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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(1): 78-81 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940078

みにれびゅうMini Review

small non-coding vault RNAによるシナプス形成の調節機構Novel molecular mechanism for synapse formation by small non-coding vault RNA

国立神経医療研究センター神経研究所National Institute of Neuroscience, National Center of Neurology and Psychiatry ◇ 〒187–8502 東京都小平市小川東町4–1–1 ◇ 4–1–1 Ogawa-higashi, Kodaira, Tokyo 187–8502, Japan

発行日:2022年2月25日Published: February 25, 2022
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1. はじめに

非コードRNA(non-coding RNA:ncRNA)は,タンパク質に翻訳されないRNAの総称である.代表的なncRNAとしてはrRNAやtRNAが知られるが,近年,タンパク質分子の安定性や細胞内局在の制御など,さまざまな細胞プロセスの調節に関与するncRNAの存在が明らかになってきた1, 2).本稿の主役であるヴォールトRNA(vault RNA:vtRNA)は100 bpほどのncRNAで,ほとんどの真核生物に存在する機能不明の巨大なリボ核タンパク質複合体Vaultの成分として発見された.vtRNAパラログは生物種によって総数が異なり,ヒトでは4種類(hvtRNA 1-1, 1-2, 1-3, 2-1),マウスでは1種類(mvtRNA)が発現する.vtRNAの生理機能に関してはさまざまな報告がある.最近ではオートファジーを調節するなど,これまで推測されていたVault複合体の構造維持への寄与に限定されない,新たな生理機能をvtRNAが持つ可能性も示唆されている3, 4)

ヒトの脳では,数百億個のニューロンが互いに連絡することで精密な神経ネットワークを作り,脳のさまざまな機能を発揮している.ニューロンどうしが連絡する接点はシナプスと呼ばれ,いわば神経ネットワークの要である.脳のなかのシナプスは発達期に作られ,シナプスが正しく作られないことが,自閉スペクトラム症などの神経発達障害の病態につながることから,シナプスが作られる仕組みを詳しく理解することは,神経発達障害の治療法開発のためにもきわめて重要となる.分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(mitogen activated protein kinase:MAPK)は,樹状突起における局所タンパク質合成,樹状突起スパインの形成と安定化など,シナプス形成において中心的な役割を担っており,これまで活発に研究されてきた5).しかしながら,この役割のなかでMAPKの働きがどのように調節されているのかなど,詳しい仕組みの理解には至っていなかった.

このような背景のもと,我々はvtRNAがMAPKシグナル伝達経路を活性化することにより,シナプス形成を促進することを見いだした6).本稿では,新たに明らかになったvtRNAの生理的役割について紹介し,シナプス形成における新しい分子基盤としての可能性を考察する.

2. Aurora A-MVPを軸とする細胞内シグナルとシナプス形成

細胞分裂を調節するタンパク質キナーゼAurora Aは,非分裂細胞であるニューロンにも発現し,神経突起形成などニューロンの形態分化を調節することが知られていた7, 8).筆者らは,ニューロンの形態分化におけるAurora Aの役割を詳しく調べるため,マウス胎仔脳より調製した初代培養ニューロンよりAurora Aの基質分子をスクリーニングし,Vault複合体を構成するタンパク質分子である主要ヴォールトタンパク質(major vault protein:MVP)を見いだした6).興味深いことに,Aurora AとMVPは脳のシナプス後領域に発現しており,両分子の結合レベルは脳の発達とともに増加し,成熟した脳では安定的に存在することがわかった.これらのことから,Aurora A-MVPを軸とする細胞内シグナル(Aurora A-MVPシグナル)がシナプス形成を調節する可能性を考え,この分子メカニズムを詳細に検討した.

MVPは代表的なMAPKである細胞外シグナル調節キナーゼ(extracellular signal-regulated kinase:ERK)と結合しそのシグナル伝達を調節することが知られている9).初代培養ニューロンを用いてシナプス形成におけるAurora A-MVPシグナルとERKシグナルとの相関を検討したところ,Aurora A-MVPシグナルを強化した神経突起ではERK活性が亢進し,各種シナプス構成タンパク質の発現レベルの増加,神経活動に依存してシナプス小胞へ取り込まれるFM色素の取り込みやグルタミン酸応答性カルシウムイオン濃度の上昇などを認め,機能的なシナプスの形成が促進されることがわかった.反対に,mvp遺伝子あるいはAurora A遺伝子をノックダウンした神経突起では,ERK活性が低下してシナプス形成が抑制された.これらのことから,Aurora A-MVPシグナルはERK活性を亢進させることにより,機能的なシナプス形成を促進する可能性が示唆された6).後述するように,Vault複合体はAurora AやvtRNAを神経突起へ運ぶ輸送体である可能性が高い.mvp遺伝子ノックダウンではVault複合体が減少するために神経突起へ輸送されるAurora AおよびvtRNAが減少し,神経突起におけるAurora A-MVPシグナル,ならびにERK活性が低下した,と考えられる.

