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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(1): 102-107 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940102

みにれびゅうMini Review

熱ショック応答における転写開始前複合体形成の調節機構Regulatory mechanisms of the transcriptional preinitiation complex formation in the heat shock response

山口大学大学院医学系研究科医化学講座Department of Biochemistry and Molecular Biology, Yamaguchi University Graduate School of Medicine ◇ 〒755–8505 山口県宇部市南小串1–1–1 ◇ 1–1–1 Minami-Kogushi, Ube, Yamaguchi 755–8505, Japan

受付日:2022年11月8日Received: November 8, 2022
発行日:2022年2月25日Published: February 25, 2022
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1. はじめに

細胞は急激な環境変化や刺激に対処して恒常性を維持するために,遺伝子の発現誘導を介する多様な適応機構を備えている.これらの細胞応答の主要なものの一つが遺伝子の転写誘導である.このような誘導性遺伝子発現の特徴は,一群の遺伝子群が刺激に対して急速にかつ特異的に転写誘導され,刺激がなくなると速やかに元の状態に戻ることである1).一般に,タンパク質をコードする遺伝子の転写過程はRNAポリメラーゼII(Pol II)の転写開始点へのリクルート,転写開始(initiation),Pol IIのプロモーター近位部位での停止(pausing),転写伸長(elongation)からなる.誘導性遺伝子発現の機構において,その中のPol IIリクルートと転写伸長の二つが重要な調節過程と考えられている.後者の過程については,Pol II停止の解除と伸長反応を促進する精巧な分子機構が明らかとなっている2).一方,前者の過程では転写因子が特異的DNA配列へ結合し,それがクロマチン再構成複合体やヒストン修飾酵素などの転写コアクチベーターをリクルートして,その結果として基本転写因子(general transcription factor:GTF)群とPol IIからなる転写開始前複合体(pre-initiation complex:PIC)の形成が促進される(図1A).PIC形成はまず,TATAボックス結合因子のTBPが遺伝子プロモーターを認識することで始まる.そこへTFIIBが集積し,それがPol IIと直接相互作用することでPICが形成される3).PIC形成を促進するコアクチベーターの中でも,特にメディエーター複合体の構成因子群は,Pol II, TFIIB, TFIIHに直接結合することでPICを安定化することも知られている.つまり,メディエーターを含むPIC形成とその安定化が転写の重要な調節過程である.

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図1 刺激による転写誘導の初期過程

(A)一般的な転写誘導の過程.(a)細胞が刺激を受けると,転写因子が特異的DNA配列を認識して遺伝子プロモーターへ結合する1).(b)クロマチン再構成複合体やヒストン修飾酵素などの一連のコアクチベーターが転写因子との相互作用を介してリクルートされ,プロモーター周辺のクロマチン構造を弛緩する.(c)転写因子と一群のコアクチベーターはさらに,メディエーター,基本転写因子群(GTFs),Pol IIのリクルートを促進することでPICが形成される.Pol IIはTFIIHに含まれるCDK7によってSer5が速やかにリン酸化されて転写が開始するが,転写開始点下流で停止する.(d) P-TEFbに含まれるCDK9によってSer2がリン酸化されて伸長は促進される.(B)熱ショック応答の転写誘導の概要.(a)通常状態で存在する一部の三量体HSF1は,BRG1クロマチン再構成複合体やヒストンシャペロンFACTなどと複合体を形成することでHSP70プロモーターへ結合している.(b)熱ストレス条件下では,三量体へ転換した大量のHSF1がプロモーターへ結合してヒストンアセチル化酵素p300/CBPなどの集積とPARP1再分布を導き,Pol IIリクルートと転写伸長が促進される.

熱ショック応答は,温熱ストレスなどによって生じたミスフォールディングタンパク質に対処できる容量(プロテオスタシス容量)を調節する適応機構であり,フォールディングを介助する熱ショックタンパク質群(HSP70他)の誘導を特徴とする.その転写誘導が顕著であることから,古くから転写機構の解析モデルとして精力的に解析されてきた.この応答を制御するのは主に熱ショック転写因子HSF1であり,HSF1はプロテオスタシス容量調節の鍵因子である4).HSF1は細胞内でおおよそ不活性型単量体として存在するが,その一部はあらかじめ活性型三量体に転換しており,通常状態でのプロテオスタシス容量の維持に寄与する.このHSF1活性は老化とともに低下し,その増強は老化と関連する神経変性疾患の進行を抑制する.一方,がんの発症や進展はHSF1依存性であり,HSF1は神経変性疾患やがんの治療ターゲットとしても注目されている4, 5).我々はこれまで,HSF1転写複合体解析に基づいて熱ショック応答の転写誘導機構を解析してきた.本稿では,哺乳動物細胞の熱ショック応答機構の概要とHSF1のリン酸化を介した新規のPIC形成機構について解説する.

