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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(6): 840-844 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930840

みにれびゅうMini Review

卵管液の生化学母体と受精卵のクロストークBiochemistry of oviductal fluid: Crosstalk between maternal oviduct and embryos

金沢医科大学総合医学研究所Medical Research Institute, Kanazawa Medical University ◇ 〒920–0293 石川県河北郡内灘町大学1丁目1番地 ◇ 1–1 Daigaku, Uchinada, Kahoku, Ishikawa 920–0293, Japan

発行日:2021年12月25日Published: December 25, 2021
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1. はじめに

哺乳類の卵管および卵管液は,卵巣から排卵された卵子あるいは受精卵(胚)が最初に経験する外部マイクロ環境である.これまで哺乳類の卵子/受精卵は発生,特に着床前に起こる初期胚発生において,必要となるほとんどの因子を自らに内包しており,卵管や卵管液はただの精子や受精卵を運ぶだけの器官およびその内腔液と考えられてきた.事実,ヒトやその他の哺乳類における体外受精および胚の体外培養系の確立はその考えを支持し,これまでの間,卵管および卵管液の機能が顧みられることはほとんどなかった.しかし近年になって,卵管がこれまで考えられているよりも多くの機能を有し,また卵管液に含まれているさまざまな成分が哺乳類の受精や初期発生において影響を与えることが明らかになりつつある.本稿では,最近明らかになった卵管液成分の機能についての研究を紹介し,また筆者らが明らかにした卵管液成分の一つであるグリシンを介した哺乳類初期発生への影響について,CRISPR-Cas9を用いた簡便で迅速な遺伝子改変マウスの作製方法と併せて述べる.

2. 卵管液の構成成分と機能

哺乳類の卵管は大まかに分けると三つの構成部位に分かれている.すなわち,卵巣に最も近くほとんどの細胞が繊毛上皮細胞である卵管采(fimbriae, infundibulum),同じく繊毛上皮細胞を多数含み,受精の場所として機能する膨大部(ampulla),分泌上皮細胞が多く存在する卵管峡部(isthmus)である.これらの構造が有している生理機能などは現在も解明されていないことも多いが,①受精の場の提供,②初期胚発生の支援,③精子の選別と多精子受精の防止,④胚と母体とのコミュニケーション,⑤胚の子宮までの輸送などに重要であると考えられている.母体内で受精・発生した胚(in vivo embryo)と,体外受精および体外培養した胚(in vitro embryo)では,形態,耐凍性,遺伝子の発現プロファイル,受精卵のエピジェネティクスおよび移植後の妊娠率など多くの点で差異があり,体内発生胚の方が発生および着床に有利であることがわかっている1, 2).この結果は,卵管が単なる胚の輸送器官ではなく,初期胚発生や着床などの現象に積極的に関わっていることを示している.

卵管に存在し,上記のような卵管機能の多くを仲介する卵管液(oviductal fluid)は,血漿成分と卵管上皮細胞の分泌液によって作り出され,その成分は動物種によって差異があるが,炭水化物,無機イオン,リン脂質を含む脂質,乳酸塩,ピルビン酸塩,グルコース,タンパク質,および遊離アミノ酸など,さまざまな分子を含む混合溶液である3).タンパク質を除くこれらの基礎的な構成成分の濃度は血清や子宮内液のものと比べても濃度が異なり,独特な組成を有していることがわかっている.またこれらの構成成分は,母体の発情周期やストレス状況によって変化することもわかっている4–6).このような母体の状態によって変化する卵管液の成分は,「母体側からの精子や卵子・受精卵へのシグナル」となる可能性も示唆されている.たとえば,卵管上皮細胞から卵管液に放出される細胞外小胞であるエクソソーム(exosome)が,受精におけるや精子の活性化や多精子受精の防止,初期胚発生の制御を行うことが報告されている7, 8).卵管内のエクソソームは卵管内に進入してきた精子に働き,PMCA1(原形質膜Ca2+-ATPase 1)およびPMCA4(原形質膜Ca2+-ATPase 4)のタンパク質量を亢進させることによって精子の受精能獲得(capacitation)を制御している7).このような母体側からのマイクロ環境レベルのシグナルが,先にあげた発情周期やストレスなどの母体のおかれたマクロな環境とどのように関連するのかについては,今後注目される点である.

