がん細胞の酸性環境への適応機構Adaptation mechanism of cancer cells to acidic environment
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がん細胞は特殊なエネルギー代謝をしており,大量のグルコースを消費して乳酸を生成することが古くから知られる.このため,がん細胞の増殖や組織の増大に伴って,がん細胞自身やその周囲を取り巻く微小環境が酸性化すると考えられてきた.近年の分子イメージング技術の進歩に伴ってマウス体内に形成させたがん組織のpHが定量的に解析できるようになり,pHが6.0~6.5にまで低下することも示されている1).通常は細胞の周辺環境のpHが7.4前後に調節されていることを考えると,この組織酸性化はがん微小環境のきわだった物理化学的特性といえる.しかし,通常の細胞にとってあまり好ましくない酸性環境の中で,どうしてがん細胞自身は活発に増殖してゆけるのかほとんどわかっていない.本稿では,がんの悪性化に関わるphosphatase of regenerating liver(PRL)の機能解析から見つけた,リソソーム膜動態のダイナミックな再構成を伴うユニークな酸性環境適応の仕組みについて述べる.
PRLは部分肝切除によって発現誘導される分子として見つかった2).チロシンホスファターゼドメインのみからなる小さな分子で,C末端部でのプレニル化修飾で細胞膜にアンカーされる.PRL1~PRL3の三つの相同分子ファミリーを形成しているが,このうちPRL3遺伝子が大腸がんの転移巣で特異的に高発現していることが2001年に報告された3).原発巣と比較して圧倒的に強く,また解析されたすべてのサンプルで高発現していた唯一の遺伝子として注目を集めた.この後,大腸がんを含むさまざまな部位でのがんの悪性化部位でもPRL3の高発現が数多く報告されるようになり,がん悪性化進展との密接な関連が示されるようになった.
マウスや培養系のがん細胞株を用いた機能解析も数多く行われており,マウスのメラノーマB16細胞などのがん細胞株でPRL3を高発現させると,生体内での腫瘍形成能を劇的に増加させることが報告されている.またPRL3遺伝子をノックアウトさせたマウスでは,発がんイニシエーターとプロモーター投与による腸での化学発がん実験でがん化を強く抑制できることも示されている4).これらの実験結果からPRLの高発現が積極的にがん化やその悪性化を引き起こしていると考えられるようになった.
PRLはチロシンホスファターゼドメインを持つが,その活性中心システインをセリンに変異させた酵素活性欠損変異体を高発現しても,野生型PRLのように腫瘍形成を増強することはなかった.このことからPRLのチロシンホスファターゼとしての機能ががん悪性化に重要なのだろうと考えられるようになった.しかしその一方で,PRL3の組換えタンパク質分子を用いたin vitroでの酵素活性測定ではOMFPなどの代表的な人工基質に対して活性が著しく弱いことが示されており5),また細胞内での生理的な基質についてもよくわかっていない.さらに次節でも述べるように,活性中心システインをアスパラギン酸に置換した変異体は酵素活性を喪失しながらも野生型のPRL3と同等の腫瘍形成促進能があることが示されており,PRLのチロシンホスファターゼ活性ががん悪性化促進に重要なのかについては大きな疑問が残されていた.
我々はPRLの分子機能を明らかにするため細胞の中でPRLと複合体を作っているタンパク質の網羅的探索を行い,最も主要な結合タンパク質としてcyclin M(CNNM)を見つけた.CNNMは進化的に高度に保存された膜タンパク質であり,Na+流入に共役してMg2+を排出するトランスポーターであることを明らかにしている6).好熱菌のCNNMオルソログCorCの膜貫通部分の結晶構造が解かれており,Mg2+を特異的に認識・結合する仕組みも緻密なレベルで明らかになっている7).CNNM1~CNNM4の四つの分子ファミリーからなるが,これらはいずれもPRL1~PRL3と強固に結合した8).PRLをCNNMと共発現するとMg2+排出が阻害され,またPRLをRNA干渉法で発現抑制すると細胞内Mg2+量の減少も観察された.これらの実験結果はPRLがCNNMに結合してMg2+排出を阻害していることを示している.実際,上述のB16メラノーマ細胞で内在性のCNNM4の発現を恒常的に抑制すると,PRL高発現のときと同じように腫瘍形成が促されることもわかった.さらに腸上皮で強く発現するCNNM4遺伝子をノックアウトしたマウスでは,APC変異によって自然に多発するポリープが悪性化して粘膜層から筋肉層に浸潤したカルシノーマに悪性化することが明らかとなり,PRLはCNNMの機能を阻害することによってがん悪性化に寄与している可能性が強く示唆された.
