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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 93(6): 851-856 (2021)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930851

みにれびゅうMini Review

結晶性セルロースを分解するセルラーゼにおけるタンパク質レベルの収斂進化The protein level convergent evolution in cellulases degrading crystalline cellulose

東京大学大学院農学生命科学研究科Department of Biomaterial Sciences, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒113–8657 東京都文京区弥生1–1–1 ◇ 1–1–1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113–8657, Japan

*1

現所属:産業技術総合研究所生物プロセス研究部門生物システム研究グループ(〒305–8566 茨城県つくば市東1–1–1つくば中央第6)

Present address: Bioproduction Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Tsukuba Central 6, 1–1–1 Higashi, Tsukuba, Ibaraki 305–8566, Japan

発行日:2021年12月25日Published: December 25, 2021
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1. 結晶性セルロースの分解

セルロースは植物細胞壁の主成分で,グルコースがβ-1,4結合した分子鎖がさらに束になった繊維状の構造を有している.植物細胞壁の力学的強度を発揮する主要因である物質であることから「構造多糖」と呼ばれ,分解してエネルギー源として用いられる澱粉のような「貯蔵多糖」とは明らかに異なる性質を有することが知られている1).すなわち,貯蔵多糖の場合は分解されて水に可溶化した少糖が栄養源として用いられることが想定されているため,比較的酵素によって分解されやすいのに対して,構造多糖の場合は分解されることがそもそも想定されていないために,貯蔵多糖と比較して分解性は極端に低い.このようなセルロースの難分解性は,結晶化度の高さに起因していると考えられている.昨今,二酸化炭素削減や循環型社会の構築等のために,セルロース系バイオマスをセルラーゼと総称されるセルロース分解酵素群によって分解し,得られた糖を液体燃料や化成品原料として利用するバイオリファイナリーの研究が世界的に盛んになってきているが,そのプロセスは植物が壊されにくく設計した多糖をいかに効率よく分解するかということに他ならないことが,読者にもおわかりいただけると思う.

一方,自然界にはこのような難分解性のセルロースを栄養源として育つ生物がおり,特に細菌類や糸状菌類(きのこやカビ)には高いセルロース分解性を有する種が多く存在する.上述のようにセルロースの難分解性はその結晶構造に起因するものであるが,本来高温(100°C以上)の硫酸を用いないと分解されないような結晶性セルロースを,弱酸性下常温常圧で分解するのがセロビオヒドロラーゼ(cellobiohydrolase:CBH)と呼ばれる酵素である2).セルロースは水への溶解性がきわめて低いので,このような酵素は「固液界面」で反応することになる3)が,CBHの場合は多くが図1に示すようにセルロース表面に吸着するセルロース結合ドメイン(cellulose-binding domain:CBD)とセルロース分子鎖を加水分解する活性ドメイン(catalytic domain:CD)という二つのドメインが直列につながった構造をしていることが知られている(図1上).このような2ドメイン構造をしているCBHの反応機構を詳しくみてみると,

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図1 結晶性セルロースおよびカビが生産するセルロース分解酵素(セルラーゼ)の分子構造(上)とセルロース分解酵素の反応メカニズム(下)

  1. セルロース表面にCBDによって吸着する
  2. CDにセルロース分子鎖が送り込まれる
  3. セルロース分子を加水分解する
  4. セルロース鎖をつかみながら前に進む

という段階を経ることになる(図1下).この中で特に④のステップにおいて,1回目の反応が終わった後も同じセルロース分子鎖から離れずに連続的に加水分解をすることを「プロセッシブ(processive)」と呼び,その連続性を「プロセッシビティ(processivity)」と呼んでいる.植物などによって天然で合成された結晶性セルロースの場合,結晶内部には水分子が存在しないため,加水分解を受けるためには表面のセルロース分子鎖が結晶における下層から引き剥がされる必要がある.そのような高度な分解機構を持つ酵素であるCBHのみが,結晶性セルロースを分解することができるのである4)

