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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(1): 108-111 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940108

みにれびゅうMini Review

リン脂質輸送による細胞の変形能制御Regulation of cell deformability by phospholipid transport

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発行日:2022年2月25日Published: February 25, 2022
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1. はじめに

リン脂質二重膜で構成される形質膜は,細胞と外界を隔てる最も重要な細胞の構成要素の一つである.形質膜は外部刺激や自身の生み出す力に応答して大きく形態を変化させており,細胞運動や細胞分裂,組織形成など基本的な生命現象の根幹となる役割を果たしている他に,シェアストレスや血液の循環など細胞に対して大きな物理的刺激が加わった際に細胞を保護する機能も担っている.そのため,これらの形態変化や物理的刺激に対する耐性を制御する細胞の機械特性,特に膜張力は多くの細胞プロセスにおいて重要な表現型ある.しかし,細胞が膜張力をどのように制御しているのかについてはいまだに不明な点も多い.本稿では,最近著者らの研究によって明らかになったショウジョウバエ細胞の持つリン脂質を介した特異な膜張力の制御機構を中心に概説する1)

2. 細胞膜の膜張力制御とリン脂質の関係

形質膜の膜張力は,細胞運動や小胞輸送・細胞分裂・エンドサイトーシスなどさまざまな生命現象において重要な役割を果たしており,近年精力的に研究が進められている2).細胞の形質膜は主にリン脂質二重膜,細胞骨格,これら二つをつなぐリンカータンパク質の三つで構成されており,それぞれが膜張力の制御に重要であることが知られている.たとえば,Rho/ROCKシグナル伝達経路を介したアクチン骨格の再構成は形質膜の膜張力の基本的な制御因子であり3),またリンカータンパク質であるERM(Ezrin/Radixin/Moesin)タンパク質はリン酸化されることでリン脂質二重膜とアクチン骨格とを連結し,細胞分裂時の膜張力変化を制御する役割を担っている4).そして,リン脂質二重膜も膜張力の変化と密接に関連しており,膜張力の減少はエンドサイトーシスを誘発する一方で,膜張力の増加はエキソサイトーシスを誘導し,形質膜の表面積を変化させることで膜張力を一定に保つことが知られている5).このように,形質膜の膜張力の制御には細胞骨格やリンカータンパク質だけでなくエンドサイトーシスをはじめとするリン脂質二重膜のダイナミクスも関わっていることが近年明らかになってきた.一方で,人工的なリン脂質二重膜であるgiant unilamellar vesiclesを用いた実験から,リン脂質二重膜の主要成分であるリン脂質の組成や分布の変化も,膜張力に大きな影響を与えることが指摘されている6, 7)

3. リン脂質非対称分布の制御

多くの真核生物では形質膜を構成するリン脂質の組成や分布は厳密に制御されており,ホスファチジルコリン(phosphatidylcholine:PC)やスフィンゴミエリン(sphingomyelin:SM)はリン脂質二重膜の外層側に,ホスファチジルエタノールアミン(phosphatidylethanolamine:PE)やホスファチジルセリン(phosphatidylserine:PS)は内層側にそれぞれ局在している8).これらのリン脂質の非対称的な分布はリン脂質を外層から内層へ輸送するフリッパーゼ,内層から外層へと輸送するフロッパーゼといったリン脂質輸送タンパク質によりATP依存的に維持されている.近年,この非対称的なリン脂質の分布が,細胞のさまざまな機能に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた.たとえば,リン脂質フリッパーゼの欠損による形質膜外層でのPSの露出は,機械受容イオンチャネルであるPIEZO1の活性を著しく減弱し,骨格筋の形成過程に異常を引き起こす9).逆に,特定の生命現象において,リン脂質の非対称的な分布が崩れることも報告されている.たとえば,アポトーシス誘導時には形質膜外層に露出したPSが,マクロファージが貪食する細胞を識別するための「eat me」シグナルとして働くが,このときに,リン脂質フリッパーゼの分解に伴うPSフリップ活性の減弱化およびATP非依存的にリン脂質を双方向に輸送するリン脂質スクランブラーゼXkr8の活性化が,PSの形質膜外層への露出を誘導していることが近年明らかとなった10, 11).この他にも細胞分裂時の分裂溝には一時的にPEが外層に露出することが,細胞質分裂の重要なステップであることも報告されており12),リン脂質組成・分布の厳密な制御は細胞のさまざまな機能にとって重要である.

