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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(6): 830-834 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930830

みにれびゅうMini Review

冬眠哺乳動物シマリスの体温変動を利用した冬眠期の遺伝子発現制御機構Gene expression regulation during hibernation using body temperature fluctuations in the mammalian hibernator chipmunk

北里大学理学部生物科学科分子生物学講座Laboratory of Molecular Biology, Department of Biosciences, School of Science, Kitasato University ◇ 〒252–0373 神奈川県相模原市南区北里一丁目15番1号 S号館201 ◇ S201, 1–15–1 Kitasato, Minami, Sagamihara, Kanagawa 252–0373, Japan

発行日:2021年12月25日Published: December 25, 2021
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1. 小型哺乳動物シマリスの冬眠

哺乳動物の冬眠は,環境温度が低下し,食料が枯渇する冬季の厳しい生活環境に適応する生存戦略である.冬眠の生理現象としては,能動的に代謝を抑制して体温を低下させ,エネルギーを節約した状態で1日以上生存し,かつ自発的に元の体温に復温する.通常,我々ヒトを含む哺乳類は体温が30°C以下に低下すると正常体温への復温が自力では困難になり,心臓や脳・神経系などの器官にも障害が生じる.ところが,小型冬眠哺乳動物の場合は,冬眠して体温が5~6°Cにまで低下しても自力で復温することが可能であり,身体の器官に異常や障害も生じない.現在までのところ,冬眠中の低代謝・低体温においても生存が可能なメカニズムはほとんど明らかになっていない.

昼行性の小型冬眠哺乳動物シマリス(Tamias asiaticus)は,春~夏の非冬眠期(4~9月ごろ)は,外気温の変動にかかわらず,恒温哺乳動物同様,約37°Cの体温を維持している.実際には,非冬眠期の体温は概日性の変動を示し,昼の活動時には約38°Cに上昇し,夜の休息時には約36°Cに低下する.一方,秋~冬の冬眠期(10月ごろ~翌3月ごろ)には,約4°Cの外気温環境下の場合,約6°Cの低体温が約6日間持続する深冬眠と,急速に体温を約37°Cにまで上昇させ,餌を食べたり排泄をしたりする約1日の中途覚醒をくり返す(図1).シマリスを約5°Cの低温・恒暗下で飼育しても,冬眠がほぼ1年周期で繰り返されることから,シマリスの冬眠は生体内で自律的に作り出される概年リズムによって制御されていると考えられている1)

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図1 小型冬眠哺乳動物シマリスの体温

非冬眠期と冬眠期の体温変動.冬眠期は,約4°Cの外気温環境下の場合,約6°Cの深冬眠と約37°Cの中途覚醒を繰り返す.深冬眠から中途覚醒に移行するときには2時間以内に体温は約37°Cにまで上昇する.文献10をもとに作成.

1992年,Kondoらのグループはシマリスを用いて冬眠の発現と強い相関を示す血中タンパク質複合体を世界で初めて発見し,冬眠関連タンパク質(hibernation-related protein:HP)と名づけた2).140 kDaのHP複合体はHP-20, HP-25, HP-27およびHP-55で構成され,非冬眠期に比べて冬眠期の血液中で著しく減少する.これらHP遺伝子は肝臓で特異的に発現している3).肝臓でのHP mRNA量は血液中のHP複合体の量と相関して変動しており,冬眠期に先駆けて減少し始め,冬眠期の間は少なく保たれ,冬眠期の終わりごろから増加するという,冬眠の発現と逆相関の年周性の変動を示している1, 3).冬眠の発現に先駆けてHP遺伝子の発現が制御されていることからも,哺乳類の冬眠は,他の生命現象同様,遺伝子レベルで制御されている適応現象であると考えられる4, 5)

2. これまでの冬眠に伴う遺伝子発現制御機構の解析

分子生物学の解析技術の進歩に伴って,種々の冬眠哺乳動物のさまざまな組織についてマイクロアレイや次世代シーケンスなどを用いた網羅的な遺伝子発現解析が行われており,冬眠に伴って発現量が変動する遺伝子が明らかになってきている6, 7).その一方,冬眠動物に特異的な遺伝子が見つからないことから,哺乳動物の冬眠は,哺乳動物に共通な遺伝子の発現を冬眠用に調整することにより行われていると考えられている4–6)

