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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(5): 717-722 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930717

特集Special Review

寿命・老化における超硫黄分子の役割Longevity regulation by reactive persulfides

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域Division of Biological Science, Graduate School of Science and Technology, Nara Institute of Science and Technology ◇ 〒630–0192 奈良県生駒市高山町8916–5 ◇ 8916–5 Takayama, Ikoma, Nara 630–0192, Japan

発行日:2021年10月25日Published: October 25, 2021
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システインパースルフィドを代表とする超硫黄分子/活性硫黄は通常のチオール基に複数の硫黄原子が付加したポリスルフィド構造を有している化合物であり,通常のチオール化合物に比較すると多彩なレドックス活性を有している.最近,活性硫黄が電子受容体およびプロトン供与体としてミトコンドリア膜電位形成に寄与し,新規エネルギー代謝経路「硫黄呼吸」を営み生命活動を制御していることが明らかになった.さらに,活性硫黄は内在性の寿命制御因子であることも見いだされており,大きな注目を集めている.本稿では,活性硫黄の役割について,主にエネルギー代謝と寿命について最新の知見を紹介する.

1. はじめに

生物は環境からのさまざまな刺激に応答・適応することで,恒常性を維持している.生物が受けるさまざまな刺激・ストレス(環境中の親電子性物質や大気中の酸素など)の多くは,生体分子の酸化還元に影響を及ぼし,タンパク質システイン残基の酸化や脂質の過酸化など生体分子の機能的変化をもたらす.このようなストレスに対する生体応答機構には,Keap1-Nrf2システムがよく知られており,このシステムにより制御される因子の多くが硫黄代謝に関与している.このため,生体における硫黄代謝経路や硫黄代謝物の理解は,環境応答や加齢に伴う生体の変化の理解にきわめて重要であるといえる.

近年,硫黄代謝物の一種である硫化水素の生体内生成と生理機能が示唆されているが,真偽については不明である.東北大学の赤池らのグループは,硫化水素を含めた硫黄代謝解析法(硫黄メタボローム)を独自に確立し,真の生理活性物質を探索するなかで,生理活性を担う硫黄代謝物の本体がシステインパースルフィド(CysSSH)を含む超硫黄分子(活性硫黄)であることを突き止めた1, 2).活性硫黄は,通常のチオール(–SH)基に複数の硫黄原子が付加したポリスルフィド構造[–(S)n–SH]を有している.その中でも,還元型のヒドロポリスルフィド化合物は硫黄原子が過剰に付加することにより,通常のチオール化合物に比べてヒドロスルフィド自身の求核性が顕著に高まる.一方で,ポリスルフィドの構造内部に存在する硫黄側鎖も求核性を有するため多彩な反応性を示す.このようなユニークな物性と生物化学的反応性を持つことで,文字どおり,活性分子として生体内で多彩な生理機能を発現していることがわかってきた3, 4)

本稿では,超硫黄分子の寿命・老化制御に関して,筆者らが得た最新の知見を紹介する.

2. Keap1-Nrf2システムと活性硫黄の生合成経路

NF-E2-related factor 2(Nrf2)は,親電子性物質や活性酸素種(ROS)などのさまざまなストレスにより活性化する強力な転写制御因子である5).非ストレス条件(定常状態)において,Nrf2は細胞質でKelch-like ECH-associated protein 1(Keap1)と結合し,ユビキチン化修飾を受けプロテアソームによって分解されている.Keap1が各種ストレスによって酸化修飾を受けると,Nrf2のユビキチン化は停止し,分解を免れたNrf2が核に移行し標的遺伝子を活性化する.Nrf2の標的遺伝子には解毒代謝や抗酸化,薬物輸送,抗炎症性遺伝子などが報告されており,これら遺伝子群を統一的に制御することで,ストレス下での恒常性を維持している.興味深いことに,Nrf2が制御する遺伝子の多くが硫黄代謝に関連するものである.たとえば,生体内の主たる抗酸化物質であるグルタチオン合成遺伝子や,グルタチオン合成に必要なシステインを補充するためのシスチントランスポーターxCTも,Nrf2により厳密に制御されている.これらのことから,生体の恒常性の維持には硫黄代謝物が必須であると考えられている.