4. ショウジョウバエ細胞の特異な膜構築と膜張力

他の生物に類をみないほど多様な進化を遂げている昆虫には,哺乳類とは大きく異なるリン脂質組成を有している種が存在する13).昆虫は哺乳類よりもはるかに小さいにもかかわらず,高度に発達した神経や循環器および生殖器を有しており,このような微細な細胞・組織を形成するには,特異な膜構造が必要だと考えられる14).実際,哺乳類ではPCが主要なリン脂質であるのに対し,モデル生物として有用なショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)では,PEが総リン脂質の半分以上を占めている.PCは極性部分と非極性部分のバランスがよく,水溶液中で安定な二重膜構造を形成するのに対して,PEはPCと比較して極性部分が小さいため,ヘキサゴナルII構造をとりやすい性質を有している(図1).そこで,著者らはPEが主要なリン脂質であるというユニークなリン脂質組成を持つショウジョウバエ細胞の形質膜は哺乳類細胞とは異なる機械特性(膜張力)を有していると考え,それらに関する研究を行った.ショウジョウバエを含むさまざまな生物種の細胞株の機械特性をマイクロピペットアスピレーション法やシェアストレスによる細胞破壊アッセイを用いて比較した.その結果,ショウジョウバエ培養細胞の膜張力はいずれも哺乳類の培養細胞の約1/10である19~28 pN/µmであり,またシェアストレスに対する耐性も哺乳類細胞より高く,ショウジョウバエ細胞の形質膜は哺乳類細胞よりも高い変形能を有していた.次に,ショウジョウバエ細胞の形質膜を単離してリン脂質組成を測定し,凍結割断免疫染色法8)により形質膜におけるリン脂質の分布を解析した.その結果,ショウジョウバエ細胞の形質膜の総リン脂質の65%がPEで占められており,哺乳類細胞では内層に局在しているPEやPSが形質膜の外層と内層で対称的に分布しているという特異な形質膜を構築していることがわかった.

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図1 哺乳類細胞とショウジョウバエ細胞の形質膜におけるリン脂質組成と分布

そこで,著者らはリン脂質スクランブラーゼにも注目し,ショウジョウバエ細胞のリン脂質スクランブラーゼの特性についても調べた.哺乳類のリン脂質スクランブラーゼXkr8はC末端にカスパーゼ認識配列を有しており,アポトーシス時にその配列がカスパーゼの酵素活性により切断されることで活性化し,形質膜の非対称的なリン脂質分布を崩す10).このXkr8カスパーゼ認識配列は魚類から哺乳類の間で高く保存されているが,ショウジョウバエに唯一存在するXkr8のホモログであるXKRにはアポトーシス時に切断される配列が保存されていないことを見いだした(図2).そこで,ショウジョウバエXKRの機能についてさらに調べた.N末端やC末端にGFPを融合させたXKRをショウジョウバエ細胞に発現させてアポトーシスを誘導した結果,XKRはアポトーシス時に末端が切断されなかった.また,CRISPR/Cas9システムを用いてショウジョウバエ培養細胞Kc167のXkr遺伝子を欠損させたXKR欠損株を作製し,蛍光分子であるNBDが結合したPE(NBD-PE)を用いたフローサイトメトリーにより,形質膜の外層から内層へ輸送されたリン脂質量を測定した.その結果,XKR欠損株は通常株と比較してNBD-PEの取り込み量が減少しており,XKRがPEを内層へと輸送していることが示された.以上のことから,ショウジョウバエのXKRは恒常的に活性化状態であり,リン脂質を常に形質膜の外層と内層間の双方向へ輸送していることが明らかとなった.

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図2 哺乳類細胞と昆虫細胞のスクランブラーゼXkr8の特徴とC末端のアミノ酸配列

5. リン脂質スクランブラーゼXKRと膜張力の制御

著者らはリン脂質スクランブラーゼXKRと膜張力の制御についても調べた.XKR欠損株の膜張力を測定した結果,膜張力が有意に増加しており,XKRを再発現させることで通常株と同程度まで減少した.さらに,ショウジョウバエと同じDiptera目に分類されるヒトスジシマカ(Aedes albopictus)のXKRホモログであるAaXKRを哺乳類細胞CHO-K1に発現させると,膜張力が2/3に低下したことから,ショウジョウバエに限らず昆虫のXKRは膜張力を低下させる機能を有する可能性を見いだした.

ショウジョウバエ唯一のERMタンパク質であるMoeは細胞分裂時の膜張力の制御に関わっており,リン酸化されるC末端のトレオニン(T)をアスパラギン酸(D)に置換した擬似リン酸化Moe(Moe-TD)をショウジョウバエ培養細胞S2に発現させると,細胞が硬化することがすでに報告されている4).そこで,リン脂質スクランブラーゼXKRがどのように膜張力を制御しているのかを調べるため,XKR欠損株にMoeやMoe-TDを発現させ,その動態や膜張力を測定した.その結果,XKRはMoeとリン脂質二重層の間の動的相互作用を加速し,Moeを介したアクチン骨格の硬化を抑制することで細胞の膜張力を低下させていることを明らかにした.一方,Cytochalasin Dによりアクチン骨格が破壊されたショウジョウバエ細胞でも,膜張力はXKRの欠損により増加していた.また,細胞から形質膜のみを単離した形質膜小胞(giant plasma membrane vesicle:GPMV)の機械特性をFlicker spectroscopyにより測定した結果,XKR欠損株から単離したGPMVは通常株のGPMVと比較して曲げ弾性が増加していた.これらのことから,ショウジョウバエXKRはリンカータンパク質であるMoeを介してアクチン骨格依存的に膜張力を制御するだけでなく,リン脂質二重膜自体の変形能も制御していることを明らかにした.