我々はこれまで,遺伝子発現が冬眠に伴ってどのように制御されているかという観点から冬眠研究を進めてきた.シマリスHP遺伝子のmRNA量は非冬眠期の活動時には肝臓に豊富に存在するが,冬眠期の深冬眠時には著しく減少している1, 3).まず我々は,HP mRNA量が転写レベルで制御されているのか,あるいは転写後の分解などで制御されているのかを明らかにするため,HP遺伝子の一次転写産物量をRT-qPCRにより解析した.その結果,一次転写産物量が深冬眠時に著しく減少していたことから,HP遺伝子は冬眠に伴って転写レベルで制御されており,冬眠期の深冬眠時には転写が抑制されていると考えられた8, 9).そこで,HP遺伝子のプロモーター領域への転写因子の結合量をクロマチン免疫沈降法により解析した結果,HP遺伝子の転写活性化に関わる転写因子HNF-1, HNF-4の結合量が,非冬眠期の活動時に比べ,深冬眠時に減少していることが明らかになった8, 9).さらに,深冬眠時には,ヒストンの翻訳後修飾を行うコアクチベーターCBPやSETD1Aの結合も減少し,転写活性化に関わるヒストンH3の9番目のリシン残基のアセチル化修飾なども消失していた8, 9).以上の結果から,HP遺伝子の非冬眠期の活動時と冬眠期の深冬眠時との間の転写変動は,主にエピジェネティックに制御されていると考えられた.このHP遺伝子の冬眠に伴うエピジェネティックな転写制御をもたらすシグナル経路を明らかにすることは,冬眠機構解明の重要な手がかりになるはずである.

3. シマリスHSF1によるHSP70遺伝子の発現制御

我々は冬眠に伴う遺伝子発現制御機構を調べるため,シマリスの肝臓について非冬眠期の活動時と冬眠期の深冬眠時とでサブトラクション解析を行って,発現量に差のある遺伝子を探索し,その結果をノーザンブロット解析とRT-qPCR解析で確認し,HSP70heat shock 70 kDa protein)遺伝子が非冬眠期の活動時に転写が活性化され,冬眠期の深冬眠時に抑制されていることを明らかにした10).シマリスHSP70遺伝子の転写制御機構について解析した結果,HSP70遺伝子の主要な転写活性化因子であるHSF1のHSP70遺伝子プロモーターへの結合量が,非冬眠期の活動時に比べ,冬眠期の深冬眠時には著しく減少していることが明らかになった10).さらに,そのメカニズムを明らかにするため,HSF1タンパク質の量と局在をウエスタンブロットと免疫組織化学により解析した結果,非冬眠期のシマリス肝臓ではHSF1は主に核に存在しているが,冬眠期の深冬眠時では核から消失し,主に細胞質に局在していることがわかった10)図2A, B).これらの結果から,HSP70遺伝子の冬眠に伴う転写変動は,HSF1の核−細胞質間のシャトリングによって制御されていると考えられた.

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図2 シマリスHSF1によるHSP70遺伝子の発現制御

(A)非冬眠期および冬眠期のシマリス2個体ずつの肝臓から調製した全細胞抽出液と核抽出液を用いたHSF1とUSF1のウエスタンブロット解析.USF1はローディングコントロールとして用いた.(B)非冬眠期および冬眠期のシマリス肝臓組織切片を用いた免疫組織化学.(C)非冬眠期の各時間帯のシマリス2個体ずつの肝臓核抽出液を用いたHSF1とUSF1のウエスタンブロット解析.(D)非冬眠期のシマリス肝臓におけるHSP70 mRNAのRT-qPCR解析.a–b間には有意水準5%で有意差がある(Tukey–Kramer test).非冬眠期の活動時(A)およびZT4(C)のHSF1の泳動度の遅延には,リン酸化修飾が関与している10).文献10より引用改変.

哺乳動物の体温は厳密に制御されており,昼夜の変化に同調している場合,昼行性の動物の体温は昼の活動時に高く,夜の休息時(睡眠時)に低く,1~2°Cの日周性の変動を示す11).日周性の体温変動に伴って,夜行性のマウスではHSF1の活性が制御されていることが報告されている.マウスの肝臓において,HSF1は夜間の活動量の増加による体温上昇に伴って活性化され,細胞質から核へと移行し,HSP70遺伝子プロモーターへの結合が促進される12).非冬眠期のシマリスの体温は,昼行性の恒温哺乳動物同様,昼に高く,夜に低い(図1).そこで我々は,非冬眠期のシマリス肝臓において,日周性の体温変動に伴うHSF1の局在を解析した.その結果,HSF1は常に核に存在していたが,明期開始後の活動量の増加による体温上昇に伴って核内のHSF1の量が増加し,HSP70遺伝子の転写が一過性に活性化されていた10)図2C, D).以上のことから,マウス同様,非冬眠期のシマリスにおいても,HSF1は体温リズムによって活性が制御される概日性(日周性)の転写因子として機能していると考えられた.

