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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(1): 118-121 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940118

みにれびゅうMini Review

大脳皮質の一次繊毛が生み出す環境ストレス耐性機構の解明The elucidation of environmental stress-resistant mechanism generated by primary cilia in the cerebral cortex

慶應義塾大学医学部解剖学教室Department of Anatomy, Keio University School of Medicine ◇ 〒160–8582 東京都新宿区信濃町35 ◇ 35 Shinanomachi, Shinjuku-ku, Tokyo 160–8582, Japan

発行日:2022年2月25日Published: February 25, 2022
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1. はじめに

我々は,人体への健康の影響が懸念される化学物質などの環境汚染物質や,感染症を引き起こすウイルスや細菌など,さまざまな危険にさらされて生きている.このような生物にとって好ましくない外的要因は環境ストレス(environmental stress:ES)と呼ばれている.これまでに筆者らは,アルコール,メチル水銀などのESから胎生期のマウス大脳皮質を保護するための機構として,熱ショック応答を同定し,詳細な解析を行ってきた1, 2).しかし,生後の大脳皮質では,ESに対して熱ショック応答の活性化は起こらないため,熱ショック応答に代わる,新たな保護機構を同定する必要があった.

脳の神経ネットワークは,生後の体験・経験によって成長する.生後早い時期の,経験に応じて神経ネットワークが柔軟に変化する時期である臨界期に相当する発達中の子供が,親からの虐待などの精神的なストレスや,麻酔薬,抗てんかん薬,アルコールなどのESにさらされると,神経ネットワークの形成が阻害され,その結果,認知機能が低下することが報告されている3).したがって,この時期にESを受けた脳は,生涯にわたって行動異常を起こさせる不可逆的な損傷を受けると考えられてきた.動物を用いた実験でも,臨界期に相当する生後2週間にさまざまなESを曝露すると,ラット大脳皮質における細胞死が増加することから4),げっ歯類の生後2週間はESに対する大脳皮質の耐性が低下する期間であると考えられた.げっ歯類の脳重量の増加速度は,特に生後2週間で増加することから5),脳の成長とESに対する大脳皮質の耐性の低下が相関すると考えられてきた.近年,世界における発達障害児の増加は著しく,この増加の主な原因は遺伝ではなくESであることが確定的となってきている.したがって,さまざまなESから臨界期の大脳皮質を保護することは,正常な子供の脳の発達につながり,社会的ニーズは高い.

2. 大脳皮質における一次繊毛

一次繊毛は,1細胞に1個存在する微細なオルガネラである.一次繊毛は基底小体から突き出した軸糸により構成され,細胞膜上に存在する.一次繊毛は,細胞外の環境の変化を細胞内に伝えるアンテナとして機能しており,細胞外シグナルの受容体を一次繊毛膜上に蓄積することにより,細胞外シグナルを増強するという重要な役割を担っている6).このようにシグナル伝達において一次繊毛が重要な役割を果たすことから,一次繊毛の機能不全や構造の欠陥は発生異常を引き起こす.特に,一次繊毛は大脳皮質の神経細胞の移動や分化を制御することが知られている7).マウスの大脳皮質でみられる一次繊毛は,生後4日目から生後2週目までに急激に伸長することが知られているため8),筆者らは,臨界期,そして,それ以降の大脳皮質は,一次繊毛の伸長に伴い,ESに対する耐性が上昇しているのではないかという仮説を立てた(図1).そこで,この仮説を検証するために,筆者らはまず,大脳皮質に特異的に発現している転写因子であるEmx1のCreマウスと,一次繊毛の形成に必須であるIft88のfloxマウスを交配し,大脳皮質における一次繊毛のコンディショナルノックアウト(Ift88 cKO)マウスを作製した.興味深いことに,成体のIft88 cKOマウスの大脳皮質における形態学的異常は特にみられなかった.