2. プロセッシブ反応の証明

筆者らは長年,酵素による結晶性セルロースの分解を高効率化するために,生化学的手法を用いてCBHの反応機構に関して詳細に調べてきた3).しかしながら,たとえば1 mLの反応液に1 µMの酵素が入っているとき,実際には1015程度の分子が引き起こす反応の総和としての生成物を調べることになり,一つの分子が連続的に加水分解している(プロセッシブ)のか,いくつかの分子が1回ずつ反応している(ノンプロセッシブ)のかを区別することはできなかった.リガンド(セロオリゴ糖)を含むCBHのCDの三次元構造5, 6)では,トンネル状の活性部位にセロオリゴ糖が取り込まれていた(図1参照)ため,セルロース分子鎖をつかみながら連続的に加水分解されるであろうと1990年代から予想されていたが,実際に結晶性セルロースをプロセッシブに分解するという直接的な証明は,反応生成物の解析からは不可能であった.そのような中で筆者らは,DNAの連続的な合成や分解を高速原子間力顕微鏡(high speed atomic force microscopy:HS-AFM)7, 8)を用いて分子レベルで観察した研究を目にする機会があり,結晶性セルロースのCBHによる分解にも同じ手法が適用できるのではないかと思い立ち,HS-AFM実験を始めた.セルロースは不溶性の基質なので,HS-AFMでの観察はかなり特殊な条件下で行う必要があったが,最終的に結晶性セルロース表面におけるセルラーゼ分子の観察に成功し,Trichoderma reeseiという子嚢菌(カビ)由来の糖加水分解酵素(glycoside hydrolase:GH)ファミリー7に属するCBH(TrCel7A)が,プロセッシブに動くようすを動画として撮ることができた9, 10).その際,投稿した論文の審査員からはこの連続的な動きが加水分解活性とともに起こっていることも証明しなければならないというコメントを受けたので,加水分解に関与するアミノ酸残基の一つに変異を導入して不活性化した酵素を用いて,実際に結晶性セルロースに対する活性がなくなっていることと変異に伴ってセルロース表面を動かなくなる結果を見せた9, 10).このような一連の実験から,CBHは結晶性セルロースの表面を鉋(かんな)をかけるように分子鎖を引きはがしながら,末端のセロビオース(グルコースの二糖)を切り出していることが明らかとなり,CBHのプロセッシブな分子メカニズムに関してはほぼ証明された形となった.

3. GHファミリー6に属するCBHの議論

前節でプロセッシブな分子の動きが証明されたGHファミリー7に属するCBHに関しては,子嚢菌由来の酵素に続いて担子菌(きのこ)Phanerochaete chrysosporium由来の酵素(PcCel7C, PcCel7D)に関してもその動きが明らかとなり,本ファミリーに属するCBHがプロセッシブな分解機構を有するとされた11).一方で,結晶性セルロースを分解できるCBHにはGHファミリー6に属する酵素の存在も知られているため,当研究室で保有する子嚢菌由来(TrCel6A)および担子菌由来(PcCel6A)の酵素の動きを,HS-AFMを用いて調べたところ,いずれの場合も分子の動きは観察されなかったので,その結果を関連のゴードン会議で発表したところ,大きな議論が巻き上がることとなった.GHファミリー7に属するCBHはほとんどがきのこやカビなどの真菌由来酵素であるのに対して,GHファミリー6のCBHは細菌類を含め広くその存在が知られている.このゴードン会議では,GHファミリー6のCBHを研究している研究者間で,このファミリーに属するCBHがプロセッシブかノンプロセッシブかが長年議論されていたところに,筆者らが直接分子を観察し動きが観察できなかったという結果を出したことから,ノンプロセッシブであることが決定打となりそうな雰囲気であった.その際,長年細菌由来セルラーゼの研究に従事してきたコーネル大学の故David Wilson教授から,結論を出す前に一度でよいから細菌由来GHファミリー6の酵素に関して同じ実験を行ってほしいという要請を受けた.そこで筆者らは,セルロース分解性細菌Cellulomonas fimiが生産するセルラーゼ4種類(そのうちGHファミリー6に属する酵素は2種類)を生産し,それらのHS-AFM観察を行ったところ,CBHの一つであるCfCel6BとGHファミリー48に属するCfCel48Aが,結晶性セルロース分解時に表面をプロセッシブに動くようすが観察された.つまり,GHファミリー6に属する子嚢菌由来のCBHはノンプロセッシブ(あるいはかなり低いプロセッシビティ)であるが,細菌由来のGHファミリー6のCBHはプロセッシブであると結論づけられたのであった.この実験結果を次のゴードン会議で報告する前にWilson教授が亡くなられてしまったことは,痛恨の極みであったことはつけ加えたい.

