーターファミリーCNNMの一つで14),細胞膜を貫通するDUF21ドメインとそれに続く細胞質内のCBSドメインをセットで保持している(図315).同様のDUF21-CBSドメイン構造セットを持つ相同分子は細菌などの原核生物にも広く存在しており,進化的に高度に保存された膜分子ファミリーである.このPRLとCNNM両分子の結合の重要性を調べるため,蛍光Mg2+プローブを用いたイメージング解析でMg2+排出への効果を調べたところ,PRLがCNNMに結合することによってMg2+排出を強力に阻害していることが明らかとなった13).PRLのがん悪性化進展などの生物学的機能がCNNMの機能阻害によって起こっている可能性が示唆されたので,CNNM4の遺伝子ノックアウトマウスを作製して腸での自然発がんモデルでその効果を調べた.ヒトの大腸がんでも重要なAPC遺伝子をマウスでヘテロ欠損させると腸で多数のポリープ形成が起こるが,このポリープの大半は粘膜層内にとどまっており浸潤などはほとんどみられない良性の腫瘍(アデノーマ)だった.しかしCNNM4遺伝子を欠損させると,同月齢のマウスを解析しても半数以上のポリープで筋肉層への浸潤がみられ,浸潤性のカルシノーマに悪性化していることが明らかとなった.

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図3 CNNMファミリーの分子構造

さまざまな生物種におけるCNNMファミリー分子の構造模式図.細胞膜を貫通するDUF21ドメインとそれに続く細胞質部位のCBSドメイン,cNMP結合部位をボックスで示す.図中の数字はアミノ酸番号を示す.上から順に,ヒト,ショウジョウバエ,線虫,酵母,黄色ブドウ球菌,ネズミチフス菌.

上記のノックアウトマウスでの実験結果はCNNMの発現・機能阻害でもがん悪性化が起こることを明確に示しており,CNNMがファミリー分子としてユビキタスに発現していることを考え合わせると,CNNMがPRLの機能標的分子である可能性が強く示唆された.上で述べたとおり,PRLの活性中心システインを変異させたCS変異体ではがん悪性化機能が失われていたが,この変異体はCNNMへの結合活性も失っており,がん悪性化能とも相関していることがわかった13).これまでチロシンホスファターゼとして機能すると考えられてきたPRLのがん悪性化進展における役割について再考を迫る結果となった.

5. PRL-CNNM複合体の立体構造

CNNMの部分欠損体を発現させてPRLとの結合部位を調べたところ,細胞質内のCBSドメインだけでPRLと十分に結合できることがわかった13).CBSドメインはさまざまなリガンドに結合することが知られているが,中でも多くのCBSドメイン分子がATPに結合することが報告されている.実際にCNNMのCBSドメインもATPに結合することができ,しかもこのATP結合能を失ったCBSドメイン内の1アミノ酸置換変異体はMg2+排出活性も失っていた16).このことからCNNMのCBSドメインはMg2+排出にも重要な役割を果たしていることが明らかとなった.

PRLとCNNMの組換えタンパク質を用いた分子複合体の結晶が作製され,X線を用いた構造解析によりその立体構造の詳細が明らかにされている2).CNNMのCBSドメインは互いに結合してホモ二量体を形成しており,それを両側からPRLが挟み込む2:2のユニークな様式で結合していた(図4).またCNNMのCBSドメインには他のCBSドメインには存在しないループ状の構造が突き出ており,それがPRLのホスファターゼドメインの活性中心システイン周辺のポケット状の隙間にはまり込んで結合していた.両分子の間の直接の相互作用として多数の水素結合が形成されており,またPRLの活性中心システインはそれに近接して存在していることもわかった.このためシステインをセリンに置換すると構造的に周辺部が乱れてしまい,CNNMと結合できなくなると考えられた.

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図4 PRLとCNNM CBSドメインの複合体立体構造

組換えタンパク質として発現・精製したPRL2とCNNM3のCBSドメインの複合体の結晶構造を示す.CNNMのCBSドメインがペアでホモ二量体を形成し,それをPRLが両側から挟んで結合している.CBSドメイン構造部分から突き出たループ構造がPRLの酵素反応ポケットにはまり込んで結合している.