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図1 生後直後のげっ歯類の大脳皮質神経細胞は環境ストレスに対して一時的に耐性を失う

げっ歯類の大脳皮質は,胎生期では熱ショック応答などの保護機構により,環境ストレス(ES)に対して耐性を獲得している.一方,臨界期に相当する生後0日から生後2週間においては,ESに対して耐性を失うが,一次繊毛の伸長に伴い(紫),臨界期以降では,再び耐性を獲得するという仮説.

3. 特徴的な「斑点状の」活性型Caspase-3とその役割

次に,筆者らは,臨界期中の生後7日目のIft88 cKOマウスにアルコールや,麻酔薬のケタミンなどのESを投与した.その結果,投与4時間後に神経細胞の細胞体と樹状突起に活性型Caspase-3が検出された一方で,投与24時間後では,斑点状の活性型Caspase-3が,大脳皮質の第2/3層と第5層に多数検出されることを見いだした9).大脳皮質におけるCaspase-3の活性化は,生後7日目の野生型マウスにアルコールを投与した後の12時間がピークであり,24時間後では検出できなくなることが報告されていたため10),筆者らの結果は非常に驚きであった.この斑点状の活性型Caspase-3はES非存在下の発達期では,細胞死を誘導せずに,軸索や樹状突起の伸長と退縮に働くことも報告されている11).一方,アルコールにより活性化される斑点状活性型Caspase-3はアクチンやチューブリンなどの細胞骨格タンパク質を切断することで,軸索変性を引き起こすことが知られている12).そこで,筆者らは,多くの斑点状の活性型Caspase-3がみられる第5層の神経細胞に着目した.Ift88 cKOマウスと,第5層の神経細胞の細胞体や樹状突起を可視化することのできるThy1-YFPマウスを交配し,アルコール投与後のIft88 cKOマウスにおけるYFP陽性神経細胞を詳細に調べた.その結果,第5層の神経細胞の細胞死は起こっていない一方,第1層に向かって伸長する尖端樹状突起,および第5層周囲で伸長する基底樹状突起の数やそれらの分岐数が減少していた.次に,活性化したCaspase-3により断片化されるアクチンやチューブリンを検出することのできるFractin抗体やCleaved Tubulin抗体を用いて,細胞骨格タンパク質の断片化が起こっているかどうかを調べた.その結果,アルコール投与後のIft88 cKOマウスにおいて,斑点状のFractinやCleaved Tubulinが斑点状活性型Caspase-3と同様,大脳皮質の第2/3層と第5層に多数検出されることを見いだした.これらのことから,Ift88 cKOマウスの大脳皮質においては,斑点状活性型Caspase-3による細胞骨格タンパク質の切断に伴って,第5層の樹状突起の数やその分岐数が減少し,変性することが明らかになった.

4. 一次繊毛を起点とした環境ストレス応答性のIGF-1/Akt経路活性化機構

次に,筆者らは,一次繊毛に依存して活性化される,ESに応答する細胞内シグナル伝達経路の探索を行った.これまでに,大脳皮質の第5層神経細胞の生存にはインスリン様成長因子1(IGF-1)が関わっていることや13),IGF-1とIGF-1受容体は,特に大脳皮質の第5層で発現していることが報告されている14).また,リン酸化されて活性化したIGF-1受容体は一次繊毛の膜に局在することが知られている15).そこで,筆者らは,一次繊毛上の活性型IGF-1受容体の発現を調べたところ,アルコール非投与群は繊毛膜上には検出できなかった.しかし,アルコール投与群では活性型IGF-1受容体が,大脳皮質の第5層の一次繊毛膜上に集積していることを発見した.つまり,臨界期にアルコールなどのESにさらされると,IGF-1が関わる神経細胞の保護機能が増強され,ESに対して防御的に働くこと,一次繊毛はこの増強を促す細胞内のシグナル伝達で重要な役割を果たしていることが示唆された.そこで,筆者らは,IGF-1の下流シグナル分子であるAktタンパク質を活性化する薬剤であるSC79を,アルコールと同時に生後7日目のIft88 cKOマウスに皮下投与したところ,投与24時間後活性型Caspase-3をほぼ完全に検出しなくなること,また,大脳皮質Thy-1 YFP陽性の神経細胞の基底樹状突起の数やその分岐数も回復することを見いだした.