6. おわりに

本稿では,昆虫細胞の持つリン脂質スクランブラーゼXKRによる特異な膜張力の制御機構について概説した.膜張力をはじめとする細胞の機械特性は幹細胞性やがん・老化といったさまざまな生命現象における重要な表現型である.しかし,細胞膜の機械特性にはさまざまな因子が関与しており,いまだにその制御機構は完全には理解されていない.細胞の機械特性研究の一番の問題として,その測定方法の難しさがあげられる.近年,高速原子間力顕微鏡(AFM)やマイクロ流路を用いて細胞の機械特性をハイスループットに計測することが可能になってきたが15),これらの方法は細胞の表現型である機械特性を計測するのみであり,その背後にある制御機構や因果関係の解析をするためのオミックス解析との融合には至っていない.そのため,今後は細胞の機械特性の計測とその背後にある因子を同時に解析可能な新たな測定方法の開発が望まれる.

引用文献References

1) Shiomi, A., Nagao, K., Yokota, N., Tsuchiya, M., Kato, U., Juni, N., Hara, Y., Mori, M.X., Mori, Y., Ui-Tei, K., et al. (2021) Extreme deformability of insect cell membranes is governed by phospholipid scrambling. Cell Rep., 35, 109219.

2) Diz-Muñoz, A., Fletcher, D.A., & Weiner, O.D. (2013) Use the force: Membrane tension as an organizer of cell shape and motility. Trends Cell Biol., 23, 47–53.

3) Sens, P. & Plastino, J. (2015) Membrane tension and cytoskeleton organization in cell motility. J. Phys. Condens. Matter, 27, 273103.

4) Roubinet, C., Decelle, B., Chicanne, G., Dorn, J.F., Payrastre, B., Payre, F., & Carreno, S. (2011) Molecular networks linked by Moesin drive remodeling of the cell cortex during mitosis. J. Cell Biol., 195, 99–112.

5) Gauthier, N.C., Masters, T.A., & Sheetz, M.P. (2012) Mechanical feedback between membrane tension and dynamics. Trends Cell Biol., 22, 527–535.

6) Rawicz, W., Olbrich, K.C., McIntosh, T., Needham, D., & Evans, E. (2000) Effect of chain length and unsaturation on elasticity of lipid bilayers. Biophys. J., 79, 328–339.

7) Lu, L., Doak, W.J., Schertzer, J.W., & Chiarot, P.R. (2016) Membrane mechanical properties of synthetic asymmetric phospholipid vesicles. Soft Matter, 12, 7521–7528.

8) Murate, M., Abe, M., Kasahara, K., Iwabuchi, K., Umeda, M., & Kobayashi, T. (2015) Transbilayer distribution of lipids at nano scale. J. Cell Sci., 128, 1627–1638.

9) Tsuchiya, M., Hara, Y., Okuda, M., Itoh, K., Nishioka, R., Shiomi, A., Nagao, K., Mori, M., Mori, Y., Ikenouchi, J., et al. (2018) Cell surface flip-flop of phosphatidylserine is critical for PIEZO1-mediated myotube formation. Nat. Commun., 9, 2049.

10) Suzuki, J., Denning, D.P., Imanishi, E., Horvitz, H.R., & Nagata, S. (2013) Xk-related protein 8 and CED-8 promote phosphatidylserine exposure in apoptotic cells. Science, 341, 403–406.

11) Segawa, K., Kurata, S., Yanagihashi, Y., Brummelkamp, T.R., Matsuda, F., & Nagata, S. (2014) Caspase-mediated cleavage of phospholipid flippase for apoptotic phosphatidylserine exposure. Science, 344, 1164–1168.

12) Emoto, K., Kobayashi, T., Yamaji, A., Aizawa, H., Yahara, I., Inoue, K., & Umeda, M. (1996) Redistribution of phosphatidylethanolamine at the cleavage furrow of dividing cells during cytokinesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 12867–12872.

13) Past, P.G. (1971) Insect lipids. Prog. Chem. Fats Other Lipids, 11, 179–242.

14) Polilov, A.A. (2015) Small is beautiful: Features of the smallest insects and limits to miniaturization. Annu. Rev. Entomol., 60, 103–121.

15) Yansheng, H., Shaokoon, C., Yo, T., Yoichiroh, H., Yaxiaer, Y., & Ming, L. (2020) Mechanical properties of single cells: Measurement methods and applications. Biotechnol. Adv., 45, 107648.

著者紹介Author Profile

塩見 晃史(しおみ あきふみ)

理化学研究所新宅マイクロ流体工学理研白眉チーム特別研究員.博士(工学).

略歴

1991年兵庫県に生る.2015年京都大学工学部卒業.20年同大学院工学研究科博士課程修了.20年より現職.

研究テーマと抱負

マイクロ流体工学を用いた細胞の機械特性を解析する新規測定法の開発により,様々な生命現象における細胞の機械特性を制御する複雑な分子カスケードの解明を目指したい.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/akifumi_shiomi

趣味

歴史研究・古武道.

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