2. 熱ショック応答の概要

非ストレス条件下でHSF1の一部は,DNA複製因子RPAと複合体を形成することでヒストンシャペロンFACTとクロマチン再構成複合体(BRG1を含む複合体)をリクルートしてHSP70プロモーターへ結合する(図1B4, 5).同時に,このHSF1はポリADPリボシル化酵素PARP1を引き寄せている6).この複合体は,Pol IIを導いて転写開始点下流で停止させ,ある程度オープンなクロマチン構造を維持する.一方で熱ストレス条件下で活性化されたHSF1は,HSP70プロモーターへ大量に結合してクロマチン再構成複合体とヒストンアセチル化酵素p300/CBPをリクルートし,PARP1の再分布を導くことでプロモーター周辺のクロマチン構造を弛緩させる.また,この活性化HSF1はメディエーターおよびGTF群と相互作用することで直接PIC形成を促進する.さらに,それは転写伸長因子P-TEFbをリクルートすることでPol II停止を解除し,伸長反応を促進する(図1A,d参照).これらの中心的な転写機構以外にもATF1, PGC1α, MLL1, ASC-2, SSBP1などがコアクチベーターとしてHSP転写を修飾することが知られている.

この転写誘導の中心となるHSF1活性の調節は,単量体からDNA結合型の三量体への転換と転写活性化能の獲得の二つの過程に分けられる4, 5).いずれの過程も通常はHSP群によって抑制されており,ストレス条件下ではその抑制が解除される.さらに,HSF1のさまざまな翻訳後修飾がこれら二つの過程を調節することも知られている.特に,K80のアセチル化は直接DNA結合を抑制することで転写誘導からの回復を促す.また,S303とS307のリン酸化は転写を抑制し,一方でS326とS419のリン酸化は転写を活性化する4, 5).しかし,これらリン酸化による転写活性調節の分子機構については不明である.

3. HSF1転写因子複合体解析の進化的アプローチ

我々はこれまでに,FLAG標識抗体を用いたヒトHSF1-FLAGの免疫沈降法と質量分析法により,HSF1と相互作用する30因子群を同定した7).それらの機能スクリーニングにより,11因子がHSP70転写誘導レベルを変えることがわかった.それらの多くがHSF1転写複合体の構成因子であったが,この方法ではメディエーターを含む主要な転写装置の同定には至らなかった.そこで,HSF1転写複合体の全貌を明らかにするために,HSP70プロモーターDNA存在下でのHSF1転写複合体の網羅的解析を試みた.その際に,HSF1の転写活性化能と関連する因子群を同定するために進化的アプローチを用いた.

これまでにヒトHSF1は熱ストレスによるHSP70誘導を引き起こすが,ニワトリHSF1はその誘導を起こさないことがわかっている(図2A).一方,ニワトリと近縁のトカゲHSF1はHSP70誘導活性を持つ.それらの比較から,トカゲHSF1の一つのアミノ酸(Pro17)と1か所(d部位)をともにニワトリ型に置換した変異体は,マウスMEF細胞のHSP70を転写誘導しないことを見いだした.驚いたことに,d部位の活性は進化的に保存されたS326のリン酸化で調節された8).そこで,これら野生型トカゲHSF1あるいはその活性変異型HSF1をHSF1欠損MEF細胞へ発現させて熱ストレス後に核画分を抽出した(図2B).この核抽出液とHSP70プロモーターDNAをin vitroで混合し,DNAプルダウン法により主要な転写装置を含む多くの熱ショック応答配列(HSE)依存性因子群(676因子)を同定した(図2C).そして,HSF1転写活性と相関して顕著にHSF1転写複合体に集積する179因子の中から10因子群に絞った.さらに,遺伝子ノックダウンによりHSP70転写誘導に大きな効果のあるシュゴシンSGO2とメディエーターMED12をつきとめた9)

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図2 HSF1の構造と転写複合体解析

(A)ヒト,ニワトリ,トカゲのHSF1の構造とHSP70誘導能を示す9).(B)トカゲAsHSF1の相互作用タンパク質の同定の過程を示す(詳細は本文参照).(C)トカゲAsHSF1の相互作用タンパク質群の内訳を示す.HSE依存性で,さらに転写活性依存性に同定されたのは179因子群であった.