近年,硫黄代謝物のなかで,特に生理活性(反応性)が高い物質として,活性硫黄が注目されている.上述したように,活性硫黄はチオール基に複数の硫黄が結合していることで,ユニークな物性と生物化学的反応性を有している.筆者らのグループは最近,システインをtRNAに結合(アミノアシル化)させる酵素であるシステイニルtRNA合成酵素(cysteinyl-tRNA synthetase:CARS)がピリドキサール-5′-リン酸(pyridoxal 5′-phosphate:PLP)依存的にシステインから効率よく活性硫黄の一種であるCysSSHを産生すること(cysteine persulfide synthase:CPERS)を見いだした6, 7).また,ヒト細胞およびマウス個体を用いた解析から,哺乳類ではミトコンドリアに局在するCARS(CARS2)が,生体内の主要なCysSSH産生系であり,他の活性硫黄(グルタチオンパースルフィドなど)もCARS2に依存して生成されることを明らかにした.Nrf2が生体内のシステイン供給をつかさどるxCTを強力に誘導することから8),システインから合成されるCysSSHもNrf2の制御下にあるといえる.このことは,活性硫黄が生体の恒常性維持に重要であることを強く示唆している.

3. 新規エネルギー代謝「硫黄呼吸」

筆者らのグループは,CARSの生化学・酵素学的解析を行う過程で,PLPの結合部位であるリシン残基を同定し,このリシン残基の変異体はアミノアシル化活性が正常である一方で,CPERS活性が有意に減少することを見いだしている6).興味深いことに,哺乳類細胞において,CARS2ノックアウトやCARS2のPLP結合部位変異細胞のミトコンドリア膜電位は,野生株に比べて大きく減少している.これは,CysSSHが膜電位形成を介してミトコンドリアのエネルギー代謝に貢献していることを示唆している.ミトコンドリアの電子伝達系においては,電子供与体であるNADHから最終的な電子受容体である酸素分子に電子が移動する際に,ミトコンドリア内膜にプロトン勾配が生じることで膜電位が形成され,その膜電位に依存してATP合成が行われている.電子伝達系を構成するタンパク質の一部は,ミトコンドリアDNA(mtDNA)にコードされているため,エチジウムブロマイドによりmtDNAの複製を阻害することで電子伝達系の機能が低下する.この電子伝達系ノックダウン細胞の硫黄関連化合物の定量的メタボローム解析を行ったところ,電子伝達の機能低下により細胞内CysSSH量が増加し,硫化水素量が減少することを見いだした.また,CysSSHと硫化水素の物質収支がほぼ一致しており,正常細胞では電子伝達系に依存してCysSSHが2電子還元され硫化水素に変換されていることが示された6).つまり,活性硫黄が電子受容体として機能していることがわかった.このことから,筆者らは哺乳類における「硫黄呼吸」(図1)を提唱している9).すなわち,硫黄呼吸において,電子伝達系の最終的な電子受容体は,通常の酸素呼吸の酸素分子ではなくCysSSHとなる.酸素呼吸の場合,電子伝達系の電子は酸素分子の最終的な還元代謝産物である水分子として排出されるが,硫黄呼吸の場合はCysSSHに電子が受け渡され硫化水素が発生する.ミトコンドリア内には,硫化水素のプロトンをキノン(Q)サイクルに供与する酵素であるsulfide:quinone oxidoreductase(SQR)が存在する.つまり,CysSSHが電子伝達系と共役して二次的に発生する硫化水素がSQRの働きによって,Qサイクルを介してプロトン勾配を形成しているものと推察される.

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図1 硫黄呼吸のモデル

CARS2由来のCysSSHから電子伝達系と共役して二次的に発生する硫化水素がSQRの働きによって,Qサイクルを介してプロトン勾配を形成している.この際,酸素呼吸とは異なり,電子はサイクリックな電子伝達の側副路の中で再利用される.