Vault複合体は組織プラスミノーゲン活性化因子など樹状突起内で翻訳されるmRNAと結合することが報告されており,樹状突起へのmRNA輸送体としての役割が示唆されている10).樹状突起に輸送されるmRNAのなかで,シナプス後領域に局在するカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII(calmodulin-dependent protein kinase II alpha:CaMK2A)mRNAは神経活動依存的に翻訳され,シナプス可塑性などシナプスの働きを調節する.このとき細胞質ポリアデニル化因子(cytoplasmic polyadenylation element binding protein:CPEB)はCaMK2A mRNAをポリアデニル化してその翻訳を促進する.このCPEBによる局所的な翻訳調節はAurora AによるCPEBのリン酸化により制御される11).前述のしたように,mvp遺伝子をノックダウンした樹状突起ではERK活性の低下とシナプス形成の抑制を認めるが,このとき同時にAurora Aの発現レベルと局所翻訳活性も著しく低下した6).興味深いことに,Vault複合体は樹状突起への輸送モーターであるKIF5と結合する.これらの結果から,Vault複合体はmRNAだけでなく,その翻訳調節に関わるAurora Aを樹状突起へ運ぶ輸送体としての機能を持つ可能性が高いと,筆者らは考えている.

3. vtRNAによるMAPKシグナル伝達経路の活性化とシナプス形成

Aurora AによるMVPのリン酸化はVault複合体にどのように影響するのだろうか.Vault複合体は安定した構造体ではなく,ダイナミックに形を変えることが知られている12).Vault複合体は高速遠心により沈殿画分に濃縮されるが,MVPが解離するなど構造が変化したVault複合体は沈殿画分には濃縮されずに上清画分に検出される9).この生化学的性質を利用して,Aurora Aのタンパク質リン酸化活性がVault複合体の構造に与える影響を調べたところ,活性化型Aurora Aの過剰発現によりVault複合体は沈殿画分にほとんど検出されなくなることがわかった6).この結果はAurora AがMVPをリン酸化することでVault複合体の構造が大きく変化することを示唆するものであった.興味深いことにこの構造変化はvtRNAにも影響し,普段は沈殿画分にあるvtRNAが上清画分にも検出された.このようにvtRNAはVault複合体とともに存在しており,Vault複合体の構造が変化するとvtRNAはVault複合体からリリースされる可能性が示唆された.そこで,我々はVault複合体からリリースされたvtRNAにシナプス形成を促進する働きがあると仮定し,vtRNAの働きを抑制することによるシナプス形成への影響を検証する実験を試みた.その結果,vtRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを発現させた神経突起ではERK活性の低下とシナプス形成の抑制が認められることがわかった.これらの実験結果から,vtRNAはERK活性を亢進することで,シナプス形成を正に調節する可能性が強く示唆された(図1).

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図1 vtRNAはMAPKシグナル活性を介してシナプス形成を調節する

vtRNAはVault複合体とともに神経突起内へ輸送される.Vault複合体の主要なタンパク質成分であるMVPがAurora A依存的にリン酸化されることにより,Vault複合体から放出される.Aurora Aはおそらく神経活動により制御される.リリースされたvtRNAはMEK1に直接結合して活性化し,神経突起におけるERK活性を増強する.ERKシグナルの活性化は,シナプスタンパク質の局所的な翻訳を促進し,シナプス形成を促進する.