前節でPRL3の活性中心システインのアミノ酸置換変異体をB16メラノーマ細胞に発現させた実験について述べた.PRLのほぼ全長とCNNMの細胞質にあるCBSドメイン部分の組換えタンパク質どうしの複合体の共結晶構造解析によって,このシステインは両者の相互作用に直接寄与しないが,その部位に非常に近接していることがわかっている9).そのため,このシステインをセリンなど他のアミノ酸に置換するとホスファターゼ活性が失われるとともに,多くの場合でCNNMにも結合できなくなってしまう.しかし,アスパラギン酸に置換した場合にはCNNMへの結合にまったく影響せず,野生型PRLと同等に結合できることが明らかとなった10).上述したようにこのアスパラギン酸置換変異体は野生型PRLと同等にB16メラノーマ細胞の腫瘍形成を促すことが示されており,PRL高発現によるがん悪性化進展におけるCNNMの重要性をさらに強くサポートする実験結果と考えられる.
PRLを高発現させたり,CNNMを発現抑制したり遺伝子ノックアウトを行うと,細胞内Mg2+量が増加する.これに伴って細胞内でMg2+と複合体を作って存在するATP量が増加したり,活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)産生が起こることも示されており11),PRLやCNNMの働きが細胞の基本的なエネルギー代謝に大きな影響を与えることがわかってきた.エネルギー代謝調節やROS産生は細胞がん化と密接に関わることが知られており,PRL高発現とがん悪性化とのつながりが分子レベルで次第に明らかになりつつある.我々はPRLを高発現している細胞の状態を詳細に調べたところ,細胞のpH応答性が通常と大きく異なっていることに気づいた.培地のpHをHepesバッファーで強制的に固定して細胞を数日間培養したところ,通常の細胞は生体内に近いpH 7.5で最もよく増殖するが,PRL高発現細胞はpH 7.5ではほとんど増殖せず,悪性化したがん組織でみられるpH 6.5の酸性環境で最もよく増殖していた(図1A)12).このようにたった一つの分子の操作によってpH応答性が劇的に変化する事例は初めてのものである.細胞内のpHを調べたところ,PRL高発現細胞ではコントロール細胞と比べてpHが増加しており,H+を積極的に排出していることが明らかになった.この仕組みを調べるためCRISPR/Cas9を用いた関連遺伝子の網羅的ノックアウトスクリーニングを行い,さらにその機能解析を進めたところ,PRL高発現によってリソソーム膜が細胞膜と融合するlysosomal exocytosisが活性化していることが明らかとなった.リソソーム内腔はH+を積極的に蓄積してpH 4~5程度にまで強く酸性化しており,lysosomal exocytosisの活性化により高濃度のH+を細胞外に放出することができる.またリソソーム膜に局在するV-ATPaseなどのH+トランスポーターを細胞膜にリクルートすることで恒常的にH+排出を活性化している可能性も考えられる.