これまでの研究で,Nrf2の活性化によって,ミトコンドリア機能が亢進することがわかっている.また,Nrf2欠損マウスの神経細胞の初代培養細胞は,野生型の細胞に比較して,ATP産生量が低いことが示されている10).現在のところ,Nrf2が直接ミトコンドリア内の因子を制御してその活性を亢進させているとは考えにくく,Nrf2とミトコンドリア機能の関連はよく理解されていない.筆者らはNrf2が硫黄呼吸を亢進させ,エネルギー代謝に関与している可能性を提案している.つまり,Nrf2の活性化はシスチントランスポーターxCTの転写誘導を介して,細胞内のシステイン供給量を強力に増加させる.その結果,活性硫黄の生成が誘導され,硫黄呼吸の亢進とエネルギー代謝の活性化が起こると考えている.また,Nrf2が生体の恒常性維持に必須であるため,おそらくその制御下にある硫黄呼吸も恒常性の維持に貢献していると思われる.

4. 活性硫黄代謝と寿命制御

生物は環境からのさまざまな刺激に応答・反応し,生命維持のために恒常性の維持に努めている.このため,環境に対する応答・適応機構は生体の加齢状態や寿命を理解する上できわめて重要と考えられている.環境や食品中の化学物質や重金属などのさまざまなストレス因子は,タンパク質のチオールの酸化やアルキル化,脂質の過酸化などの生体分子の酸化還元に影響を及ぼし,それら生体分子の機能的変化をもたらす.このような非酵素的な生体分子の変化には,酸化還元反応において重要な役割を果たしている硫黄原子が関係することが多々ある.このため,生体内での硫黄代謝の理解は,生体の環境応答のみならず加齢や寿命の理解にきわめて重要である.実際,外部から硫化水素を供給することで,哺乳類や酵母の寿命を延命できることが報告されている.また,硫黄代謝の調節に関わるNrf2活性とげっ歯類の寿命に相関があることも示されており,興味深い11).さらに,線虫のNrf2ホモログであるSKN-1はカロリー制限における寿命延長機構に関与することが示唆されている12).このように,Nrf2-硫黄代謝によって寿命が制御されることに疑いの余地はないが,生理機能分子の実態や分子機構は不明な点が多く残されている.

出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)は,単細胞のモデル真核生物として多種多様な研究領域に用いられている.特に老化・寿命研究においては他のモデル生物に追随を許さず,シグナル経路を含む分子・遺伝学レベルにおける理解の助けとなっている.酵母の寿命は分裂寿命(replicative lifespan)と経時寿命(chronological lifespan)の二つが存在する(図2).分裂寿命は,一つの細胞が死ぬまでに分裂可能な回数によって表され,主に免疫細胞や幹細胞など高等生物の分裂が活発に起こる細胞の寿命のモデルとされている.一方,経時寿命は分裂が止まった後(定常期以降),その細胞が生存可能な期間によって示され,老化や健康寿命のモデルとして使用されている.酵母の硫黄代謝はSCF-Met4システムによって制御されている.SCFはSkp1, Cdc53, F-boxタンパク質から構成される複合体で,ユビキチンリガーゼRbx1の基質認識に関わっている.F-boxは直接基質と結合する部位であることから,特に重要だと思われている.硫黄代謝制御におけるF-boxはMet30が担っており,この場合のSCF複合体はSCFMet30と表記される.Met4は硫黄代謝の全般に関わる転写因子で,通常はMet30と結合し,ユビキチン化されているため,その転写活性が抑制されている(図313).一方,硫黄源枯渇など硫黄代謝経路の活性化が必要な場合はSCF複合体が解離し,Met4の脱ユビキチン化が起こり,Met4の下流遺伝子の転写が迅速に起こる.Met4は硫黄源である硫酸のトランスポーターから,システイン・メチオニンやグルタチオン合成遺伝子など,ほぼすべての硫黄関連遺伝子を制御している.興味深いことに,近年,SCFとMet4の解離がカドミウムやROSを含む親電子性物質で起こることが報告された14).Met30は多数のシステイン残基を持っており,それら特定のシステインのチオール基が親電子性物質によって直接修飾される.このシステイン残基の修飾がシグナルとなり,SCFMet30-Met4の解離が起こることから,Met30は親電子性環境物質の感知・応答センサーであると考えられている.これらのことから,多細胞生物が持つKeap1-Nrf2とSCFMet30-Met4はアミノ酸配列がまったく異なるが,ほぼ同等の制御システムであり,環境センサーや細胞の恒常性の維持という点で同じ役割を持ったものだと考えている.また,下流経路に多くの硫黄代謝関連遺伝子が存在することは,上述した「硫黄分子が恒常性の維持に重要である」という仮説を支持しているように思われる.今後,Keap1-Nrf2とSCFMet30-Met4の分子進化的な解析を期待している.