一方で,母体が卵管中の初期胚と相互のコミュニケーションをとっているとした場合,逆方向の情報伝達である「胚側から母体(卵管)へのシグナル」はどのように行われているのかという疑問が残る.Leeらはマウスにおいて,卵管内に胚が存在する場合の卵管での遺伝子発現の変化を測定し,卵管においてチモシンβ4(Tmsb4x)やMyl3, Rpl41などの遺伝子発現が上昇することを報告している9).またウマの卵管においても,胚が存在することで免疫応答関連遺伝子とインターフェロンシグナル関連遺伝子の発現が変化する10).これらのデータは,胚側の因子が卵管上皮細胞に反応し,その遺伝子発現がドラスティックに変化していることを示しており,胚と母体の最初のコミュニケーションが,これまで我々が考えてきたように着床時の子宮で行われるのではなく,もっと早い時期に卵管で起こることを示唆している.このように,卵管および卵管液は胚と母体がコミュニケーションをとる最初の場所として,さまざまに機能していることが,徐々に明らかになりつつある(図1).

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図1 卵管機能と卵子および受精卵との相互作用の模式図

哺乳類の卵管は大きく卵管采,卵管膨大部,卵管峡部に分かれている.卵巣から排卵された卵子が卵管膨大部で受精し,卵管中を移動しながら発生し,卵管峡部付近で胚盤胞となって,子宮に移動し,着床する.卵管上皮細胞は卵管液成分やエクソソームを分泌することで受精や初期胚発生を制御している.また一方で,胚からのシグナルが卵管上皮細胞の遺伝子発現を変化させる.図はBioRender(https://biorender.com/)をアカデミックライセンスのもとで使用し作図した.

3. 卵管液中のグリシンの機能

前述のように卵管液は非常に多くの構成成分からなる混合溶液であるが,そのなかでも遊離アミノ酸が多く含まれており,特に多く含まれているグリシンはウシ卵管液においてはmM(ミリモラー)オーダーという高濃度で含まれている4).この卵管液中のグリシンは,マウスやブタ,ハムスターなど多くの哺乳類において,精子膜上に発現しているグリシン受容体と結合し,卵子の透明帯を突破するために必須な反応である先体反応(acrosome reaction)を起こすために重要であることが知られている11).つまり,卵管液中のグリシンは前述した「母体側からの精子や卵子・受精卵へのシグナル」の一つとして働いているといえる.しかし,現在までのところ,その作用は受精の場のみにおいてわかっているだけで,受精後に同じく卵管内で起こる初期胚発生過程においては,卵管液中のグリシンが胚に作用を及ぼしているかは明らかではなかった.

そこで我々は,はじめに受精後の発生初期胚にグリシン受容体阻害剤であるω-ホスホノ-α-アミノ酸(PMBA)あるいはストリキニーネを作用させ,その効果を観察したところ,初期胚発生が完全に阻害されることを発見した12)図2A).このことから,卵子や受精卵にもグリシン受容体が発現しており,初期胚発生に重要な役割を持っていることが推測された.グリシン受容体はリガンド結合型塩化物イオンチャネルであり,αサブユニット(α1~α4)とβサブユニットからなる五量体で存在する13).次に卵子や受精卵にはどのサブユニットが発現しているかを,mRNAレベルおよびタンパク質レベルで測定したところ,主にMII期卵子から4細胞期胚までにグリシン受容体α4サブユニット(Glra4)タンパク質が発現していることがわかった(図2B).

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図2 グリシン受容体阻害剤実験と,卵子および胚におけるグリシン受容体の発現解析

(A)阻害剤添加後の24時間ごとの発生率の時間的変化.対照群,PMBA添加群およびストリキニーネ添加群(*)P<0.05, (**) P<0.01. (B)上段:グリシン受容体α1 (Glra1), α2 (Glra2), α3 (Glra3), α4 (Glra4), およびβ(Glrb)サブユニットの発生段階ごとのmRNA発現レベル.各遺伝子の発現量をRPKM(reads per kilobase of exon per million mapped reads)で示す.それぞれの遺伝子におけるシンボルは各データセットでの発現量を示し,線分はその中央値を示す.下段:マウス受精卵におけるMII期卵子から胚盤胞までのグリシン受容体α4タンパク質(GLRA4)の免疫組織化学的染色像.緑はGLRA4タンパク質を青は核を示す.画像の下列は,抗GLRA4抗体の代わりに陰性対照抗体を用いた結果を示す.サイズバーは100 µm. これらの図はNishizono, H., et al. Reproduction 202012) より,許可を得て転載.