(A) MDCK細胞をHepesでpHを5.5~9.0に固定した培地で3日間培養して生細胞数をカウントした.コントロール細胞やがん化型Ras変異体を高発現させた細胞ではpH 7.5で最もよく増殖するが,PRLを高発現させた細胞ではピークがpH 6.5にシフトしており,pH 7.5以上になるとほとんど増殖しなくなる.アスタリスク(*)はコントロール細胞での結果に対して統計解析で有意差のつく部分を示しており,** p<0.01, **** p<0.001. (B) B16細胞をマウスの尾静脈内に注入して3週間後に肺を取り出し,その表面に形成された転移巣の数をカウントした.PRLの発現によって転移巣の数が増加し,TRPMLのノックアウト(KO)によってそれが完全に阻害されていることがわかる.アスタリスク(*)は比較している両者の間での統計解析で有意差のつく部分を示しており,**** p<0.001.
lysosomal exocytosisの調節や実行の仕組みについては不明の部分が多いが,いくつか機能的に重要な分子が知られており,中でもリソソーム膜に局在するCa2+チャネルTRPMLの活性化がlysosomal exocytosisを引き起こすのに重要と知られていた.そこで,このTRPMLの遺伝子を培養細胞でノックアウトしたところ,PRL発現誘導性のlysosomal exocytosisが阻害されただけでなく,酸性環境での選択的増殖も阻害されることがわかった.さらにPRL3を高発現させたB16メラノーマ細胞でTRPMLをノックアウトしてマウス血管内に注入すると,肺での転移巣形成をほぼ完全に阻害できることも明らかとなった(図1B).これらの実験結果から,lysosomal exocytosisの活性化は酸性環境での選択的増殖や生体内での腫瘍形成に重要な役割を果たしていると考えられた.
PRL高発現がlysosomal exocytosisを活性化する仕組みについてはまだ不明の部分が多く残されている.この現象がCNNMの機能阻害によって起こっているのか確認するため,CNNMファミリーの中でも強いMg2+排出活性を持つCNNM2とCNNM4を二重ノックアウトした細胞を作成したところ,恒常的にlysosomal exocytosisが活性化していることが確認できた.このため,がん細胞株を用いたがん形成実験と同様に,PRLはCNNMの機能阻害を介して機能していると考えられる.上でも少し述べたように細胞内にMg2+が蓄積するとROSの産生が起こることがわかっている.ROSの増加がlysosomal exocytosisのトリガーとなっている可能性を検討するため,抗酸化剤として汎用されるN-acetylcysteine(NAC)を投与すると,PRL発現によるlysosomal exocytosisがほぼ完全に抑制されることもわかった.TRPMLはROSで直接活性化されることが報告されており13),CNNMの機能阻害に伴うMg2+やROSの増加がlysosomal exocytosisの活性化に重要な役割を果たしていると考えられる(図2).
がんの転移・悪性化に重要であると考えられながら,長らく分子機能が不明だったPRLの機能解析研究から,酸性環境での選択的増殖というユニークな現象やその重要性を見つけることができた.酸性化したがん微小環境に対して細胞がどのように応答し,またそれに抵抗して生きていくかの根本的な部分に関わる重要な現象と考えている.組織の酸性化は炎症部位などでも起こっていることが知られており,がんの免疫チェックポイントでも特別な役割を果たすことが報告されている.これまで生体内のpHが実際にどのようになっているのかあまりわかっていなかったが,近年のイメージング技術の進展に伴ってpHを感知するプローブや生体内からの微弱なシグナルを捉える顕微鏡解析法の開発が進んでいる.生体内のpH環境を「みる」ことによって,その医学生物学的重要性の認識が深まり,それに対する細胞の応答機構の研究も加速してゆくと考えられる.
本稿では細胞の酸性環境への応答という観点から述べてきたが,その仕組みとして見つけたlysosomal exocytosisはそれとは別の仕組みでがん悪性化進展に寄与している可能性がある.リソソーム内腔は強く酸性化しており大量のH+が蓄えられていると同時に,タンパク質などの分解に働くさまざまな加水分解酵素も濃縮している.中でもプロテアーゼのカテプシンは悪性化したがん組織で分泌・発現亢進していることがよく知られており,がん浸潤に必須の細胞外マトリックス分解や再構築に重要な働きをしている.lysosomal exocytosisによってH+とともにカテプシンなども分泌されることでがん細胞の浸潤運動などを誘発している可能性が強く考えられ,今後の重要な研究課題となっている.
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