4. シマリスの冬眠期の体温変動に伴う遺伝子発現制御

小型冬眠哺乳動物の体温は冬眠中には著しく低下するが,体温調節が環境温度に依存する外温性に変化したわけではなく,設定体温値が低下しただけで自律的な体温調節は維持されている.冬眠期のシマリスでは,体温は中途覚醒時には約37°Cにまで急激に上昇し,深冬眠時には数°Cにまで低下するというサイクルを繰り返している(図1).非冬眠期には体温変動によってシマリス肝臓におけるHSF1の活性が制御されていたことから,冬眠期の深冬眠–中途覚醒サイクルにおける体温変動がHSF1の活性に及ぼす影響について解析した.その結果,深冬眠時にはHSF1は主に細胞質に存在し,HSP70遺伝子の転写は抑制されていた10)図3).シマリスの冬眠期の体温は,深冬眠から中途覚醒すると2時間以内で約37°Cにまで上昇する10).中途覚醒で体温が30°C以上に上昇すると,HSF1は核内に蓄積し始め,HSP70遺伝子の転写が一過性に活性化されていた10)図3).以上の結果より,非冬眠期の休息(睡眠)–活動サイクルだけでなく,冬眠期の深冬眠–中途覚醒サイクルにおいても,体温リズムによりHSF1の活性が制御されることでHSP70遺伝子の転写が制御されていることが明らかになった.つまり,冬眠期においても体温変動を利用して遺伝子発現を制御していると考えられた.

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図3 冬眠期の中途覚醒時の体温上昇に伴うHSF1の活性化

非冬眠期のシマリスおよび冬眠期の中途覚醒時と深冬眠時のシマリスの肝臓から調製した核抽出液を用いたHSF1とUSF1のウエスタンブロット解析(A),ならびに肝臓から調製したpoly(A)-RNAを用いたHSP70GAPDH mRNAのノーザンブロット解析(B).中途覚醒時の体温30°C以下のシマリスは,深冬眠状態から中途覚醒し始めた約1時間以内のときで,体温30°C以上のシマリスは中途覚醒し始めてから2時間以上経過したときである.文献10より引用改変.

5. まとめおよび今後の展望

次世代シーケンサーの技術が日進月歩している恩恵により,モデル動物でない冬眠哺乳動物でもゲノム配列が解明され,冬眠に伴って発現変動する遺伝子が明らかになってきているにもかかわらず6, 7),冬眠の機構はまだほとんどわかっていない.冬眠動物に特異的な遺伝子が発見されていないことから,哺乳類の冬眠は,哺乳動物に共通の遺伝子の発現や機能などを冬眠用に再調整することにより制御されていると考えられている4–6).実際我々は,哺乳動物の概日性の体温変動を利用したHSF1による遺伝子発現制御のシステムが,シマリスにおいて,冬眠期の遺伝子発現に利用されていることを明らかにした.また,冬眠哺乳動物が生まれながらに低温耐性能を保持していることを示す結果も蓄積してきている.ヒトとジリスのiPS細胞から分化させた神経細胞の低温耐性の比較や,ハムスターとマウスの初代培養肝細胞の低温耐性の比較から,冬眠動物であるジリスおよびハムスターの細胞で低温耐性の能力があることが示された13, 14).冬眠動物ジュウサンセンジリスとシリアンハムスターでは,温度感受性TRPM8チャネルのアミノ酸変異による低温感受性の低下が低温耐性に関与している可能性が示唆された15).これらの結果も,冬眠動物において,特定の遺伝子が冬眠用に調整された機能を有していることを示している.今後の冬眠研究では,冬眠哺乳動物での網羅的解析結果を利用して,冬眠哺乳動物において遺伝子の機能がどのように冬眠用に調整されているかを個別に解析していくことにより,哺乳類の冬眠機構の謎に春の訪れが告げられることを期待している.

謝辞Acknowledgments

本研究は主に,科学研究費補助金[基盤(C)20K06447,基盤(C)20K06746],(第32期)北里大学学術奨励資金,(第33期)北里大学学術奨励資金の助成を受けて実施されました.この場を借りて感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

塚本 大輔(つかもと だいすけ)

北里大学理学部生物科学科分子生物学講座助教.博士(生命科学).

略歴

2009年北里大学大学院理学研究科博士課程修了.同年より理化学研究所筑波研究所石井分子遺伝学研究室にて特別研究員として勤務.13年より現職.

ウェブサイト

https://www.kitasato-u.ac.jp/sci/resea/seibutsu/joho/index.htm

高松 信彦(たかまつ のぶひこ)

北里大学理学部生物科学科分子生物学講座教授.理学博士.

略歴

1989年北里大学衛生学部助手.92年同講師.94年北里大学理学部講師.97年同助教授.2010年より現職.

ウェブサイト

https://www.kitasato-u.ac.jp/sci/resea/seibutsu/joho/index.htm

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