4. シュゴシンがPol IIリクルートを促進する

シュゴシンタンパク質のSGO1とSGO2は,細胞分裂期のセントロメア結合を保護する10).しかし,間期におけるそれらの転写機構への関与については知られていなかった.まず,マウスMEF細胞の内在性SGO2をノックダウン(KD)することで熱ストレス時のHSP70 mRNAの誘導が顕著に減弱した9).一方,SGO1 KDはその誘導に影響を与えなかった.そして,トカゲHSF1へ置換したMEF細胞のHSP70誘導はSGO2 KDによってまったく認められなかったことから,SGO2が転写コアクチベーターとして重要な役割を担うことがわかった.

次に,熱ストレス条件下でHSF1とSGO2が相互作用することを免疫沈降法によって確認した.上記の複合体解析から予想されたとおり,この相互作用はHSF1転写活性と関連するS326リン酸化に依存していた.そして,クロマチン免疫沈降(ChIP)法により,熱ストレスに伴ってHSF1-SGO2複合体がHSP70プロモーターへ集積することがわかった.さらに,内在性HSF1をSGO2と相互作用しないリン酸化部位変異体HSF1-S326Aに置換するとSGO2のHSP70プロモーターへの集積はなく,熱ストレスによるHSP70 mRNA誘導が低下した.つまり,SGO2のHSF1-S326リン酸化依存的なHSP70プロモーターへのリクルートによりHSP70転写が促進されることが明らかとなった.

さらにSGO2が転写を誘導する機構を解明するために,SGO2-HAを高発現するMEF細胞の核抽出液を用いてSGO2相互作用タンパク質の網羅的な同定を試みた.驚いたことに,それら同定タンパク質の中で,Pol IIの主要な構成因子であるRpb1とRpb2が同定ペプチド数として最も多かった.また,Rpb3のペプチドも多く同定された.実際に,温熱ストレスの有無にかかわらずSGO2-Pol II(以降はRpb1で確認している)の相互作用を免疫沈降法で確認できた.Pol IIと相互作用しない変異体SGO2Δ767-774を作製し,細胞の内在性SGO2をその変異体に置換した.その結果,HSF1とSGO2自身のHSP70プロモーター上へのリクルートは一定であったが,Pol IIリクルートは顕著に低下し,HSP70転写レベルも減少した.つまり,HSF1-SGO2-Pol II相互作用を介するユニークなPIC形成機構が明らかとなった(図3).HSF1-SGO2複合体はプロテオスタシス容量の維持を介して細胞生存に働くことも示唆された9)

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図3 SGO2とCKMを介するHSP70の転写誘導機構

熱ストレス条件下では大量の三量体HSF1がHSP70プロモーターへ結合する.同時に,MEK1/2を含むいくつかのリン酸化酵素がHSF1-S326をリン酸化する.HSF1-S326リン酸化はSGO2-Pol IIをリクルートする.SGO2はまた,コアメディエーターやCKMのリクルートを促進する.さらに,CKMはHSF1-S326をリン酸化することでHSP70プロモーターのPICを安定化している.SGO2やCKMサブユニットのどの因子を欠いても熱ショック時のHSP70の転写誘導は減弱する.

