生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
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Journal of Japanese Biochemical Society 93(6): 791 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930791

アトモスフィアAtmosphere

Beyond image manipulation

山梨大学大学院総合研究部(医学域)教授

*1

平成27年~平成29年本会理事(関東支部長),平成29年~令和元年本会理事

発行日:2021年12月25日Published: December 25, 2021
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不適切な画像操作によるデータ改ざんの事例が相次いで発覚していた10年ほど前のこと,ある若手研究者と研究不正について話し合ったことがあります.印象に残ったのは彼の「今,問題になっているのは手抜きの不正です.本気で不正をしてデータを捏造したら簡単には発覚しないはずです」というコメントでした.もちろん研究不正を是認しているわけではなく,「お粗末な話なので呆れている」という趣旨です.確かに,画像を改ざんしたり使い回したりする行為は,検証可能な不正の証拠を残してしまっているわけですから手抜きともいえるでしょう.一方,計画性や常習性がなく,出来心で手を染めてしまった事例も含まれているかもしれません.論文受理前の画像チェックは以前から一部の雑誌で行われていましたが,現在では多くの学術誌で行われるようになっています.したがって,今後,新たに出版される論文では不適切画像による研究不正は減っていくことが期待されます.最近,査読した投稿論文(大手出版社の雑誌)で,不適切画像を理由にrejectしたものが,フリーアクセスジャーナルにそのままの画像で掲載されていることを見つけましたので,画像をチェックしない雑誌も,まだまだあるようです.しかし,目に見えて怪しい画像を含む論文を掲載することは学術誌としての信用にも関わるので,そのような雑誌は,いずれ淘汰されていくのではないかと考えています.

ご存知の方も多いかと思いますが,文部科学省や学術振興会のホームページには研究活動における不正行為が認定された事案のリストが掲載されています*.特定不正行為とは「捏造」「改ざん」「盗用」の三つですが,研究機関によっては「不適切なオーサーシップ」や「二重投稿」も不適切行為として認定・報告しています.文部科学省のこのリストでは2015年度以降で65件,年間あたりで10件程度の研究不正が報告されています.このうち6割以上が盗用あるいは剽窃であり,そのほとんどは他の論文から記述をごっそり丸写ししたような,事実認定の容易な例です.盗用・剽窃を検知するシステムを導入している学術誌は多いはずなのですが,認定例の多くは人文科学系の論文で,盗用元が学生の卒業論文,修士論文など,盗用先が学内の紀要などであり,どうやら出版時に見逃されてしまっているようです.一方,捏造,改ざんは主に自然科学系論文で認定されており,最近では生データの数値を都合よく変えてしまう改ざん例,生データがそもそも存在しない捏造例が目立ちます.外部からの指摘で発覚することの多い画像操作とは異なり,これらは研究室・研究機関内部からの通報で調査が始まることが多いようです.不正を合理的に疑う根拠が外部では得にくいことが理由と考えられ,発覚しているのは氷山の一角かもしれません.

投稿論文の査読は研究者の務めと思うのですが,中堅の学術雑誌(国内の学会誌の多くがここに含まれます)で査読する時の悩みは尽きません.以前は査読している論文のロジックが怪しげな時に画像をチェックすると,結構な頻度で不適切画像が見つかりました.画像もロジックも手抜きというひどい状態です.このような場合,編集部に通報すれば査読を中止してもらえるので,何となくほっとしたものです.しかし最近では不適切画像が見つかる例は減りました.性善説が基本なので仕方なく苦労して論文を読み通し,ロジックの不備な点を指摘するのですが,労力は半端ではありません.私の同僚の話では,rejectした論文が,指摘した点だけ辻褄を合わせて他の雑誌に出ているのを目にすることもあるようです.査読者のコメントは,相手が真面目にサイエンスをしようとしている時には良いアドバイスになるのでしょうが,相手によっては騙すポイントを教えているようでもあり,真面目に査読することが不正を幇助しているような気もしてきます.

本稿のタイトルはbeyond image manipulationとしました.今後は画像操作(image manipulation)を超えた「手抜きでない」研究不正が問題の中心になると予想され,これを防ぐことは容易ではないと考えられます.先日,国内学会誌の編集会議に出席する機会がありましたが,その場でも,画像チェックで対応できない不正データの問題が提起されていました.一方で,多くの学術雑誌で実施している画像チェックだけでも,出来心による不正事例をある程度,排除できる可能性があります.研究不正の防止という観点からは必ずしも十分ではないかもしれませんが,計画性のない「手抜き」の研究不正に陥る不幸な研究者を減らす上では一定の効果があるように思います.

* https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fusei/1360484.htm

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