それでは,vtRNAはどのようにERK活性を制御しているのだろうか.vtRNAの生理機能に関するいくつかの報告は,vtRNAがタンパク質分子に直接結合することでその働きを調節することを示唆していた3, 4).そこでERKならびにERK活性を調節するMEKを候補にvtRNAとの結合の有無をUVクロスリンク免疫沈降法などにより調べたところ,vtRNAは分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼキナーゼ1(mitogen-activated protein kinase kinase1:MEK1)と直接結合すること,またvtRNAが共存する条件ではMEKのERKに対するリン酸化能が亢進することを突き止めた6)

4. 考察

以上のように,我々の研究結果から,ncRNAであるvtRNAがMAPKシグナル伝達経路を調節することにより,シナプス形成を制御することを明らかとなった6).しかしながら,未解明の課題が数多く残されている.その一つは,vtRNAによるMEKの活性化メカニズムである.これまで,一部のncRNAがキナーゼに直接作用してその活性を調節することが報告されている.たとえば,細胞膜に高い親和性を持ち,キナーゼ活性化に関わる長鎖遺伝子間非コードRNA(long intergenic non-coding RNA for kinase activationLINK-A)は,ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸とAKTのプレクストリン相同ドメインの両方に結合し,それらの相互作用を促進してAKT活性を亢進させる13).また,hvtRNA 2-1がタンパク質キナーゼR(protein kinase R:PKR)に直接作用してその活性を調節することも報告されている14).しかしながら,これらのncRNAがどのようにキナーゼ活性を促進するのか,そのメカニズムの詳細は十分には解明されていない.MEKについては,その活性と分子構造との相関に関する膨大な情報の蓄積がある.MEKが活性化状態にないとき,活性化ループ(activation loop:AL)はキナーゼドメイン外にある負の調節領域(negative regulatory region:NRR)などのアミノ酸配列と相互作用し,触媒ポケットにしっかりと包まれているが,AL内にある活性制御に重要な二つのセリン残基がRafキナーゼなどによってリン酸化されると,この構造が変化し活性化するとされる(図2A).これらのことから,vtRNAの結合が分子構造を変化させ,MEKを活性化するのではないかと考えられる(図2B).しかしながら,MEKには典型的なRNA結合モチーフが存在しないため,両分子の結合様式を推定できていない.今後は,UVクロスリンク免疫沈降物に対するハイスループットシーケンシングなどの方法で両分子の結合様式の詳細を明らかにする必要があると考えている.

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図2 vtRNAはMEK1に直接結合してそのキナーゼ活性を調節する

(A) MEK1はMAPKシグナル伝達経路の中心的な構成要素であり,活性型RasからERKへのシグナル伝達に重要な役割を果たす.MEK1はキナーゼ触媒ドメインにある二つのセリン残基がRafなどの制御キナーゼによりリン酸化されると活性化される.(B)ヒトMEK1は393アミノ酸からなるタンパク質キナーゼである.キナーゼ触媒ドメインには,Rafキナーゼによる活性化に必要となる二つのセリン残基を含む活性化ループ(AL)がある.vtRNAはALと触媒ドメインとの相互作用を阻害し,それによってMEK1のキナーゼ活性を高めると考えられる(詳細は本文参照).DD:ERK1/2との結合に必要となるドッキングドメイン,NRR:MEK1のアミノ末端にある負の調節領域.

最後に,MVPおよびERK1をコードする遺伝子はヒト染色体の16p11.2領域に位置している15).この微小領域の欠失は自閉スペクトラム症に対する感受性を高めることが知られている.自閉スペクトラム症をはじめとする神経発達障害の発症要因は多岐にわたるが,それらが影響を及ぼす作用点は発達期のシナプス形成に収斂することから,シナプス形成メカニズムを理解することは発症メカニズムの解明に直結する可能性が高い.これらの事実は,Aurora A-MVPを軸とする細胞内シグナル伝達のより詳しい理解が疾患治療のための新しい標的となる可能性を秘めていることを示唆していると考えている.

謝辞Acknowledgments

この研究は,国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第五部部長の荒木敏之先生のご指導,ご助言のもと,高橋陽子さん,柴田恵さん,東京農工大学修士課程の大野萌馨さんをはじめとする疾病研究第五部室員の皆様,疾病研究第三部に在籍されていた沼川忠広先生,安達直樹先生,功刀浩先生のご協力に支えられて達成されたものです.この場を借りて御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

若月 修二(わかつき しゅうじ)

国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第五部室長.博士(農学・東京大学).

略歴

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了.学位取得後,東京都臨床医学総合研究所研究員,京都大学再生医科学研究所特任助教などを経て現職.

研究テーマと抱負

神経疾患の治療法開発を念頭に置きながら,細胞生物学的視点から神経細胞の形態形成を対象とする研究をしています.最近では,自閉スペクトラム症など神経発達障害の発症メカニズムに関する研究にも興味の幅を広げています.

ウェブサイト

https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r5/index.html

趣味

釣り,ドライブ(自動車いじりを含む),格闘技(近年は専ら観戦のみ).

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