以上の結果から,筆者らは,ESを加えると,活性型IGF-1受容体が一次繊毛の膜上に集積することにより受信側でシグナルを増幅させ,神経細胞の保護機能を強化するという,一次繊毛の意外な役割を見いだすことができた(図2).さらに,正常マウスでは,ESにさらされても,一次繊毛膜上に集積した活性型IGF-1受容体がPI3K/Akt経路を活性化し,Caspase-3の活性化を抑えることで,大脳皮質の正常な樹状突起を維持している一方(図3上),Ift88 cKOマウスでは,IGF-1受容体の活性化・集積が起こらないために,活性化したCaspase-3がアクチンやチューブリンを切断し,樹状突起が変性してしまうことがわかった(図3下).また,筆者らは,ESを与えたIft88 cKOマウスにおいても,SC79を皮下投与することにより,樹状突起の変性を回復させることに成功し,一次繊毛を介したES応答が,大脳皮質の樹状突起を変性から保護する役割を果たすことを発見した.

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図2 環境ストレス存在下では活性化したIGF-1受容体が一次繊毛膜上に集積する

ES非存在下と比べ(左),ES存在下では,IGF-1受容体が活性化し,一次繊毛膜上に集積する(右).このことから,ES存在下では,受信側でシグナルを増幅させ,神経細胞の保護機能を強化するという,一次繊毛のまったく新しい役割が示唆された.

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図3 一次繊毛を起点とした環境ストレスに対する耐性機構の獲得

正常マウスでは,ESに応答して,一次繊毛膜上に集積した活性型IGF-1受容体がPI3K/Akt経路を活性化し,Caspase-3の活性化を抑えることで,大脳皮質の正常な樹状突起を維持している(上).大脳皮質特異的Ift88 cKOマウスでは,一次繊毛が存在しないため,IGF-1受容体の活性化が起こらない.したがって,Caspase-3が活性化することでアクチンやチューブリンが切断され,その結果,樹状突起の変性がみられる(下).Ishii, S. et al. (2021) Proc Natl Acad Sci U S A., 118, e2012482118より改変.

5. おわりに

筆者らは,これまでに熱ショック応答という胎生期の大脳皮質の保護機構を見いだしてきたが,臨界期,そして,それ以降においても,新たな大脳皮質の保護機構を提唱する根拠となる成果を得た.一次繊毛の形成異常や機能異常に起因すると考えられている遺伝性疾患は総称して繊毛病と呼ばれ,網膜色素変性症,嚢胞腎,多指症,水頭症,不妊,肥満など,多岐にわたる症状を呈するだけでなく,認知障害などの神経症状を伴うことも多いことが知られている.本研究において得られた知見は,今後,有効な治療法が確立されていない繊毛病の神経症状に対して,画期的な治療法の開発の一助になると考えられる.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した筆者らの研究は,米国チルドレンズ・ナショナル病院で行ったものです.研究を遂行するにあたり,終始御指導いただきました鳥居正昭准教授,橋本(鳥居)和枝准教授に深く感謝致します.また,多くの共同研究者のご尽力を得て,本研究を進めることができました.この場をお借りして,厚く御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

石井 聖二(いしい せいじ)

慶應義塾大学医学部解剖学教室助教.博士(医学).

略歴

2005年東京農工大学工学部卒業.10年慶應義塾大学大学院医学研究科で博士(医学)取得.10~12年同大医学部生理学教室,12~17年米国小児国立病院でポスドク.17~19年(株)ケイファーマ主任研究員,19~21年慶應義塾大学医学部生理学教室特任講師.21年4月より現職.

研究テーマと抱負

環境ストレスがヒトの神経発生にどのような影響を与えるのかを追究するため,現在は,マウスの遺伝学を駆使し,ヒト神経幹細胞からどの転写因子が機能してニューロンのサブタイプを生み出すのかを解明中である.

ウェブサイト

https://www.nakajimalab.com/

趣味

音楽を聴く(ロックからジャズまで),スポーツ観戦,御朱印集め.

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