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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(1): 1 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940001

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創薬モダリティーの新時代

独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事・審査センター長,東京大学名誉教授,日本生化学会名誉会員

発行日:2022年2月25日Published: February 25, 2022
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私は,2019年に東京大学大学院薬学系研究科を退職し,基礎研究の世界から縁あって医薬品承認という不慣れな世界に足を踏み込んだ.現在新型コロナウイルス禍の真只中にあり,治療薬やワクチンへの世間の関心はいつもに増して高い.そこで,近年飛躍的に発展したバイオ医薬品とアカデミア発創薬について述べてみたい.

世界の製薬産業は,2020年の医療用医薬品売上高およそ1兆3000億ドルと非常に大きな産業である.売上高上位30社のうち日本も5社ほど入っており,アジアで新規医薬品開発力のある唯一の国としても日本の貢献は大きい.ただ,輸出額約5000億円に対して輸入額は3兆円を超えており,今後の日本の医療体制を考える上では課題も多い.

1990年代に遺伝子解析が飛躍的に進み,米国を中心にバイオ医薬品開発を目指す多くのベンチャーが台頭したことで,大手製薬企業は「自前主義」を捨て,バイオベンチャー買収による製品シーズの確保に研究開発費を大胆に投入してきた.現在トップ30製薬企業を見ると,ランクインしている米国12社のうち,アムジェン,ギリアド・サイエンシズ,バイオジェン,リジェネロンの4社はバイオベンチャーからスタートした企業である.また,売上高トップのロシュの屋台骨を支える抗がん剤アバスチン,リツキサン,ハーセプチン等のバイオ医薬品はジェネンテック(2009年子会社化)が創製した製品である.

医薬品は,天然物から低分子医薬品の時代を経て,抗体製剤も含めてバイオ医薬品全盛の時代に入ってきた.バイオ医薬品の成長率は2016~2022年で8.5%と,通常医薬品の成長率3.6%のほぼ倍であり,その中でも抗体医薬品は12%と非常に高い成長率を維持すると予想されている.さらに抗体医薬品では,ヒト化技術,血中半減期長期化,一本鎖抗体,可変域のみの低分子化抗体,2種の抗原を橋渡しするバイスペシフィック抗体,抗体–医薬品複合体(ADC)等,技術革新も著しい.一方,ファイザーやモデルナのCOVID-19ワクチンに代表される修飾型mRNAを含めた様々な核酸医薬品,CAR-T療法等の細胞・組織加工製品,遺伝子治療用製品といった新モダリティーの市場がいよいよ台頭し,新規医薬品の革命期とも言える時代を迎えている.

日本でもニボルマブ(PD-1抗体),トシリズマブ(IL-6受容体抗体),iPS細胞など,大学発の素晴らしい医薬品・医療技術が生まれているが,アカデミアの研究成果を革新的医薬品開発につなげる「アカデミア発創薬」の成功率は決して高いものではない.その原因として,独創的発見から臨床試験に至る一連の過程の中で複数のステップでボトルネックの存在が指摘されている.創薬の方向性や戦略(臨床予見性),特許情報や知財の取得,品質・安全性・有効性の適切な評価法とデータ収集など,実は基礎研究者と企業の考え方のギャップは比較的明確である.これに対して,国もアカデミアやベンチャー企業の支援に様々な施策を講じている.私が所属するPMDAでも,有望なシーズを持つ大学・ベンチャー企業などを対象に,実用化に向けての様々な課題について開発初期から助言・指導(RS戦略相談・対面助言)を実施しており,現在年間約600件まで達している.一方,大学側もTLOや臨床治験センターの設置等が進んでいる.こうした施策は,創薬に関心がある研究者には一定の機能を果たしているが,創薬にそれほど興味が無い,或いは研究効率の低下や論文化の遅延を危惧して興味を示さない研究者も多いはずである.

私が在籍していた東京大学薬学系研究科では,修士号,博士号取得に向けた一斉の発表会が行われており,持ち時間の中で発表・質疑を行う.質疑は科学性と論理性を重視するが,中には創薬シーズになりそうなものも散見される.私は研究科長の時に,製薬企業に守秘協定の上でこの発表会に参加を募り,新たなシーズ・技術探しに役立ててもらう機会を作ろうかと考えた(勿論,企業からは一定の参加費を頂き研究科運営に役立てるという下心付きだが).興味あるテーマがあれば後に個別に相談を進める.昔のテレビ番組「スター誕生」のようなイメージである.このようなアイデアには当然,学問が汚される,基礎研究軽視,研究者育成の妨げ等のご意見も出ることを危惧して実際には提案しなかったが,創薬に消極的な研究者でもできる活動かと思う.少し前に,永山治(元)中外製薬会長が連載されていた日本経済新聞「私の履歴書」の中に,新薬シーズを求めて米国の大学を尋ねた際「学長,学部長,教授ら十数人が会議室で待ち構えていて“何でも聞いて下さい”と言われた」という記載がある.大学発の画期的な研究を製薬企業等からもっと気楽に見られて議論できる仕組みができることを期待している.

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