4. プロセッシブセルラーゼの作り方

上述のように,HS-AFMによる分子の動態解析でセルラーゼがプロセッシブかノンプロセッシブかを判定することができるようになり,分子動力学シミュレーションによる解析結果も合わせることで,どのようなセルラーゼがプロセッシブな反応をできるかが明らかとなってきた12).それらの結果から,プロセッシブな酵素となりうる「二つの要素」がクローズアップされてきたのだった.多糖を分解する酵素の場合,基質である糖と糖の結合(一般的にはグリコシド結合,セルロースの場合はグルコシド結合)を加水分解するためには,周辺の糖ユニットが活性アミノ酸の周辺に固定される必要があり,そのような基質結合部位は「サブサイト」と呼ばれるが,一つ目の重要な要素は「非対称(アシンメトリー)なサブサイト構造」である.GHにおけるサブサイトでは,図2左下に示すように加水分解が起きる場所を0として,還元末端側の糖から順に+1, +2,非還元末端側に−1, −2というようにナンバリングされるが,プロセッシブな反応が可能な酵素ではすべてサブサイトが0を挟んで非対称で,さらにその動きの方向はサブサイトが長い方に動くことがわかった.たとえばTrCel7AのCDでは,マイナス側に七つのグルコースユニットがあるのに対して,プラス側には二つしか入らない.その結果マイナス方向,すなわち酵素分子は還元末端から非還元末端の方向に向かって進むことになる.一方で,細菌由来のプロセッシブな酵素であるCfCel6Bは,マイナス側がグルコース二つなのに対して,プラス側が六つとなり,方向はTrCel7Aと逆向きであることが判明した.

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図2 プロセッシブセルラーゼの収斂進化ともとになるEGからの変遷

それぞれの3次元構造に含まれるセロオリゴ糖は,リガンド入りのCBHの構造に対してEGをスーパーポーズして作られている.各酵素のPDBは文献13を参照のこと.

二つ目の要素は「ループによるサブサイトのトンネル化」である.本稿では主にCBHの説明をしたが,これらのCBHには同じGHファミリー(ファミリー6の場合)または関連するGHファミリー(クランとも呼ばれる)に,構造が類似した結晶性セルロースを分解できないエンドグルカナーゼ(endo-glucanase:EG)が存在する.GHファミリー7の場合はGHファミリー16(クランGH-M)に属するEGから,GHファミリー48の場合はGHファミリー8(クランGH-B)のEGから進化したと考えられている.それぞれのCBHを,もとになるEGと構造比較してみると,上述のようにEGではサブサイト構造が対称(シンメトリー)に近いのに対して,プロセッシブなCBHではサブサイトの入り口に相当するところにタンパク質が盛られて長くなっており,その結果サブサイトがアシンメトリーになっていることがわかる.さらにEGではサブサイトが溝状であるのに対して,CBHではその溝状のサブサイトには複数のループで蓋がされてトンネル状になっている.このようなトンネル状のサブサイトは,CBHでは特徴的な構造であることはこれまでもいわれていたが,HS-AFMによる解析でプロセッシビティが低いことが判明した糸状菌由来のGHファミリー6のCBHの場合は,サブサイトがアシンメトリーになっていないために一方向に動くことはできない.一方で,GHファミリー7に属するEGの場合は,サブサイトはアシンメトリーな構造をしているが,ループ構造がないためにやはりプロセッシブな分解はできない.すなわち,結晶性セルロースをプロセッシブに分解するときには「アシンメトリーなサブサイト構造」と「ループによるサブサイトのトンネル化」の両方が満たされる必要があることがわかってきたのである(図2).