この立体構造解析から,活性中心のシステイン自身はPRL-CNNM両分子間の相互作用に直接の寄与はしていないことが明らかとなった.そのため,セリン以外に何か適切なアミノ酸と置換することによって,CNNMとの結合に影響を及ぼさないような変異体を作ることが可能なのではないかと考えられた.チロシンホスファターゼの活性中心システインは脱プロトン化して化学反応性が高まっている.このとき硫黄原子が負の電荷を帯びた状態になっているので,それを擬態するためシステインを酸性アミノ酸のアスパラギン酸(D)やグルタミン酸(E)に置換した変異体を作製した.CD変異体,CE変異体それぞれとCNNMとの結合を調べたところ,CE変異体はCS変異体と同様に結合性を失っていたが,CD変異体は野生型とほぼ同レベルで結合できることが明らかとなった17).実際,Mg2+排出実験においてもCD変異体は野生型PRLと同等にMg2+排出活性を強力に阻害できることも確認された.このCD変異体をがん細胞に安定的に高発現させてマウス生体内での腫瘍形成実験を行ったところ,野生型PRLと同レベルの腫瘍形成がみられた.その一方で,チロシンホスファターゼ活性をin vitroで測定すると,野生型のような微弱ながらも有意な活性はまったく検出されなかった.これらの実験結果は,PRLががん悪性化を引き起こす上で自身のチロシンホスファターゼ活性はまったく不要であり,むしろCNNMと結合して機能阻害することが重要であることを明確に示している.CNNMの機能阻害によってがん悪性化を引き起こす具体的な仕組みとしては,Mg2+排出阻害によって細胞内に過剰蓄積したMg2+がエネルギー代謝に影響してROSを産生したり18),またその結果としてlysosomal exocytosisを引き起こして細胞のpH応答性を変えることなどが報告されている19)

6. PRLのシステインリン酸化によるCNNMとの結合調節

上述したようにPRLはチロシンホスファターゼとしての酵素活性がきわめて弱く,基質と反応してチオリン酸を形成した後の加水分解反応がスムーズに進行しない可能性が示唆されていた.このときPRLは反応中間体のリン酸化システインを保持した状態にとどまっていると考えられる.そこで実際にこの反応中間体を検出できるかどうか調べるため,組換えタンパク質として発現・精製したPRLとホスファターゼ反応での人工基質としてよく使われるOMFP(図5A)とをインキュベートして,リン酸と強く相互作用する試験薬のphos-tagをゲル中に混合したSDS-PAGEを行った.リン酸化されたタンパク質はphos-tagとの相互作用で泳動スピードが遅くなりバンドシフトとして検出できるが,OMFPとインキュベートしたPRLは非常に明確なバンドシフトが観察された(図5B2).質量分析でもリン酸の付加に相当する質量の増加が確認され,さらにNMRを用いた解析でもチオリン酸に相当するピークが検出された.これらの実験結果はOMFPとインキュベートすることでPRLがリン酸化されていることを示しており,PRLのチロシンホスファターゼとしての反応中間体が他のホスファターゼよりも安定的に存在しうることが明らかとなった.ただ,このリン酸化体は95°Cで加熱処理すると速やかに分解し,また室温で1時間程度放置するだけでも消滅した.セリン,トレオニン,チロシンなどの哺乳動物細胞で主要なタンパク質分子のリン酸化体と比較すると,化学的に不安定な存在であることもわかった.

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図5 PRLのシステインリン酸化に伴うバンドシフト

(A)チロシンホスファターゼの人工基質OMFPの構造.(B)大腸菌で発現・精製したPRLの組換えタンパク質をOMFPとインキュベートして,ゲル中にphos-tagを入れたSDS-PAGE(左)と通常のSDS-PAGE(右)に供してクマシー染色した.一部のサンプルではSDS-PAGEのサンプル調製の際に95°Cで数分加熱処理(Heat +)してから電気泳動に用いた.OMFPとのインキュベートでPRLが効率よくリン酸化されるが,加熱処理で消滅していることがわかる.

この活性中心システインはCNNMとの結合においても重要であったので,このシステインリン酸化のPRL–CNNM結合に対する影響も調べた.組換えPRLタンパク質をOMFPでリン酸化したサンプルを用いたin vitroでのプルダウン実験では,リン酸化型PRLがまったく結合しないことがわかった(図6A).また培養細胞にPRLを高発現させると一部のPRL分子でphos-tagゲルでのバンドシフトがみられ,細胞内でリン酸化されていることもわかったが,このリン酸化型PRLはCNNMと共沈しなかった(図6B).これらの結果はシステインリン酸化を受けたPRLはCNNMと結合することができず,両分子の結合を調節する仕組みとしてリン酸化が機能している可能性を示唆している.強制発現させたPRLが細胞内でリン酸化を受けていたので,内在性のPRLタンパク質がリン酸化を受けているかも調べた.複数の哺乳動物培養細胞株でphos-tagを用いたゲルでの解析を行った結果,細胞種によって程度は異なるもののかなりの量のPRLがバンドシフトしており,しかもそれが加熱処理によって消滅することもわかった(図7).内在性PRLがシステインリン酸化されていることを明確に示しており,細胞によっては大半のPRLがリン酸化状態で存在していることが明らかとなった.さらに培地中のMg2+を枯渇させたところ,PRLのタンパク質量自身は増加した一方でリン酸化レベルは減少しており,PRLのシステインリン酸化が細胞の環境応答性に調節されていることもわかった.リン酸化レベルの減少はCNNMへの結合活性化を意味しており,Mg2+枯渇した状態で細胞内のMg2+が流出するのを妨げるためにより多くのCNNMに結合して機能阻害していると考えられ,細胞内Mg2+ホメオスタシスを維持するための合目的的な応答機構といえる.