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図2 酵母の寿命

酵母の寿命は分裂寿命(replicative lifespan)と経時寿命(chronological lifespan)に大別され,分裂寿命は母細胞から娘細胞が何回分裂できるか,一方,経時寿命は分裂を停止した細胞がいつまで生存できるか,を示している.

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図3 SCFMet30-Met4システムによる恒常性の維持機構

親電子物質などのストレスをSCFMet30が感知することで,Met4が活性化する.その結果,Met4は核に移行し,硫黄代謝関連遺伝子群を誘導する.

以上の点を踏まえ,筆者らは出芽酵母をモデル系に活性硫黄と寿命の研究を進めている.筆者らが研究を開始するまで,酵母の活性硫黄研究はまったく行われていなかった.そこで,ゲノム配列情報や生化学的な解析からCARSの同定を試みたところ,酵母のCARSとして唯一YNL247W(CRS1と命名)を見いだした.酵母は真核生物であるため,サイトゾルとミトコンドリアの両者で独立したタンパク質翻訳系が存在する.このため,翻訳系に関与するCARSは二つ遺伝子が存在するはずであるが,これまでに一つしか見つかっていない.そこで,一つの遺伝子からサイトゾル型とミトコンドリア型の両方を転写・翻訳する可能性を検討した.その結果,CRS1はミトコンドリアの形成に関与するheme activator protein(Hap)複合体に依存して転写開始を変え,一つの遺伝子からサイトゾル型とミトコンドリア型の両方を転写することがわかった(図415).さらに,この転写開始点のスイッチはミトコンドリアのエネルギー代謝が必要な時期に起こることが判明し,CRS1とミトコンドリアエネルギー代謝の関係性が示唆された.

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図4 CRS1の転写機構

CRS1はミトコンドリアの形成に関与するheme activator protein(Hap)複合体に依存して転写開始を変え,一つの遺伝子からサイトゾル型とMTS配列を持つミトコンドリア型の両方を転写する.この転写開始点のスイッチはミトコンドリアのエネルギー代謝が必要な時期に起こる.MTS:ミトコンドリア局在化シグナル.