ヒトではGlra4遺伝子は膜貫通ドメインの欠損による偽遺伝子化が起こっているため13),これまでのところほとんど機能解析が行われていない.そこで,ゲノム編集技術の一つであるCRISPR-Cas9システムを用いて,新たにGlra4ノックアウトマウスを作製することにした.Glra4の膜貫通ドメインを欠失させたノックアウトマウスを作製するために,図3Aに示すようなガイドRNAを設計し,エレクトロポレーション法によってガイドRNAおよびCas9タンパク質を1細胞期胚の前核に導入した14).この方法は,電気パルスにより細胞膜に小孔を開け,電極液中のCas9-ガイドRNA複合体(ribonucleoprotein:RNP)を細胞質に導入し,細胞膜修復後に細胞質に取り残されたRNPが胚の前核に移行し,そこでゲノム編集を起こす方法である.この方法では,編集するターゲット領域にもよるが,非常に高い編集効率と短期間でのノックアウトマウスの作製が可能となる.実際にGlra4遺伝子のエキソン4にストップコドンを導入し,Glra4ノックアウトマウスの作製に成功した12)図3B).

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図3 CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集によるGlra4ノックアウトマウスの作製と表現型解析

(A) Glra4ノックアウトマウス作製のためのgRNAのデザインスキーム.(B)野生型(WT)およびGlra4ノックアウトマウス(Glra4 KO)のDNA塩基配列.ダッシュ(—)は元のGlra4塩基配列から欠損しているヌクレオチドを示す.(C)媒精96時間後のWTとGlra4 KOの発生率.(D)自然交配におけるWTマウスとGlra4 KOマウスの産仔数の比較.箱ヒゲ図では,箱の上端は第三四分位数を,下端は第一四分位数を,箱のうちの線は中央値を示している.また,箱の外の線分はそれぞれ最小値と最大値を,◇は外れ値を示している.(*) P<0.05, (*****) P<0.000001, WTとGlra4 KOマウスの差はBrunner–Munzel検定で検定した.これらの図はNishizono, H., et al. Reproduction 202012) より,許可を得て転載.

新たに作製したGlra4ノックアウトマウスの受精卵を用いて,その表現型を詳細に解析したところ,Glra4ノックアウトマウス受精卵では,野生型受精卵に比べて初期胚発生における発生率が有意に低下していた(図3C).また,この受精卵では胚盤胞期胚の細胞数が低下していることも明らかになった.さらに,自然交配において野生型マウスでは1回の妊娠・出産で平均8.64±1.07匹の仔マウスが産まれたのに対し,Glra4ノックアウトマウスでは平均3.89±1.97匹と顕著に減少していた(図3D, P<0.001).これらの結果から,卵子および受精卵の細胞膜上に存在するグリシン受容体,特にマウスではα4サブユニットが,卵管液中のグリシンと作用して,初期胚発生およびその後の妊娠・出産を支援していることが明らかになった.この受精卵のグリシン受容体については,ヒトではα2サブユニット,ウシではα1サブユニットが発現しており12),マウス以外の哺乳類でも保存されている可能性が高いこともことも示唆される.

4. おわりに

卵管および卵管液は卵子や受精卵が最初に経験する外部マイクロ環境でありながら,その機能については長い間詳しく研究されてこなかった.これは比較的早い段階で,ヒトをはじめとした多くの哺乳類で体外受精や体外培養系が確立したことで,in vivoな受精や初期胚発生の場である卵管および卵管液の機能があまり必要ないと誤解されたことに起因する.しかし本稿で示したとおり,卵管にはさまざまな卵子や精子,受精卵と情報伝達をするシステムが存在し,これまで子宮で初めて行われると考えられていた母体と胚との相互コミュニケーションが最初に行われる場所であることが明らかになりつつある.特に卵管液は,さまざまなタンパク質やエクソソーム,また我々が示したグリシンなどその含有成分を使ったクロストークの現場であるともいえる.今後は,ストレス状況や発情周期など母体がおかれているマクロな変化が,卵管液を介してどのように胚に伝わっていくかの検討が進められていくものと考えている.また,すでにその存在が明らかになっている「胚側から母体(卵管)へのシグナル」については,興味深い点であるにもかかわらずその分子実体がいまだ不明なままである.おそらくエクソソームか代謝産物のようなものをシグナルメッセンジャーとして使用していると考えられるが,今後の研究が待たれる.さらに,このような卵管および卵管液の基礎的な生化学研究は,体外受精や体外培養,胚移植などのヒト生殖補助医療における培地成分の改良や,人工卵管15)などを使った新しい生殖補助医療技術の開発にもつながると期待されている.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

西園 啓文(にしぞの ひろふみ)

金沢医科大学総合医学研究所講師.博士(医学).

研究テーマと抱負

ゲノム編集を使った遺伝子改変動物の作製を行い,哺乳類の卵管内で起こる母体と胚とのクロストークの分子メカニズムの解明と新しい生殖補助技術の開発を目指している.

ウェブサイト

http://www.kanazawa-med.ac.jp/~souiken/cfc/mri_cfak/an_st/

趣味

小説とイラストの執筆.

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