5. タンパク質レベルの収斂進化13)

「収斂進化」とは,生物学的にまったく異なる種が目的とする機能を獲得するために同じような形に進化することである.代表的な例では,サメとイルカ(さらにイクチオサウルスも入るが)はそれぞれ魚類と哺乳類(イクチオサウルスは爬虫類)なので,異なる生物種であることは明らかであるが,水の中で速く泳げるように流線型の体になり,すばやく方向転換したり水中での姿勢を保ったりしやすいように同じような場所にヒレが備えられている.上記は,生物が生存する環境や獲得したい機能によって形がそろっていく例であるが,今回筆者らが明らかにしたのは酵素分子の場合も同じように機能を獲得しているという話である.すなわち,もともと非晶性の基質しか分解できなかったEGに,サブサイトがアシンメトリーになるようにタンパク質が付加され,溝状のサブサイトを覆うようにループが足される.そのような形態の変化を重ねていくことで,まったく違うタンパク質フォールドを持つ酵素が,同じように結晶性セルロースを分解できる機能,つまりプロセッシブな反応機構を獲得しているのである(図3).

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図3 GHファミリー6に属するセルラーゼによる基質認識部位(サブサイト)の伸張のようすと,動物における収斂進化(ウチダヒロコ©2020)

筆者らは,酵素のこのような新しい機能獲得戦略を「タンパク質レベルの収斂進化」であると考えるとともに,同じような進化はセルラーゼに限らずさまざまな酵素で起こっていると推測している.実際に,セルロースと同じ構造多糖に分類されるキチンの分解に関しても,プロセッシブキチナーゼが同じGHファミリー内で,互いに逆方向に動く酵素が存在する例も報告されている14).昨今,さまざまな酵素の構造が明らかにされるとともに,構造と機能の相関に関しても多くの論文が発表されている.これまでに明らかになってきた酵素の構造機能相関の情報に「タンパク質レベルの収斂進化」という概念を足すと,より深く酵素の本質に迫れるのではないだろうか.

謝辞Acknowledgments

HS-AFMを用いた構造多糖分解の動的観察では,金沢大学の安藤敏夫先生と名古屋大学の内橋貴之先生に大変お世話になりました.この場を借りてお礼申し上げます.

引用文献References

1) Hon, D.N.S. (1994) Cellulose: A random walk along its historical path. Cellulose, 1, 1–25.

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3) Igarashi, K., Wada, M., Hori, R., & Samejima, M. (2006) Surface density of cellobiohydrolase on crystalline celluloses: A critical kinetic parameter to evaluate enzymatic kinetics at a solid–liquid interface. FEBS J., 273, 2869–2878.

4) Wilson, D.B. & Kostylev, M. (2012) Cellulase processivity. Methods Mol. Biol., 908, 93–99.

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著者紹介Author Profile

五十嵐 圭日子(いがらし きよひこ)

東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻森林化学研究室教授.博士(農学).

略歴

1994年東京大学農学部卒業.99年同大学院博士課程修了.同大大学院在籍時,ジョージア大学生化学分子生物学部に派遣研究員として計7か月間滞在.学位取得後は,1年間ウプサラ大学バイオメディカルセンター博士研究員,東京大学大学院農学生命科学研究科助手,助教,准教授を経て2021年より現職.

研究テーマ

植物細胞壁の生分解と生合成プロセスを利用したバイオマス変換とものづくり.

抱負

世界中が脱炭素社会の構築に向かう中,圧倒的に低いエネルギーで化学反応ができる酵素は,物質変換の重要なツールとなっていくと思っています.原子・分子レベルからプラントスケールまでをシームレスに繋ぐためのマルチスケール生化学を極めたいと思っています.

ウェブサイト

http://www.fp.a.u-tokyo.ac.jp/graduate/introduction/forest_chemistry/index.html

趣味

フライフィッシング,クローラーラジコン,ガンプラ製作.

内山 拓(うちやま たく)

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門生物システム研究グループテクニカルスタッフ.博士(農学).

略歴

2002年新潟大学大学院自然科学研究科博士課程修了.05年まで海洋バイオテクノロジー研究所,06年まで製品評価技術基盤機構,12年まで産業技術総合研究所,17年まで東京大学大学院,21年までバイオインダストリー協会,21年4月から現職.

研究テーマと抱負

研究テーマは糖質関連酵素に関する事.稼げる日本を次世代に残したいと思い,研究に勤しんでおります.が,思うは易く,生む・育むは難しであると日々思い知らされております

趣味

酒,車,温泉.

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