次に,Crs1のCysSSH合成活性を検討した結果,組換えCrs1は他の生物と同様にCysSSH合成活性を有していることがわかった.CRS1遺伝子は細胞のタンパク質翻訳機構にも重要であるため必須遺伝子であり,単純な遺伝子破壊株ができない.そこで,CRISPR/Cas9システムを用いて,酵母ゲノム中のCRS1にアミノ酸置換を伴う変異(PLP結合部位のリシンをアラニンに置換)を導入した株(K109A変異株)を構築した.まず,この変異株と野生株の細胞内タンパク質の存在量を検討したところ,両者のタンパク質発現量に有意な差は認められず,構築した変異株の翻訳活性は正常であることが強く示唆された.次に,細胞内CysSSH含量を測定した結果,変異株は野生株よりCysSSH含量が劇的に低下していることがわかった.以上より,K109A変異株はCysSSH合成欠損株であり,活性硫黄研究のよいモデル系であることが示唆された.さらに,K109A変異株を使用して酵母の硫黄呼吸の解析を進めたところ,K109A変異株は野生株に比べて,顕著にミトコンドリア膜電位とATP含量が低いことがわかった.これらの解析から,筆者らは酵母にも哺乳類と同様の硫黄呼吸が存在すると考えている.続いて,硫黄呼吸と寿命の解析を行うために,K109A変異株の寿命を測定した.その結果,K109A変異株の分裂寿命は野生株とほぼ同等である一方で,経時寿命は大幅に低下していることがわかった.また,活性硫黄のドナーである二硫化ナトリウム(Na2S2)やCysSSHの酸化型を添加することで,経時寿命が回復することが判明した.さらに,経時寿命期の細胞内活性硫黄量を測定したところ,経時寿命に伴い活性硫黄(CysSSHやグルタチオンパースルフィド)の量が減少することが判明した.そこで,野生株に活性硫黄ドナーを添加し,細胞内活性硫黄含量を増加させた結果,寿命が若干長くなることを見いだした.これらの結果から,Crs1によって産生される活性硫黄は細胞のエネルギー代謝(硫黄呼吸)を活性化させ,寿命を制御していることが考えられた(論文投稿中).

5. 活性硫黄と小胞体ストレス制御

活性硫黄はシステインやグルタチオンなどの低分子化合物だけでなく,タンパク質中のシステイン残基にも多数存在する.この活性硫黄によるユニークなタンパク質のチオール基修飾(タンパク質ポリスルフィド化)は,新しいタンパク質機能制御機構として,レドックスシグナル伝達および細胞機能制御に関与することが予想されている.赤池らのグループによって,タンパク質ポリスルフィド化はCysSSH結合tRNAを介して翻訳時にシステインの代わりにCysSSHが導入されて生じる,翻訳時タンパク質修飾であることが明らかにされている6).このため,CysSSHはセレノシステインやピロリシンに続く23番目のタンパク質を構成するアミノ酸として位置づけられている.筆者らは活性硫黄の寿命制御機構として,エネルギー代謝以外にタンパク質ポリスルフィド化を介した仕組みがあることを予想し,研究を行った.ごく最近,K109A変異株が経時寿命期に小胞体ストレス応答に関わる転写因子Hac1が強く活性化していることを見いだした.この結果は,酵母が経時寿命期に小胞体ストレスを受けていることを強く示唆しているが,これまでに経時寿命と小胞体ストレスについての知見はほとんどない.実際,筆者らの研究でも野生株においては小胞体ストレス応答があまり起こっていないことがわかっている.このため,筆者らはCrs1由来の活性硫黄は小胞体のタンパク質リフォールディングの調節に関与しており,K109A変異株はその機構が破綻することで小胞体ストレスが起こりやすい可能性を考えた.小胞体ストレスは小胞体内タンパク質のリフォールディング不全によって起こるが,異常なジスルフィド結合が原因となることが多い.ジスルフィド結合の不全を回避するために,酵母を含む真核生物は正しいジスルフィド結合を導入するprotein disulfide isomerase(PDI)を有している16).PDIは二つのチオレドキシン様触媒ドメインを持ち,各触媒ドメインには典型的なCys-X-X-Cysモチーフが存在する.そこで,PDIがポリスルフィド化によって制御されている可能性を考え,種々の条件で変性RNaseのリフォールディングを指標に検討した.面白いことに,精製時には確かにみられるPDI活性が還元剤処理(脱ポリスルフィド化)によって,ほぼ完全に消失することがわかった.また,還元したPDIにポリスルフィドドナーであるNa2S2を添加することで,その活性が完全に回復することも見いだした.これらのことから,PDIは翻訳時にポリスルフィド化され,その活性が担保されていることが考えられた.つまり,K109A株はPDIのポリスルフィド化が正常に起こらず,小胞体のタンパク質のジスルフィド結合に不全をもたらしていると思われた(論文投稿中).今後,細胞内PDIのポリスルフィド化の検出や,経時寿命が小胞体に及ぼす影響などの解析を通して,活性硫黄と経時寿命の全体象を探っていきたい.