5. メディエーターキナーゼによるHSF1リン酸化とPIC安定化

我々はさらに,上記DNAプルダウン法により同定されたHSE依存性因子群の中から33のメディエーターサブユニットに焦点を絞って解析を進めた.メディエーターは,コアメディエーター(Head, Middle, Tailモジュール)とCDK8キナーゼモジュール(CKM)で構成される11, 12).本解析からHeadとTailモジュールのサブユニットは多く同定された一方で,MiddleモジュールとCKMからわずかに一つずつが同定された13).CKMはCDK8, CCNC, MED12, MED13からなるが,その中で同定されたのはMED12であった.これまでに酵母を用いた研究から,メディエーターCKMは熱ストレス時にHSP70プロモーターへ集積するが,それは熱誘導性のHSP70 mRNA発現に関与しないことが知られている.我々は,マウスMEF細胞においてCKMのすべてのサブユニットが熱ストレス誘導性HSP70 mRNA発現を促進することを明らかにした.ChIPアッセイにより,HSF1とともにMED12, CDK8,そしてコアメディエーターサブユニットMED1が熱ストレス誘導性にHSP70プロモーターへ集積することがわかった.予想されるようにMED12 KDによってCDK8は集積しないが,興味深いことにMED1の集積も顕著に減少した.コアメディエーターは同じ部位でCKMとPol IIに結合し,それらの結合は互いを阻害する.我々の結果は,CKMのリクルートが一過性にコアメディエーターの安定化に関与し,その後にPol IIと置き換わることでPIC形成を促進する可能性を示唆する.

CDK8を含むCKMは,そのリン酸化活性を介して転写を促進することが推測される.実際に,CDK8およびそのパラログCDK19の阻害剤で細胞を処理すると熱ストレス誘導性HSP70 mRNA発現が抑制された13).CDK8/19のターゲットとしては基本転写因子,メディエーター,いくつかの転写因子が知られている.驚いたことに,CDK8, CDK19,またはMED12のKDはHSF1-S326のリン酸化を低下させた.つまり,CKMは熱ストレス条件下でHSF1-S326のリン酸化を促進することがわかった.以上の結果は,HSP70プロモーター上のHSF1活性とメディエーターを含むPICはCKMを介するリン酸化によって安定化されることを示唆する(図3).

6. おわりに

我々の独自の進化的アプローチによる解析から,マウス細胞における熱ショック応答にユニークなPIC形成の促進機構を明らかにした.その中でも,染色体分配関連因子SGO2が転写コアクチベーターとして間期の重要な転写調節因子として働くことは驚きであった14).ヒトSGO1がPol IIと相互作用して分裂期のセントロメアの転写に関与すること,そして間期でもSGO1の分裂酵母オルソログ(SGO2)がサブセントロメア領域のクロマチン構造の調節に関与していることが明らかにされている15).マウスとヒトの間でもSGO1とSGO2のアミノ酸配列の相同性は低く,今後はシュゴシンによるHSP転写調節が種間で保存されているかを明らかにする必要がある.もう一つの重要な知見は,HSF1のリン酸化が転写複合体形成を調節することである.特に,HSF1-S326リン酸化はHSF1の転写活性とよく相関しており,その活性化の指標としても知られている4, 5).このS326はMEK1/2, p38, mTOR, DYRK2などの多くのリン酸化酵素によってリン酸化されることが知られており,細胞のがん化と密接に関連している.HSF1転写複合体の構成因子であるCDK8によってもS326がリン酸化されることが明らかとなり,リン酸化阻害によるHSF1転写複合体の調節ががんの新たな治療ターゲットとなる可能性が示唆される.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

瀧井 良祐(たきい りょうすけ)

山口大学大学院医学系研究科医化学講座学内講師.歯学博士.

略歴

1976年兵庫県に生る.2001年九州大学歯学部卒業.同大学院(歯科薬理)修了.05年九州大学生体医学防御研究所特任助教.06年九州大学歯学部助教.08年現所属.

研究テーマと抱負

様々な最新の手法にチャレンジしつつ,熱ショック転写因子を介した熱ストレス応答の解明を目指す.

ウェブサイト

http://ds22.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~seika2/

趣味

ジョギング,山口県内をドライブ.

中井 彰(なかい あきら)

山口大学大学院医学系研究科医化学講座教授.医学博士.

略歴

兵庫県出身.1987年鳥取大学医学部卒業.同大学院(第2内科)修了後,91年米国ノースウエスタン大学にて熱ショック応答の研究を開始.京都大学助手を経て,2000年より山口大学医学部生化学第二講座教授.改組を経て現職.

研究テーマと抱負

原始的な熱ストレス応答の分子機構の解明を基盤として,統合的な生体機能調節を理解し,難治性疾患の治療に結びつけたい.

趣味

読書,釣り.

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