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図6 PRLのシステインリン酸化によるCNNMとの結合阻害

(A)大腸菌で発現・精製したPRLタンパク質をOMFPとインキュベートすることでリン酸化させ,GST融合型のCNNM CBSドメイン部分のタンパク質と混合してプルダウン実験を行った.リン酸化型(上バンド)のPRLは結合せず,非リン酸化型のPRL(下バンド)のみ結合した.(B)細胞にPRLとCNNMを強制発現させ,その溶解物からタグの抗体を用いてCNNMを免疫沈降させた.沈降物をphos-tagを入れたSDS-PAGEと通常のSDS-PAGEに供して,ウエスタンブロット解析を行った.PRLの共沈が明確にみえるが,phos-tag入りの実験結果をみるとリン酸化型に相当する上バンドはまったく共沈していないことがわかる.

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図7 内在性PRLのシステインリン酸化と環境刺激応答性の量変化

293細胞とHeLa細胞を培養している培地から図中に示した時間Mg2+を枯渇させた.細胞を回収して溶解物をゲル中にphos-tagを入れたSDS-PAGE(上段)と通常のSDS-PAGE(下段)に供して,抗PRL抗体でウエスタンブロット解析を行った.一部のサンプルではSDS-PAGEのサンプル調製の際に95°Cで数分加熱処理(加熱処理+)してから電気泳動に用いた.Mg2+枯渇処理前のサンプル(0時間)では,いずれの細胞でもかなりの量の内在性PRLがリン酸化していることがわかる.またMg2+枯渇処理に伴って次第にリン酸化レベルが低下して,タンパク質量が増えていることがわかる.

7. 細菌でのシステインリン酸化の事例

冒頭でもふれたようにシステインのリン酸化はこれまでほとんど報告されておらず,本稿で詳細な経緯を説明してきたPRLのケース以前には黄色ブドウ球菌での事例が一つ知られるのみである1).黄色ブドウ球菌のSarA/MgrAは病原性を規定する転写因子として知られており,抗生物質耐性にも関わっている.分子内に存在する一つのシステイン残基がその機能調節に重要であることや,この分子がリン酸化されることなどが知られていた.SunらはSarA/MgrAがリン酸化されるときにシステインが還元型であることが必要なことに気づき,システイン自身がリン酸化されているのではないかと考えた.実際,質量分析でもそのシステインにリン酸化が起こっていることが確認されている.黄色ブドウ球菌は真核生物のセリン・トレオニンキナーゼおよびホスファターゼに類似したStk1とStp1という分子をペアで持っており,これらがSarA/MgrAをリン酸化・脱リン酸化している可能性が考えられた.実際,キナーゼのStk1を過剰発現させた場合や,ホスファターゼのStp1の欠損体ではいずれもSarA/MgrAが強くリン酸化されていることが示されている.システインリン酸化されたSarA/MgrAはDNAと結合できずに転写因子として不活性化され,黄色ブドウ球菌の病原性などにも重要であることが明らかとなった.このSarA/MgrAのシステインリン酸化レベルが細胞内で環境刺激応答性に調節されているかは不明だが,タンパク質の翻訳後修飾としてのシステインリン酸化を初めて示した事例として重要な研究成果といえる.

8. 今後の課題・展望

本稿では,がん悪性化進展に関わるPRL分子内に見つけたユニークな翻訳後修飾としてのシステインのリン酸化について説明してきた.高等生物でよく知られたセリン,トレオニン,チロシンのリン酸化と比較して不安定であり,最後に述べた黄色ブドウ球菌のSarA/MgrAのケースでも化学的に不安定であることが言及されている.通常の電気泳動用のサンプル調製の際に行われる加熱処理で速やかに分解してしまうが,このことは多くのシステインリン酸化が見逃されている可能性を示唆している.システインリン酸化にフォーカスを絞って緻密な解析を進めることで,タンパク質機能調節の普遍的な仕組みとしてその重要性が広く理解されるようになるのかもしれない.

PRLのリン酸化に関してはそのリン酸が何に由来するのかが大きな謎として残されている.もともとPRLはチロシンホスファターゼとして機能すると考えられており,何らかのタンパク質分子中のリン酸化チロシンに由来する可能性がある.しかし,内在性のPRL分子のかなりの部分がリン酸化された状態で存在していることや,培地中のMg2+量変化に応じて速やかにリン酸化されること,組換えタンパク質として大腸菌に発現させた場合でもかなりのリン酸化がみられることを考えると,何らかのリン酸含有メタボライトから転移している可能性もある.このリン酸の由来を明らかにして,その生物学的重要性を明らかにすることが今後の重要な課題であり,PRLの機能調節にとどまらない普遍的なタンパク質機能調節メカニズムの発見につながる可能性がある.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

三木 裕明(みき ひろあき)

大阪大学微生物病研究所教授.博士(理学).

略歴

1993年東京大学理学部卒業,98年同大学院修了,博士(理学).同年東京大学医科学研究所助手,2002年同助教授.07年大阪大学蛋白質研究所教授.11年より現職.

研究テーマと抱負

Mg2+トランスポーターCNNMの機能解析を通して,Mg2+調節の生物学的重要性を明らかにするための研究に取り組んでいます.

ウェブサイト

http://www.biken.osaka-u.ac.jp/lab/cellreg/

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