6. まとめ

シアノバクテリアが繁栄する以前の環境では,地球上に酸素がほとんど存在せず,生体は硫黄を利用したエネルギー代謝を営んでいたと考えられている.今回の発見は,大酸素化イベント後に大きな進化を遂げた酵母においても,CysSSHを利用した「硫黄呼吸」が重要であることを示している.また,古いタイプの光合成細菌は,硫黄関連化合物(硫化水素など)を利用して,効率よく電子を回し光合成を行っていることもわかっている.増田ら(東京工業大学)は,硫黄を利用した光合成を行う紅色光合成細菌において,SQRの転写活性化因子がCysSSHを含む活性硫黄であると報告しており,光合成における活性硫黄の重要性が示されている17).活性硫黄の概念を基にすることで,これまでに理解されていなかった生命現象が明らかにされていくだろう.活性硫黄によるシグナル機構の詳細な解析を進めることにより,酸化ストレスや硫黄ストレスに関連した疾患の新規治療薬や新たな治療・予防法の開発に寄与することが期待される.また,硫黄呼吸を理解することで,寿命・老化のエネルギー代謝制御や低酸素状態(呼吸不全による低酸素脳症,宇宙での生活)での生命維持に貢献できると信じている.

酵母は発酵生産系としてバイオエタノールだけでなく,ピルビン酸やカロテノイドなど多くの有用物質の実生産に用いられている.発酵生産は生育に必要なエネルギーを目的の有用物質の代謝に活用するため,目的物質の生産性が増加するに伴い,生育遅延がしばしば起こる.したがって,目的物質の生産性の向上は,細胞の生育と生産性のバランスをうまく維持しながら,これまで進められてきた.しかし,細胞が有するエネルギーの総量が決まっているため,従来の代謝工学を活用した方法には限界がきている.酵母における硫黄呼吸の解析を通して,「硫黄呼吸エネルギー代謝理論」を確立・応用することで,生育と生産性をともに増強させる育種方法を構築し,発酵生産を飛躍的に改良できると考えている.今後は,Crs1の過剰発現や基質であるシステインなどを添加することで,細胞内ATP含量の増加や物質生産の増強を検討していく予定である.

筆者らは現在,細胞へのストレス耐性付与,味・風味の差別化などに寄与するアミノ酸(機能性アミノ酸)の新規な代謝制御機構と生理機能に着目し,人為的に細胞内外の含量を高めることで,酵母の高機能開発や有用物質の生産性向上を図る育種手法を「アミノ酸機能工学」と命名し,社会実装を進めている(図518).アミノ酸の一つであるCysSSHは多彩な有用機能だけでなく,香り成分としても期待されており,アミノ酸機能工学の目玉になる存在だと考えている.また,CysSSHは全生物の細胞内に共通して存在する機能性分子であることから,「アミノ酸機能工学」は酵母や麹菌,細菌などの微生物のみならず,植物,昆虫,動物などの高等生物にも応用可能なきわめて汎用性が高い技術であると考えられる.

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図5 アミノ酸機能工学

「アミノ酸機能工学」は,細胞へのストレス耐性付与,味・風味の差別化などに寄与するアミノ酸(機能性アミノ酸)の細胞内・細胞外の含量を人為的に高めることで,酵母の高機能開発や有用物質の生産性向上を図る育種手法である(当研究室で命名).

引用文献References

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著者紹介Author Profile

西村 明(にしむら あきら)

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域助教.博士(バイオサイエンス).

略歴

2007年京都工芸繊維大学繊維学部卒業.12年奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士後期課程修了(バイオサイエンス博士).同年(株)カネカ入社.16年東北大学大学院医学系研究科助教.19年10月から現職.

研究テーマと抱負

機能性アミノ酸(システイン,プロリン,アルギニンなど)の生理機能と代謝経路を研究しています.古くて新しいアミノ酸研究を通して,日本産の食品・飲料・お酒のブランド価値を上げていきたいと思います.

ウェブサイト

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趣味

旅行,お酒.

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